微かに射し込む朝の光が、カーテンの隙間から部屋を柔らかく照らしていた。
窓の外で鳴く鳥の声が、まだ静かな街の気配を知らせている。
その中で——彼の腕の中で目を覚ました。
温かい。
呼吸のリズムは穏やかで、湊はまだ眠っているようだった。
首筋に触れる吐息がくすぐったくて、思わず目を伏せる。
……昨夜のことを、夢じゃなかったと確かめるように、指先で彼の胸に触れた。
そこにいる。
こんなにも近くに。
そのまま体を少し動かすと、彼の下腹部に柔らかく脚が当たった。
ん、と小さく息が漏れる。
見てしまった。
彼の——ぴんと張った熱を帯びたものが、布団の中で膨らんでいるのを。
(……これが……)
湊の顔をそっと見る。目を閉じたまま、静かに寝息を立てていた。
起こしてはいけない、と思ったのに。けれど——目が離せなかった。
昨夜、自分の中に何度も出入りしていたもの。
その正体が、こうして朝の光の中で、あらわになっている。
(これが、私の中に……いつも……)
心臓が少し速くなる。
でも不思議と、怖くはなかった。むしろ、確かめたくなった。
そっと布団をめくる。
寝巻きの隙間から、彼のものがこぼれるように姿を見せた。
ぴくん、と小さく跳ねる。熱がこもっていて、まるで生き物みたいだった。
(……すごい……)
昨夜、触れたときよりもずっと大きくて、固い。
目の前にあるのに、信じられないくらい現実感があった。
——触れてみたくなる。
指先を伸ばし、恐る恐る包む。
湊の眉がぴくりと動いたけれど、まだ目を開ける様子はない。
(大丈夫……?)
そっと、上下にさする。熱が、指の間に伝わる。
それだけで、下腹がじんわり熱くなっていく。
唇を近づけたのは、半ば無意識だった。
舌を這わせると、びくっと彼の体が跳ねた。
それでも湊は、目を覚まさない。少しだけ、苦しそうな吐息を漏らす。
ゆっくりと咥える。口の中に、形が広がっていく。
熱と重みと、塩気のある香りが鼻に抜けた。
(……入ってた、のに。私の中に……こんな……)
口内で優しく転がすたびに、湊の喉が微かに震える。
静かな朝の空気に、ふたりの間だけの音が溶けていく。
水音と、唇の離れるときのぬめった感触と。
誰にも見せたことのない自分の姿を、彼だけに許しているという実感が、胸の奥で甘く疼いた。
唇の奥まで受け入れるたびに、舌先で彼の裏側をなぞるたびに、湊の呼吸が次第に乱れていくのが伝わった。
——でも、彼はまだ目を開けない。
それが逆に、早川の内側をくすぐるような不思議な興奮を呼び起こす。
(……もっとしてあげたら、どうなるんだろう)
吐息を漏らす湊の顔を横目で見ながら、早川は喉の奥まで受け入れてみる。
唇の端から小さく音が漏れて、熱くなった頬に髪が張りつく。
ぴく、と大きく脈打った。
「っ……あ……」
かすれた声。
その瞬間、舌に濃い味が広がった。
びくん、と湊の腰が跳ね、喉の奥へと数度にわたり熱が押し出されてくる。
逃げきれず、早川はそのまま飲み込んだ。
重くて、粘り気のあるそれを飲み干しながら、彼の体の奥から溢れてきたものだと思うと、不思議と嫌悪感はなかった。むしろ——
(……ちゃんと、受け取れた……?)
口を離すと、湊のものはわずかに痙攣しながら、萎れかけていた。
静かに、唇をぬぐう。
湊の顔を見ると、彼は薄く目を開けて、こちらをぼんやりと見つめていた。
「あ……起こしちゃ……った?」
小さく笑ってそう問いかけると、湊は少しだけ目を細めて、手を伸ばしてきた。
その指が、頬をそっと撫でる。
「……起きてよかった、かも」
その言葉に、どう返せばいいかわからなくて、早川はただ微笑むだけだった。
けれど心の奥では、また一つ、知らなかった彼を知ってしまったような、
そんな秘密めいた嬉しさと、ほんの少しの不安が、静かに波紋を描いていた。
まだ完全に覚醒しきっていない表情のまま、湊は早川の頬に触れていた。
「朝から……積極的だな、早川」
からかうような調子ではなかった。
むしろ、まだ眠気が残った声が、やけに静かで低く響いた。
早川は、咄嗟にどう返せばいいかわからず、わずかに目をそらす。
「……その、気づいたら……触ってた。ごめんなさい」
「なんで謝るんだよ」
そう言いながらも、湊は何でもないように微笑む。
けれどその笑顔が、どこか“慣れている”ように見えてしまって、胸の奥がちくりと痛んだ。
「……こういうの、よくあるの?」
思わず漏れたその問いに、自分でも驚いた。
けれど湊は特に動じる様子もなく、少しだけ目を細めた。
「どうだろう。昔のことは……昔のことだしな」
否定でも肯定でもない答え。
それが返って、心の中で重たく沈んでいく。
「——でも、今は早川だよ」
湊はそう言って、さらりと早川の髪を撫でた。
まるで当たり前のように、彼にとっては自然な仕草なのだろう。
でも、それがまた——
(……“私だけ”って、どうしたら思えるんだろう)
そんな不安を打ち消すように、早川は湊の胸元にそっと顔を寄せた。
触れていたくて、確かめたくて、それでも聞けないことが山ほどある。
——近いのに、まだ遠い。
それが、今の二人の距離だった。
◇◇◇
湊が帰ったあと、部屋の中に静寂が戻った。
使い終えたカップを流しに置き、シーツを整え、濡れた髪を軽くタオルで拭く。
けれど、どれだけ動いても、体の芯の方に残った熱だけは、どうしても抜けきらなかった。
「……なんか、変な感じ」
呟いてみても、誰も返事はしない。
昨夜から今朝にかけての出来事が、現実だったのかどうかもまだ曖昧で、どこか夢の続きを歩いているようだった。
ベッドに目を向けると、くしゃくしゃになった枕と、まだ少し残る湊の匂い。
昨夜、何度も肌を重ねたことを、無言で思い出させてくる。
ふと、部屋の隅に目をやった瞬間、早川は動きを止めた。
——ぬいぐるみが、壁の方を向いていた。
いつもなら、ベッドの横の棚にちょこんと座って、こちらを見ていたはずのそれが、
まるで“見せたくないものから目を逸らすように”、壁の方を向いている。
(……私が……向けた?)
思い返す。
ベッドに湊を招き入れたとき、服を脱いだとき、初めて自分から口で触れたとき——
どこかの瞬間で、無意識に手を伸ばして、視線を遮ったのだ。
「……バカみたい」
思わず笑いながら、頬に触れる。
火照りはもう引いているはずなのに、じんわりと熱が戻ってきた。
見られたくなかったのは、行為そのものじゃない。
きっと、誰かに見られたら崩れてしまいそうな、“幸せそうな自分”だったのかもしれない。
(……ほんと、バカみたい)
壁を向いたままのぬいぐるみにそっと近づき、
もう一度こちらを向けてやると、早川は目を伏せた。
何を見せて、何を隠すか。
まだその境界線が、自分でもよくわからない。
ぬいぐるみを元に戻しても、気持ちは落ち着かなかった。
胸の奥がざわざわしている。
まるで、さっきまで彼がいた場所だけが、ぽっかり空洞になってしまったような感覚。
(……なんか、変だな)
下腹がじんわりと熱い。
熱だけが、彼の名残のように身体に残っていた。
昨夜、初めて奥まで満たされて、
今朝、口の中でそれを飲み干して——
それなのに、まだ足りない。
心が、じゃない。身体の方が、まだ欲しがっていた。
ベッドに腰を下ろす。
湯船に浸かっても取れなかった感触が、今も身体の芯にくすぶっている。
(……ちょっとだけ)
指先が、そっと下着の上から自分の脚の間へと滑る。
軽く触れただけで、身体がびくんと反応した。
「……ん」
自分で触れると、湊の手との違いがいやというほどわかる。
力加減、温度、タイミング——どれも違う。
それでも、どうにかしたくて、ゆっくりと指を動かす。
(……ここ、彼が触れて……そのあと、入って……)
思い出すだけで、また熱がこみ上げてくる。
下着の布がすぐに湿り気を帯びてきて、胸の奥が締めつけられるような気持ちになった。
だけど——
(違う……)
身体は反応しているのに、何かが足りない。
自分の手では埋められないものがあるのだと、痛いほど感じた。
ベッドの下、先日届いたばかりの小さな箱を引き出す。
ネットで見かけて、なんとなく注文してみたもの。
(……使ってみるだけ)
ためらいながら取り出し、静かにスイッチを入れる。
小さな振動が指先に伝わってきて、それを下着の隙間から当ててみる。
びくっ、と腰が跳ねる。
けれど——違う。やっぱり、違う。
身体は反応する。でも、心が追いつかない。
機械の無機質な振動が、かえって孤独を際立たせていく。
「……やっぱり、ダメかも……」
ため息を吐きながら、スイッチを切る。
音が消えた瞬間、部屋の静けさが耳に戻ってくる。
指先がまだ濡れていて、タオルで拭きながら、そっと目を閉じた。
(もう、あんなふうにしてもらえないのかな……)
湊の手も、声も、温もりも。
今ここには何ひとつ、残っていない。
だけど——
身体だけが、彼を思い出していた。
◇◇◇
部屋はもう暗く、窓の外には街灯の光が静かに揺れていた。
手元のスマホだけが、顔を淡く照らしている。
何度も開いては閉じたチャットアプリ。
湊とのやりとりは、最後に「着いたよ」というメッセージで止まっていた。
それ以降、彼からの連絡はない。
特に不自然ではない——そう思うようにしても、胸の奥がきゅっと縮こまる。
(……私から送るの、変じゃないかな)
“今日ありがとう”だけでも、普通の一言だ。
でも、何かを期待してしまっている自分がいるのがわかる。
“もっと話したい”とか、“また会いたい”とか。
そんな気持ちが、送信ボタンを押す手を止めてしまう。
(ちょっと、だけ……)
画面に指を滑らせる。
気づけば、メッセージ欄に文字を打ち込んでいた。
——今日はありがとう。
ちゃんと言えなかったけど、嬉しかった。
……また、会えたらいいな。
送ってから数秒後、すぐに後悔のような気持ちが押し寄せてくる。
指が勝手に動いた。そんな言い訳すらしたくなるくらいに、胸がざわつく。
通知が鳴る気配はない。
既読もつかない。返事もない。
(バカみたい……)
枕元にスマホを伏せるように置いて、目を閉じた。
きっと、何も期待しない方が楽なのに。
わかっているのに、繋がっていたくなる。
——身体だけじゃない。
本当に欲しいのは、もっと奥のほう。
“見てほしい”と願ってしまったことが、今になって怖くなる。
スマホを伏せたまま、まどろむように目を閉じたそのとき。
静かな部屋に、短く電子音が鳴った。
早川はそっと目を開ける。
(……返事、来た……?)
画面を確認するのが、少しだけ怖かった。