湊の部屋で、ひとり。
ほんの短時間のはずだったのに、時計の針は思っていたよりも静かに進んでいた。
窓は閉まっていて、外の音は遠い。
エアコンの風だけが、ときおり薄く肌をなでていく。
部屋の中は少しだけ、湊の匂いがする。
柔軟剤と、紙と、少しの煙草の残り香。
ベッド脇に座った美遥は、無意識に深呼吸して、その空気を胸に吸い込んだ。
スマートフォンを手に取っては、すぐに伏せる。
メッセージはまだない。
「ごめん、もう少しかかる」と湊は言っていた。
本当に、もう少しなんだろう。けれど、この静けさが、どうしようもなく長く感じる。
──数日前、美遥は母に言った。
「ねえ、ちょっとだけ湊くんのところ、泊まっていい?」
母は少し驚いた顔をしていたけど、特に反対はしなかった。
「ちゃんと挨拶して、迷惑かけないようにね」とだけ言って、笑っていた。
そういうところが、母のいいところだと思う。
実際、泊まりたい理由なんて明確なものじゃなかった。
ただ、少しだけ環境を変えたかった。
一人になりたかったというより、湊と同じ空間で、何も起きない時間を過ごしてみたかった。
たぶん、それはわがままだ。
けれど、湊は何も聞かずに「いいよ」とだけ言ってくれた。
それが嬉しかったし、少しだけ、こわくもあった。
いつの間にか、自分の中に彼が根を張っている。
触れられたあとも、優しくされたあとも、どこかでそれを反芻するように──
もっと、知りたいと、願ってしまっている。
湊の家でひとり。
ベッドの上。
息をするたびに、じんわりと熱がたまっていく。
何気なく視線を落とすと、ゴミ箱が目に入った。
丸めたティッシュの束。
その奥、やけにしっとりとした白。
……あ。
思わず、呼吸が止まる。
胸がきゅっと痛むように鳴る。
目を逸らすべきなのに、なぜか離せない。
無意識に手が伸びていた。
そっと、縁に指先が触れる。
あと少しで──
カチャ、と玄関の鍵が回る音がした。
「……ただいま」
湊の声が、空気を切り裂いた。
美遥は手を引っ込め、ゴミ箱から慌てて身を離す。
湊はジャケットを脱ぎながら、こちらを一瞥する。
「何してた?」
その問いかけは、いつもと変わらない調子だった。
穏やかで、抑揚がなくて、けれど──目だけが、すべてを見抜いているようだった。
そのことに気づいたとき、美遥の体は妙に熱を帯びていた。
◇◇◇
湯気の消えたバスルームの扉。
シャワーの音が止んでも、部屋にはまだ静けさが残る。
ベッドに腰を下ろしたまま、美遥は胸元を抱いていた。
指先が、じんわりと湿った太ももをなぞる。肌に貼りついた部屋着の布越しに、熱が染み出すように広がっていた。
わかってる。こんなこと、おかしい。
けれど、あのティッシュを見てしまったときから──頭の奥がぼんやりしていた。
湊の気配を感じながら、ここで、ひとりきりで、
どうしようもなく疼いていた。
そっと、脚を閉じたまま、腿の内側を撫でる。
手の甲がふくらみをかすめると、電流のような震えが背を走る。
「……ん……っ」
吐息が漏れた。恥ずかしさに顔をしかめながら、それでも手を止めない。
下着の上から、すでに湿りかけた箇所を、指の腹で優しく押す。
ゆっくり円を描くように動かすと、下腹部の奥がきゅっと収縮した。
はずかしい。
けど、気持ちいい。
そして──
見てほしい。
あの人に。
ドアが開いた音がしたのは、ほんの数秒後だった。
「……」
バスタオルを肩にかけたままの湊が、部屋の中に立っていた。
目が合う。
瞬間、美遥の手が止まる。
でも、引っ込められなかった。
見られてる。
なのに、止まれない。
「……見ないで」
そう口にしたときには、すでに熱が脚の付け根を濡らしていた。
唇が震え、目元が潤む。
それでも湊は、ただ黙って、目を逸らさない。
その視線が、まるで身体の奥を覗きこむようで──ぞくりとした快感が走る。
美遥はゆっくり、指を下着の中へ滑り込ませる。
湿り気を帯びた柔らかさが迎え入れてくる。
一度なぞると、ぬるりと熱がまとわりつく。
「……ふ、あっ……」
指先が浅く沈む。
敏感な部分を、そっと押し広げるように撫でる。
脚が震え、片方の手でシーツを握る。
湊の目が、その手元に注がれている。
恥ずかしいのに、逃げられない。
いや、むしろ──このまま、ずっと見ていてほしい。
「……湊くん、……みて、て……」
か細い声でそう囁いたとき、自分の声の甘さに自分でも驚いた。
羞恥と快感が混ざり合って、喉の奥で震える。
湊はただ、目を細めたまま微動だにしなかった。
その静けさが、美遥のすべてを受け入れてくれているようで──
指の動きが、自然と速くなる。
ぬるぬると音がしはじめた。
小刻みに震える脚、乱れる呼吸、かすれた吐息。
胸の先も服の下で硬くなっていて、背筋を弓なりに反らせる。
「や、やだ……、……もう、やばい、の……っ」
目の前にいるのに。
湊が、見てるのに。
なのに、止まらない。
ぐっ、と奥を押しながら、もう片方の指で敏感なところをなぞると──
身体が大きく跳ねた。
「……っ……ぁ……!」
頭の奥が白く染まる。
すべての筋肉が一瞬にして緊張し、そして溶けていった。
溢れたものが、下着を、シーツを、湿らせる。
全身が、痙攣のように小刻みに震える中、湊の声がぽつりと落ちた。
◇◇◇
クライマックスのあと、美遥はベッドにうつ伏せになったまま、シーツを握りしめていた。
肩がまだ小刻みに震えている。
その背に、ふっと湊の声が落ちる。
「……今度からは、ペットシーツ用意しとくよ」
くすっと笑うような声でもなく、嫌味でもなく、ただの事実のように。
でもその言葉の意味が、静かに染みこんでくる。
美遥は顔をうずめたまま、赤くなった耳を見せながら呟く。
「……バカ」
返事はなかった。
そのかわり、ベッド脇に何かが置かれる気配。
「これ、あげる。……プレゼント」
顔を上げると、小さな紙箱があった。
指先で開くと、光沢のある細いチョーカー。
金属ではない、やわらかいレザー製。
けれど、中央にはひとつだけ、小さなリングがついていた。
言葉にできない何かが、美遥の中をゆっくり満たしていく。
「……こういうの、冗談で渡す人、いる?」
「冗談で、こんなサイズ合わせないよ」
湊は目を伏せたまま、淡々と言う。
それがどれだけの意味を持つか、美遥は知っている。
箱を胸に抱いたまま、彼女は黙ってうなずいた。