※この作品はR-18です。

甘くて、こわい君だった   作:Marks_Lee

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maybe 2話

朝の光は、やっぱり少し意地悪だった。

まぶたの裏からぐいぐいと押されるようで、早川あやねは自然に目を開けた。

枕元のスマホの充電コードが絡まっているのが見える。

起き上がっても、頭のどこかに霞がかかったままで、昨夜のことを思い出しかけては途切れる。

 

昨夜、彼女は先輩・朝倉湊と飲みに行った。

会社近くの少し洒落た居酒屋。先輩が店を選び、あやねは黙ってついていった。

仕事の話も、愚痴も交えた会話は特別ではなかったが、あやねにとっては初めての少し特別な時間だった。

 

だが、帰り道の夜風が冷たくて、先輩の横顔がいつもより少しだけ寂しそうに見えたとき、胸の奥に芽生えた気持ちがあった。

──もう少しだけ、一緒にいたい。

その思いを声に出せず、ただ胸の奥にしまい込んだ。

 

先輩はいつものように言った。

 

「じゃあ、また会社で」

 

それはまるで「これ以上はない」と線引きをするようで、あやねは頷き、笑いながら家路についた。

 

◇◇◇

 

人混みの中の満員電車。

吊革を握る手が少し汗ばんでいるのに気づく。

朝から自己嫌悪の波が静かに広がっていく。

どうしてあんなに素直になれなかったのだろう。

たった一言、「帰りたくない」と言えたら、何かが変わったのだろうか。

 

言葉にしなかったことを悔やみながら、あやねは自分の無力さに小さくため息をついた。

 

会社に着き、タイムカードを押す。

普段通りの顔で席に着き、メールチェックを始める。

周囲はいつも通りに賑やかで、誰も何も気づかない。

あやねだけが、心の中で大きな一歩を踏み出したことを誰にも言えずにいる。

 

そのとき、何気なく視線を上げると、遠くのデスクに先輩の姿があった。

先輩はちらりとこちらを見てすぐ視線を逸らす。

その自然な仕草が、あやねの胸に深く刺さった。

昨日と同じ、いつもと同じ光景。

先輩にとっては何もなかったかのように見えるけれど、あやねの心はまだざわめいていた。

 

昼休み、自販機の前で偶然先輩と鉢合わせる。

気まずい空気が流れ、あやねが先に軽く会釈する。

先輩は「お疲れ」とだけ返し、少しだけ缶コーヒーを手にして言葉を紡ぐ。

 

「水曜、業務改善チームのミーティング、来れる?」

 

「あ、はい。大丈夫です」

 

思ったより明るい声に、自分でも驚く。

でも嬉しかった。仕事を通してまた関われることに、どこか救われた気がした。

あの夜の出来事は、決してなかったことにはされていないと感じたから。

 

自販機のガラス越しに映る先輩の横顔は、変わらず静かで優しい。

でも、どこか遠くにいるような気もした。

 

夕暮れ時。

歩きながらふとスマホを取り出し、昨日の写真フォルダを開く。

特別な意味はない。誰かと写った写真はほとんどないけれど、なぜかそれでも見たくなった。

 

昨日よりも今日の方が、少しだけ寂しいのはきっと──

 

「言わなかったからだ」

 

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