目覚ましよりも早く、ふと目が覚めた。
窓の外はまだ灰色がかっていて、朝というより夜の終わりに近い。
隣には、紬がいる。制服のまま、すこしシーツをはだけて、眠っている。
初めてではない。これが何度目かも、もう正確には覚えていない。
けれど確かに、最初に感じたような「戸惑い」はもう、ほとんど残っていなかった。
湊は静かに起き上がり、洗面所に向かう。
鏡に映る自分の顔。
目の下にうっすらとクマができている。
けれど、それが昨夜のせいなのか、それとも——この関係のせいなのかは、わからなかった。
台所に戻ると、紬が湯を沸かしていた。
「おはよう、コーヒーいる?」
「……ああ、うん」
まるで、これがいつもの朝のように。
家のどこに何があるかを、彼女はもう知っている。
ソファに座ってコーヒーを飲みながら、ふと視界に入った。
洗面所の棚に、歯ブラシが2本——1本は、明らかに湊のではない色の。
紬が持ち込んだのだろう。気づかないうちに。
その事実が、心の奥にゆっくりと沈んでいった。
職場では、なんとなく集中できなかった。
パソコンの画面がやけに眩しく、何度も同じ文章を読み返してしまう。
「湊さん、大丈夫ですか?」
声をかけてきたのは、営業部の新人、早川だった。
明るくて、気の利くタイプの子で、入社当初からやたらと距離が近い。
「なんか、疲れてる顔してます」
「……ちょっと寝不足でな」
「ふーん……彼女とか、できたんですか?」
湊は、一瞬言葉に詰まった。
「いや、別に……」
「ふーん、じゃあなんで寝不足なんだろ。お仕事だけじゃ、ないような気がしますけど?」
にこっと笑った早川の表情に、何か見透かされているような気がして、背中に冷たい汗が伝った。
夜。
部屋に戻ると、紬がすでに待っていた。
制服のまま、ソファに座って、テレビをぼんやり眺めていた。
ドアを開けたとき、彼女はすぐに顔をこちらに向けて、ふわりと笑った。
「おかえり、湊くん」
まるで、ここが彼女の家であるかのような自然さだった。
湊はなにも言えず、ただ「……ただいま」とだけ返した。
◇◇◇
照明を落とした部屋の中に、かすかに湿った音が響いている。
ベッドのシーツの上、紬は脚を開いたまま、湊に体を預けていた。
喉の奥で甘い声を殺しながら、白い太ももが湊の腰に絡む。
「……もっと、して」
囁く声がかすれて、でも確かに求めているのがわかる。
湊はゆっくりと腰を沈めながら、彼女の髪を指ですくうように撫でた。
絡み合う肌と肌。
熱が、擦れ合い、溶け合って、もうどこまでが誰のものなのかわからない。
「んっ……んんっ……や、あっ……っ、すご……っ」
紬の目元には涙が滲んでいる。
でも、顔は蕩けたように、悦びに染まっていた。
何度目かわからないほど深く繋がり合って、それでも飽きることなどなかった。
湊の指は、彼女の首筋、鎖骨、胸、腹、そしてさらに下へと這い続ける。
敏感になった身体が、触れるたびにびくびくと跳ねる。
「ふっ、ふぁ……ん、あっ、そこ……だめ……っ、のぼせちゃう……っ」
耳元に唇を寄せて、名前を呼ぶと、紬は目を閉じて小さく頷いた。
そのまま耳たぶに舌を這わせると、腰が勝手に浮いた。
快感が体内を突き上げるように広がっていく。
呼吸が合わなくなる。
熱が、ふたりの間に膜のように張り付いて、逃れられない。
そしてまた、紬が囁いた。
「……壊して、もいいよ?」
その言葉に、湊の理性が崩れた。
ぎりぎりと押し付けるように、身体を重ねていく。
ただ快楽だけを求める動きではない。
そこには、確かに「意図」があった。
支配でも、愛でもない。
依存と堕落の、心地よさ。
「んぁ、っ、あ……っ、深い、の……もう、だめ、だめ……っ」
腰を打ちつけるたびに、ベッドが軋む音が響く。
長い髪が揺れ、指に絡まり、吐息が耳を打つ。
乳房を吸い上げると、背がのけ反る。
両脚を肩に引き寄せて、さらに奥へと踏み込む。
「……んっ、んっ、あ……だめぇ、そんな……イッちゃう、イッ……!」
シーツに汗が滲み、紬の手が湊の背に爪を立てる。
それすら快感として受け止めながら、彼女の内側に何度も沈んでいく。
——ふたりで、壊れていくような夜だった。
意識の輪郭が曖昧になる。
名前を呼ばれるたび、自分が誰だったかさえ忘れていく。
湊はただ、彼女の体温に沈んでいった。
気づけば、カーテンの隙間が白んでいた。
また、朝が来てしまった。
でも、何も終わってはいない。
むしろ、これは始まりにすぎない。
隣では、裸のまま眠る紬が、夢の中でも湊の手を探しているかのように指を動かしていた。
湊は、そっとその手を握る。
もう、自分から離せる気がしなかった。
この関係は、誰にも知られてはいけない。
でも、もう止まらない。
そんなことは、とうの昔にわかっていた。
——そしてまた、夜が来る。
これでいい?
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いいよ。もう十分だよ
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