※この作品はR-18です。

甘くて、こわい君だった   作:Marks_Lee

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その後 2

ホテルの一室、カーテン越しの光が柔らかく床を照らしていた。

湊と並んでソファに座る夜。言葉が切れたその沈黙の中に、ふと美遥の胸に浮かぶものがあった。

 

あの、赤い部屋のこと。

 

鏡張りの壁。

タオルでゆるく結ばれた手首。

「ほどけたら終わり」という言葉。

胸の奥が、じわりと疼く。

 

「……ねえ」

 

沈黙を破るように、美遥が呟いた。湊は彼女の方を向く。

 

「もう一回だけ、あの部屋に……行きたい」

 

湊は少しだけ目を細め、黙って彼女を見つめる。

しばらくの沈黙ののち、彼はゆっくりと頷いた。

 

「わかった」

 

それは、約束のように穏やかで、やさしい声だった。

 

◇◇◇

 

ホテルの赤い照明が部屋を薄く染める中、淡いグレーのニットワンピースに包まれた美遥は、ベッドの縁に静かに腰を下ろしていた。肩のラインからそっとずり落ちたニットが、薄く透けたピンクのレース下着を映し出す。鏡に映る自分の姿が、彼女の心をざわつかせた。

 

バッグから取り出された白いサテンの細いリボンは、指先でそっと撫でられ、その冷たくも滑らかな感触が美遥の体温と交わる。湊が少し驚いたように言った。

 

「……これ、持ってきたんだ」

 

どこか照れたような、それでいて嬉しそうな声だった。

 

「結び目はゆるくしておくよ。ほどけたら終わり、だっけ?」

 

くすっと笑いながら、美遥の手首にリボンを巻いてゆるく結ぶ。引けばすぐに解ける緩さなのに、その行為自体が静かな拘束となる。

 

「動かないで。鏡、ちゃんと見てて」

 

さりげなくそう言う湊の声に、美遥の胸の奥がかすかに疼いた。命令というより、お願いに近い口ぶり。でもそれが、かえって支配的に響く。

 

美遥は静かに頷き、鏡の中の自分を見つめる。肩のニットが落ちたまま、ピンクのレースがあらわになっている。頬が赤く染まり、胸が高鳴るのが自分でもわかる。

 

湊の指が太ももの内側に触れた瞬間、息が詰まった。ひやりとした感触のあとに、優しく撫でるような動きが続く。下着の縁を押し上げながら、指先がじわじわと奥へと入ってくる。そのたびに、美遥は細く震える息を吐いた。

 

「そんなに触られるの……ちょっと、こわいのに……」

 

震える声で呟く美遥に、湊は何も言わず、唇を太ももに落とす。舌先が熱を運び、柔らかく這う感触に、美遥の身体がぴくりと反応する。快感と恥じらいが交差し、鏡に映る自分から目が逸らせない。

 

「お願い……もう少し、ゆっくり……」

 

湊の動きが一瞬だけ止まり、目だけが美遥を見上げた。

そして、またゆっくりと舌が這いはじめる。

 

彼の焦らすような動きに、身体の芯がじわじわと熱くなっていく。心臓が早鐘を打ち、呼吸は浅くなり、視界の端がぼやけていく。美遥の瞳は必死に鏡を見続けていた。

 

「……イキそう?」

 

低く、甘く、囁くような湊の声。

それだけで、美遥の奥に走る緊張がいっそう強くなる。

 

「うん……でも……まだ、止めないで……」

 

言葉にするのがやっとだった。身体の奥から熱がこみ上げ、汗ばむ肌に触れる湊の指先がさらに刺激を加えてくる。

 

「大丈夫、ちゃんと見てるよ」

 

そう囁いた湊の手が、美遥の頬にそっと触れる。心をなだめるように、指先が優しく撫でる。

 

そしてゆっくりと、彼が身体を重ねた。

押し寄せる熱と重なり合う鼓動。圧迫感と包まれるような安心が交じり合い、美遥は鏡越しに湊の視線を探した。

 

「そこ……っ」

 

答える声はかすれていた。何度も繰り返される動きに、全身が打ち震え、熱の波が押し寄せる。呼吸が追いつかず、頭の奥が痺れる。意識が薄れかける中で、美遥は鏡の中の自分が絶頂へ向かっていくのを、確かに見ていた。

 

その瞬間、世界が静まり返り、身体の奥が何度も小さく波打った。

 

湊が抱きしめる腕の中で、美遥はしばらく動けなかった。

鏡に映るのは、赤く染まった頬と、やりきったような自分の目。

 

指先で首筋を撫でながら、彼女はぽつりと呟いた。

 

「もっと、見てくれてもよかったのに……」

 

その声が届いていたかどうかは、わからない。

 

だけども、彼女の心は満たされていた。

 

◇◇◇

 

翌朝。大学のキャンパスは春の光に包まれ、新しい季節の匂いが漂っていた。

 

教室の窓際、美遥は机に肘をつき、ぼんやりと外を眺めていた。風に揺れる木々の葉、その向こうで笑い合う学生たち。けれど、それらの景色はどこか他人事のようで、今の自分と地続きではないような感覚があった。

 

「昨日、○○くんに飲みに誘われてさ~、どう断ろうかって思ってたんだよね」

 

隣の席から聞こえてきた友人の声に、美遥は顔だけを少し向けて微笑んだ。

 

「行けばよかったんじゃない?」

 

軽くそう返しながらも、心はまるで別のところにあった。

 

彼女の脳裏には、あの赤い照明に染まる部屋、鏡に映る自分、そして――

湊の指、声、重なる体温が鮮明に焼きついていた。

 

教室の前方では、別のグループの男子学生がふざけ合って笑っていた。明るくて、賑やかで、同じ年頃の男の子たち。きっと普通なら、そんな誰かと付き合ったり、ふつうに恋愛をしたりするのかもしれない。

 

――でも、湊は違う。

 

そう思った瞬間、胸の奥に淡い熱がじわりと滲んだ。彼の無意識な優しさ。言葉少ななのに、必要なときにはちゃんと目を合わせてくれるところ。あの部屋でのすべてが、自分を満たしていた。

 

「ねえ、美遥?」

 

友人の声に呼ばれて、はっとする。

 

「……うん、なに?」

 

「ぼーっとしてたよ。夜ふかしした?」

 

「ちょっとね」

 

笑ってごまかしながら、目を伏せた。頬が、うっすらと熱い。

 

小さく息を吐いて、窓の外にもう一度視線を向ける。

新緑の色が眩しく揺れていた。

 

「また、あの部屋に行きたいな……」

 

ごく小さく、美遥は呟いた。

 

それが誰に届くでもなく、ただ自分の胸の奥に沈んでいく。

けれどその願いは、確かにそこにあった。

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