※この作品はR-18です。

甘くて、こわい君だった   作:Marks_Lee

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true 17話

 朝の光が、薄くカーテン越しに部屋の中を満たしている。

 紬はひとり、自室のベッドで目を覚ました。

 昨夜、自分の手で綴った紙の言葉が、まるで胸に重くのしかかるようだ。

 

 ──ごめんなさい。しばらく距離を置きます。

 

 紙に書いたあの一文が、頭の中で何度も繰り返される。

 離れるのは自分の意思なのに、なぜか胸が締めつけられる。

 心の隅にぽっかりと空いた穴が、朝の光と共に大きくなっていく。

 

 窓の外の景色がやけに静かで、まるで時間さえ止まっているように感じられた。

 彼のぬくもりがない空間に、身体だけがぽつんと置き去りにされている。

 

 ――本当に、これでよかったのだろうか。

 

 同じ時間、別の部屋で。

 湊は手紙の便箋をそっと胸に当て、静かに目を閉じていた。

 彼女の決断を重く受け止めつつも、焦燥感と不安が胸の中で交錯する。

 

「紬が、距離を置きたいと言った。受け入れなければ……でも、まだ諦めたくない」

 

 呼吸を整え、彼はそっと立ち上がった。

 ふたりは今、離れているけれど。

 それぞれの場所で、まだ心は繋がっていると信じて。

 

 ◇◇◇

 

 オフィスのデスクに座る湊。

 パソコンの画面が淡い光を放つ中、集中しようとするけれど、頭の中はぐるぐると過去のことばかり。

 柚月との記憶、そして紬との距離感――どれも整理がつかずに心がざわつく。

 

 そんな時、隣の席にいる後輩の早川が声をかけてきた。

 

「先輩、最近元気がないみたいですけど、大丈夫ですか?」

 

 礼儀正しい敬語で、真剣な眼差しが湊を見つめている。

 

 湊は一瞬戸惑い、ぎこちなく笑みを返す。

 

「ありがとう。ちょっと考え事をしていただけだよ」

 

 けれど、その言葉には自分でも嘘が混じっているのがわかった。

 

 一方、学校の教室で紬は友人たちの話に相槌を打ちながらも、心ここにあらずだった。

 何気ない会話も頭に入らず、窓の外の落ち葉が風に舞う様子に目を奪われる。

 

(変わるって、どういうことなんだろう……)

 

 紬の胸には、不安と迷いがじわりと広がっていく。

 

 ◇◇◇

 

 夕暮れの冷たい風が、紬の頬をかすめる。

 バイト帰りの帰り道、彼女はいつものように公園のベンチに腰を下ろした。

 ここは、以前湊と一緒に訪れた場所。静かな時間が二人を包んでいたはずだった。

 

 スマートフォンを取り出す。

 連絡を取りたい――けれど、指は画面の上で止まったまま。

 送る勇気が出ない。

 

 その時、画面が震え、湊からのメッセージが届く。

 

「無事に帰れてる?寒くない?」

 

 短い一文。なのに、その言葉が胸に強く響いた。

 

 紬は涙をこらえながら、返信せずに画面を見つめ続ける。

 自分を見ていてくれる、確かな存在。

 けれど、心のどこかにある不安は拭えなかった。

 

(私は本当に、見てもらえているの?)

 

 スマホの明かりだけが、紬の揺れる心を照らしていた。

 

 ◇◇◇

 

 夜の静かな廊下。紬は深呼吸をしてから、姉・柚月の部屋の前でそっとノックした。

 

 扉がゆっくり開き、現れた柚月は柔らかなライトブラウンのロングカーディガンに、淡いグレーのシンプルなワンピースを合わせていた。足元は素足に黒のルームシューズ。疲れを感じさせない落ち着いた雰囲気が漂う。

 

「紬、こんな時間にどうしたの?」

 

 紬は少し躊躇いながらも、声を震わせずに切り出した。

 

「お姉ちゃん……前から、私が何か抱えているのは気づいてた?」

 

 柚月はゆっくりと頷き、優しいまなざしで答えた。

 

「うん、何かあったのは感じてたよ。でも詳しいことは知らなかった」

 

 紬は胸の中で押し込めていた言葉を絞り出す。

 

「湊のこと……全部は話せてないけど、距離を置こうと思って手紙も書いた」

 

 柚月の眉がわずかに動き、口を開いた。

 

「湊って……朝倉湊のこと?」

 

 紬は小さく息を吐き、肯いた。

 

「そう。お姉ちゃんには全部は言えなくて……でも、少しでもわかってほしかった」

 

 柚月は驚きながらもすぐに穏やかな表情に戻り、紬の手を優しく握った。

 

「そうだったんだね……紬が辛かったのは知らなかった。話してくれてありがとう」

 

 紬は涙ぐみながらも、少しずつ心が軽くなるのを感じた。

 

「無理しなくていいよ。いつでもここにいるから、話したくなったら教えてね」

 

 紬は小さく頷き、姉の温もりを胸に刻んだ。

 

 ――

 

 場面は切り替わり、窓辺で夜空を見上げる湊。

 

 冷たい夜風が髪を揺らし、街灯の淡い光が彼の横顔を淡く照らす。

 

 胸の中に渦巻く焦りと迷い。

 紬と距離を置く決断が、自分の心にどれほどの重みをもたらしているのか、改めて思い知らされる。

 

「逃げてばかりだった――」

 

 これまでの自分の弱さを認める言葉が、喉の奥から自然と零れた。

 

 けれど今は違う。

 もう、現実から目を背けたくはない。

 

「紬のことも、自分のことも――ちゃんと向き合うんだ」

 

 短く、しかし強く呟く声に、自分でも驚いた。

 

 胸の奥で、小さな炎がゆっくりと燃え上がる。

 それは、不安や痛みを伴いながらも、未来へと繋がる希望の光だった。

 

 まだ完全に答えは見えない。

 けれど、どんなに険しくても、この道を進むしかない。

 

「――必ず、もう一度、紬に届く」

 

 決意を新たにし、湊は窓の外に広がる夜空を見上げた。

 

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