※この作品はR-18です。

東京都高度育成高等学校・北郷伝   作:山上真

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北郷伝:69

 塩づくりと石鹸づくりは更に進展していた。

 自作した塩と石鹸を提供したことにより、一緒に行動しているB・Dクラスはもちろん、蓮華の麾下からも作成用の人員が派遣されたためだ。

 

「しかし、いつの間にやら多芸になったものだな、一刀」

「まったくです。感心すると同時、一人の知者としては自分に不甲斐なさを覚えずにはいられませんね」

「まあ、私たちの中でも、一刀だけは行動の幅が最も大きかったからな。各陣営それぞれから教わり学んだものが集約されれば、多芸振りにも納得はいくが……」

 

 その中には、蓮華、思春、亞莎の姿もあった。

 たかが一週間、されど一週間。この限られた条件下で、その期間中、美味しい食事を食べ、衛生面に気を配るなら、その方法も限られる。

 蓮華の場合、クラスリーダーの一翼ではあるが、その一存で試験ポイントを使えるわけでもない。そうなると、尚更にそれらの確保には難儀する。

 PPを対価とすることで俺たちから試験期間中の拠点と食事を得ることに成功しているし、契約を結んだ以上はこちらもそれを破るつもりはないが、その内容はどうしたって状況に左右される。

 試験中の救済処置として、水はもちろん、魚・野菜・果物は無人島内に用意されている。確証はないが、試験である以上は全クラスが一週間を乗り切れるだけの量は揃えられているだろう。

 だが、それには食材を食材として認識できる知識、食材を料理に化けさせることのできる技量が必要なのが前提だ。

 また、その全てが一所に揃っているわけでもない。結局のところ、一ヶ所の量には限りがあるし、採り尽してしまえばそれ以上の収穫などできるわけがない。収穫できて料理ができても、そのままだと味気ないのが大半だ。天然の味付けで美味しく食べられる食材には限りがある。

 更に言うと、Cクラスの大半がリタイアしたとはいえ、それでもまだ三クラス――120人強の生徒が試験に臨んでいるのだ。

 その中でもBクラスとDクラスは行動を共にしているし、蓮華勢力にも食材を提供している。スポット占有により独占状態と言えば独占状態だが、得られる食材が手近な部分から枯渇していくのは道理と言える。

 そんな状況で自作の塩と石鹸を提供されれば、自分たちでも作ろう! となるのは特段おかしなことではない。自作品がある以上、教われば作れない道理はないのだし、少なくとも塩と石鹸は確実に確保できるのだから。

 

「問題があるとすれば、やはり食材だな。契約により、そちらの占有したスポットエリア内を動くことはできるが、それが『食材の確保』とイコールになるわけではないからな。私が動けば遠方の食材を確保してくることもできるが、一度に持ち運べる量には限りがあるし、上手く選定できるかもわからないし、難癖を付けられる可能性もゼロではない。……何とももどかしいものだ」

 

 思春が溜め息を吐く。

 俺は思春がそんな真似をすることはないと分かっている。それは蓮華や亞莎も同じだ。

 しかしそれは、思春をよく知る俺たちだからこそ可能な判断だということも理解している。

 思春が単独で動いて食材を持ってきた場合、『ちょろまかし』を疑う生徒がいないとは断言できなかった。実際にそう思っているかは関係ない。クラス闘争が切っても切れない以上、下位クラスが上位クラスを陥れようとするのは何ら不思議なことではないのだ。

 その上で、『ちょろまかし』を疑わせる土壌が確かに存在するのだ。長い目で見た場合はそれを口にするのは悪手でしかないのだが、短絡的に――『Aクラスに土を付ける』という一点で考えた場合、実行しない者がいないとは断言できなかった。Dクラスの生徒にはそれだけの劣等感が存在する。

 だからといって、監視役としてB・Dクラスの生徒を同行させた場合、身体能力に差がありすぎるため思春の真価が発揮できない。

 星なら思春に追随することもできるが、星も星でBクラスだ。Bクラスとは同盟を結んでいるとはいえ、やはりDクラスの中から難癖を付ける生徒が出てこないとは限らなかった。

 結局のところ、A・B・Dクラスの生徒が一緒に行動しないことには、誰かが糾弾してくる可能性を捨てきれないのが実情である。そして、Dクラスの中で思春に同行できるだけの能力があるとすれば、俺の他には清隆しかいない。まあ、清隆は気功が使えないので条件付きになってしまうが。

 思春が本気を出さないなら須藤辺りはついていけるかもしれないが、今度は食材の選定ができるかどうかという問題がある。馴染みのある食材ならば分かるかもしれないが、そうでなければ普通にスルーしてしまう可能性が高いだろう。

 効率的で効果的な食材採取には、身体能力と知識の両立が不可能なのである。そして、その条件を満たしている者は全クラスでも存外少ない。

 あちらを立てればこちらが立たず。何ともままならないものである。

 

「すまないとは思うけど、敢えてそうしている部分もあるんだ。

 Dクラスは伊達じゃなくてな。追い詰められて初めて理解できる生徒、追い詰められただけだと理解できず、その上でネタ晴らしをされて初めて理解できる生徒が大半なんだよ。

 俺たちが先んじて動くだけなら簡単だけど、それじゃあ、他がいつまで経っても成長しない。俺たちに頼り切りになられるようだと困るし、アイツ等のためにもならない。純粋な能力はともあれ、思考能力や危険感知能力は早期に磨いてもらわないとな。

 だから、こうしてクラスと別行動を取っている面がないではないんだ」

 

 それ故に神崎も俺たちに便乗した面がなくもないだろう。一部の優秀な生徒に依存した状況を是正するための荒療治だ。

 

「それでも、塩や石鹸は自作して提供するんだな?」

「俺たちにも必要なものではあるし、やることやってることを示せばクラスメイトも文句を言い辛くなるからな。それと同時、『先を考える』ことを促すための一助にはなる」

 

 結局のところ、根底に『一石二鳥』や『一挙両得』の考えがあるのは否定できない。

 現在、俺に代わってクラスを率いているのは平田だ。アイツであれば、『枯渇』という危険に十分に気付けるだろう。だが、気付いた上で適切な行動が取れなければ意味はない。そして、俺は平田が適切な行動を取ることを望んでいる。

 この場合の適切な行動とは、清隆への助力願いだ。

 食材回収の難点である身体能力と知識。このうち、Dクラスで両方を兼ね備えているのは俺と清隆だ。知識だけなら有栖も条件を満たしているが、身体能力の面で引っ掛かる。そして、俺にはスポットの更新の仕事がある。

 ただでさえ多数のスポットを占有している以上、普通に考えれば可能な限り俺を休ませるべきだ。俺を動かし過ぎてスポット更新が途絶えれば、根底から崩れ去ってしまうのだから。

 そうなると、あとは清隆しかいないのである。

 敢えて別行動を取った俺たちに対し、それでも助力を願ってくるか。『クラスの笑顔』を望む平田が、自分の意思で頼んでくることができるのか。……それを俺は測っているのだ。

 無論、平田が頼ってきた場合には、応えるように清隆にはお願いしてある。

 

「ごめん、北郷くん。綾小路くんがどこにいるか分かるかな?」

 

 そして、どうやら俺は賭けに勝ったらしい。

 ベースキャンプの方からやって来た人垣が割れ、前に進み出た平田がそう訊いてきたのである。

 人垣の正体はBクラスとDクラスの混成集団のようだ。名前の知らない顔もあるが、平田、須藤、三宅、小野寺さん、柴田といった面々の姿があることから、両クラスの身体能力自慢で構成されている確率が高いだろう。

 

「それと、よければ櫛田さん、堀北さん、松下さんも」

「あとは神崎の奴もだな」

 

 付け足された言葉からして、推測は当たっているだろう。名前を挙げられたいずれも、優秀な身体能力の保持者だ。

 

「いま名前を挙げられた全員は石鹸づくりの方だな。……塩づくりも肉体労働と言えば肉体労働だが、言ってしまえば都度都度海水を汲んでくるだけだしな。焚き木の回収もあるが、すぐ近くが森だからそう手間はかからない。

 だが、石鹸づくりの方は貝殻と海藻ありきだからな。作業するためには、どうしたって事前にそれらを回収する必要がある。貝殻は砂浜を歩くだけで手に入るが、海藻はそうもいかない。泳いで取ってくるほかなく、その分だけ身体能力に優れた奴らが必要となるんだ」

「そうなのか……」

 

 俺の言葉に平田は思案する様子を見せた。

 

「いや、実を言えばね。北郷くんたちから自作の塩と石鹸の提供を受けたことで、改めて各種在庫状況について採収班と調理班に意見を訊いてみたんだ。

 BクラスとDクラス合わせて約八十人。当然ながら、いくら普段料理をする子でも、そんな人数分を作ることなんてない。オマケに手分け作業が前提だからね。在庫状況については意識の外だったらしい――と言えば語弊があるけど、『人数を加味して』という部分にまでは意識が向いていなかったそうなんだ。意識しても自クラス分までだったらしくてね。二クラスに加え孫さんのグループ分まで鑑みると、早ければ今日明日にでも無くなりそう、ということだったんだ」

 

 なるほど、と頷く。

 まあ、実家が普段から大人数を相手にするような大衆食堂でもない限り、そうなるのが当然だろう。

 

「次に採収班の回答だけど、近場に回収可能な食材は残っていないだろう、とのことだった。採収班が分からないだけでまだ残っている可能性は否定できないけど、近場から無くなっていくのは道理でもある」

 

 だろうな、と再び頷く。

 

「そんなわけで、まだ余裕があるうちに遠方まで回収に行くべき、という結論に至ったんだけど、生憎とアウトドアやサバイバルからは縁遠い面々ばかりでね。

 Bクラスにはその手の知識を持っている人もいたんだけど、身体能力にはそこまで自信がないみたいで、近場ならともかく遠方までとなると足手纏いになる、と拒否されてしまったんだ。……まあ、その意見には頷けるところもあるし、無理強いもできない。

 十分な身体能力があって、その手の知識も持っていそうとなると、あとは北郷くんと綾小路くんしか思い浮かばなくてね。知識だけなら坂柳さんも該当しそうだけど、身体能力面で参加拒否されそうだし、そもそもにして北郷くんと一緒にスポット更新という仕事がある。

 こうなると、残る候補は綾小路くんしか思い当たらなくてね。あとは、さっき挙げた面々にも回収を手伝ってもらえればと、そう思ったんだけど……」

 

 平田の意見は筋道だっていた。まあ、別行動を宣言した相手に協力を頼む以上、その理由を明確にする必要はある。その点で言うと説得力は十分だ。同じクラスということもあり、協力しない理由はない。

 だが、敢えて問題点を挙げるなら、『清隆の状況』が思考から抜け落ちていたことか。いやまあ、石鹸づくりや塩づくりをしているだろう、程度には考えていたと思うが、そこ止まりだったわけだ。……状況的に仕方ない感じもするが。

 

「ともあれ、綾小路くんたちの方に行ってみるよ。教えてくれてありがとう」

「待て。平田だったな、お前たちは食材の回収に行くということで間違いないのか?」

 

 立ち去ろうとする平田を蓮華が呼び止めた。

 

「孫さん? そうだけど……」

「日本人としては私の苗字は呼びにくいだろう? 仲謀と呼べばいい。――お前たちが食材回収に行くというのなら、綾小路をわざわざ呼びに行く必要はない」

「えっと、それはどういう?」

「身体能力と知識、その条件の両立を満たす人材は私の許にもいる、ということだ。

 だがまあ、そちらも知っての通り、私たちはAクラスなのでな。いくら契約を結んだとはいえ、勝手に動いては顰蹙を買う可能性があった。

 かといって、こちらから呼びかけたところで、そちらが素直に頷くとも思えなかった」

「……否定はできないね。僕が在庫状況に危惧を抱いたのも、僕の呼びかけにみんなが協力してくれたのも、北郷くんや神崎くんたち――B・Dそれぞれのクラスメイトからの提供だったのが根底にある。

 CPにおいてトップを独走中のAクラスは各クラスにとって最大のライバルだ。十分な道理があっても、その一点だけで素直に頷けない可能性がある」

 

 蓮華の言葉に、平田は苦い顔で頷いた。

 

「だろう? だが、現状は違う。あくまでも主体で動こうとしているのはお前たちだ。そしてお前たちの在庫状況が安定すれば、そこから提供される私たちも安心できる。その点で、こちらが協力を申し出る理由は十分だ。……違うか?」

「……違わないね。確かに、こちらが主体となって動くのなら、Aクラスに協力してもらっても不都合はない。そちらからの呼びかけで問題となるのは、『動かされる』という意識が生まれてしまうからだ。その点、こちらはすでに動いているのだから、そんな意識が生まれる筈もない」

 

 同行者に対する説明を兼ねてだろう。二人は行動の差異を分かりやすく説明している。

 

「決まったな。……思春、亞莎、平田に同行して食材の回収に協力してやれ。ついでに鬼頭の奴も連れていくといい。

 平田、亞莎は確かに知略型の人間だが、そこらの奴よりは余程に動ける。と言うか、そもそもが運動型の人間で知略は後付けだ。呉下の阿蒙に非ず、で伝わるか?」

「三国志に名高き呉の都督の一人、呂蒙、字は子明を指す言葉だね。……しかし、呂さんを彼の人物に例え、自身を仲謀と呼ぶように言う以上、甘さんのことは興覇と呼べばいいのかな?」

「そういうことだ。話が早くて助かる」

 

 流石は平田ということか。確かに有名ではあるし、調べれば簡単に分かることでもあるが、調べなければ分からないことでもある。実際、須藤や柴田は顔に『?』を浮かべている。

 学校の授業でも、『呉下の阿蒙~』や、『男子、三日会わざれば刮目して見よ』の下りから、その元となった『士別れて三日すれば、即ち更に刮目して相待すべし』を発した人物ということで呂蒙について触れる可能性がないではない。

 だが、正直に言ってその可能性は稀だし浅い。呂蒙は確かにメジャーな人物ではあるが、日本における『三国志』観では、諸葛亮を始め、更に有名な人物がいるためだ。

 結果、授業で触れるとしても極々浅くなってしまうのは無理からぬ話だ。先生次第でもあるのだろうが。

 その上でそこら辺の知識を抑えている以上、平田は単なる『部活青年』ではないということだ。

 三宅も理解しているようだが、まあ部活の先輩が秋蘭――夏侯淵だからな。それとなく教わりもすれば、興味を持ちもするだろう。なので、三宅が知っていても不思議はなく、驚きもない。

 しかし、どうやら俺は勘違いしていたようだ。正確には、亞莎たちをよく知るが故に過小評価していた、と言うべきか。

 考えてみれば、俺に知識を詰め込んだのは冥琳だ。あの時は一杯一杯で気付かなかったが、改めて考えると、俺に詰め込まれた知識は『時間制限があった故の最小限』という可能性だってなくはない。

 そうでなくても、俺に叩き込んだ知識を冥琳が持っていないわけはないし、俺以上に冥琳の教えを受ける機会があった亞莎なら尚更だろう。

 早い話、軍師陣は俺と同等、場合によってはそれ以上の知識を有している可能性だってあるわけだ。

 彼女たちの頭の良さは分かっていたくせに、そこら辺に気が回らないのだから、我ながら度し難い。

 

「それじゃあ、行こうか。よろしくお願いするよ、興覇さん、子明さん」

「ああ」

「よろしくお願いします」

 

 そうして、清隆たちとの合流を断念した平田たちだったが、代わりに思春と亞莎、そして鬼頭という男子を引き連れて、遠方への食材回収に赴いたのだった。 




効率的で効果的な食材回収には、最低でも身体能力と知識の両立が不可能でしょう。
アケビを知らなければ、アケビが『食べられる物』という認識を持つこともありません。

原作では、平田がクラスメイトへの説得で水と栄養食のセットを例に挙げてますが、普通に考えて育ち盛りの高校生がそんなので足りる筈はありません。
倹約を重ねてきたままのDクラスなら可能性はあったかもしれませんが、試験直前の豪華客船でのひとときが耐性をガクンと下げていると思います。
必然、島からの食材回収は回避できません。
探索範囲が近場であれば、適当に持ってくるだけでもある程度の用を果たせるかもしれませんが、普通に考えて効率は悪いですし、近場の食材から無くなっていくのは道理です。
まして、いくら料理ができるとはいえ、そこらの生徒が『人数と残日数を加味した在庫状況』にまで気を配れるとはどうしても思えません。Dクラスの生徒なら尚更です。
食材だけなら、その日の成果を回せばいいのでそこまで考えずに済むかもしれませんが、調味料には気を配る必要がある筈です。
そこら辺を踏まえると、無人島編では料理ができるということで篠原がピックアップされてましたが、彼女に在庫管理ができるとはどうしても思えないわけです。

本作では一刀たちが別行動を取っていますし、Bクラスと一緒に行動してますし、Aクラスの蓮華勢力にも食材を提供しなければならないわけで、ある意味で原作以上の難易度と化しています。
ストックに余裕があるからと深く考えずに使っていれば、早々に枯渇するでしょう。
そこに、自作とはいえ塩と石鹸が齎されれば、更に欲しがるのは当然でしょうし、自分たちも手伝おうとする筈です。
そして、『自作品の提供』という事実から、ストックへの危惧を覚える生徒が現れても不思議ではありません。
一刀たちが不在のDクラスで気付けそうなのは、どう考えても平田しか思い浮かびませんでした。
平田がクラスのまとめ役を押し付けられたのは、そういう筆者の思惑もあります。

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