※この作品はR-18です。

甘くて、こわい君だった   作:Marks_Lee

9 / 83
第9話

朝の陽射しが、カーテンの隙間から柔らかく部屋を照らしていた。

湊はゆっくりとまぶたを開け、隣のベッドが空っぽであることを確認した。紬の姿は見当たらなかった。

 

昨夜の記憶が身体の中でまだ微かに揺れている。彼女の吐息、温かな肌触り、囁いた言葉の震え。

そのすべてが胸の奥でじんわりと疼き、混ざり合う快感と切なさの余韻を残していた。

 

だが、今の現実は冷たかった。静寂だけが部屋を支配し、そこにいるはずの紬はいなかった。

 

湊は布団をそっと掻き分け、ゆっくりとベッドから降りる。

足元の冷たさが、現実の重みを強く感じさせた。

 

身支度をしながら、彼の頭の中では昨夜の出来事と紬の不在がぐるぐると巡っていた。

 

「紬は…どこにいるんだろう」

 

ぽっかりと空いた心の穴を感じながら、湊は窓の外に目を向けた。

空はすっかり明るくなり、街は新しい一日を迎えようとしている。

 

テーブルの上には紬の忘れ物らしい小さなハンカチが置かれていた。

それを見て、彼は彼女の気配がほんの少しだけここに残っていることを知る。

 

スマートフォンを手に取ると、紬からのメッセージが届いていた。

 

《今日はゆっくり話そう》

 

その文字を何度も見つめながら、湊はじんわりと胸が温かくなるのを感じた。

物理的な距離はあっても、どこかで繋がっているという確かな感覚があった。

 

◇◇◇

 

会社はいつもと変わらず騒がしかった。

けれど湊の意識は重く沈み、まるでその場に居ながらにして別の場所にいるようだった。

 

同僚の話す声、机の上の資料、キーボードを叩く音。

それらはただの雑音となり、彼の頭の中で繰り返されるのは紬への思いと自問自答だった。

 

「これでいいのか。

お互いを尊重し、依存しすぎず、離れすぎず…。

本当にそんな関係ができるのだろうか」

 

湊の胸は締め付けられるように痛んだ。

紬と過ごす時間はかけがえのないものであり、その存在は彼の安らぎだった。

しかし、その存在に飲み込まれそうになる怖さもまた確かにあった。

 

「自分はどうしたいんだろう」

 

答えのない問いが頭の中で渦巻き、心の中のざわめきは収まらなかった。

 

◇◇◇

 

夜の街に出る。

冷たい風が頬を撫で、吐く息は白く空気に溶けていった。

街灯が湿った路面に反射し、ぼんやりとした光の輪を作っている。

 

湊は足を止めて空を見上げた。

 

満天の星は沈黙のまま輝き続けている。

それはまるで彼の心のようだった。

 

「離れるのは怖い。

でも、縛り合って壊れるのも怖い。

自由を持ちながら、それでも繋がり続けることはできるだろうか」

 

静かな不安と小さな希望が胸の中で絡み合い、波紋のように広がる。

 

彼の手は小さく震え、ポケットの中で拳を握り締めた。

浅くなった呼吸が彼の緊張を物語っていた。

 

◇◇◇

 

帰宅するとテーブルの上に一通の封筒が置かれていた。

それは紬の筆跡で書かれており、彼の胸は少しだけ震えた。

 

《怖さを抱えながらも、私はあなたと歩みたい。

完璧じゃなくてもいい。

お互いの自由を認め合い、時には離れても、心は繋がっていたい》

 

湊は封筒を丁寧に手に取り、胸に抱きしめた。

その言葉は彼の胸の奥に染み込み、目頭が熱くなった。

 

不安も迷いも渦巻いている。

だが同時に、共に歩むという決意もまた確かにそこにあった。

 

星空のように、離れていても光を放つ存在。

それは今の彼らの関係そのものだった。

 

湊は深く息を吸い込み、ゆっくりと拳をほどいた。

 

未来はまだ見えない。

だが紬と共に歩み、模索していく覚悟だけは、確かに胸に刻まれていた。

 

これでいい?

  • いいよ。もう十分だよ
  • もっと書け
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。