※この作品はR-18です。

甘くて、こわい君だった   作:Marks_Lee

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maybe 4話

オフィスの明かりが少しずつまばらになる頃、早川あやねは最後のメールを送信し終えた。

横を見ると、まだ画面に向かって書類をチェックしている朝倉湊がいる。

ちらりと目が合い、彼は少しだけ肩をすくめてから顔をほころばせた。

 

「お疲れ、遅くまで頑張ってるな」

 

あやねは軽く頭を下げる。

 

「はい、今日はちょっと調べものがあって……でも、これで大丈夫です」

 

その言葉に、湊は胸の内を察するようにうなずいた。

 

「じゃあ、先に帰るか?」

 

エレベーターの内部は二人きりだ。

あやねは足元の靴音を聞きながら、少しだけ勇気を出して口を開いた。

 

「昨日は、先輩の言葉にすごく助けられました。ありがとうございます」

 

湊は一瞬照れたように目を細める。

 

「そう言ってもらえると、俺も救われるよ」

 

そんなふうに笑う先輩の横顔を、あやねはじっと見つめた。

(この人は、本当に――どこまでも自然なんだな)

 

社屋を出て、二人は並んで夜道を歩き始める。

目の前にはコンビニの灯り。湊はふと思い立ったように中に入っていった。

 

ガラス扉の向こうで、彼は手にした弁当を棚に戻しながらつぶやく。

 

「夕飯、いつもコンビニで済ませちゃうんだよな」

 

あやねは驚いて肩をすくめる。

 

「そうなんですか?」

 

湊は少し照れ笑いを浮かべ、缶コーヒーと小さなデザートを手にレジ前に立った。

 

「甘いもの、好きだったよな? コーヒーと一緒にどうぞ」

 

差し出されたスイーツの包装紙を見て、あやねは胸が温かくなるのを感じた。

──職場の先輩が、こんなふうに自分を気遣ってくれるなんて。

 

「ありがとうございます、先輩……」

 

ぽつり呟いたその言葉は、自分でも驚くほど小さかった。

 

駅前の改札前。夜風が頬を撫でる中、二人はスイーツの袋を小脇に抱えて立ち止まった。

あやねは名残惜しげに足を踏み出せずにいる。

 

「そろそろ、時間だな」

 

湊がぽんとあやねの肩に軽く触れる。

 

「気をつけて帰れよ」

 

あやねはひとつ大きく息を吐き、笑顔を返した。

 

「はい。おやすみなさい、朝倉先輩」

 

改札を抜けた背中を見送ると、あやねはスマホのロックを解除した。

小さなスイーツの袋を開けながら胸の中で、

──もっと、この人のことを知りたい。

という気持ちが、ほんのりと滲んでいた。

 

◇◇◇

 

駅を出て、静かな自室のドアを閉めると、ふっと肩の力が抜けた。

カバンをソファに置き、窓の外の夜景をぼんやりと眺める。

湊の言葉が繰り返し頭の中で響いた。

 

「気をつけて帰れよ」

 

その穏やかな声の響きが、まだ胸の奥で柔らかく余韻を残している。

鼓動が少しだけ速くなり、体の内側からじんわりと熱が広がっていくのを感じた。

 

浴室のドアを開け、温かなシャワーが肌を包み込む。

水の流れが冷えた身体をじんわりほぐしていく中、ふと思い出すのは、先輩のあの自然な微笑みと優しいまなざし。

 

髪を洗いながら、身体のすみずみまで意識が巡る。

胸の辺りに触れたとき、ふっと甘いざわめきが走った。

 

シャワーを終え、タオルで身体を包みながら鏡の前に立つ。

瞳の奥に見えるのは、ほんのりとした熱と、言葉にならない感情の輝きだった。

 

ベッドルームへ戻り、静かに腰を下ろす。

柔らかい布の感触に包まれながら、ゆっくりと指を胸元へ滑らせた。

肌の温かさと、少しの恥じらいが交差する。

 

目を閉じると、湊の声が耳元で囁かれるように蘇った。

その響きに誘われるように、あやねの指は胸の感触を確かめ、身体の奥に眠っていた想いを少しずつ解き放っていく。

 

静かな部屋に、小さな吐息と指先の動きが織りなす音だけが響いていた。

甘くて、けれどどこか切ないそのひととき。

 

あやねは、自分自身の身体に触れながら、名前のつかない想いがじわりと広がっていくのを感じていた。

 

その夜、彼女の心は初めて、ただの“先輩”ではなく、特別な存在へと変わっていったのだった。

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