パーティールームを購入することに決めた俺たちだったが、その前に室内の確認をさせてもらった。デカい買い物であるため、寮の管理人も否とは言わなかった。
入学初日に購入の意思を示した俺たちに対し疑問の表情を浮かべてはいたが、それぞれのポイントを見せると、僅かに驚いたあとで納得したように頷いた。
事前情報通りに個室はあるし、何なら集団用の寝室もある。
書斎にはライトノベルもあればコミックもあり、お堅い系の小説もある。往年の名作と呼べる物も置かれていれば、辞書の類もあり、アウトドアやキャンプに関する本も置かれていた。
もちろん、カラオケルームもあったし、リビングには幾つかのゲームハードやゲームソフトもあった。テレビゲームだけではなく、カードゲームやボードゲームもあったが、共通してパーティー――多人数で楽しむことを主眼に置かれているタイトルだけだった。ここがパーティールームであることを鑑みれば、然もありなんと言ったところか。
キッチンの設備も上々だ。少なくとも、個室のそれとは比べ物にならない。
風呂場も温泉と見紛うほどに広かったが、これについては賛否両論だった。自分たちで掃除することを考えたら無理もない。
だが、この問題はすぐに解決した。風呂掃除に関しては、俺たちの通学中にやっておいてくれるらしい。一種のアフターフォローだ。また、ベッドシーツの交換等に関しては個室と同様だ。
ただし、購入契約の場合、消耗品の補充はない。頼めば補充してもらうこと自体は可能だが、当然ながら費用がかかる。
ざっと確認した程度だが文句はない。早速にそちらを本拠としたかったが、残念ながらそれは叶わなかった。まあ、言われれば納得だったが、使用させる前に掃除をする必要があるらしい。
以前に使用された後にも掃除はされているが、誰が使っていなくても自然と埃は溜まる。それを考えれば無理も言えない。部屋の使用自体は、早くても明日の放課後からになるとのことだった。
些か気が削がれてしまった感じがあるのは否めないが、楽しみは後に取っておくという言葉もある。それに、一度たりとも使ってもらえないのでは、用意された個室が不憫だろう。
「けど、何だかんだでお腹が空いたね。お昼も簡単にしかすませてないし……」
若干恥ずかし気に松下さんが言った。俺としても、その言には同意しかない。
「どうする? ここで解散する? それともどこかに食べに行く?」
「解散して各自で済ませるにしても、結局は外に行かなきゃならないからな。だったら、一緒に食べに行くんでいいんじゃないか? 正直、そういう行為に興味がある」
「あ~、そっか。確かに食材とか何もなかったっけ。
けど、綾小路くん。アンタ、ホントいったいどういう生活をしてきたわけ? 正直、わざとやってんのか! ってツッコミたくなるほど、アンタの言動や反応の一つ一つが一般人離れしてんだけど……」
「……そう、なのか?」
軽井沢さんの言葉に、綾小路は愕然とした様子で問い返した。無表情ではあるのだが、姿勢の変化などでそれとなく分かる。
「そりゃあね。無表情なだけならまだしも、興味あるって割に声に抑揚もないのが大半だし。何て言うか、人の形をした機械を相手にしてる感じ?
テストを50点で揃えていたことといい、表面的というか上辺だけというか、そういった部分からものを考えて行動してるんじゃない? 100点満点なら50点が平均だ。なら、50点で揃えておけばこれ以上ないほどに平凡だろう……とか、そんな感じで。
そりゃあ、世の中には奇跡的にそんな平均平凡ど真ん中な人がいるのかもしれないけど、全人口の中でそんな人がどれだけいるかってことになるでしょ。私たちが目にするとしたら、良くても50点台でバラつきがあるパターンが精々じゃないかな? ただし、スポーツとか他の分野で実力が高かったりするけど。
早い話、何から何まで平均的な人なんて、逆に珍しいってことよ。アンタが本当に平凡な人間を装うつもりなら、何か一つくらいは突出した実力を示すとか、それが嫌なら幾つかの分野で平均以上の実力を示すとかしないと、逆に怪しまれることになるわよ?
まあ、うちのクラスメイトが相手なら、もしかしたら誤魔化せるかもしれないけど、どこにだって例外的な存在はいるもんだし、絶対の保証はないわね」
「そういうものか……。助言、感謝する。表情や抑揚に関しては難しいが、それ以外に関しては善処してみることにする」
上手い、と思った。対象範囲を持ち出すことで、軽井沢さんは自身の言葉に説得力を持たせたのだ。
たった八人というこのメンバーの中に限っても、真に平凡な人間などいやしない。
俺、櫛田さん、松下さんは総合的に優れているタイプだが、その中でも差は存在する。
幸村と王さんは学力偏重型という点では共通しているが、やはり違いがある。
佐倉さんはビジュアル特化型だ。実際にアイドルとして働いていたというその過去は、社会が彼女のビジュアルを認めたという事実を示している。少なくとも、その道に関わるプロの目に留まらなければ不可能だからだ。
学力面と運動面で最も平均的なのは軽井沢さんということになるが、誰が彼女を見てそのような判断を下せるものか疑問である。まあ、個性を関与させなければ可能かもしれないが。
この事実を前にすれば、綾小路の言葉が持つ説得力など無いに等しい。
それを、綾小路自身も認めざるを得なかったのだろう。何かしらで実力を示すことに前向きとなった。
正直に言って助かる。能ある鷹は爪を隠すと言うし、その実例が綾小路なんだろうが、本当に爪を隠されるとそれはそれでやっかみの対象となる。まあ、綾小路ならばどうとでも対処できるだろうし、その点に関しては心配していない。
だが、状況次第では隠していた爪を表に出さざるを得なくなる筈だ。過程がどうあれ爪を表に出すことになるのなら、その片鱗くらいは最初から示してもらいたいのが人情というものだ。
「ま、取り敢えずは飯についてだ。正直、俺が腕を振るっても良かったんだが、個室だと心許ないからなぁ。それでも、作るだけ、収容するだけならどうにかなるだろうが、この人数で一緒に食べるってのは難しい」
「北郷……お前、料理までできるのか?」
俺の言葉を受け、今度は幸村が愕然とした様子で問いかけてくる。よく見れば、他の面々も驚きの表情を浮かべている。
「流石に何でもかんでもとは言わないがな。中華に関してならばそこそこの自信はあるぞ」
これでも流琉直伝だからな。更には流琉ほどではないが、華琳や秋蘭たちからの教えも受けている。一生涯を費やした研鑽が、この身には反映されているのだ。である以上、そんじょそこらの奴に負けるつもりはない。
まあ、これは料理に限ったことではないが。弓、無手格闘術、気功、サバイバル能力、馬術、詩歌、軍学、内政、医術、農学……例を挙げればキリがないほどだ。
とはいえ、モノによっては錆び付いているのも否定はできないし、そもそも現代社会で通じるか怪しいモノもあるので過信は禁物だが。農学なんて最たるものだろう。まるっきり通用しないとは言わないが、あの時代より現代社会の方が遥かに進んでいるのは事実だし、風土にも大きく左右される。
「何て言うか、北郷くんも大概ビックリ人間よね……」
松下さんが呆れた調子で言った。その意見を否定はできない。他ならぬ俺自身がそう思っているからだ。
「まあまあ。……この『ケヤキモール』って所に行ってみませんか? 多種多様な飲食店が入っているようですし、食材を買って帰れば明日から自炊も可能になりますよ?」
ついつい脱線する状況を見兼ねてか、王さんがパンフレットを片手に提案をした。
「うん。それで良いんじゃない? 妥当と言えば妥当でしょ。各々に好き嫌いがあれば、どこが美味しいとかの情報もないんだしさ」
そんなわけで、ケヤキモールに向かうこととなった。
♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢
明けて翌日。
俺は日課のジョギングを済ますため、早朝から起きていた。
とはいえ、昨日の今日であり、周辺地形もハッキリとは把握していないのが実情だ。これではコースの策定などできるわけがない。暫くは情報の把握に努め、コースを定めるのはそれ以降にするのが妥当だろう。
「おはよう、北郷」
「おはよう……ございます」
「おはよ。いや~、マジで眠いわ~」
寮のロビーに着くと、そこには昨日結成したグループメンバーの姿。誰もがモールからの帰りしなに買ったトレーニングウェアに身を包んでいる。
一応、昨日の段階で早朝にジョギングやウォーキングをすることは伝えてあり、それを聞いたメンバーも参加を希望し、だからこそウェアを購入していたのだが、まさか本当に全員が参加するとは思わなかった。
実際、大半は眠そうだし。平常通りな様子なのは綾小路と櫛田さんくらいなものだ。
「ああ、おはよう。正直、全員が起きてくるとは思わなかった」
「ああ、俺自身、起きたはいいが二度寝を決め込みたくなったのは事実だ。……が、昨日も言っただろう? お前にアテられたと。何と言うか、ここで不参加なのは裏切ったような気分になってな」
「右に同じく。いや、自分でも不思議なんだけどね。昨日会ったばかりだってのに、何だか北郷くんの言葉は胸に響くのよ。逆に言うと、北郷くんが言ったんじゃなければ二度寝を決め込んでたかもしれないんだけど……」
俺の言葉に幸村と松下さんがそう返した。他の面々も似たり寄ったりらしく、不思議そうに同意していた。例外なのは王さんくらいだ。彼女も同意はしているのだが、個人的に理由付けはできているらしい。
「北郷くんは『王の試練』を乗り越えたらしいですからね。それを前提に考えれば何の不思議もありません。王様の言葉は聞くものでしょう?」
王さんは笑顔でそう言うが、事情を知らぬ者にとっては中々のカオスである。後半だけならともかく、前半は意味不明だろう。
「神話や伝承でよくある類の『謂れ』か。……ん? では、中学時に北郷が入院したというのは……」
「はい。それに巻き込まれてしまったためだと私は考えています。丁度、曰く付きの品も展示されていたようですし、北郷くんが倒れたのもそれが展示されていたコーナーみたいですし。そして、それを乗り越えたから目を覚ましたと。
もちろん、この意見を無理に押し通す気はありませんよ。ただ、私の場合はそれで納得していた方がスッキリするものですから……」
「まるでオカルトだが、カリスマ、威光、神秘的といった表現があるように、人か物かを問わず、単純な理屈では説明付けられないような事柄があるのは確かだ。
見入る、聞き入る、なんてのは受け手側の反応を象徴する言葉だが、必ずしも万人に共通するものではない。同一の状況下で同じ絵を見ても、感銘を受ける人物と受けない人物がいるように、あくまでも受け手側の感性や互いの相性に委ねられる部分も大きい。
まあ、それですぐさま王様云々を受け入れるのは難しいが、北郷が並みならぬ人物であるのは確かだ。それに対し、俺たちが感銘を受けた結果の行動だと考えれば理解はできる」
だが、どうやら綾小路は『王の試練』に心当たりがあったらしい。それに対する反応を示すと、王さんが昨日俺がした説明よりはもう少し詳細に説明し、それを聞いた幸村が理屈の方面から理解を示した。
「理由を考えるのもいいけどさ、そろそろ動かない? 時間、無くなるよ?」
櫛田さんに促され、俺たちは歩き出した。
「風が気持ちいいです……!」
「確かに。運動面は捨てていたが、存外馬鹿にできたものではないな。こればかりは、実際にやってみないと分からない」
一塊になってゆったりと歩く。車通りも人通りも少ないからこそ可能なことだ。
付け加えれば、やはり各自で運動能力の差があるために、一塊になって進まないと置いてけぼりにしてしまう事態に発展する。実際にそうなった。
その際のワーストは幸村と佐倉さん、次いで王さんから軽井沢さんと続き、これが後方勢力。最前方は俺と綾小路で、櫛田さんと松下さんがこれに続く形となった。そして、櫛田さんからの呼びかけによって、初めて発覚したことでもあった。
普段は独りでやるか、運動面での家庭教師と一緒にやっていたため、周りに合わせるのを怠ってしまったが故の失態である。
同時、綾小路の能力の片鱗が浮き彫りになった一幕でもあった。
「誰にペースを合わせれば良いのか判断が付かなかった。幸村は運動能力に自信が無いことを自認していたし、そうである以上は、やはり同じ男である北郷に合わせるべきかと思った」
とは、綾小路の述懐である。
「思ってそれが簡単に実行できるなら、綾小路くんにとってはその方が楽ってことよね? じゃあ、綾小路くんは楽な行動を取ればいいと思う。
平凡ってのは、無理に周りに合わせることじゃないよ? 楽な行動を取った結果の集団形成を指してそう言うんだから。世の中、可もなく不可もなくな人の方が圧倒的に多いから、それを指して平凡と言われがちだけどね。優秀な人が集まった優秀な集団では、ただ優秀なだけだと、それが平凡になってしまうわけ。
言ってしまえば言葉のマジックだけど、それが世の中ってものよ?」
「そういうものなのか……。だが、言われてみれば道理でもある。
学校生活を送るに当たり事前に予習はしてきたつもりだったが、やはり実践は難しいな」
一つ一つ、子供に言い聞かせるような松下さんの言葉に、綾小路は悩まし気にそう答えた。……やはり、無表情で抑揚はなかったが。
「なあ、綾小路? いっそのこと、お前、ここと似たような施設の出身ってことにすれば良いんじゃないか?」
「ッ……!? 何故だ?」
俺の言葉に、綾小路は一瞬だけ表情を変えた。次の瞬間にはまた元の無表情に戻っていたが、存外、それが真実なのかもしれない。
「いや、日本政府直々にこんな学校を建てて運営するくらいだ。当然、相応に大きな計画の元で動いている筈だ。合言葉は『次代を背負って立つに相応しい人材を育成・輩出する』ってところか?
だが、言うは易く行うは難しだ。その方法も定かじゃない以上、アプローチだって複数存在して然りだ。ここは高校生を対象にしているが、もっと幼い年齢層を対象にした施設があったって不思議じゃない。そして、ここは大々的に広報することで、そうと悟らせぬままに被験者を集めているが、極々限られた範囲にのみ公開しているところだってあるかもしれないだろう?
所詮は仮定に過ぎないが、十分に筋は通る。そして一定の筋が通るなら、深く考えぬままに納得してしまうのも大衆ってもんだ」
「能力はバカ高いけど、人格形成に難ありってパターン? 綾小路くんを見ていると、確かにありね。むしろ、そう言われた方が納得がいく」
俺の言葉に櫛田さんが頷き。
「はぁ……。そのものズバリでそのパターンだ。もっとも、オレが育った施設では『天才の量産』をスローガンに掲げていたがな。オレはそこの四期生に当たり、周りからは『最高傑作』との評価を受けていた。
ただ、その教育方法を筆頭に、世間一般に知られれば色々と叩かれそうな難点を抱えているのも事実でな。俗世間とは隔離された環境で育つことを余儀なくされるのもその一つだ。自身でそれを望んだのならばまだしも、オレはそこの運営者の実子ということで強制的に叩き込まれたんだ。
そのことに対する不満や、外の世界の俗世間に対する好奇心が積もった結果、オレはそこを脱走し、向こうもそう易々とは手を出せないであろうここにやって来たわけだ。
それで、お前たちはこれを知ってどうする?」
それを受け、綾小路は諦めた様子で肯定した。事実は小説より奇なり、とはこのことか。まあ、だとするのなら綾小路のアンバランスさにも納得がいく。
「いや、別に何も。どんな過去を持っていようがお前はお前だ。綾小路清隆という一己の人間でしかない。
むしろ、そんな過去があるんなら、よっぽど実力を披露した方が良いぞ。お前には気の毒だが、この学校もまた俗世間ってものからはかけ離れているからな。共通する部分が無いではないが、それを優先すればするほど足切りされる可能性は高くなる。
レズだろうが、極度の男嫌いだろうが、事ある毎に眠ろうが、度々妄想して鼻血を出そうが、仕事を無視して趣味に耽ろうが、その欠点を補って余りあるほどの実力を示せば、周りを黙らせることも可能となるし、信望だって得られる。それが世の中ってもんだ。流石に万人からの理解と納得は得られないけどな」
そう。華琳も、桂花も、風も、稟も、真桜も、それぞれに欠点はあるが、その実力は確かだった。中には彼女たちを嫌う者もいたが、それ以上に慕われているのは間違いなかった。
「良いように誤魔化されている気がしないではないが、一理あることは確かか……。
というか、何だその具体的な人選は? お前の交流関係はいったいどうなっている?」
「気にするな。単に具体的な例を挙げただけで、この程度は氷山の一角に過ぎん。挙げようと思えばまだまだ挙げられる」
そう。酒好きなNT系バーサーカー――雪蓮を筆頭に。
「そうか。深くは考えないでおくことにする」
「その方が良い」
そんなこんながありつつも、俺たちはウォーキングを続けるのであった。
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