夜更けの静けさを破るように、インターホンの短い音が鳴った。
誰かを待っていたわけでもない。けれど不思議と、胸の奥がざわつく。
ドアを開けると、そこに立っていたのは紬だった。
街灯の光を浴びて浮かび上がる横顔は、うっすらと赤みを帯びている。息が少し上がっていて、走ってきたのか、髪の先に夜気の湿りが残っていた。
視線を合わせた瞬間、彼女は小さく唇を噛み、ためらうように囁いた。
「……会いたくなっちゃって」
言葉を最後まで聞き取る前に、体が胸元へと飛び込んでくる。
細い腕が背中に回され、思いがけない強さで抱きしめられる。柔らかな体温が、玄関口の冷えた空気を一瞬で押しのけた。
「寂しかった……声だけじゃ、足りなかったの」
胸のあたりに押し付けられた声は、かすかに震えていた。
バッグもコートも足元に落ち、紬は顔を埋めたまま動こうとしない。
頬に当たる髪は少し乱れて、甘い香りが鼻をかすめる。
その小さな体に込められた必死さが、まっすぐに伝わってきた。
驚きよりも先に、胸の奥を満たしたのは強い衝動だった。
逃げ場のない熱がこみ上げてくる。彼女の髪をそっと撫でながら、速まる鼓動を自分でも抑えられなくなっていた。
しばらくのあいだ、玄関で抱き合ったまま言葉がなかった。
紬は背中に腕を絡め、まるでそこから離れることを拒むように身を押しつけている。
「……どうしたんだよ」
問いかける声は、自分でも抑えきれない熱を含んでいた。
紬は胸元に顔を埋めたまま、小さく首を振る。
「……ただ、会いたかっただけ。ねえ……」
声は震えているのに、その抱擁だけは力強い。
その必死さに、理性を保とうとする糸が切れかける。
「……そんな顔で言われたら、我慢できなくなる」
耳元で囁いた瞬間、彼女の体がかすかに跳ねた。
顔を上げた紬と視線が重なる。
潤んだ瞳が、求めるように揺れている。
その隙間を埋めるように唇を重ねた。
最初は触れるだけの口づけ。けれど、離れる間もなく紬の唇が強く押し返してくる。
驚きと同時に、彼女の変化をはっきりと感じた。
舌先が遠慮なく絡みつき、息を奪うほど深い口づけに変わっていく。
「……紬」
呼ぶ声も塞がれ、代わりに熱い吐息が口の中で溶け合う。
唇の隙間から零れたか細い声に、体の芯まで煽られる。
やがて互いの体は重なり合うように揺れ、自然にソファへと倒れ込む。
重なる体温、押し付けられる胸の鼓動。
指先が服の上から触れただけで、彼女の体が敏感に反応するのがわかった。
そこにあるのは、もうただの甘えではなく、明確な欲望だった。
◇◇◇
ソファに押し倒された格好のまま、唇を何度も重ね合う。
紬の吐息は熱を帯び、絡めた舌は遠慮を忘れて貪るように動く。
湊の指先が腰に触れると、薄い布越しに小さな震えが伝わった。
「……っ、ん……」
甘い声が零れ、震える吐息が耳をくすぐる。
その声に誘われるように、手が自然と上へと滑る。
服の上からなぞるだけで、彼女の体は敏感に反応し、細い指が湊のシャツを掴んだ。
「……もっと、触れてほしい……」
潤んだ瞳でそう囁かれた瞬間、最後の理性が焼き尽くされる。
指先が裾を捲り上げると、白い肌が灯りに照らされる。
露わになった部分に唇を寄せれば、紬は小さく背を反らせた。
声を堪えるように唇を噛む姿が、さらに欲望を煽る。
彼女の手もまた、ためらいながら湊のシャツに指を掛ける。
震える手でボタンを外し、肌に触れると、触れた瞬間に息を呑んだ。
「……湊の体、熱い……」
言葉にするのも恥ずかしそうに、それでも確かめるように撫で続ける。
互いの衣服が少しずつ落ちていく。
触れ合う面積が増えるたびに、汗ばんだ熱と鼓動が重なり合っていく。
紬は最初の頃のように戸惑ってばかりではなかった。
頬を赤く染めながらも、自分から抱きつき、体をすり寄せてくる。
その変化が、かえって愛おしく、同時に理性を奪っていった。
互いに乱れた衣服を脱ぎ捨て、熱を帯びた体を抱き合ったままベッドへと移る。
シーツの上に押し倒されると、紬は恥じらうように視線を逸らしたが、その腕はしっかりと湊を抱き寄せていた。
「……ねえ、もっと……」
囁きは震えているのに、その体は欲しがるように震えを帯びている。
熱を孕んだ唇を再び奪い、互いの舌を絡める。
そのまま指先が秘めた部分へと滑り込むと、紬の喉から甘く掠れた声が漏れた。
「や……だめ、っ……でも……もっと……」
拒む言葉と、求める体が矛盾して溶け合う。
準備を確かめながら慎重に深く入っていくと、紬はシーツを掴み、背を大きく反らせる。
「……っ、あぁ……! ん、湊……!」
涙を滲ませた瞳でこちらを見上げ、必死に受け止めようとする姿がたまらなく愛しい。
動きを重ねるたびに、彼女の声は抑えが利かなくなり、甘い喘ぎが部屋に満ちていく。
腰に回された足が強く絡みつき、逃がさないとでも言うように体を締めつけた。
「もっと……奥まで……来て……」
震える声でねだるように囁かれ、理性のすべてが焼き切れる。
激しく、深く。
互いの体温と体液が混ざり合い、ベッドは熱気に包まれる。
紬の声と鼓動とが一つになり、絶頂の波が同時に押し寄せた。
しばらくはただ、荒い呼吸と鼓動の音だけが支配する。
ぐったりと湊の胸に体を預けた紬は、汗に濡れた頬をすり寄せながら小さな声で囁いた。
「……離れたくないの。ずっと……こうしてたい」
湊は何も言わず、髪を撫でながらその体を抱き締める。
夜の静けさの中、二人の余韻だけが甘く、熱を残して広がっていた。
◇◇◇
どれほど時間が経ったのか分からない。
部屋の空気は熱を帯び、シーツは二人の体温を吸い込んでしっとりと重くなっていた。
紬はまだ湊の腕の中に収まっている。
頬に貼りついた髪を指で梳いてやると、彼女はくすぐったそうに身じろぎした。
「……恥ずかしい……声、すごかったでしょ」
小さく拗ねるように呟く。
湊が笑って頬に口づけると、紬は顔を赤くしてシーツに潜り込んだ。
やがて布の隙間から覗いた瞳が、潤んだままこちらを見つめる。
「ねえ……これからも、こうしてていい?」
その言葉には、子どものような不安と、大人になった彼女の真剣さが同居していた。
「……当たり前だろ」
返した声は自分でも驚くほど素直だった。
その瞬間、紬の表情がぱっと緩み、安心したように笑う。
互いに体を寄せ合ったまま、しばらくは言葉を交わさず、ただ静かな呼吸を重ねた。
外は深夜の静寂に包まれている。
けれどベッドの中には、確かにまだ消えない熱と甘い余韻が漂っていた。