『すまない北郷。折り入って相談したいことがあるんだが、これから俺の部屋に来てはくれないだろうか?』
翌朝。
昨日は意気消沈して帰った神崎から連絡がきて、オマケに真剣な口調で頼まれれば、俺には断る理由などなかった。
そうして、教えてもらった神崎の部屋へとやって来たのだが……。
「あ、いらっしゃい。隆二のお友だち? いるから入って構わないよ」
チャイムを鳴らして出てきたのが神崎ではなく見知らぬ美少女で、オマケに神崎のことを気安く名前で呼んでいるとあっては、流石に意表を突かれてしまった。
神崎の奴、彼女がいたのか。それならそうと言えばいいのに。ってか、彼女が来てるのに俺を呼ぶなんてどういうつもりだ? ああいや、俺を呼んだ後に時間差で彼女がやって来た可能性もあるか……。
さしもの俺も困惑を隠しきれない。しかし、無視するわけにもいかないので、どうにか対応する。
「あ、はい。お邪魔します。……しかし、神崎に君みたいに美少女の彼女がいたなんて思いもしなかったよ。俺は1ーDの北郷一刀だけど、君の名前を訊いても?」
「ああ! 君が北郷くんか! 霞や愛紗たちから君のことは聞いてるよ。あっと、私は2ーBの朝比奈なずなだよ。よろしくね」
「っと、先輩でしたか。これは失礼しました」
「はは、いいっていいって。……けど、かなりの『女好き』って聞いてるけど、雅とはタイプが違うんだね。
まあ、雅みたいなタイプだったら、あそこまで親し気に話題に上る筈もないか……」
朝比奈先輩はカラッとした態度で俺の言葉を受け流す。
「隆二~、お客さんだよ~! 1ーDの北郷くんだって~!」
「あ、はい。ありがとうございます、朝比奈先輩」
「もう、硬い硬い! なずなでいいって言ってるでしょ? 一晩一緒に過ごした相手に他人行儀な態度を取られると、私だって傷つくよ? こっちは雅と違って身持ちが固いつもりなんだからさ」
「あ、ああ。分かった。すまない――いや、ありがとう。なずな」
「うん。隆二も元気になったようで良かったよ。正直、昨日の隆二の落ち込みようは見てられなかったからさ。
あ、お友だちも来たみたいだし、私は帰るから。また慰めてほしくなったら、呼んでくれて構わないからね?」
そんなやり取りをしたあと、朝比奈先輩は帰っていった。
「つうか、驚いたぞ、神崎。お前、彼女がいたんだな」
「…………違う」
俺の零した感想に対し、たっぷりと時間を取ってから、漸く神崎は否定の言葉を絞り出した。
「は? 違うって、彼女じゃないのか? それならそれでよっぽど意外なんだが……。よもや、お前が遊び人タイプだったとは……」
「それも違う! 順を追って説明するから、取り敢えず俺の話を聞いてくれ」
困惑や焦燥をアリアリと滲ませながら、それでも真剣な表情で神崎は言ってきた。
この様子から察するに、どうやら俺の予想とは一足も二足も違う事情がありそうだ。そうとあっては、こちらも真剣な態度で臨むべきだろう。
「……分かった。どうやら深い事情がありそうだな」
「深い、のかどうかは俺にも分からない。と言うか、俺自身が未だに理解しきれていないんだ。だから誰かに話を聞いてもらおうと思った。そして、こと女性関係となると、真っ先に思い浮かんだのがお前だったんだ」
頭を振って神崎は言った。……ふむ。未だに事情は分からないが、女性関係の相談ということで俺に白羽の矢を立てたなら、それはそれで分からないではない。
「まずは彼女のことから説明しておこう。2ーBの朝比奈なずな先輩で、一之瀬とも仲が良い。一之瀬曰く『義理堅い性格』の人らしい」
「ふんふん。それで、続きは?」
「……それだけだ」
「は?」
「冗談でも何でもなく、俺が知ってる彼女の情報などその程度なんだよ。俺にとって彼女は一之瀬を介した上での知人でしかなく、向こうにとってもそれは同じだろう。
まあ、自覚はないが、昨日の俺はだいぶ酷い様子だったみたいだからな。彼女が真に一之瀬の言うように義理堅い性格なのであれば、縁遠かろうと知人が落ち込んでいるのを見れば、心配して声を掛けることには理解も納得もできるんだ。事実、彼女は心配そうな顔で俺に声を掛けてきた。
そして、そこから何かしらのやり取りをした記憶はあるが、実際のところは覚えていない。覚えているのは、彼女が部屋まで付き添ってくれて、そのまま一晩中慰めてくれたことだけだ。……身体まで使ってな」
「ってことは、つまり――」
「――正真正銘、昨日が俺の初体験だ。血が出てたから、おそらくは彼女にとってもな……」
なるほど。神崎の話を信じるなら、ここまで困惑と焦燥を滲ませるのも無理はない。関係性を鑑みると、普通に考えてあり得ないからだ。可能性が無いわけではないが、それでもかなりの低確率だろう。
「こう、義理堅い性格の女性というのは、友人の友人が落ち込んでいるからといって、身体を張ってまで元気づけるものなのか?」
「絶対に無いとは言わないが、限りなくゼロに近い確率だろう」
「そうか……。となると、やはり現実的な可能性として考えられるのは、俺が彼女に対して気功を行使してしまった結果、というわけか……」
ズゥンと落ち込みながら、神崎はその結論を口にした。
あくまでも予測でしかないが、神崎の気功は『要請』や『同調』に真価を発揮する類だと想定された。もし、事実その通りだとするのなら、朝比奈先輩に『要請』した結果だとすれば筋は通る。
普段ならともかく、落ち込んでいる状態だ。さしもの神崎とて、親身に接してくれる先輩が相手であれば、俺を助けてくれ、とか、俺を慰めてくれ、とかくらいなら言ってしまってもおかしくはない。
平常心からほど遠ければ気功の暴走や暴発も起こり得るし、気功を覚えたての神崎にはあるまじき強い効力を発揮したとしても不思議はない。
「滑稽だな。綾小路先生の話を聞いてショックを受けておきながら、俺は一人の先輩を歪めてしまったんだから……」
「別にそうとも限らないだろう。確かにそういう考え方ができるのは事実だが、朝比奈先輩には落ち込んだり後悔している様子は見られなかった。つまり、彼女はそれを受け入れているということだ。……少なくとも、そういう考え方ができるのも事実だ。
後悔して重く捉えるのもいいが、それよりは事実を事実として受け入れた方が建設的だと思うぞ? お前が真に彼女に対して申し訳なく思うなら、後悔に時間を費やすんじゃなく、一人の男として彼女に向き合うことを選択するべきだ」
「まったく……。厳しいな、お前は。だが、確かにその通りか……。
けど、怖いんだよ。俺の気功は朝比奈先輩を歪めてしまった。なら、他の相手を歪めないとどうして断言できる?」
「断言なんてできやしないさ。だが、真にそういう事態が起こった時は、その対処は一つだけだ。神崎、お前もハーレムを目指せ。誰か一人に向き合うんじゃなくて、歪めてしまった全員に向き合え。他者からどのような評価を受けようと、それが真実正しい責任の取り方だ」
「ああ、そうか……。そう言えば、お前は正しく多数の女の子に正面から向き合っているんだったな……。
ふぅ……。お前に相談して良かったよ、北郷。すぐにできるかは分からないが、俺も良い意味で開き直ってみることにする。そのためにも、まずは朝比奈先輩――いや、なずなに対して向き合うとしよう」
「ああ、そうしろ。むしろ、お前の場合は同級生からもう一人くらいは作っておいた方が良いんじゃないのか? 将来は大手企業の代表に就くんだろ? 結局のところ朝比奈先輩は『先輩』だから、現実的な意味でも彼女が卒業した後の『虫よけ』をしてくれる子は必要だと思うぞ?」
「『虫よけ』……か。まさか、お前が女の子に対してそんな表現を使うとは思わなかった。……が、合理的に考えればその通りでもあるか。助言、感謝する。そこについても考えてみるとしよう」
そう言って神崎は頷いた。
怪我の功名と言うかなんと言うか。結果的に神崎は朝比奈先輩に対してゲスな行為を行ってしまった。ならば、その時点で他者のゲスな行為に対してどうこう言う資格など持ち得ない。それが許されるのは、真実清廉潔白な者だけだ。
だからこそ、神崎が清隆の父を吹っ切るには良い契機となったのは間違いない。
「じゃあな、北郷。相談に乗ってくれて助かった。俺はこれからなずなに会いに行ってくる」
「おう、行ってこい。ついでだから、それとなく昨日のことを探っておけ」
「そう、だな。その方が良いか……」
そうして、俺は元気になった神崎と別れるのであった。
♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢
だがどういうわけか、その神崎から一時間と立たぬうちに再び呼び出された次第である。
訂正。大凡だが呼び出された見当は付いている。確かに電話が掛かってきた当初は分からなかったが、呼び出された先が二年生の学生寮ということ。
そして――
『北郷。度々すまないが、これから言う場所へ来てもらってもいいだろうか? さもなくば、ともすれば俺は今日が命日となるかもしれん』
電話口から震える声でそんなことを言われれば、神崎が心配にもなるし、そうなっている理由も想像できる。
そうして呼び出された先は誰かの個室だった。まあ、十中八九は朝比奈先輩の部屋だとは思うが。
「は~い。あれ、北郷くん?」
「どうも、先ほど振りです。神崎に呼ばれたんですが……」
「隆二に? う~ん、いくら隆二とはいえ、人の部屋を勝手に教えるとは……。あとで叱っておかないと!」
などと言ってプンプンと怒る様は非常に可愛らしい。
「ま、来ちゃったものは仕方ないか……。ここまで来させて追い返すのもアレだし、いいよ、入って。――あ! でも隆二、何でか知らないけど今はお説教を受けてる最中だよ? すぐに話せるかは……」
「ご心配なく。おそらく、それに関することで俺も呼ばれたんだと思いますから」
「そう? まあ、ならいいけど。……隆二~、北郷くんが来たよ~」
そうして朝比奈先輩に案内された先には、正座をして項垂れる神崎と、それを仁王立ちして取り囲む四人の美少女がいた。愛紗、秋蘭、霞、楓花である。……ん? 楓花もいるのか。こればかりは俺も想定外だったな。
「む? ご主人様? ふむ、まるっきりの言い逃れではなかったわけか……」
そして、俺の姿を見るや否や、四人全員が揃って威圧を解除した――と言うと語弊がある。神崎に対する威圧は続けているが、遥かにグレードダウンした形だ。
「助かったぞ、北郷。それと、すまないがお前の口から事情を説明してもらっても構わないだろうか? 流石にこの状況ではな、俺が弁明しても『言い逃れ』にしか受け取られん」
同じくこちらを見やった神崎が、安堵の息を零したのが分かった。
「……だろうな。まあ、事情を説明する分には構わんが、俺も肝心な部分に関しては分からないぞ。俺が説明できるのは、あくまでもそうなるに至った経緯の部分に関してのみだ。……それでも構わないか?」
俺が四人に向き直って訊ねると、全員が頷いたのでザッと経緯を説明していく。
「そりゃまた何とも……。一刀が創った部活だから、ただの部活じゃないとは思っとったけど……」
「ふむ。部活が創られた経緯や、そこに絡む学校側の意図、昨日の流れに関しても、一定の筋は通っているな」
「正直、私たちとて気功の説明は難しいからな。快感か不快感か、ご主人様の場合、流せばそれだけはアッサリと分かるから、気功の実在を実感するには最も安牌な手段ではある。
その上で男が四人も集まれば、度胸試しに繋がってもおかしくはない。そして、それが呼び水となって気功に発現するのも……」
「そして、その後は意見交換やら討論という形になって、そこの神崎は視野狭窄を指摘されたと。そのショックが大き過ぎたことから早期退出して帰宅。その過程でなずなと出会い、落ち込むお前を見兼ねたなずなが話しかけ、何やかんやあっておそらくはお前の気功が暴発し、今に至る……と」
「んで、今朝になって正気を取り戻した神崎から一刀は呼び出されて相談を受け、取り敢えずはなずなっちに向き直るようにアドバイス」
「そこで二年の学生寮にやって来たところで、帰りがけのなずなを捕まえて話し込んでいた私たちと遭遇、詰問を受けるに至った」
「私たちから見ても、なずなの態度はいつも通りだった。違いを挙げるとすれば、精々がいつもより若干歩きにくくしていた程度。
まあ、だからこそ、怪我でもしているのか? と思って捕まえて話を聞いたわけだが、そこで、男の部屋からの朝帰り、などと言われてはな……。しかも、その相手が南雲ではなく一年で、北郷でもないとなれば、私たちが気を揉むのも分かるだろう?」
「それはまあ……。俺は朝比奈先輩のことはそんなに詳しく知らないが、基本的に『男の部屋からの朝帰り』と結び付かないような人物であれば、裏を勘繰るのは道理だろう」
「ところが、実際には裏などなく、あったのは殆ど事故のようなもの。気功に関しては、熟練の使い手でも暴走や暴発をしないわけではないし、発現したての素人に高望みをするのは酷というものだろう」
「事情を鑑みれば神崎も困惑や焦燥と無縁ではいられんかった思うし、一刀からのアドバイスを受けての結果とはいえ、なずなっちに向き合うことを選択したんやったら『お咎めなし』でええんちゃうかな?」
女性陣四人の中で話がいい感じに終わりそうだったが、俺は敢えてそこに水を注すことにした。……いや、これに関しては前以て説明して許可を取っておかないと、余計に後が怖くなりそうなんだから仕方ない。
「あ~、いい感じに話が終わりそうなところを申し訳ないが、俺から一点付け加えることがある。
これを聞けばそっちが怒るのは分かっているが、敢えて言うぞ。神崎には他にも女の子を堕としてもらうつもりだ。
理由としては二つある。一つは、神崎が大手企業の代表の子息で、神崎自身がいずれはその座に就くことを希望し、他からも嘱望されていることだ。そしてもう一つは、朝比奈先輩が『先輩』であることだ。
今はまだ入学して三ヶ月しか経ってないから神崎の事情も知れ渡ってはいないが、在籍期間が増えるにつれ、徐々に個人的事情も知れ渡っていくだろう。そしてそうなった場合、玉の輿を狙う女子が現れないとも限らない。だからこそ、『虫よけ』的な意味でも、普段から神崎と距離が近い女子がいる方が望ましいんだ」
「あ~、なるほどな~。そういうことなら仕方ないんちゃうん? ウチらの場合は一刀を槍玉に挙げて対処しとるけど、そんなんよっぽど特殊なパターンやし。実際、南雲の奴もしつこかったしなぁ~。いや、アイツは今もしつこいけど、それに輪を掛けてって意味で」
「事ある毎に、俺の女になれ! だからな。南雲の能力が高いのは認めるし、英雄が色を求めるのも否定するつもりはないが、それを私たちに求められても困るというものだ」
「まあ、そんなわけでご主人様には感謝しております。これから先、試験が増えるにつれて南雲がちょっかいを出すとは思いますが、そこはご容赦をお願いします」
俺の意見は、愛紗たちには思いの外すんなりと受け入れられた。自然、視線は残るもう一人――楓花へと向く。
「消極的賛成としておこう。私はレールに縛られることを是としない人間だが、誰もが誰もそういうわけではないことも理解しているつもりだ。
また、これで私も名家の生まれだからな。そういった関連でのしがらみやなんかの面倒さには他より理解もあるつもりだよ。こんな年端もいかぬ美少女相手に、顔も見たことのない相手から婚約を申し込まれても困るというものだ。断る以外の解答などあり得る筈も無かろうに、どうして試すのかホトホト見当が付かん。
世間一般的な評価で言うと、神崎の顔立ちは十分にイケメンだからな。そこにそんな付加価値が加われば、女子が群がろうとするのも納得はいく。
である以上、それに対処しようとするのは当然のことだ。双方が納得済みであるのなら、私からどうこう言うようなことはせんよ。
あくまでも、今回に限ってはなずなが歪められたと思えばこそだ。なずなのことは友人だと思っているからな」
そうして、楓花も消極的ながら神崎が相手を増やすことに賛成した。
これで、取り敢えずの憂いはなくなったと判断していいだろう。
「一件落着した? 飲み物持ってきたんだけど、どう?」
そこで、朝比奈先輩がドリンクとお菓子を持って姿を現した。話に参加しないと思ったら、ずっともてなしの準備をしていたらしい。……うん。突然やって来た輩ももてなす辺り、確かに義理堅い人だ。
それぞれが肯定の言葉を返し、冷えたドリンクと、朝比奈先輩手作りのお菓子を美味しく頂くのであった。
そういうことで、神崎のヒロイン一人目はなずな先輩です。
○○を『やってくれ』と言うのと、『やってくれないか』と言うのでは、結局はやらざるを得ないのだとしても、後者の方がやる側にとっては印象が良いと思います。
そんなわけで、神崎の気功は『企業の代表として有って困ることはない』を前提にイメージして設定されています。
使いこなせれば、まさしくカリスマとなるでしょう。
むしろ、世間一般で持て囃されている人物の中には、無意識的に気功を使っている者が少なからず存在する設定です。
人によって千差万別で定義づけられないから、それが気功による結果だと認識されていない感じです。
その上で様々な偶然が重なり合った結果、なずな先輩が神崎の気功の暴発被害を受けました。
もう一人の候補としては茜先輩も浮かんでいました。茜先輩も落ち込んでいる後輩を見かけたら慰めに入るイメージがありますので。
ただ、茜先輩にすると神崎のダメージが今以上に大きくなりそうですし、成長の見込みが遥かに低くなりそうなのでなずな先輩となりました。
被害を受けたのがなずな先輩であれば南雲から、茜先輩であれば堀北会長から、そして周辺に位置する恋姫から神崎が目を付けられるのは確定です。
ただ、一刀が間に入ることで恋姫勢からの印象は緩和されます。
同時、被害者がなずな先輩だった場合に限り、神崎は主に愛紗と楓花から鍛えてもらうことが可能となります。
この二人は部活動をやってませんので、その分だけ時間的な余裕があります。
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