夕暮れの光が窓辺を赤く染める頃、湊の部屋には柔らかな静けさが漂っていた。
薄手のカーテン越しに差し込む橙色の陽が、紬の髪をやさしく照らし出す。ベッドの縁に腰を下ろした彼女は、上目づかいで湊を見つめていた。視線の奥には、どこか決意のような光がある。
「……ねえ、もう我慢できないかも」
そう囁いた紬が、湊の首に腕を回して身体を引き寄せる。一瞬ためらうように目を細めた湊だったが、すぐにその背に手を添え、そっと唇を重ねた。
浅く触れ合うだけのキスから、次第に熱がこもり始める。紬の呼吸がわずかに乱れ、胸のあたりが上下する。シャツの裾から差し込んだ湊の指先が、素肌に触れるたび、彼女の肩がぴくりと震えた。
湊はゆっくりと彼女の服に手をかけ、ボタンを一つずつ外していく。下着の上から浮かぶ柔らかな丸みに、目を逸らすことなく視線を注ぐ。ブラのホックを外すと、紬の胸がふわりとこぼれた。
彼女の肌に唇を落としながら、湊はそっと囁く。
「……紬、気持ちいいこと、いっぱいしよう」
耳元で名前を呼ばれた瞬間、紬の頬が赤く染まる。身体を預けるように湊の胸元に顔をうずめ、小さく頷いた。
ベッドに押し倒された紬の腰に、湊の手が伸びる。スカートを捲り上げると、彼女の太ももがあらわになった。その奥、濡れたショーツ越しに、すでに熱を帯びた感触が指先に伝わってくる。
「もう、こんなに……」
湊が囁くと、紬は布団の上で身じろぎながら、はにかむように視線を逸らした。
ゆっくりとショーツを脱がせたあと、湊は彼女の脚をひらかせ、膝をついて顔を近づける。
そっと息を吹きかけると、紬は甘く声を漏らした。
「ふぁ……っ、そこ、だめ……っ」
だが湊は、あえて浅く舌を這わせた。最初は柔らかく外側から、次第に内側へ。クリトリスの上を円を描くように撫で、時おり吸い上げると、紬は声を押し殺すように枕に顔を埋めた。
「……きもち、いい?」
小さく尋ねる湊に、紬はうなずきながら指先でシーツをきゅっと掴んでいた。湊の舌遣いは徐々に大胆になり、唾液と愛液が混ざりあって、とろとろと濡れた音が室内に広がっていく。
紬の背が弓なりに反ると同時に、ふっと湊が顔を上げた。彼女の潤んだ目と視線が重なる。
「……入れてほしい」
震える声でそう願う紬に、湊は優しく頷いた。
そして、彼女の唇をもう一度、深く奪った。
呼吸が早くなる。
身体の奥からじんわりとした熱が湧きあがってきて、それが指先や脚の先にまで伝わっていく。
紬の背中に手を回していた湊が、そのまま身体を押し倒すようにして、ベッドへと導いた。
柔らかなベッドに仰向けになると、上から見下ろす湊の表情がぼんやりと霞んで見える。
「大丈夫……?」
問いかけるような湊の声に、紬は小さくうなずいた。
不安はある。けれど、それよりも、彼に触れてほしいと思う気持ちの方がずっと強かった。
唇を重ねられる。さっきよりも深く、時間をかけて舌が絡め取られた。
何度も角度を変えながら、互いの唾液が交じり合う音が静かな部屋に響く。
舌を引かれるようにしてキスがほどけたかと思うと、湊の唇が紬のあごから、首筋、鎖骨へとゆっくり這っていく。
首の横にある微かなキスマークの跡を、湊がそっと指先でなぞった。
「……昨日の夜、つけたの……?」
紬は小さく頷いた。
気づかれたことにほんの少し恥ずかしさを感じながらも、湊の指がそこに触れてくれることが嬉しかった。
湊はそれ以上何も言わず、再び唇を重ねるようにして、今度は鎖骨のくぼみにキスを落とす。
熱を持った唇が肌に触れるたびに、紬の身体がわずかに震えた。
下着の上から、胸に触れられる。指先がそっと輪郭をなぞると、それだけで呼吸が浅くなった。
ブラのホックが外され、左右にずらされる。乳首があらわになると、そこに柔らかな舌が触れた。
「ん……っ」
小さな喘ぎ声が漏れた。舌先でゆっくりと円を描かれると、敏感な感覚が胸の奥からじわりと押し寄せてくる。
もう片方の胸は手のひらで包まれ、親指で乳首を転がすように撫でられる。
「……気持ちいい?」
問いかけながら、湊の口元がわずかに緩む。
紬は顔を背けるようにして頷いた。視線を合わせるのが恥ずかしかった。
湊の手が、ゆっくりと腹部をなぞりながら下へと移動していく。ショーツの上から触れられたとき、腰がビクンと跳ねた。
「……ここ、もう、濡れてる」
囁く声が耳に落ちて、羞恥がこみ上げてくる。
けれど、嫌悪感はまったくなかった。ただ、彼に触れられているという現実に、心の奥がじんわりと満たされていく。
ショーツの端を指で引っかけられ、ゆっくりと下ろされていく。
太ももの途中で一度止まり、湊の顔がそっと近づいて――唇が、陰部に触れた。
「やっ……そこ、舐めるの……?」
思わず身をよじるが、湊の手が腰を押さえて逃げられないようにする。
花びらをそっと広げられ、露になった部分にぬめる舌が這い、快感が弾けるように脳を打った。
「んんっ……! や、ぁ……っ」
クリトリスをやさしく吸われ、舌先でリズムよく弾かれるたびに、足の力が抜けていく。
湊は指を一本だけ挿れ、舌と同時に動かしながら、紬の身体をさらに深いところへと導いていく。
背中が反る。喉の奥から押し出されるように、甘く震えた声が漏れた。
まるで心の奥を開かれているような、そんな感覚だった。
――好きだ。
そう、身体の奥から溢れてきた。
◇◇◇
夜が深まるにつれて、部屋の中に静けさが降りてくる。
ベッドに並んで横になるふたり。テレビもスマートフォンも切られ、聞こえるのはお互いの呼吸と、布団のこすれる小さな音だけだった。
「……ねえ、湊さん」
先に声を出したのは紬だった。天井を見上げたまま、少し躊躇いながら続ける。
「もし、わたしが急にどこかにいなくなったら……探してくれる?」
その問いに、湊はすぐには答えなかった。横目で紬の横顔をうかがう。目は閉じているが、そのまつ毛がかすかに震えているのがわかる。
「どうしたの、急に」
「なんとなく……。ふと考えちゃって。湊さんは、優しいから、きっと誰にでもそうするんだろうなって」
その言葉に、湊は小さく息を吐く。
「そうかな」
「……うん。ずるいくらい、優しいよ」
紬の声には、どこか寂しさが混じっていた。けれど、次の瞬間、湊の手がそっと彼女の手を包み込む。
「探すよ。たとえどこにいたって、必ず」
その一言に、紬は目を開き、ゆっくりと彼の方に身体を向けた。照明は落とされていたが、窓の外の街灯の明かりが淡く二人を照らしていた。
「ほんとに?」
「ほんとに」
言葉を終える前に、紬は湊の胸に顔を埋めた。まるで、そこでしか呼吸ができないように、彼の存在を確かめるように。
しばらくの沈黙のあと、彼女がぽつりと呟いた。
「……こわいよ。湊さんがいなくなるのも、自分の気持ちが壊れそうになるのも」
「俺はここにいるよ、ずっと」
その言葉に、紬は小さくうなずき、目を閉じる。
ふたりの距離が、さらに近づいていく。静かに、しかし確実に。
抱きしめ合ったまま、紬は口元だけを少し持ち上げ、唇を重ねる。長く、深く、どこか切ないキスだった。
◇◇◇
ベッドの上、肌を重ねたふたりは、ゆっくりと体位を変えていた。紬は仰向けにされ、足を開かれながらも、その視線は湊の顔だけを捉えている。
快感の波が何度も押し寄せ、唇からこぼれる吐息も、すでに理性をかすかに残すだけのものになっていた。
「……ねえ」
紬が小さく呼びかける。潤んだ瞳が湊を見上げ、いつもよりも少しだけ、甘えるような声音だった。
「……どうした?」
腰の動きを緩めた湊が、息を整えながら問いかける。紬は一瞬、言いよどむように目を伏せたが、すぐに小さく笑って囁いた。
「……撮ってほしい。スマホで……してるとこ」
湊の動きがぴたりと止まる。
冗談かと思ったが、紬の頬は赤く染まり、しかし視線はまっすぐに向けられていた。
「……本気で言ってる?」
湊の声に、紬は小さくうなずく。
「うん……だって、こんなの……夢みたいで。いつか……あなたとこうなったこと、本当にあったって……ちゃんと残したい」
その言葉には、ただの好奇心や性的な願望だけではなく、深い情がにじんでいた。
湊は一瞬迷いながらも、枕元に置いてあった自分のスマートフォンに手を伸ばす。
画面を起動し、カメラアプリを立ち上げると、紬の体がわずかに緊張したのがわかった。
「顔、映してもいいのか……?」
「うん……映して。……あなただけが見るなら、全部でも……」
羞恥に震える声で、紬は唇をかすかに噛んだ。
湊はそっとレンズを向けながら、ふたたび腰を沈める。
カメラ越しに映る紬の表情は、戸惑いと興奮が入り混じり、どこか切なさすら帯びていた。
「……すごい、紬……かわいいよ」
シャッター音は鳴らさず、静かな動画撮影モードで記録される。
湿った音、浅い吐息、ベッドの軋みすら、鼓膜を通して記録されていく。
「……撮られてると思うと、なんか、変な感じ……でも、やだって気持ちじゃなくて……なんだろ、もっと……すごくなる……」
紬は恥じらいながらも腰を揺らし、湊を受け入れながら、画面の向こうの自分と向き合っていた。
「……あとで、一緒に……見る?」
「……うん、でも……その前に、もっと……して……」
その瞬間、ふたりの温度が再び高まり、撮影されているという事実が、逆に欲望を後押しする。
それは、ただの記録ではなく、ふたりが確かに交わり、つながった証だった。
◇◇◇
シャワーを浴びて戻った湊が、髪を軽く拭きながらベッドに腰を下ろすと、すでにバスタオル一枚で横になっていた紬が、スマートフォンを胸元に抱いていた。
「……それ、さっきの?」
湊が訊くと、紬は小さく頷いてから、くすっと笑った。
「うん。ちゃんと撮れてた。画面がぶれぶれで、声も入ってるけど……その分、リアルっていうか……なんか、えっち」
湊は苦笑しながら顔をタオルで覆った。
「ほんとに、よく言うよ……」
そのまま数秒、沈黙が流れる。静かな空調の音と、どこか遠くで車が通る音だけが耳に残った。
「……で、その動画、どうするつもりなんだ?」
湊の問いに、紬はスマホを持ち直しながら少しだけ視線を逸らした。
「んー……一応、ロックかけてるし、クラウドにもあげてない。誰かに見せるつもりはないけど……」
「でも?」
「でも?」と返された言葉に、紬はほんの少しだけ口をとがらせた。
「……ひとりで見返したくなるかもしれないじゃん。なんか……気持ちが揺れたときとか、ひとりで寂しくなったときとか」
「そんなときのために?」
「……うん。私の好きな人に、こんなふうに触れてもらった夜があったって……そう思い出すだけで、救われる気がするの。馬鹿みたいに聞こえる?」
紬の声には、からかうような調子はなかった。ただ、どこか遠くを見ているような、まっすぐな響きがあった。
湊は小さく息をつき、タオルを膝に置くと、ゆっくりと彼女の隣に横たわった。
「……馬鹿みたいじゃない。むしろ、すごく大事にしてくれてるんだなって、伝わった」
紬の瞳が、少し潤む。
「でもさ、そういう気持ちを覚えていたいなら、動画だけじゃなくて……ちゃんと、言葉でも残しておいてよ。俺がちゃんと応えるから」
「……ほんと?」
「ああ」
そう言うと、湊は紬のスマホをそっと手に取って、自分の指でロックを確認し、パスコードが必要な状態になっていることを確かめた。
「ちゃんとロックされてるな。……大事にしてくれるなら、信じて預けるよ。でも、もし不安になったら、すぐ言って。俺が消すの、手伝うから」
「……優しすぎるんだけど、湊」
紬は、まるで泣きそうな笑顔で彼に寄りかかり、そのまま静かに目を閉じた。
部屋には、もうスマホのシャッター音も、吐息も、残っていなかった。ただ、心の奥に触れた記憶だけが、二人のあいだに、柔らかく横たわっていた。