「やあ、聞いたよ綾小路ボーイに北郷ボーイ。何でも登校途中、それぞれが白昼堂々と櫛田ガールと佐倉ガールに対し情熱的な接吻を行ったらしいじゃないか! いやはや、つまらない庶民ばかりかと思っていたが、そうではないようで大変結構! その調子で、今後とも私を愉しませてくれたまえ。それ次第では、君たちに助力することも吝かではないよ?」
教室に入った途端、高円寺に声をかけられた。何事かと思いきや、そんなことを宣う始末。
「さっきの出来事が、もう拡散されてるのか……。
まあ、それはそれとして。おはよう、高円寺。俺は俺の望みのままに行動するだけであって、別にお前を愉しませるために行動するわけじゃないから、そこは勘違いしないでくれよ? まあ、その結果としてお前が愉しむ分には自由だが」
「おはよう。……北郷たちと行動することは、オレの興味関心を惹き付けてならない。高円寺、お前はオレの琴線を掻き立ててくれるのか?」
「ほう? なるほどなるほど。どうやら、私の目が曇っていたようだ。そこについては謝罪しよう。
だが、私は自分に恥じる振る舞いをするつもりはないが、だからといって自分を安売りするつもりもない。未だ、君たちは私の目端に留まったに過ぎない。私の力を引き出したいのなら、もっと私の気を惹き付けることだ。……では、アディオス」
言うだけ言って、高円寺は自分の席に戻っていった。
そして、椅子にどっかりと腰を掛け、足を机の上に投げ出し、鼻歌混じりに爪を研ぐ。そこだけを見るならば、常識知らずにして傲岸不遜の唯我独尊。むしろ、その点だけでも一般人には受け入れがたい要素が満載だ。
しかし、実力があるならば話は別となる。
例えば、ハッキングを行い捕まった犯罪者が司法取引の末に国に雇われるなどという話は、真偽はともかく耳にする。所詮は噂に過ぎぬとしても、そんな話が持ち上がり消えない時点で、人格や振る舞いよりも能力を重視する者が一定数以上いることを示している。
実力の無い者が行えばただの馬鹿だが、実力者が行えば筋が通ってしまうのが、今の世の中なのである。
俺たちは未だ入学を果たしたばかりで、公に実力を披露する機会には巡り合えていない。逆に言えば、それ次第で高円寺の行動には正当性が生まれることになる。
非難ややっかみというものは、その事柄において勝利することができないからの、弱者による遠吠えでしかないのも一面の事実なのだ。
「おい、聞いたぞ北郷! てめえ、櫛田ちゃんの唇を奪ったそうじゃねえか! 俺の櫛田ちゃんにいったい何してくれてんだ!?」
「そうだそうだ! しかも、綾小路に至っては佐倉の唇を奪ったそうじゃねえか! てめえ、ふざけんなよ! あの身体は俺のもんだ!」
そして、音を立てて教室の扉を開いたかと思えば、勢いよく駆け寄ってきて、そんなことを捲し立てるバカが二人。
まあ、思春期というか発情期の男子高生であることを鑑みればある意味では健全なのかもしれないし、男同士つるんでの猥談でならありと言えばありだが、あくまでも女子のいない状況下での話だ。
「えぇと、たしか池と山内だったか? お前たちの怒りに関しては分からないではないが、それを俺たちにぶつけられるのは筋違いだな。あくまでも、俺たちは合意の上でキスを行ったんだから。昨日という時間を有効的に活用した結果だよ。
ついでに言うと、櫛田さんは池のものでなけれは、佐倉さんも山内のものじゃない。……と言うか、池は辛うじて義憤に駆られたと捉えることもできるが、山内は普通に言ってることが最悪だからな。佐倉さん個人を蔑ろにして、彼女の身体しか見ていないことになるぞ。
お前らが本当に女子にモテたいのなら、まずは彼女たちに謝罪してその言動を改めろ」
俺としてはこう言うより他にない。クラスメイトであることは間違いないのだから、注意喚起で済ませられるのならそれが一番だ。
「人間、誰しも向き不向きや得意不得意がある。それは仕方のないことだ。
だが、その上で守るべき事柄を守り、やるべきこと、やらなけらればならないことを、堅実に、誠実に行っていれば、見ている人は必ずいるし、認めてくれる人だって現れる。
急がば回れ。将を射んと欲すれば先ず馬を射よ。……心を惹きたい相手がいるのなら、まずはその対象に相応しい男になれるように努力しろ。一気に本丸を狙うのも一つの手ではあるが、能力が足りなければ玉砕するのが落ちだからな。
確かに、俺と櫛田さんは昨日出逢ったばかりだ。それを思えば、お前たちが納得しがたいのも無理はない。――だが、俺はその所々で実力の片鱗を示し続けた。それが彼女へのアプローチとなり、距離を縮めることに繋がった。
正直、中学時の成績だけで言えば、俺はこのクラスの中でも最下層に近いだろう。不可抗力とはいえ、中学一年の途中から二年間は病院のベッドの上で過ごしたからな。退院してからは勉強の遅れを取り戻すため、学校には通わず家庭教師に勉強を見てもらった。……そら、出席日数だって数えるほどだ。学校の評価に照らし合わせるなら、間違いなく劣等生だな。
しかし、あくまでも学校の評価に照らし合わせればの話でしかないのも一つの事実。そのことを、この短期間で櫛田さんは理解したんだよ。理解して、キスを許せるほどには俺を認めた。言ってしまえば、今回の件はそれだけでしかない。綾小路に関しても同様だ。
いい機会だから皆に言っておく。彼女がほしいでも、夢を叶えたいでも何でもいい。理想の自分があるのなら、それを実現するための道筋と障害を想像し、乗り越えるための努力を怠るな。そして、自分を疑うことを忘れるな。何故ならば、ヒトという生き物は、総じて自分の見たいモノしか見ない生き物だからだ。視野狭窄に陥った状態では、どれだけ努力したところで理想が叶う道理はない」
言うだけ言って、俺は口を閉ざした。
まあ、これで『はい、分かりました』と実行できる者などいないとは思うが、後々の布石にはなる。……なればいいなあ。実際のところ、希望論でしかないのも事実なのだ。
チャイムが鳴りHRが始まったのは、それから間もなくのことだった。
♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢
昼休みの教室。昨日結成したグループメンバーで固まった俺たちは、一緒に昼食を食べていた。自席で食べている生徒もいるが、外に食べにいった生徒も多い。その空いた席を使わせてもらえば、八人で固まるのも不可能ではない。
そんな折、幸村が口を開いた。
「今朝は名演説だったな」
口端が弧を描いている。登校中、置き去りを食らいかけたことに対する反撃か。
「そうそう。一定の理はあるし、池くんと山内くんへのフォローも含まれていたから、二人して反論もできずに口をパクパクとさせてたし」
松下さんも、それに合わせて乗ってきた。
「茶化さないでくれよ」
俺は苦笑しながらそう言って、鶏のから揚げを口に運ぶ。軽井沢さんの用意した物だ。昨日言っていた通り、早くも軽井沢さんは俺用の弁当を作ってきてくれたのである。……自分でも弁当を用意していたため、少しばかり彼女の心意気を袖にしてしまった感はぬぐえないが、ありがたく頂くことにした。
正確には、女性陣の全員が多めに弁当を作ってきていたのである。共同生活を送るに当たり、誰がどの程度の腕前を持っているのか、共謀して測ろうとしたらしい。
俺に声がかけられなかったのは、俺が男だからか、それとも俺の言葉を信じていなかったからか、本当のところは分からない。
ただまあ、自明の理というべきか、当然の結末というべきか、メニューの被りが多かった。普通に考えて実力を測りやすいのは、定番中の定番か変わり種かだ。前者は定番故に慣れ親しんでおり、後者は技量や工夫が光る。それを考えれば、被るのも無理はない。
そのため、机の上にはこれでもかとばかりに鶏のから揚げやウインナー、卵焼きが並んでいた。とはいえ、それぞれに違いがあって、舌と目を楽しませるので飽きがこない。
一風変わったところだと、松下さんの用意したパンだろうか。食パンやコッペパンが無料コーナーに並んでいるのは、昨日のうちに確認済みだ。そこにカットしたレタスやトマト、スクランブルエッグ、チーズなどを別皿で用意して、お好きな組み合わせをどうぞ、というやつだ。……これでも技量の一端は測れるし、コストや手間を考えれば、これ以上ないほどにお手軽だ。
こちらが女性陣の用意した料理を摘まむ一方、女性陣も俺の用意した炒飯や春雨サラダを摘まんでいった。
楽しいひとときを過ごしていると、スピーカーから校内放送を告げる音楽が流れだす。
『本日、午後五時より――』
そんな出だしで始まった校内放送は、他ならぬ
「どうする? 行くのか?」
「興味が無いわけじゃないけど、創部について問い合わせしている最中だしなぁ。俺は行かないことにする」
「そうか。まあ、訊いておいて何だが、俺もそんなに興味があるわけじゃない」
幸村の問いかけに答えたら、幸村自身も乗り気ではないらしい。訊いてきたのは、単に流れに合わせただけのようだ。
行かないのは他の面々も同じであるらしい。というか、昨日の時点で俺が巻き込んでしまったこともあり、そっちの方が気になるとのこと。駄目だった場合に改めて考えるそうだ。
♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢
早くも放課後を迎えた。
グループを組んだとて、四六時中一緒に行動するわけではない。ただし、フルメンバーで、との但し書きが付く。その証拠に、俺と綾小路は一緒に行動していた。
その理由は単純明快で、一言で言えばお金稼ぎである。
昨日に加え、朝の時点でもそれとなく忠告はしたというのに、早速今日の授業から私語や携帯操作、居眠りをする連中が多かった。今日の授業はガイダンスがメインであり、進学校とは思えないほどに明るくフレンドリーな教師ばかりだったとはいえ、これでは先行きが不安である。初日からこれでは、本当に来月の支給ポイントが0でも驚かない。
まあ、痛い目を見ないと学ばないのも人間である。うちのクラスには、殊更その手の生徒が多かったということだろう。
もはやそこに関しては諦めがついたが、だからこそ、支給ポイントに頼らぬ稼ぎ口が必要だ。その一番手軽な方法が賭けである。
如何に譲渡という名目を使ってるにせよ、それが賭けである以上、違法行為であることに違いはない。……が、捜査機関とて学生間で行っているような些細で軽微な賭け事にまで首を突っ込んでくるほど暇ではない。たとえそれが、些細で軽微な金額ではなくともだ。
また、監視カメラがあろうとも、暗黙の了解の下に繰り広げられる限りにおいては、どうとでも誤魔化しようはある。
上位者に教えを願うことは何ら不思議なことではないのだ。勝負は時の運とも言われるが、運だけで全てが決まるわけではない。それら全てをひっくるめた上で、勝敗が付いた時点で優劣は定まっているのだ。ならば、負けた側が勝った側に授業料を支払ったところで何の不思議もない。
一般に発覚すれば間違いなく黒だが、そうでないなら限りなくグレーで済むのだ。……こういった、ある種の汚さを学ばせるのも、この学校の方針ということだろう。
俺たちが真っ先に訪れたのはテーブルゲーム部だ。テーブルゲームの代表格としてはトランプに将棋、チェスに囲碁、あとはそのものズバリにTRPGなどが浮かぶだろうか。
メジャーと言えばメジャーだが、スポーツ系の部活動に比べると部員を集めにくい側面を併せ持つ。個人的にはそんなイメージを持っている。
まあ俺個人の感想はともかく、学校の部活である以上、その存続にはある程度の実績が求められるのは間違いない。
運動系にはなってしまうが、バスケ部にサッカー部、弓道部に柔道部といった、それ単独で存続を許されている部活は、それだけの人気と実績を持っていることに他ならないのだ。
逆説、単独での人気と実績を維持できないのなら、縮小や解体も運営側の視野に入れられるし、それを防ごうとすれば同一ジャンルで纏まるのが手っ取り早い。そうすれば、少なくとも部員だけは確保できる可能性が高まるし、ある程度の延命も可能となる。その一つがテーブルゲーム部ということだ。
文化系の部活が纏まっている、通称『文化部棟』の一角に、テーブルゲーム部は位置している。
『失礼します』
「あれ、見ない顔だね。もしかして新入生? もし入部希望なら、ありがたいけど今日の受付は第一体育館でやってるんだ。だからそっちに行ってもらっていいかな」
俺と綾小路が声を合わせて入室すると、室内にいた先輩がそう言ってきた。
「悪いですけど、入部希望ではないですね。可能なら譲渡戦を行いに来ました」
「へえ? 昨日の今日でか。視野も広ければ行動力もあるね。もしかしてAクラス?」
「残念ながら、俺たちはどっちもDクラスですよ。ま、期待を裏切るつもりはありませんけど……」
「Dクラス!? マジで!?」
俺たちがDクラスであることを伝えると、先輩は驚きを露わにした。
「俺もこいつも、中学の出席日数が圧倒的に足りていないんですよ。俺は不可抗力から中学生活の大半を病院のベッドの上で過ごしましたし、コイツは親の方針で学校には籍だけ置いての家庭学習がメインだったみたいですしね。所謂『毒親』って奴なんでしょう。
ああ、ちなみにご褒美はもう貰いましたよ。ただ、中ランクとはいえパーティールームを購入したんで大部分が飛んでいきましたし、やっぱりDクラスだから先行きが不安なんですよ。授業の初日だってのに、居眠りに私語、携帯操作なんかが横行してましたし……」
「うわっちゃ~、それはご愁傷様だ。しかしまあ、驚いたけど、そういうことなら納得だ。
ただ、譲渡戦を行うのは可能だけど御覧の通りでね。ただでさえ人数が少ない部活なのに、今はその大部分が説明会の方に出払ってるんだ」
その言葉に改めて室内を見渡すと、確かに閑散としていた。人がいないわけではないが、その総数は両の手にも満たない。
「持ちつ持たれつでないと存続も怪しい部活だから、誰もがある程度のゲームはできる。それでも、得意不得意はあるけどね。……その上で訊くけど、誰を相手に何で勝負する?」
先輩の質問に、俺と綾小路はそれぞれ相手とゲームを指定した。
基本、囲碁にしろ将棋にしろチェスにしろ、テーブルゲームなんてのは時間がかかる。試合という体裁を取るなら尚更だ。競技にもよるが、短いものでも十数分、一般的には数十分から一時間以上の持ち時間を用意する。
まあ、本格的な試合ではないので持ち時間を短めに設定したとしても、そもそもが思考力と読みの深さを競い合うゲーム。どうしたってある程度の時間は必要になる。
それを、賭け金を変え、競技を変え、勝ったり負けたりを繰り返していれば、あっという間に時間は過ぎる。部活動説明会に赴いていたメンバーも戻ってきて、そちらとも勝負を繰り広げれば尚更だ。
「……と、そろそろ止めにしておくか」
時間を確認した先輩がそんなことを口にした。
「にしても、綾小路と北郷だっけ? お前ら、本当にうちの部活に入らねえ? お前らほどの腕があるんなら、大会でも良い成績取れると思うんだよなぁ」
「すみませんが……。一応、部活を創ろうかと思って学校側に問い合わせしている最中なんですよ。なもんだから、駄目だと言われない限りはどっかの部活に入るつもりはないですね」
「そっかあ。残念だけど仕方ないか……。ちなみに、どんな部活を創ろうとしているのかってのは訊いてもいいか?」
「構いませんよ。仮名としては『高度育成高等学校スクールアイドル部』で考えてます。まあ、別に歌ったり踊ったりするわけじゃなくて、校内の各部活や施設内に門を構えている店舗と提携・協力して、モデルやったり助っ人やったりしようかな……と。言わばご当地アイドルですね。
活動の一例を挙げると、モールのファッションショップ及び写真部と協力したりですかね。自慢じゃないですけど俺も綾小路もイケメンですし、まだ少ないですがメンバーの中にはタイプの違う美少女も揃ってます。俺たちが店の売りたい商品を着てモデルを務め、写真部がそれを撮影する。あとはそれを店内ポスターに加工するなり、写真集として販売するなりして、知名度と売り上げを稼ぐ寸法です。
モデルも撮影係も学生で、しかも部活動の一環ですから、費用自体はプロを起用するのに比べると格安で済みます。それでいて、イケメンと美少女がモデルで、撮影係が写真部なら、素人のそれより期待が持てるのも事実です。あくまでも敷地内限定の展開にすれば、店側も乗る可能性は高いと思うんですよ。
それ以外にも、報酬を受け取る代わりに各部活に助っ人に赴いたりとかですね。別に試合の選手として参加しなくても、美少女に応援されればやる気を出すのが男ってものでしょう? その逆もまた然りですし、実力次第では選手として参加するのもありです。
需要があるなら歌ったり踊ったりするのも個人的にはありですが、色々と油断のならないのがこの学校ですし、退学しないことを第一に考えれば、やはりその可能性は低いですかね。
まあそんなわけで、ポイント稼ぎと売名行為を兼ねて明日以降も他の部活動に顔を出すつもりです。よければ、先輩方も『こんなことをしている一年生がいる』って宣伝に協力してください」
「はは、面白いことを考える奴だな。それが実現すれば、こっちとしても得があるのは間違いない。……分かった。噂話に挙げる程度でよければ協力しよう」
「ありがとうございます。……では、失礼します」
「失礼します」
こうして、俺と綾小路はテーブルゲーム部を後にした。
塵も積もって山となった結果、手持ちは80万にまで膨れ上がった。何度か負けたことを鑑みれば良好である。
「綾小路は幾ら稼いだんだ?」
「ちょっと待て、確認する。……現在の手持ちは130万ちょいだな。まあ、お前と違って一度も負けなかったからこんなものだろう。
ふむ、これで佐倉を着飾らせるとするか。こういうのを『貢ぐ君』と言うのだったか? まあ、構うまい。他人からどう思われようと知ったことではないしな。朝方に行った佐倉とのキスは気持ちが良かった。彼女を着飾らせることでそれがどう変化するのか、興味は尽きない」
「まあ、お前の境遇を考えれば最初はそれでいいけど、ちゃんと彼女のことを考えてやれよ? そして自分のことも。
感情と理性を併せ持つのが人間だ。今のお前は、その境遇から感情の大部分がマヒしているんだろう。それがどの程度かは分からないが、治らないと決まったわけではないんだ。急がず、焦らず、感情を育んでいけ」
そんな会話を行いつつ、俺と綾小路は下校するのであった。
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