ある程度ベースキャンプまで近付いたところで俺は先生たちと別れ、グルリと回り道をしてから戻ることにした。既に明け方近くなっているため、この時間だと起きている生徒もいそうだからだ。そんな中に先生と一緒に戻ったら、無駄に勘繰られることこの上ない。
まあ、勘繰られたところで構わないと言えば構わないのだが、それで出発が遅れたりしたら面倒だ。特に、今はDクラスだけでなくBクラスの生徒も一緒にいるのだし。
案の定というべきか、既に起き出している生徒は何人かいた。有栖と星もその一人だ。
「お帰りなさい。散歩は有意義でしたか?」
「……まあ、有意義と言えば有意義だったよ」
「その割には浮かない表情をしていますね。ともあれ、既に星さんも起きていることですし、手早く更新に向かうとしましょう。最低でも90ポイントは稼がないとなりませんし」
「……だな」
他のクラスもそうだが、既に当初の予定からは崩れまくっているのはうちのクラスも同じである。
当初の予定だと、俺は最後までリタイアするつもりはなかった。あくまでも、高円寺と有栖の分のリタイアポイントを稼ぐのを念頭に、他クラスにリーダーを惑わせるのが目的だった。
しかし、スポットの大量占有が殊の外上手く行きすぎてしまった。狙い通りと言えば狙い通りではあるのだが、実のところ、もっと洩れが発生すると思っていたのだ。ところが、現実には想像以上に洩れは少なくなってしまった。
それというのも、存外にスポットが分かりやすかったからだ。確かに自然物に紛れ込ませるようにはしているが、開けた空間の中にポツンと岩があれば嫌でも目立つ。海に『海の家』があるのはおかしくないが、場所や状況を考えたら流石におかしい。
こんな感じで、どこもかしこも『目立つ』、或いは『違和感を覚える』形でスポットが配置されていたのだ。これで気付かないわけがない。占有が捗るのも当然というものだ。
それがAクラスとCクラスに与えた影響は大きく、蓮華は葛城派と別行動を取ることを選択し、精神的に追い詰められた葛城へと龍園までもが狙いを付けた。
それだけならまだいいのだが、交渉の結果として蓮華たちに洞窟エリアを貸し与えることになってしまったし、龍園たちにも海のスポットエリアを貸し与えることになってしまった。
こちらにもメリットのある交渉だから構わないのだが、その一方で『俺と有栖間でのリーダー惑わせ作戦』は無に帰したと言ってもいい。こうなると、必然として俺もリタイアせざるを得なくなる。リーダーを当てられるのに比べれば、リタイアによる-30ポイントの方がマシだからだ。
結果的に双方がリタイアするのなら占有に有栖を付き合わせる必要はないのかもしれないが、ここでネックになるのが蓮華派と葛城派の別行動だ。
今回の指揮を執っているのは葛城らしく、必然としてリーダーは自派閥から選んでいるだろう。実際、それを証明するかのようにどうにかスポットの占有にも成功したようなので、俺との交渉で拠点を確保した蓮華派閥と顔を会わせるのは、それこそ点呼のタイミングだけかもしれない。
だからこそ、逆に厄介だ。戸塚を重用している辺り、葛城派閥だけなら『リーダーのリタイア』に気付かない可能性があるのだ。龍園も色々と煽っているようだし、そこに戸塚の有栖憎しと合わせれば、誤爆を狙える可能性は捨てきれない。
だが、それも『リーダーのリタイア』に気付かないという前提があってこそだ。
亞莎がいる以上、蓮華は間違いなく気付くだろうし、そこから伝わる可能性もゼロではない。
ここで有栖が占有に同行しなくなれば、そこから怪しまれて気付かれる可能性もある。
Bクラスからは星が単独でスポット占有に回っているので、そこから気付かれる可能性もある。
それを思えば実に危うい綱渡りだが、状況的には上手く運ぶ可能性も捨てきれないのだ。
俺と星の行動により、他クラスがスポット占有に難儀したり諦めたりしたのは間違いないからである。
たとえ他クラスにリーダーがバレたとしても、一週間という期間を耐えきれなければ意味はない。……実際にスポット占有に苦労したからこそ、葛城がそう誤認する可能性は十分にあるのだ。交渉による龍園からの物資提供が大きな役目を果たしているからこそ、尚更にそう思うだろう。
また、方針の変更を訴えて葛城に却下された蓮華にしてみれば、敗北による葛城の成長を狙っているフシがある。そのため、蓮華から葛城に伝わる可能性も低い。今回の試験ではCPのマイナスがないのもそれを助長する。
「今回はこっちの方にも足を伸ばしてみる」
「では、私はこちらの方へ足を伸ばしてみるとしましょう」
出発前にマップを広げ、ルートと探索範囲の拡大について確認する。……なお、このマップは龍園からの物資提供で新しく手に入れた物である。一枚1ポイントを高いと見るか安いと見るかは判断の分かれるところだが、重宝しているのは間違いない。
ほぼほぼ空白に等しかったマップの所々には、更新の際に俺たちが占有したスポットの位置を記してある。結構な数を占有したと思ったが、元々が人が動くには広い島だ。改めて確認すると、未だ空白地帯が多いのが分かる。
そこまでして空白地帯を埋める必要があるのかは迷うところだが、マップの穴埋めをしたくなるのはロマンである。
それに、もしかしたらスポットの密集地帯があるかもしれないし、ウサギなんかの棲息地帯があるかもしれないのだ。
ポイントによる交換物資の中に『解体用ナイフ』があったことを思えば、やはり確認しない道理はない。俺は肉が食いたいのだ。実際、解体作業だって叩き込まれているので問題はない。……まあ、件のナイフはまだ手に入れてないわけだが。
♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢
「……ある意味ではウサギ以上に価値のある物を見付けてしまいましたね」
「……ああ。ペンションだよな、これ?」
「私の眼にはそのようにしか見えませんが?」
未探査区域に入って暫く。試験のスタート位置からはかなり離れた場所で、俺と有栖はその建造物を発見した。
正直、あまりに唐突だったこともあり、些か呆っとしてしまったのは否めない。
「入ってみるか」
「ですね」
ペンションに向かうと、ドアのロックがスポット占有と一体化している様だった。迷うことなくカードキーを通すと、機械音と解錠音が鳴った。
「へえ? 占有は内側からも可能なんだな。ま、そりゃそうか。いちいち外に出てたら面倒なことこの上ない」
「水も電気も問題なく通ってますね。冷蔵庫にはお肉を含めて食材がギッシリですし、ドリンクもあります。バスルームもトイレもあって、テレビも見れます。快適極まりない環境ではありますが――正直、使い道は薄いですよね?」
「確かにな。普通に考えたら、こんな場所にあっても見つからない可能性の方が大きいだろ。基本的には一度決めたベースキャンプの位置は変更できないし、ポイントの温存を考えれば、たとえ見つけても十全に利用できないのは間違いない」
「精々がリーダー用の休憩所ですよね。まあ点呼の関係上、今回は時間的にも活用できそうにありませんが……」
せっかく見つけたペンションだが、その居住環境の快適さとは裏腹に俺と有栖からの評価は低かった。
まず、何よりも位置が悪い。正直、このペンションを見つけたとしても、その時点では確実にベースキャンプを構えた後だろう。実際、俺たちはそうである。
第二に、点呼制度が十全な活用を妨げる。無人島らしからぬ快適な環境に溺れれば、点呼に遅刻する可能性の方が高い。そう考えると、このペンションはむしろトラップと見た方が正しそうだ。
「そもそもにしてリーダーがいないと入ることもできないから、蓮華たちに提供もできないし。かといって龍園や葛城に教えるのは癪だ。正直、葛城はともかく戸塚が気に入らないし、龍園なんかは普通に恩を仇で返してきそうだ」
「どうします? お肉だけでも持ち帰りますか?」
「……止めとこう。出所を訊かれるのは間違いないし、教えたところで利用できないことへの不満が募るだけだ。皆には悪いが、リーダー特典として俺たちだけで活用させてもらうとしよう」
「まあ、それが無難ですね」
その後も周辺を探索してみたが、ペンション以外にスポットは見当たらなかった。この時点で更に評価は下がる。
それでも、まあせっかくなので、ペンションで休憩をとることにした。
「俺さ。女の子をレイプしちゃったんだよね……」
そして気付いたとき、俺はポツリと呟いていた。
「おや、そうなのですか?」
「……意外だな。怒られたり、呆れられたりするかと思った。――いや、俺がそれを望んでいたのかな?」
だが、それに対する有栖の態度は『平常』の範囲内で、だからこそ俺は言及してしまった。俺自身が『最低』と認識している行為故に、誰しもに知られたいとは思わないが、誰かに叱ってほしいという思いがないではなかった。
「私相手に語られても、正直に言えば今更感が強いですよ。真澄さんへの行為だって、レイプと言えばレイプなんですから。どう受け取るかは、それこそ受け取り手次第です。単に一刀くんが納得しきれていないから、その負い目がレイプと認識させているだけなのではないですか?」
そう言われると否定もできないが、一応、今朝の一件について説明をすることにした。
「……なるほど。私に言わせれば、それはレイプではありませんね。だって、一刀くんは藍さんに快感を与えているわけですし、藍さんだって性行為を受けることは納得済みだったようですから。内容がレイプに近いだけで、結局は合意の上の和姦ですよ。
藍さん自身、結果を受け入れているようだからいいではないですか。一刀くんだって、獲物を逃がさなくて済んだんですよ。何を負い目に思うことがあるんです?
もしかして、性癖を歪めてしまった――可能性があることですか? それこそ一刀くんの己惚れというものです。だって、藍さんは初めてだったんでしょう? なら、藍さんが元からそういう性癖持ちではなかったとどうやって説明するんです? 誰が証明できるんです? できやしませんよ。そんなのは、単に一般的な確率に当て嵌めて考えているだけではないですか。
思ったんですが、一刀くんは『龍の影響』とやらを必要以上に重く捉えているのではないですか? いえ、見当はずれの嫌悪感を抱いていると言っても過言ではないでしょう」
「それは、どういう……」
「前提として、一刀くんが平均以上に優しいのは間違いありません。包容力がある、と言い換えてもいいでしょう。これは似てこそいますが、違うことも確かです。そこに、女好きと高い精力が加わります。
それらが絡み合った結果、優しい一刀くんはお相手の女の子に負担を掛けないために、お相手となる女の子を増やすことを選択したわけです。この時点で倫理に喧嘩を売ってますが、現実問題として、女の子の方も一刀くんの性欲を受け止めきれず、それに同意しています。
ただ、性癖や性欲の高さなんて、それこそ人によって千差万別ですからね。そうやって増やしていった女の子の中には、一刀くんからは縁遠かった性癖の相手もいたわけです。優しく包容力のある一刀くんは、それすらも受け入れました。
ですが、それが一刀くんに影響を与えていることも確かでしょう。端的に言えば、ストレスと高揚、相反する感情を一刀くんに与えたわけです」
一つ一つ、有栖によって俺という存在が解体されていく。そのことに恐怖がないわけではないが、今の状況では説明内容への納得の方が勝る。
確かにそうだ。女の子に厳しく当たることは俺に罪悪感や嫌悪感というストレスを与え、その一方で高揚感を齎した。
「どうにかこうにか、一刀くんはそれを受け入れていましたが、おそらく、船で龍の影響云々を耳にした瞬間、一刀くんは無意識的に押し付けてしまったんですよ。自分が女の子に激しいプレイを行うのはそのせいだ、傷つけるのを厭わないのはそのせいだ……と。
完全に間違っているわけではないでしょうが、正解でもありません。私は一刀くんではないので確かなところは分かりませんが、それでも一つだけ言えることはあります。……一刀くん、ゼロには何を掛けてもゼロなんですよ?」
瞬間、雷に打たれたような衝撃を覚えた。
なるほど、俺は知らずのうちに、俺が見たくない、認めたくない、そんな不都合な部分を押し付けていたわけだ。『龍の影響』という、尤もらしくて都合に良い理由があったために。
つまりは、俺の思い違いだったわけだ。良くも悪くも『支配者モード』の結果を受け入れ、その上での方策を練る。それこそが、『支配者モード』を御すということなのだ。
だというのに、俺は結果を認めつつ嫌悪感を抱いた。これではいつまで経っても御せるわけがない。
藍を好ましいと思ったのも本当で、逃がしたくないと思ったのも本当で、ハーレムに加えたいとも思ったのも本当で、ハーレムメンバーの中に暴力的衝動を受け止めてくれる相手がほしいと思ったのも本当で、それに都合が良いから初手からハードプレイを仕掛けたのも本当で、それでも女の子には気持ちよくなってほしいから気功を使ったのも本当で、言ってしまえば、それらはすべて俺の意思なのだ。
色々な条件からハードプレイ用の人員に藍が選ばれてしまったわけだが、言ってみれば都合が良かっただけだ。現れたのが藍でなく、例えば伊吹さんや椎名さんだったとしても、末路は同じだったことだろう。
そこに龍の影響がなかったとは言わないが、俺の意思あっての選択でもある。
藍がマゾヒストだったとして、何か俺の不都合があるのか? 改めて自問したところで答えは決まっている。不都合などない。俺が俺である以上、それは当然の回答だ。
平たく言えば、俺は『藍の性癖を歪めてしまった――可能性があること』こそを嫌悪していたことになる。裏を返せば、ハードプレイを仕掛けたことには一切の後悔もないということだ。
ただ、俺はそれを認める一方で、嫌な部分からは目を背けようとした。佐枝に対してもそうだ。……他人には偉そうに言っておいて、自分自身が自分の弱さから目を背けようとしていたのだ。
そして、その自己矛盾が、俺を苦しめていたわけだ。
「ハッハッハッハッハッハッ……!」
俺は嗤った。嗤わずにはいられなかった。何という滑稽さか。何という無様さか。
「……一刀くん?」
「いやぁ~、嗤った、嗤った。……感謝するよ、有栖。おかげで自分を見つめ直すことができた。開き直ることもできそうだ。
ああ、そうだ。俺は支配者になろうという男なんだ。使えるものは何でも使うし、欲しいものはどうやっても手に入れる。その方法にも頓着はしない。手に入らなければ意味はないからだ。
そして、過程に問題があろうと、結果で黙らせるのが『勝者』というものだ」
そうだ、歴史とは勝者が創る物だ。『卑怯卑劣な策略』も、勝者の側に立てば『見事な策略』に早変わりするのが世の常だ。
志がどうあれ、行為を踏まえれば、元より『正義のヒーロー』になんかなれるわけがない。なれるとすれば、『ダークヒーロー』しかあり得ないのだ。
そして、どちらのヒーローだろうと、決して万人に受け入れられるわけではない。多かれ少なかれ、必ず反対勢力は現れる。
「世が乱れ、人々が困窮した時代に、救いを齎すべく天より遣わされるのが『天の御遣い』だという……。そして、俺はその『天の御遣い』だ。
だからこそ! 祝え、有栖! 今、この瞬間が、真の意味でこの世界に『天の御遣い』――北郷一刀が降臨した瞬間だ!
俺は女に快感を与え、それにより支配する! 手始めに学校を! 次に日本という国を! やがては世界を! 俺の手で世界を治め、それによって世界を鎮める!
だが、俺一人では無理だ。必然として協力者がいる。故に、お前はその筆頭として俺を手伝え。世界を手中に収める瞬間を、特等席で見物させてやる」
俺は自分に自信を入れるためにも、そして決意を固めるためにも、敢えて高らかに宣言した。できないとは思わないし、やれないとも思わない。
その反面、聴衆は有栖一人だ。しかし、だからこそ、有栖の特別性が際立つのは間違いない。
「フフ……。本当に一刀くんは人を持ち上げるのがお上手ですね。『三國』を差し置いて、私を筆頭にですか……」
「自信がないか?」
「何せ内容が内容ですからね、そう簡単に、ある、とは言えませんよ。
ですが、面白い! と感じている自分がいるのも確かです。『三國』という後ろ盾もありますし、世を構成している人間のうち、半数は女性です。一刀くんが真に手段を択ばないというのであれば、世界相手でも十分に勝算はあるでしょう。
しかし、よろしいのですか? 世の女性すべてに優しくできるわけではありませんよ?」
「承知の上だ。そも、人間性だけで考えるなら、女性にだって悪人やゲスはいる。そういう人物にまで優しくしようとは思わない。
同時、目標が大きければ大きいほど、周囲に求めるものも大きくなって然りだ。期待に応えられない者に手を差し伸べるにも限度はある。
だが、世に男が俺だけでないのは事実だからな。俺が手を差し伸べられない相手でも、他の男が手を差し伸べるなら、それによって女の子が幸せになれるなら、それはそれで問題ない。
誰にでも機会はあるが、掴み取れるかは実力次第。その点では今の世と大して変わらないが、一夫多妻や一妻多夫を正式に認め、エロをもっとオープンにする。つまり、新たな方面で活躍できる機会を増やすわけだ。それが俺の目指す世だ!」
コブシを握り締め、俺は高らかに叫ぶ。
そのためにも、まずは学校内から変革する! 実力向上の手段として、エロを大々的に認めさせる!
学校側の与えるペナルティが『退学』か『エロ行為』かの二択になるだけでも、生徒にとってはだいぶ違う筈だ。退学よりはエロを受け入れる人もいるに違いない。
そのためには、やはり実績が必要だ。ペナルティとしてエロを導入し、それによって全体的に実力が向上したのであれば、決して学校側も言い分を否定はできないだろう。
羞恥心は確かに必要だが、規制が過ぎて素直にエロを愉しめないのが今の世だ。それが鬱屈さを増しているのは否めない。
一般レーベルのコミックやラノベでエロ表現が増えているのもそのためだ。世はもっとエロを欲している! それが今の世の事実なのだ! だが、現実では不可能だから、創作物の中で理屈をこねて表現しているのだ!
ならば、俺はその意思を確かに受け止め、世に変革を促そう。それは俺の意思ともマッチする。
今の俺は、かつてないほどにやる気が溢れていた。
今回の話を書いてて、ウォズさんがいれば……と思いました。
これを機に、一刀も開き直るようになります。
『種付けの自由化』ができるようになったので勘違いしがちですが、一刀は決してその能力を御せているわけではありません。元々のルールに則った上で活用しているだけです。
あと、DクラスもDクラスで、細かい部分で方針が二転三転してます。
そんな予定通りに進むことはないということです。
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