※この作品はR-18です。

甘くて、こわい君だった   作:Marks_Lee

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true 6話

 休日の午後、紬は家族に「友人の家に泊まる」と告げた。淡い色のワンピースに身を包み、心の中には期待と不安が入り混じる。

 家を出る前、スマホを手に取り、緊張しながら湊にメッセージを送る。

 

「今日、泊まりに行ってもいい?」

 

 しばらく返信はなかった。やがて返ってきたのは、短く冷たい言葉だった。

 

「急だし、今日は難しい」

 

 紬の胸がぎゅっと締めつけられたが、諦めきれず、もう一度メッセージを送る。

 

「どうしても、話したいことがあって……お願い」

 

 湊はしばらく返信を迷ってから、やっとこう返す。

 

「……わかった。気をつけて来て」

 

 紬はほっとしながら家を出る。外の冷たい空気が肌を刺すが、湊の家が近づくにつれ心は少しずつ温かくなっていった。

 

 玄関のチャイムが鳴ると、湊は驚きの表情でドアを開ける。

 

「こんな急に来るなんて……」

 

 紬は緊張しつつも覚悟を決めていた。

 

「家では言えないことがあって……」

 

 湊の顔が柔らかくなる。

 

「わかった。話せるなら、なんでも聞くよ」

 

 静かな空気が二人を包み、紬は深く息を吸い込み、心の扉を少しずつ開こうとしていた。

 

 ◇◇◇

 

 湊の部屋に入ると、ほのかに柔軟剤の香りがした。

 紬はコートを脱ぎ、そっとソファに腰を下ろす。湊はキッチンで湯を沸かし、温かいカップを彼女の前に差し出した。

 

「ほうじ茶でいい?」

 

「……うん、ありがとう」

 

 湊も向かいに腰を下ろす。目を合わせるのは、少し気まずい。

 沈黙が落ちる。だがそれは、ただの沈黙ではなく、何かを探るような沈黙だった。

 

「家で何かあったの?」

 

 湊が静かに切り出す。

 

 紬はカップを両手で包んだまま、首を横に振る。

 

「ううん、……何もない。でも、何もないのが、苦しかった」

 

 言葉を選びながら、紬はぽつぽつと話し始めた。

 家の居心地の悪さ、アルバイト先での孤独、そして――自分が誰からも必要とされていないように感じること。

 

「それで……今日、どうしても、誰かのそばにいたかったの」

 

 その言葉に、湊は目を伏せる。心の奥に引っかかるものがあった。

“俺じゃなくても、よかったんじゃないか”

 そう思いかけて、言葉を飲み込んだ。

 

「……紬」

 

 名前を呼ぶだけで、紬は少し肩を震わせた。

 けれど、顔を上げたその瞳は、まっすぐに湊を見ていた。

 

「迷惑だったなら、ごめん。すぐ帰る」

 

「いや、そうじゃない。そういうつもりで言ったんじゃないんだ。ただ……なんて言えばいいのか……」

 

 湊は頭をかき、しばらく言葉を探していた。

 

「無理して元気そうにしなくていいよ。俺の前では」

 

 紬の表情が少しだけほぐれた。

 

「じゃあ、ちょっとだけ甘えてもいい?」

 

「……ちょっとだけなら」

 

 そう言いながら、湊は優しく笑う。

 その笑顔に、紬はやっと、張りつめていたものを少しだけ手放すことができた。

 

 彼の隣に移動すると、そっと肩を預ける。

 湊は驚いたように目を見開いたが、拒まなかった。

 静かに、肩越しに湯気が立ちのぼる。

 

 ふたりの呼吸が、少しずつ重なりはじめる。

 

 ◇◇◇

 

 テレビは流れているが、内容は頭に入ってこない。

 紬の指が、何気ない仕草のように絡んできた瞬間から、空気が明らかに変わった。

 肌と肌が触れ合うだけで、こんなにも意識してしまうのか。湊は唾を飲み込む。

 

 視線を落とすと、紬の手がそっと太ももの内側に置かれている。

 柔らかく、けれど明確な意志を感じさせる距離感だった。

 

「……紬」

 

 思わず名を呼ぶと、彼女は小さく笑った。

 その笑みに、ほんの少し、試すような色が混じっていた。

 

「何?」

 

「それ……あんまり、よくない」

 

「なんで?」

 

 無邪気な問いかけ。でもその声には、どこか大人びた艶が混じっていた。

 

 ──このままじゃまずい。

 頭ではそうわかっているのに、体の奥が熱を持ち始めている。

 彼女が高校生だという事実が、理性を引き留めているのに、手は動かない。

 

 「私だけ、ずっと我慢してるみたいで、ずるいよ」

 

 小さく呟くように言った紬の声は、かすれていた。

 その目が潤んでいることに気づき、湊の喉がきゅっと締まる。

 

 ──そうじゃない。

 自分が大人だから。

 彼女を守る側でいたいから。

 だから距離を保とうとしてきたのに。

 

「……ずっと我慢してたの?」

 

 問い返すと、紬は頷いた。

 まつ毛が震え、肩が小さくすくむ。

 

「湊くんが優しいの、嬉しいけど……たまに、それがすごく、つらい」

 

 つらい。

 その言葉が胸に響く。

 湊は何か言おうとして、声を失った。

 

 テレビの音が、遠くで誰かが喋っているように聞こえる。

 

「……お願い、キスだけでいいから」

 

 そう言った紬の声は、まるで祈りのようだった。

 

 ──理性が、静かに試されている。

 この一線を越えたら、もう戻れない。

 でも、彼女の寂しさを見過ごすこともできない。

 

 湊はゆっくりと紬の肩を引き寄せ、そっと額を合わせた。

 

「ダメかも、しれないな……今日だけは」

 

 そう囁いた声が、自分でも驚くほど震えていた。

 

 ◇◇◇

 

 時刻はすでに夜の九時を回っていた。

 窓の外はすっかり暗くなり、時折風に揺れる木々の音が、静かな部屋に微かに届いている。

 

 湊の部屋では、二人並んで映画を観ていた。選んだのはラブロマンスだったが、物語の展開にはもうほとんど集中していない。

 ソファのクッションに寄りかかる紬の肩が、そっと湊の腕に触れる。自然を装っているようで、どこか意図的な距離感。

 湊はそれを感じながら、内心で戸惑いを抱えていた。

 

 この子は学生だ。

 あまりにも若くて、あまりにも真っ直ぐだ。

 そして、あまりにも自分に向ける眼差しが純粋で、怖い。

 

 紬が小さく笑った。「湊さん、さっきから全然映画見てないですよね」

 「……そんなことない」

 「じゃあ、今のシーンのセリフ、言ってみて」

 「……えーと」

 ごまかすように目を逸らした瞬間、紬の指がそっと湊の手の甲に触れた。ひどく柔らかく、指先だけを絡めてくるような仕草。

 

 「私、今日……ここに来てよかったって思ってます」

 ぽつりと呟かれた言葉に、湊の心が揺れた。

 

 そんなの、言われなくてもわかってる。

 だけど、それは――

 

 「……紬」

 言いかけた瞬間、紬がふいに身を乗り出すようにして距離を詰めた。

 湊の膝に置かれた毛布の上から、彼女の手がそっと太ももの内側に伸びる。

 

 ――わかってる。これは、試されてる。

 

 けれど、引き剝がすことができなかった。

 それほどまでに、彼女の温度は近かった。

 

 「……私のこと、ちゃんと見てますか?」

 耳元で囁かれた声が、緩やかに首筋を這うように響いた。

 

 湊の理性は、かろうじて踏みとどまっていた。

 だが、それも時間の問題かもしれない。

 

 画面の中の恋人たちは、穏やかに口づけを交わしていた。

 それを背景に、室内の空気が、静かに熱を帯び始めていた。

 

 ◇◇◇

 

 風呂上がりの紬が、リビングに戻ってくる。湊の部屋着を借りていて、サイズの大きいTシャツが太ももまでかかっている。髪の毛はまだ少し濡れていて、湊のバスタオルを肩にかけたまま、濡れた素足で床を歩く。

 

「ありがと。お風呂、気持ちよかった」

「そっか。タオル、替え持ってくるよ」

「ううん。もうこれでいい」

 

 紬は湊のソファに腰を下ろすと、膝を抱えるようにして座った。先ほどまでの挑発的な態度とは打って変わって、どこか安心したような目をしている。だがその視線は、時折湊の方にちらちらと向けられていた。

 

「ねぇ、湊さん」

「ん?」

「なんで、拒むの?」

 

 その問いは、あまりに真っ直ぐだった。小首をかしげながら、しかし、目は逸らさない。

 

「……紬」

「私、いやじゃないよ? 湊さんのこと、ほんとに……好きだし」

 

 濡れた髪から雫がこぼれて、首筋を伝う。それを指で拭いながら、紬はゆっくりと距離を詰めてくる。湊の隣に座り、膝が触れるほどの距離で。

 

「……君は、まだ学生だ」

「それって、理由になる?」

 

 まっすぐに言い返された湊は、返す言葉に詰まる。

 

「好きなら、触れたいって思っても……おかしくないじゃん。私だって……ずっと、我慢してた」

 

 声が少し震えている。強気に見えて、その奥に隠された寂しさが、痛いほど伝わってくる。

 

 その瞬間、紬はそっと湊の手に自分の指を絡めた。そして、もう片方の手で、湊の太ももの内側へとゆっくり手を滑らせる。

 

「……惑わすなよ」

 

 そう呟く湊の声は、限界ぎりぎりの自制心に縋るようなものだった。

 

 紬の目が潤んで揺れる。何かを確かめるように、すがるように。

 

「だって……」

 

 言葉の続きを紬は言わなかった。ただ、そっと顔を近づけ、額を湊の肩に預けるようにして、身を寄せた。

 

 ──触れたら、戻れない。

 

 その境界線が、目の前で揺れている。湊の胸の奥に、じわりと熱が灯る。

 

 気づけば、彼女の手が、自分の指に絡んでいた。

 細くて、あたたかい指先。ほんの少し震えているのは、寒さのせいじゃない。

 

 「……ほんとは、ずっとこうしたかった」

 

 囁くような紬の声が、鼓膜に触れる。

 ワンピースの裾から伸びた素足が、膝に触れた。わずかなぬくもりに、喉が鳴りそうになる。

 

 「やっぱり……迷惑?」

 

 怯えるような問いかけ。けれど、目は、まっすぐこちらを見ていた。

 その目を、拒めなかった。

 

 「俺は……おまえがまだ学生だって、わかってる。だから……」

 

 言いかけた言葉が、紬の指先に塞がれる。

 静かに、だがはっきりと、彼女は言う。

 

 「じゃあ、私が子どもじゃないってこと、証明してみせる」

 

 次の瞬間、太ももの内側にそっと手が置かれた。

 その体温が、直接、理性を融かしていく。

 

 抗うべきだと頭のどこかではわかっていた。それでも、彼女の温度が心の奥に染み込んでいくのを止められなかった。

 

 「……紬」

 

 名前を呼んだときには、もう手を握り返していた。

 どちらからともなく、体が傾く。唇が、重なる。

 

 音も立てず、なにかがほどける音がした。

 

 ◇◇◇

 

 湊の手のひらに絡んだ紬の指が、かすかに震えていた。

 それは不安のせいなのか、それとも期待か。あるいは、どちらも混じり合っているのかもしれない。

 

 「……紬」

 

 名前を呼ぶと、紬はわずかに体をすくめるようにして、こちらを見上げてきた。

 瞳は潤んでいるように見えた。光の加減ではない、確かに――心のどこかが軋んでいる音が、視線から伝わってきた。

 

 「ずるいよな……君って」

 

 苦笑まじりにそう言うと、紬の睫毛がふるりと揺れた。

 その表情に、また理性がひどく引き戻されそうになる。

 

 けれど、それでも。

 

 紬の指が太ももの内側をさりげなくなぞるように動いた。

 抵抗の隙を与えないように、じわじわと熱を帯びた指先。

 まるで誘導するように、緩やかに、けれど確実に――踏み込んでくる。

 

 その指を、湊はもう引き剥がせなかった。

 できなかった。

 

 自分の中に巣食っていた最後の抵抗が、脆くも砕け散っていくのがわかった。

 

 「……なにが、したいの?」

 

 湊がそう問いかけると、紬は少しだけ目を伏せ、言葉を選ぶようにして、唇を開いた。

 

 「湊さんのこと、欲しいって……思ってる」

 

 小さな声。けれど、はっきりとした意思がこもっていた。

 あどけない声色の奥に、熱を孕んだ女の匂いがする。

 

 「ねえ、いいでしょ……?」

 

 その声は囁くようでいて、断れない強さを持っていた。

 湊は喉を鳴らし、視線を彷徨わせる。

 

 この状況を、正しいと言えるかどうかはわからない。

 でも――紬がこうして自分に手を伸ばしてきたことだけは、否定できなかった。

 

 そして、自分の内にある“それ”も。

 

 静かに身を起こした紬が、湊の胸元に顔を寄せる。

 髪の香りが微かに揺れて、肌の熱がすぐそばにあった。

 

 「……じゃあ」

 

 紬の細い指がシャツのボタンに触れた。

 そのまま、ひとつ、またひとつと外していく――まるで、確認するように。

 

 湊は、目を閉じた。

 そして、すべてを受け入れるように、紬の体をそっと抱き寄せた。

 

 この夜が、罪であったとしても。

 それでも、心の奥にあった孤独を――今だけでも、埋められる気がした。

 

「……じゃあ、さ」

 

 紬の声がかすかに震える。言葉を選ぶように、でもどこか、湊の目をまっすぐに見据えて。

 

「キス、してもいい?」

 

 小さく問いかけるその一言が、部屋の空気を変えた。

 湊が返事をするよりも早く、そっと近づいてくる唇の気配。

 

 それを拒む理由を、湊はもう持っていなかった。

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