※この作品はR-18です。

甘くて、こわい君だった   作:Marks_Lee

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maybe 8話

玄関のドアが静かに閉まる音が、部屋に微かな響きを残す。

 湊の部屋は、整然としていて、ほのかに洗剤と紙の香りが混ざっていた。

 

 あやねはコートの裾を握りながら、部屋の中にそっと視線を滑らせた。

 幾度か訪れたことのある場所なのに、今日はどこか空気が違って感じられる。

 静かで、落ち着いていて——でも、その奥底に微かな熱が漂っていた。

 

「寒かっただろう。お茶、入れるよ」

 

 湊の声はいつもと同じ低いトーンで、気を張っていたあやねの肩をすこしだけ緩めた。

 差し出されたマグカップを両手で包みこむと、白い湯気がふわりと頬をなでた。

 

「ありがとうございます……」

 

 あやねの声は、自然と少しだけかすれていた。

 視線を落とすと、自分の指がほんの少し震えているのがわかる。

 

 何を期待してここに来たのか——答えはもう、言葉にするまでもない。

 

「……今日は帰らないほうがいいかなって、思って」

 

 そう呟いた自分の声が、ひどく幼く響いた気がして、顔が熱くなる。

 けれど、湊はそれを茶化すことも驚くこともなく、ただ静かに、少しだけ目を細めて言った。

 

「……うん。わかった」

 

 それだけで、胸の奥の張り詰めたものが、ふっとほどけた。

 

 ゆっくりとカップを置き、ソファの端に座るあやねに、湊が近づいてくる。

 立ったまま、彼はあやねの前でしゃがみこみ、視線をまっすぐに絡めてきた。

 

「嫌だったら、ちゃんと止めるから」

 

「……はい」

 

 あやねは、首を振るのでも、うなずくのでもなく、ただその場で呟いた。

 目をそらさずに。怖がりながらも、彼の言葉に全身で応えるように。

 

 湊の手が、ゆっくりとあやねの頬に添えられる。

 その指先は驚くほどあたたかく、まるで長い夢の中にいるようだった。

 

 そして、触れるように、唇が重なる。

 

 最初のキスは、まるで探るように、短くて浅い。

 けれどそのあと、湊がもう一度、そしてもう一度と唇を重ねてくると、

 あやねの内側に、静かに火が灯るのがわかった。

 

 ——ああ、この人に触れられるたび、

  私は自分の輪郭を確かめているみたい。

 

 湊の手が、あやねの肩にかかる。

 そして、ごく自然な流れで、体を引き寄せられ、ソファに押し倒される形になった。

 彼の体重はやさしく、けれど確かに重なってくる。

 

 あやねは、湊の胸にそっと手を添えながら、目を閉じる。

 

 彼の唇が、頬、顎のライン、首筋へと、丁寧にゆっくりと下りていく。

 吐息が肌を撫でるたびに、呼吸が浅くなる。

 首元まで留められていたブラウスのボタンに、湊の指がかかる。

 一つずつ、慎重に外されていくたび、あやねの心音は高鳴っていった。

 

 肌に、冷たい空気と、彼の指が同時に触れる。

 

「……緊張してる?」

 

 問うような声が耳元に落ちてくる。

 あやねは、恥ずかしさに唇を結びながら、それでも笑みを浮かべて言った。

 

「……しますよ。だって、先輩が……こんなに優しいから」

 

 湊が微かに笑ったような気配がして、次の瞬間、

 あやねの鎖骨のあたりに、そっと唇が落ちた。

 

 その熱が、全身に波紋のように広がっていく。

 

鎖骨に触れた湊の唇は、まるでそこに記憶を刻みつけるかのように、何度も確かめるように落とされていく。

 あやねの背中がわずかに反る。そのたび、浅く短い息が唇から零れた。

 

 ——こんなに、優しくされるなんて思ってなかった。

 

 ブラウスのボタンがすべて外され、胸元がそっと開かれる。

 淡いピンクのレースの下着が露わになると、湊はしばらく手を止めて見つめた。

 あやねは思わず腕で胸元を隠そうとしたが、それよりも先に、湊の手が優しく彼女の手首を取る。

 

「隠さなくていい。……きれいだよ」

 

 その言葉に、心の奥のどこかが震えた。

 身体の表面ではなく、もっと奥深い場所が、そっと掬い上げられたような感覚。

 

 湊の指先が、下着の上からゆっくりと曲線をなぞっていく。

 軽く触れられるだけで、あやねの呼吸はすぐに乱れてしまう。

 

「……先輩……」

 

 不安と期待がないまぜになった声が漏れる。

 湊はその声に応えるように、ゆっくりと下着のホックに手をかける。

 

 パチン、と小さく外れる音。

 同時に、あやねの胸がふわりと空気に晒される。

 

 初めて見られるという羞恥が込み上げてきて、思わず顔を背けそうになる。

 けれどその前に、湊の唇が、そっとそこに触れた。

 

「……っ」

 

 小さく息が詰まる。

 胸元に感じる熱と湿り気、そして舌先の繊細な動きが、じわじわと神経をほどいていく。

 触れられている場所だけでなく、下腹の奥のほうがじんわりと疼き始める。

 

 湊の手が、ウエストラインをたどり、スカートのファスナーにかかる。

 視線を上げ、彼女の表情を確かめるように目が合う。

 

「……最後まで、していい?」

 

 その問いはとても静かで、けれど決して曖昧ではなかった。

 あやねは一瞬だけ目を伏せ、それから真っ直ぐに彼を見つめ返して、静かに頷いた。

 

 言葉にする勇気は出なかったけれど、

 でも、この人のものになりたいと、心のどこかが確かに願っていた。

 

 ファスナーが下ろされる音とともに、スカートが滑り落ちる。

 下着姿のまま、ベッドに背中を預けたあやねに、湊が静かに覆いかぶさる。

 

 指先が脚の内側をそっと撫で、ゆっくりと下着にかかる。

 

 脱がされる瞬間、思わず目をぎゅっと閉じた。

 けれど痛みも冷たさもなかった。ただ、温かくて、丁寧で……大切にされていると、身体が感じ取っていた。

 

 湊の指が、敏感な場所にそっと触れる。

 最初はくすぐったくて、落ち着かない感覚。

 けれど次第に、快感が波のように押し寄せ、あやねの腰がわずかに跳ねた。

 

「……もう、濡れてる」

 

 湊の囁きが耳元に落ちて、恥ずかしさに目元が熱くなる。

 それでも、どこか満たされたような気持ちが胸に広がった。

 

 湊はコンドームを取り出し、手際よく準備を整える。

 そして、再びあやねを見つめ、唇にキスを落とした。

 

「痛かったら、すぐ言って」

 

 その言葉に、あやねは小さく首を振った。

 

「……先輩に、触れてほしいです。全部……ください」

 

 自分でも驚くほど真っ直ぐな言葉だった。

 湊はその言葉に応えるように、ゆっくりと身体を重ねてくる。

 

 最初は、ごくわずかな侵入。

 違和感と緊張が走る。けれど湊は決して急がず、何度も唇を重ね、あやねの呼吸が落ち着くのを待ってくれた。

 

 そして、ほんの少しずつ、確実に繋がっていく。

 

 「……ん、っ……先輩……」

 

 痛みはあった。でも、それ以上に、

 彼が自分の中にいるという感覚が、あやねを包み込んでいた。

 

 何度も交わされる視線とキス。

 動きは少しずつ深くなり、あやねの体は徐々に快感を覚えていく。

 

 涙がひとすじ、頬を伝った。

 苦しさではない。嬉しさと、安堵と、愛しさの混ざった、どうしようもない感情の涙だった。

 

 湊はその涙を唇で拭いながら、さらに深く、あやねを抱きしめた。

 

繋がったままの身体が、ゆっくりと、しかし確かに動いていく。

 湊の腰の動きは抑制されていて、無理をさせないようにと細心の注意が感じられた。

 けれど、それが逆に、あやねの心を何度も揺らした。

 

 ゆっくりと擦れる感触が、深い場所に届くたび、

 体の芯にじわりと甘さが溶けていく。

 

「……先輩……っ、そこ……」

 

 思わず声に出てしまった。

 普段の自分からは信じられないほど、熱っぽく、甘えた声音。

 

 湊はその声に応えるように、角度を調整しながら動きを深めていく。

 

 ——ああ、もう、だめかもしれない。

 

 胸の奥で波紋が広がり、それが何層にも重なって、足の先まで痺れるように快感を引き寄せてくる。

 肌と肌が擦れ合うたび、熱を持った吐息が重なり、

 キスを交わすたびに、心のどこかが確かに繋がっていくのを感じた。

 

「……気持ちいい?」

 

 耳元に落ちた湊の声が、ひどく優しくて、泣きそうになった。

 

「うん……すごく……気持ち、いいです……」

 

 心の底からそう思った。

 ただ快楽に溺れているだけじゃない。

 今、触れられているすべてが、この人に大切にされているという証のようで、

 だからこそ、すべてが尊く感じられた。

 

 熱が高まっていく。

 あやねの体がわずかに震え始める。

 湊の手が腰を抱き寄せ、最後のひと押しで、身体の奥深くまで満たされた。

 

「あ……っ……!」

 

 波のような快感が、一瞬にして押し寄せ、全身を打ち抜いた。

 あやねの背筋が弓のように反り、指先がシーツをぎゅっと握りしめる。

 喉から零れた声は、抑えようとしても抑えきれなかった。

 

 ——溢れてしまう。全部、湊先輩のせいだ。

 

 しばらくの間、あやねの身体は余韻に包まれ、思考も言葉も空白になった。

 

 湊は最後まであやねの体を抱きしめながら、ゆっくりと動きを止めた。

 そして、深く息を吐き、彼女の額にキスを落とす。

 

「……ありがとう」

 

 その一言に、また胸がぎゅっと締め付けられる。

 嬉しくて、切なくて、どうしようもないほど、愛しかった。

 

「……私のほうこそ……ありがとうございます」

 

 細い声で返したあと、あやねはそっと湊の胸に顔をうずめた。

 耳の奥で、湊の心臓の音が聞こえる。ゆっくり、力強く、確かな音。

 

 まるでそれが、自分のもののように感じられた。

 

 そのまましばらく、ふたりは何も言わずに寄り添い合う。

 湊の指があやねの髪を優しく撫でるたび、胸の奥の不安や孤独が、少しずつ溶けていくようだった。

 

 ——好き。ほんとうに、好き。

 

 それだけで、今夜は十分だった。

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