蒸し暑い初夏の夜、駅前の雑踏は薄暗い街灯の下で静かにざわめいていた。
湊は足早に人混みを縫うように歩いていたが、その顔は硬く、内側には激しい動揺が渦巻いていた。あの日、後輩と過ごした夜の記憶が鮮明に蘇り、胸に刺さった棘のように抜けなかった。
ふと背後から静かな気配がして振り返ると、そこには紬が立っていた。
小さな紙袋を両手で包み込むように持ち、いつものように整った装いだが、その瞳にはいつもとは違う凛とした強い意志が宿っていた。
「湊さん」
紬の声は低く静かで、それでいて消え入ることのない力強さを帯びていた。
湊はその声に動揺し、言葉を詰まらせた。紬はかすかな笑みを浮かべつつも、ゆっくりと話し始める。
「先日の夜、あなたがあの方と一緒にいるのを見ました」
その言葉は胸を鋭く刺し、湊の心臓は跳ね上がった。
紬は間を置かずに続けた。
「あなたの家に行きました。でも、あなたはいなかった。声をかけられなかったのは、今ここで話しかけたら嫌われると思ったからです」
声は静かだが、かすかな震えが含まれていた。
その震えが紬の内に潜む激情を滲ませていた。
「でも、あの夜、私はあなたを連れて帰りたいと思いました」
その言葉には迷いはなかった。
紬は湊の手を静かに取ると、迷わず歩き出す。
湊は抗うこともなくその手のぬくもりを受け入れ、ただ後を追った。
◇◇◇
ホテルのフロントで紬は落ち着いた手つきで手続きをしていた。
湊はその横顔を見つめながら、内側に渦巻く昂りを押し殺していた。
エレベーターの狭い空間で、二人の間には静かな熱が満ちていた。
紬がぽつりと呟く。
「心臓がこんなに騒ぐのは久しぶり」
その声が耳元に触れ、湊の身体は小さく震えた。
部屋のドアが閉まると、紬はゆっくりと湊の瞳を見つめた。
その目は静かだが深い情熱を湛え、揺らぎのない意志が感じられた。
「本当に、あの方とは何もなかったのですか?」
湊は息を呑み、軽く頷いた。
紬は微かな笑みを浮かべながらも、すぐに表情を引き締める。
「でも、あなたが迷ったのは確かです」
そう言うと紬はそっと湊の背後に回り、細い指で彼のネクタイをほどき始めた。
その動きはゆっくりで丁寧で、布の冷たさと指先の温度が混じり合い、湊の肌を刺激した。
「迷いの痕跡は、私には見逃せません」
紬の息が首筋をかすめる。
その吐息は熱く、甘く、湊の肌に染み込んでいった。
彼女の指先がゆっくり首筋を撫で下ろし、軽く爪を立てる。
細い爪の先が皮膚にかすかな痛みを刻む。
その瞬間、湊の身体に電流が走った。
爪痕は深く、鮮やかに首筋の肌を染め上げていく。
「これで、あなたは誰にも渡せなくなる」
紬の声は低く、嫉妬と所有欲が入り混じった響きを持っていた。
湊は呼吸を乱し、言葉にならない快感に包まれる。
紬は首筋の痕を撫でながら、熱い吐息を吹きかける。
その湿り気が、傷口のように繊細な皮膚に絡みつき、痺れる感覚が全身に広がった。
「私の痕です。誰にも消せません」
湊は目を閉じ、感覚の波に呑み込まれた。
紬の指が顎から耳へと滑り、唇が首筋を這い上がる。
その動きは甘く、しかしどこか強く決意を感じさせた。
耳元で囁く声は甘美で、湊の理性を破壊する。
「もう、他の誰にも渡しません」
紬の指がシャツのボタンを一つずつ外していく。
湊の肌に触れる指先は、温かさと冷たさを交互に感じさせ、彼の全身を研ぎ澄ませていく。
「あなたは私のもの」
その言葉は甘く、しかし鉄のように固い意志を宿していた。
痕と共に湊の身体と心に深く刻まれる。
夜が深まるにつれ、二人の体温は交じり合い、境界は溶けていった。
湊は紬のぬくもりに包まれ、紬は彼の震える吐息を感じていた。
世界は二人だけのものになり、他のすべては遠のいた。
◇◇◇
朝日が薄く差し込む部屋の中で、湊は紬の髪を撫でていた。
小さな声で呟く。
「誰かに見られたら……」
紬は胸に顔を寄せ、熱い吐息を漏らす。
「もし、あの人にも見られていたら……私があなたを奪ったこと、わかってほしかった」
その言葉は静かだが、強い決意に満ちていた。
湊はもう、元の関係には戻れないことを深く悟っていた。
これでいい?
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いいよ。もう十分だよ
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