if 6話
神崎美遥が、薄暮の空の下、小さな包みを抱えて玄関のチャイムを鳴らした。心臓が少し早鐘を打つのを感じながら、ドアが開くと、そこには紬が立っていた。
「えっと、ここって朝倉湊の家で合ってますよね?」
「……すいません。どなたでしょうか?」
「わたし、朝倉湊の妹の神崎美遥って言います。えっと……兄は?」
「まだ帰ってきてないんですよー。上がりますか?」
「うーん、家主がいないのにお邪魔するわけには……」
「一応連絡しておくので上がってください。外で待っていてトラブルになるのもアレですし」
「そうですね……わかりました。お邪魔します」
美遥は初対面の挨拶を緊張しながらも丁寧に告げた。、二人は玄関の靴を揃えながら居間へ行った。
薄暗いリビングには、空気にわずかな緊張が漂う。美遥は差し出した包みをテーブルの上に置きながら、軽く微笑んだ。
「今日は兄さんの体調が心配で、これを作ってきました。お母さんの味を思い出して、少しずつ……」
紬は包みを覗き込みながら、その言葉の裏に隠された何かを探ろうとする。美遥の瞳はどこか鋭く、彼女の言葉がほんの少し意味深に響いた。
そこへ玄関の扉が音を立てて開き、湊が帰宅した。疲れた表情のままリビングに足を踏み入れ、美遥の姿を見て少し驚いたように息をつく。
「あれ?美遥?どうしたいったい」
「昨日電話した時に体調悪そうだったからいろいろ持ってきたの」
「そうだったのか……ありがとう」
湊は包みを受け取り、蓋を開ける。まだほんのりと暖かい料理に顔がほころび、無意識に箸を手に取った。ひとくち口に運ぶと、懐かしい母の味が口いっぱいに広がった。
「……まるで母さんの味そのままだ」
美遥の顔が一層輝きを増した。
「喜んでもらえてよかった。兄さんが元気になれば、それだけで私もうれしいから」
紬はその光景を背後から見つめていた。美遥の無垢でありながらも、どこか底知れぬ強さを秘めた微笑みと、それを喜ぶ湊の表情。心の奥底で何かがざわめき、胸の奥が締めつけられるような違和感が膨らんでいく。
◇◇◇
美遥が帰ってからも紬の心はどこか靄がかかったようになっていた。夜が更けていく頃、紬は重い足取りで主人公の部屋の前に立っていた。指先が震えながらも、ノックをする。
「……話があるの」
ドアが開き、紬は中に入り、静かに主人公の隣に腰を下ろす。お互いの息遣いが聞こえるほど近くで、紬の手がそっと主人公の腕を包み込んだ。
「今日ちょっと変だったよね……」
「変って何が?」
「なんというか妹さん来ていつもと違ってたから……」
「……どうなんだろう」
二人の間には沈黙が広がった。お互いに何をいえばいいのかどちらが先に口を開くのかまるで見えない鍔迫り合いをしているかのようにも見えた。
「ねぇ……しよ?」
袖を掴む彼女の力がいつもより強く感じた。
◇◇◇
部屋の中は薄暗く、カーテン越しに差し込む街灯の光が柔らかく揺れていた。
紬の手が静かに湊の腕に触れ、その温もりがじわじわと体内に染み込んでいく。
指先は微かに震えていた。そこから伝わるのは、ただのぬくもりではない。甘く、切実で、どこか必死な想いだった。
「……最近、なんだか、あなたが遠くに感じるの」
その言葉はかすれていて、それなのに、真っすぐに湊の胸を突いてきた。
距離を測るような視線と、泣き出しそうな声。
そのどれもが、今夜をただの夜ではなくしていた。
湊は答えられなかった。ただ、静かに彼女の顔を見つめていた。
紬の瞳に映る自分が、どこか知らない男に見えた。
心の奥に、小さな違和感がふくらみはじめる。
紬の手が、ためらうようにシャツの裾にかかり、ゆっくりと引き上げた。
布地が持ち上がるたびに、冷えた空気と彼女の吐息が肌をなぞる。
胸のあたりに触れるその指は、明らかに震えていた。けれど、決して止まらなかった。
「私のすべてを、今夜だけは感じてほしい」
その声が熱を帯びると同時に、紬の唇が湊の首筋に触れた。
柔らかく、吸い寄せられるように押し当てられた唇が、皮膚の上で形を変え、湿った感触が残る。
かすかな吐息が耳をかすめ、熱が背骨を這い上がっていく。
彼女の指が胸元に触れ、服の隙間から滑り込む。
手のひらが肌をゆっくりと撫で、乳首の周囲を指先がなぞるように動いた。
優しさと熱っぽさが交錯するその動きに、紬の身体がわずかに震えるのがわかった。
触れられているのに、何かが違う。
感じているのに、心のどこかが遠ざかっている――
そんな感覚が、湊の胸にわだかまる。
彼女の手は、今度はズボンのベルトにかかった。
金属の音が静かに響き、ゆっくりとベルトがほどかれていく。
指が腰骨をかすめ、布越しに湊の敏感な部分に触れた。
不意に湧き上がる快感に、思わず息が漏れる。
反応してしまう身体が、わずかに悔しく思えた。
心と肉体が、わずかにすれ違っているのを、どこかで認めてしまっていた。
紬の唇はゆっくりと胸に降りていき、乳首に舌を這わせる。
柔らかな粘膜の感触が、細かい神経を刺激する。
甘く湿った音が室内に微かに響き、熱と鼓動が皮膚の下で重なる。
汗ばむ肌と肌が重なり合い、紬は息を荒くしながら湊の背中に腕を回す。
指先が背を撫でるたび、かすかな痛みを伴う爪の感触が残る。
身体が重なり合うたびに、押し寄せるのは快楽と、それに伴う奇妙な距離感だった。
「……俺たち、本当にこれでいいのか?」
そう囁いた湊の声は、かすれ、震えていた。
それでも、紬は何も言わず、ただその熱を強く押しつけてきた。
拒めなかった。心は揺れていたのに、身体は彼女の熱に引きずられるように反応していた。
唇と唇が重なり、紬の舌が誘うように口内へと入り込む。
甘く絡み、濡れた音を立てて、その奥で二人の息が混ざり合う。
息苦しさすら感じるほどに求め合いながらも、湊の意識の一部は、冷たいままだった。
甘い疼きと深い疑念の狭間で、二人は重なり合い、絡み合い、夜を溶かしていった。
快楽の波が何度も押し寄せるそのたびに、湊は己の心がどこにあるのかを、見失っていくようだった。
まるで、何かを埋め合わせるように。
まるで、何かから目を逸らすように。
その夜の熱は、どこか冷たく、優しく、そして決定的に、何かが違っていた。