【カヨコ編(暫定)】「助けてノノえもん!」から 作:春画屋@二次創作R18
F-45:約10000字
F-RK:約8000字
F-47.5:約5000字
F-RK:約2500字
F-53.5:約5000字
F-55(終):約13000字 ←
まだ熱気の残る薄暗い閉鎖空間を出て、狭い階段を登ると地上に出る。外に出るとそこは、同じように薄暗くても、
「いやーっ、楽しかった!」
「ふふっ、なら良かった。先生、最前列まで行ってたもんね。腕を突き上げて、声まで出しちゃってさ」
「カヨコだって、やってたじゃん」
「ライブは私たちも楽器の一つだからね。バンドのメンバーだけじゃなく、みんなで一つの空間を作り上げる。耳だけじゃなく、身体で音を感じられるし」
「俺、ライブハウスなんか来たことなかったからさ。誘ってくれる友達なんていなかったし、どうやって行けばいいのかも分かんなかったし」
「そんな感じだよね。だから誘ったら行きたがるだろうなって思って。でも本当、子供みたい。そんなにはしゃいじゃって」
「そう? はっはっ、よく言われる」
——多分、『ブルーアーカイブ』に描かれる「先生」とは、かなり雰囲気が違うんだろうね。
いつもと違ってラフな姿の『彼』を見ると、そう思う。一緒にいて楽しいし、こうやって趣味も合う。一緒にバカやったり、たまにケンカしたり。いつも同じ目線で付き合えるけど、年齢を重ねている分だけいろんなことを知っていて、教えてくれる。——それから、肌を重ねて、一つになりたいと思う。あの時みたいにキスをしたいと思う……。
——
とん、と軽く彼にもたれかかって、そのまま体を預ける。彼が反応するのを待ってから、その手に自分の指を絡める。少し困った顔で、彼は私の肩をつかんで体を離した。
「あー……、こうやって一緒に遊んで楽しいのってのは、
「それは、分かってるつもり。だから今日はいつもとは違う。本当にこれからどこか二人になれるところに行ってもいいと思ってる」
「そうなんだろうけど、でも——」
「でも、もう一度セックスしたからって、それで別に気持ちが変わるわけじゃない。そういうのも全部分かってる、って言いたかっただけ。だから、今の私の気持ちを聞いて、それに答えてくれればそれでいいよ。いい?」
「……そっか、それなら」
いつになく、真剣な表情。いつもふざけているような彼だけど、今は私の言葉をきちんと受け止めようとしている。子供扱いせず、ちゃんと見てくれている。なら、言葉をくれればそれだけでいい。
すぅ……。息を吸い込んだ瞬間、空気が凍りついたように感じられた。言葉を発した瞬間に、割れて粉々になってしまいそうだ。壊したくない。でも、もう後戻りは出来ない——
「あなたが好き」
「カヨコはダメ。絶対」
「……え?」
とうとう完全に振られてしまったのが分かった……けど、彼の答えは私が思っていたのと少し違っていて、間の抜けた声を出してしまった。ていうか、私は今どんな表情をしてるんだろう。向こうも戸惑っているみたいだけど。
「えっと……これは、どういう反応?」
「あ、ごめん。何ていうか、そんな風にちゃんと否定してくれると思ってなかったから、ちょっとびっくりして」
「いやいやいや、別にカヨコを否定するとかじゃなくて」
「ああ、「否定」って言葉は違う……少し強かったかも。何て言えばいいのかな……。逃げられちゃう、って思ってた。ていうか、普通はそうだと思ってたし、そういうのでいいと思ってたし」
「? 逃げる? ……って、どういうこと?」
「言い訳してくれていいと思ってた。もう彼女がいるからとか、ノノミが大事だからとか。だから、そういう理由が何もなくても「私」はダメだって……そういうことだよね?」
「……ノノミ? ああ!」
「いや、ああ、じゃなくて。それ、彼氏としては相当問題なんじゃないの? そんなこと、思いつきもしなかった、みたいな顔して。ふふっ」
「いや、カヨコの話とは本当に関係ないし。そこは、なきゃまずいのかね?」
「普通はまずいと思うんじゃない? でも、助かった。言い訳するにしても、「カヨコのことは好きだけど」なんて言われたら、絶対に未練が残る」
それだけが怖かった。この人がちゃんと『私』——『
「私はずっと、そんな風にあなたとあの子を切り離して考えることが出来なかったから。知り合った時から、あなたとノノミは二人で一つの存在で、あの子だけが別格で……私は、あなたの中のその特別なポジションが
「いや、誰しも多少はそういうのはあるし……まあ、カヨコのはそういうのじゃないだろ。最近、雰囲気も変わったし」
「うん。自分の気持ちに確信が持てたから、やっと言えた。その気持ちをあなたにぶつけたら、どんな言葉がもらえるのか、知りたかった。これでもう「恋愛」からは「卒業」かな。みんなを待たせすぎちゃったけど、これでやっと次に進める」
「次? 何かあんの?」
「うん。真剣に音楽をやってみようと思ってる」
「音楽? へー、カヨコが……」
いずれ便利屋の四人でバンドを組むという話は、だいぶ前から決まっていた。楽器の練習をしたり、練習スタジオの借り方を調べたり、器材を揃えたり……私がこの人への気持ちに区切りをつけた今なら、すぐに始める事が出来るはずだ。
「——って、つまり俺がそのバンドの話を止めちゃってたってこと⁉︎」
「そこまで
「あっ、はい。ごめんなさい」
ひとにらみしただけで、この反応。……そんなに怖いかな。
「あなたにどうこう出来る話じゃない。あくまで私自身の問題だよ。だから、ムツキやハルカ、社長だって、私が自然にあなたに気持ちを言えるようになるまで、待ってくれた。「音楽をやるなら、何よりカヨコの心が大事だから」なんて……ふふっ、ちょっと恥ずかしいし、申し訳なかったけど」
「ああ……そう言われると納得だけど、いい仲間を持ったなあ……。本当に」
「うん、そう思う。こんな個人的な事情も理解してくれるから、バンドだって一緒にやろうって思える」
「真剣に音楽をやるってのは、プロを目指すとかそういう話?」
「そういうのは、まだ考えてない。しばらくは手探り状態だとおもう。一番乗り気なのはムツキで、まずは『ブラック・デス・ポイズン』のコピーをやりたいとか——……」
歩きながら、いろんな話をした。全ての始まりは、彼が教えてくれたCDだということ。キヴォトスには存在するはずのなかった、その『現実世界』のアーティストの歌声に
「あの時のCDがきっかけだったとは……。やはりどこの世界でも、尾崎は偉大だな。どんな曲を弾いてたんだ?」
「え? あ、あー……それは、いろいろ、かな。ほら、どの曲も名曲でしょ? あはは……」
「まあ、そうだ」
この人のことを想いながら、ずっとラブソングだけ練習していた、とは恥ずかしくて言えない。他はともかく、本人にそんなことを知られたら、恥ずかしくて死ぬ。面と向かって好きだとは言えたけど、アイ、ラヴ、ユー、なんて歌詞でしか言えそうにない。
「——まあ、基本は便利屋の活動の一環だから、方針なんかはアルが決めるけど、バンドの実質的なリーダーはムツキかな。もう一人で動き出して、いろいろやってくれてる。演奏も一番しっかりしてるし」
「へー、ムツキがねえ。でも、ベースって全体を支えるイメージがあるから、カヨコがやるのかと思った。あとはハルカがドラムで、アルがボーカルかな? んじゃ、カヨコはギターか」
「ん、そう……なんだけど。やっぱりそういうイメージある? やりたいなら、私がボーカルをやってもいいって話も出てるんだけど……アルもギターは弾けるし、パートチェンジとかツインボーカルとか、いくらでも手はあるし……」
「? やれば? バンドの中の話は知らないけど、周りもそう言ってるんなら」
「いや、こういうのであんまり前に出るのって、らしくないかな、って」
「ああ」
バンドは、ただ音だけじゃない。メンバーそれぞれに役割があり、それぞれがいる場所を支配する。ドラムが正確なリズムを刻み、ベースが低音で支え、その二つが安定しているからこそ、ギターが自由に表現出来る。そして、ボーカルは実力はもちろんだけど、華がなければいけない。何よりも、観客を惹きつける力がなきゃいけない。それを一番持っているのは、やっぱりアルだから……なんて、そんな理屈はただの言い訳だと分かっているけど。単に、この人への気持ちに決着をつけるだけじゃ、まだみんなの期待には応えられない。
「カヨコはちょっと俺に似てるから、なんて話、よくしたよな?」
「うん。二人とも適材適所って考え方が強いって。だから今の話も……」
「そんなの考えるな。決めつけるな。柔軟に考えろ。誰だって、やりたいようにやっていいんだ。俺が「見」て「待つ」スタイルを取ることが多い、一番の理由は何だか分かるか? その本質は?」
少し考える。『この人』の本質。美点でもなく、欠点でもなく、ただ『この人』の独特なところ……。
「……多くを望まないから。たった一つを強く望む、それが『あなた』という人間の本質だから」
「そうだ。場合にもよるし、他の理由もある。でも、一番は『俺』が自分の意思で、選んでそうしているからだ。なら、そこにある「絶対のルール」は何だ? 『俺』が逆を選んで、多くを望むのなら、自分の都合がどうであろうと従わなきゃいけない「絶対のルール」は?」
「より多くを望むなら、踏み込まなきゃいけない。自分のスタイルと違うとか、そんな言い訳をしてもその「ルール」が変わることはない。だから、望む結果を生み出すためには、シンプルにその「ルール」だけを意識しなきゃいけない。……うん、そうだね。もうあなたが教えてくれたことだった」
「いや、教えたのは、今……。俺、前にも同じこと言ったっけ?」
「いや、言ってはいないけど。ふふっ、相変わらずだね」
言葉で教えてもらわなくても、もう私は知っていたはずだ。この人を好きになって、いろんなことを望んで、らしくないことならもう散々した。そんな当てもないのに、勝負下着だったらどれだろう、なんて悩んだり、胸の大きさを気にしたり、ちょっとしたことで腹を立てたり、バカみたいにはしゃいだり……。現実の恋愛は、そのままラブソングの歌詞になんて出来ないような、恥ずかしいことばかりだと知った。
でも、他人の目なんか気にならないぐらいに恋愛というものは楽しくて、止めようとしても止められるものじゃなくて、ガムシャラに進み続けた。恋は楽しいだけのものじゃないと知って、その怖さを感じても、降りなかった。最初に望んだものは得られないと分かっていても、この
その全ては、最初に前に踏み込んだからこそ、始まった——今、それが分かった。
今の自分になら、
「……何、カヨコ。別にじっと見るのはいいんだけど、好きな人の顔を見つめてるって感じじゃないんだけど? 珍獣でも観察してるような……」
いつも通り、能天気そうな顔。さっき私の言葉を受け止めてくれた、真剣な表情とは全然違う。普段からああいう表情をしてくれればね……。
「……はぁ」
「何なんだよ、とうとうため息までついて」
「いや、好きだった人の話をした後にそれがあなたのことだってバレたら、ガッカリされそうでさ……。私が言うことじゃないだろうけど、もうちょっとこう、誰が見てもカッコいい感じにならないかなって」
「バレたらって何だ、バレたらって。カヨコに限った話じゃないが、みんな失礼すぎるだろ」
「でも、そういうのを否定するつもりはないんでしょ?」
「確かに否定はしないけど」
「これだから……。あんまり多くを望まないのは別に構わないけど、こうやって周りに説教されない程度にしなよ? ノノミがそういうのを気にしないにしても」
「そんなこと言われてもなあ」
もしラブソングなんて書くとしたら、自分の恥なんかより真っ先にこの人のイメージをどうにかしなきゃいけないんだよね……。美化なんてしたら美化したで、何言われるか分かんないし、ちょっとでもモデルがいそうなことを書いたらムツキには確実にバレるし。
「そういえば、
「聞いている限りだと、「ゲームの中」のタイプ*1の世界ならどこもそのはずだな。「ゲームオーバー」になったり、先の「ストーリー」に支障が出たりしないよう、「主人公」は絶対に死なないし、ヘイローが破壊される生徒も存在しない。本来のブルアカの設定とは真逆*2」
「その法則があるから、
「そんな事までハッピーエンドを保証してもらえるんなら、苦労はないって。ゲームのシステムがどれだけ現実の法則として反映されてるのかだって、実際のところはよく分かってないし。第一、確定した先のことなんて知っても
「まあ、そうだね。そういうポジティブな考え方が出来るくらいがちょうどいいと思う」
本人の心の持ちようなんだろうけど、ハッピーエンドであれバッドエンドであれ、確定した結末を知ってしまえば、終わった時に「ああ、やっぱり」としか思わない。知らなければ必死に努力もするし、同じ結末でも受け止め方はきっと違う。
「結末」を知ることは、「安心」を得ること。「安心」は必ずしも人生を豊かにするとは限らない。
「でも、どんな事があっても最低最悪のバッドエンドにだけはならない、なんて保証なら欲しいかもって今日は思った。本当なら言わなくてもいいことを言って、嫌われてもう会えなくなったらとか、あなたを困らせちゃったらとか、いろいろ考えたら怖くなった。人間って弱いね。理屈で考えたことなんていざとなったら通用しなくて、つい楽なものにすがりたくなる」
「そりゃ、そんなのがあったら誰だってすがりたくなるって……。俺なんか、振られるにしたってこんなことになるとか思わないじゃん、勘弁してよ、みたいな話はいっぱいあったし。せめて事前に誰か教えてくれって」
「いっぱいあったんだ? ふふっ、何か実感こもってるね。確かに、どっちかっていうと痛い思いをして経験値を上げるタイプっぽいし……あっ」
「ん? どうした?」
不意に、今だって何も保証されてはいないことに気付いた。一度そう思うと、そんなはずはないと思っていても、つい最悪のケースを想像してしまって、どんどん不安になる。
「もしかして……気とか、
「ん? いや、困っては……いないよ? 別に、気を遣ってるわけでも……んー、そうだな、気を遣ってるわけでは……」
「何か、歯切れ悪いね。ごめん、変なことを気にして余計なこと言っちゃったかな。気まずいとかあったら、遠慮なく言って。あんまり顔を合わせないように気をつけるから」
「ないない。そんな、気まずくなるような話じゃなくて、むしろ……って、やっぱり言わない方がいいんだよな、これ」
「むしろ……って、何かあるの?」
「いや、まぎらわしいこと言って、変に気を持たせたら良くないし、やめとこう。やめやめ」
「何なの? そこまで言ったら、もう言いなよ」
「ちょっ、怖い怖い! カヨコ、顔が怖いとかじゃなくて、俺とかアコに対しては本当に怖いよ⁉︎」
「余計なお世話。全く、失礼なのはどっちなんだか……。で、言うの? 言わないの?」
「言います」
本当にこの人は、情け無いっていうか……。アコなんか別にいいけど、
「えーと……大事すぎて、もうそういう目で見られないっていうの、カヨコ分かる?」
「大事……? ああ、うん。それは何となく感じてた。こうやってはっきり言わなくても、私の気持ちは知ってたでしょ? だから、傷つけないように……って、そういう事だよね?」
「いや、大事ってのは、それもそうなんだけどね? カヨコはほら、最初から俺の言ってたこと信じてくれてただろ? 俺がゲームの「プレイヤー」で、『現実世界』から来て、とか。いろいろ話も聞いてくれたし、一緒に考えてくれた。『シッテムの箱』を持ってないから、みんなとあんまり会えない*4分も、便利屋の様子とかいろいろ教えてくれたし」
「ああ……でも、別に特別何かをしたわけじゃないでしょ? 何か考えるのだって、話してるうちに自然としていただけだし。別に、
さっきイラついたばかりなのに、我慢しようとしても自然と笑みがこぼれる。意識して何かしてあげたことはない。いろいろ話をしたのも、彼のことをもっとよく知りたかったから。会うたびに周りの近況を教えたりとかも、こっちが聞いてもらっているように感じていた……ううん、二人でみんなの面倒を見ているような気がしていた。当たり前のように頼ってもらえるのが嬉しかった。
「恩ね……。恩っていうか……まあ、恩もあるか。そうなんだけどさ」
「? まだ何かあるの?」
「カヨコって、俺の考え方とかやり方とか、そういうのをよく理解してるだろ? 下手したら、本人の俺よりも」
「そう? そこまでは……ううん、そうだね。同じようなことはよく考えるし、それは自信あるかも」
この人のことを一番見てきたのが自分だっていう自信はある。恋愛とは別物だと思うし、それだけは誰にも負けない。一番の理解者……なんて言い方が正しいかどうかは分からないけど。
「それで、何か起きた時も『シャーレ』として俺がそこに行く前から、俺と同じようなやり方で揉め事を解決しようとしてくれてることが結構あったよな? ついた時には、もう場を収めてることだってあった。おかげで便利屋の周りは無用な争いも少なくなったし、カヨコがいるって聞けば安心した」
「そ、そうかな。まあ……その、意識してたわけじゃないし、そう言われるとちょっと恥ずかしいけど……」
「それどころか今は、自主的にトリニティとゲヘナの関係なんかを考えて、行動もするようになってる。それも、俺が理想的だと考えるような形で。だから……あー、なんて言ったらいいんだ? 弟子? 弟子って言ったら変か。単に頑張ってくれてるとか、偉いとか、そういうのじゃなくて、自分が可愛がってたのがはっきり分かるっていうか。「あっち」の世界でも、会社とかで特別いろいろ指導した後輩とかはいるけど、ここまでやってくれる奴なんて、カヨコしかいないんだよ。そんな大事な相手のことを……なあ? そんなのもう、完全に無理っていうか……」
彼の顔がどんどん赤くなり、目をそらして、少しどもり始める。いつもとは違う、真面目な時の表情とも違う、正真正銘、初めて見せる顔。多分、本当に特別な相手にしか見せない姿。
「最近、正義実現委員会と連絡取り合ったりしてるだろ? イチカとかハスミとか、あの辺からカヨコが頼りにされてるのを聞くたんびに、嬉しくって俺が自慢しそうになっちゃって……って、何でさっきから俺の方が告白してるみたいになってんだ? ていうか、告白よりよっぽど恥ずかし……うぉ⁉︎ ちょっ、抱きつくな!」
頭がカーッと熱くなって、何も考えられなくなって、気が付いたら彼の胸に飛び込んでいた。
「それって、私が「特別」だってことだよね? そういう存在は「私」しかいないって」
「他に誰もいないよ。多分、これからもずっと、カヨコだけ」
「嬉しい……!」
——嬉しい! 嬉しい、嬉しい!
まさか、自分をそんな風に思ってくれていたなんて、考えたこともなかった。全身があり得ない程の幸福感に満たされている。はしゃぎ過ぎて、自分の頭がおかしくなってしまったんじゃないかって思う。でも、ブレーキをかけようなんて
「はっず……。途中からわけわかんなくなってたけど、こんなこと言って、「は? 何勘違いしてんの?」みたいな目で見られてたら、もう死んでた……俺は思春期の中高生か何かか……」
「無理に言わせておいて、そんな風に思わないよ。ちゃんと言葉にしてくれて嬉しかった。うん、私はそれでいい。それがいい。私、きっと一番なりたかったものになれた……」
「そこまで言ってもらえると、少しは救われるけど……いや、ちょっと待て。一番なりたかったって、恋人とかじゃなかったの⁉︎」
「さっきまではね。でも、もう違うよ。私だって、もうあなたの事を「男」としては見られない。もっと大事な存在。だから、ノノミに振られたからって私のところに来て好きだって言っても、付き合ってあげない」
「そんなみっともない事、するかっ!」
「ふふっ、どうだか」
——これは、ハッピーエンドだ。間違っても
さっきまでは感じなかった、確かな繋がりを感じる。不安はもうない。きっと、この人の中に「
「もう、大丈夫。私があとを継ぐ」
「お、おう。あとを継ぐ? って、何の話だ?」
「あなたがいなくても、代わりにキヴォトスをあなたが望んだような形にする。だから、心配しなくても——」
「何の話だ⁉︎ そんなことをして欲しくて、あんな話をしたんじゃないぞ⁉︎ 何もないならともかくやりたいことがあるんなら、他のことなんて気にせず、音楽やんなさい! シャーレの当番ももういいから!」
「……あのさ。散々、『前の先生』がアビドスの子に対して過保護だとか言ってたけど、自分が同じようなこと言ってるって自覚ある?」
「うぐっ。いや、
「ふふっ、理不尽なことを言いたくなるのは特別な相手だから、そう思っておくよ。心配しなくても、あなたがノノミを大事にしてたのと同じ。私だって、大切な何かを犠牲にしてまで他の何かをしようなんて思ってない。今までもしてきたことの、延長程度の話だよ。それに私のやりたい音楽は、あなたの考えを引き継ぐことと、きっと重なる。みんなだって、それについてきてくれる」
今、思いついたばかりのことなのに、絶対の確信を持って言える。私が本当にやりたかった事は何なのか。そこに、今までの自分がどう繋がっているか。この人と出会って、好きになったことが、今の私を形作る上でどれだけ不可欠なものだったか。
「音楽は、いつだって、どこでだって出来る。それに私たちは、誰にも従わないアウトローの
「いや、トリニティはちょっと控えた方が……トリニティ? トリニティとゲヘナ……最近、確かそんな話が……」
「『トリニティ』で思い当たることでもあった? トリニティの子が、ゲヘナで音楽をやってる子を探してる……とか?」
「あー、それそれ。ハナコとヒフミが、もう一度会って聴かせてほしいから、シャーレにそういうゲヘナ生の心当たりはないかって」
きっと、あの日トリニティで歌っていたのを聴いてくれた、あの二人だ。先生から話を聞いた時、すぐにピンときた。向こうはどうなのか分からないけど、音楽という道が目の前に開けた、あの日のことを私は忘れていない。
「カヨコ、前からギター弾けたんだっけ? じゃあ、トリニティで弾き語りみたいなことをしてたゲヘナ生って、もしかして」
「一度そういうことがあったってだけだけど、多分ね。でも、まだ内緒にしておいて。もしかしてその子たちとの出会いが、トリニティとゲヘナを繋いだり、何か変化をもたらしたり、そんなことがあるかも知れない。そんな話にもハッピーエンドが保証されてるとしたら、出来るだけ回り道をしたい。簡単に出会うより、きっとその方がいい」
「わあっ、真面目……。やっぱり先のことを知ってるのも良し悪しかなあ……」
「だって、もったいないでしょ? 単に人と人が繋がりあうのだってちゃんと意味がある。でも、音楽で繋がることが出来たら、もっといい。ううん、そんなこととは関係なく、ただ自分の思い描く音楽をやって、それを聴いた人に何かを伝えられるか、それを試したい。バンドだけじゃない、自分の言葉や歌でだって表現は出来る。今まで漠然としか分からなかった、自分のやりたい音楽が見えてきた気がするよ。それに、それだけじゃ——」
「落ち着けって。興奮してるのは分かるけど。……でも、いいな。確かに、俺もそんな音楽を聴いてみたい。それで何が出来るのか、見てみたい。じゃあ、見せてくれるか?」
「うん、絶対に」
今度こそ本当に、自分の中の何かが決定的に変わったのが分かる。例えば、今のこの高揚感……それを、「伝わればいい」じゃなく、「伝えてみせる」。やりたいことを「やれたらいい」じゃない。「やってみせる」。自分だけのラブソングだって、絶対に「書いてみせる」。危なっかしいのは分かっている。こんな熱血キャラじゃないのだって分かっている。でも、このエンディングの先への、次の一歩を踏み出さずにはいられない。
「しかしね、俺が帰った後のことなんて考えなくていいんだよ? 帰るつもりなんてないんだから」
「また、そんなこと言って。100%不可能な事なんてそうそうない、とは考えても、不測の事態が100%あり得ない、なんて考え方は絶対にしないくせに。じゃあ、いつもシャーレで準備してるの、あれは何?」
「いや、あれはねえ……はぁ。全く、本当に何でもお見通しなんだもんなあ。確かに、そういう可能性はいつだって考えてるよ。最近はどんどん自分に言い聞かせてないといけない感じになってるし。今だってあやうく『強制帰還』の条件に引っかかりそうだった」
「え? 何で?」
『強制帰還』——『彼』を『現実世界』へ強制的に送り返すためのシステムの発動条件は二つ。「
「この世界に来て、カヨコと出会えて良かった。これでもう十分だ、そんな風に満足しかけたからな。ノノミの事がなくても、『シャーレの先生』として俺を「こっち」に引き止めるものはまだあるし、何にしてもいきなりってことはないだろうけど……何て顔してんの。そこはカヨコには、誇って欲しいところなんだけどね」
「そうだけど、そんな形で帰っちゃうとしたら、ノノミだって……」
「心配しなくても、そこを全く考えてないわけじゃない。それに、カヨコはもう「卒業」だろ?」
「うん。……きゃっ!」
いきなり肩を抱かれて、よろけそうになった。でも、頼りがいのある腕がしっかり支えてくれる。転んだりはしない。……そう、転んだりしない。
「ライブとかやるんなら、別の世界にいて観に行くのは無理でも、ちゃんと観るし聴くから、安心しろよ?」
「え? だって「向こう」から出来るのって、せいぜい「読む」ぐらいなんじゃ……」
「そんなもん、
「——そっか。そうだね……って、痛っ! そんな力いっぱい背中を叩かなくっても、分かってるよ。この人、本当にもう私のことを女扱いする気ないんだね……」
何を根拠に言っているのかは知らない。多分、根拠なんかない。それでもこの人が言うと、本当に
あなたに会えてよかった。きっと私は、唯一無二の
「——ムツキ? うん、うん、そういうこと。先生には見事に振られちゃったよ。……うん? そんなに嬉しそう? ……ふふっ、それは秘密だよ。それより——」
エンディングのその先にある景色は、どこまでも広くて、限りなく自由だった。
——完——
これでカヨコの恋愛の物語は終わりになります。
本編において、最終回で少し顔を出し、エピローグでは無事バンドを結成してムツキと暴れている様子を描いてあります。
そのままだとバランス悪いので、カヨコ編の形に修正した上で付け足そうかなと思ってます。