※この作品はR-18です。

FINAL FANTSY X ~脈導の聖女~   作:彼処舐ノ助嗅過

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10.神託の婚礼—奪われた言葉

虚飾に満ちた神殿の大広間。その中心に設けられた黄金の祭壇を囲むように、参列者と見せかけた群衆が着席する。彼らは全員、各地から選ばれた「信者」たちだ。映像スフィアによって、世界中の祈り子の間に式の様子が中継されている。

拘束されたルールーたちは、魔力の鎖で椅子に縛られたまま、無理やり招かれた参列者として、列席させられていた。誰もが言葉を発せぬよう口封じの魔法をかけられ、動くこともできない。

「……んぐっ……! くっ……こんな……!」

ルールーが悔しさに涙を浮かべ、雷に焼かれた肩を震わせる。

キマリは唸り声をあげながら歯を食いしばり、ワッカは顔を真っ赤にして暴れようとするも、無数の魔法符に阻まれている。

 

その中心、純白の衣を纏わされたユウナが、ゆっくりと脈導師の横に立たされる。

「ふふふ、見違えますなぁ……。いやぁ、実に美しい。まるで月下の女神……いや、これから私と共に"新神"へと昇華する聖母様ですな!」

脈導師の指がユウナの頬に触れようとしたその瞬間、彼女は顔を背ける。

「……触らないで……」

低く、震える声。だがその瞳は、どこか冷静に機会を見定める光を宿していた。

「ユウナ様、ご安心くださいな。シーモアよりも、そしてティーダとやらよりも忘れられない素敵な口づけにしてさしあげましょう、フフフ」

やらしく笑う脈導師を睨みつけるユウナだが、それすらも今の彼にとっては征服欲を満たす材料でしかないようだった。

 

脈導師は意に介さず、にやりと笑うと彼女の耳元に顔を寄せる。

「お忘れなく。仲間の命は、あなたの従順にかかっているのですよ。ふふふ……もちろん、このティーダくんもねぇ」

視線の先には、魔力で地に押しつけられたまま動けずにいるティーダ。ボロボロの身体で、それでもユウナを見つめ続けている。

「……ユウナ……っ……」

震える声を絞り出したティーダ。だがその声がユウナの胸に届いたとき、彼女はうっすらと微笑んだ。

(私は……あきらめない。今はただ、時を待つ……)

 

その時、映像スフィアが一斉に点灯し、世界中の人々の空を照らすように神殿の中継が始まった。

「見てください、スピラの民よ! 長き苦難を経て、ついに脈導師様とユウナ様が結ばれるのです!」

司祭の声に合わせて、群衆のスフィア越しの歓声が神殿中に響く。

「ユウナ様! 万歳!」

「聖なる婚礼を祝して!」

「神の子を! スピラに救済を!」

狂信的な祝福が、神殿の空気を塗りつぶしていく。その声の波に、ユウナの顔が歪む。まるで自分の意思など最初から存在しなかったかのような、世界の期待の圧力に押しつぶされそうになる――。

 

(……ちがう……これは……ちがう……!)

だが、彼女は負けなかった。己の中にある最後の意志を奮い立たせ、次の段階――「誓いの言葉」へと進む瞬間を待ち続けた。

 

脈導師は式の進行を確認しながら、腹心へと囁く。

「婚礼の儀が終われば……映像を切れ。次の"儀"は、秘されたものでなくてはならん。聖性が薄れてしまう」

「ははっ、承知しております。ですが、脈導師様。まさかこのままティーダを……?」

「うむ。彼には"特等席"を用意してやる。愛する女が私に穢され、悦びに悶え、神の子を授かる瞬間を――見せてやるのだ。ふふ……ふはははははっ!」

ティーダの目が見開かれる。怒りでも、悲しみでもない。ただ、理解できぬほどの絶望に、感情の名を失っていた。

 

「……う……うう……っ……ユウナ……!」

だがその名を叫ぶ喉には力がなく、涙すら出ない。全てが無力であると、心が認めてしまいそうになる。

(違う……オレは、あきらめない。まだ……まだ……!)

しかし脈導師はそんなティーダをただ楽しげに見下ろす。

「さあ――始めようではありませんか。聖なる誓いを!」

神殿の天井が開き、夜空に満月が浮かび上がる。白い光が差し込む中、ユウナは静かに息を吸った。

 

これは、運命に屈した少女の式ではない。

最後の希望を賭けた、反撃の"開幕"だった。

 

 

煌びやかな式場。スピラ中から集まった参列者たちが見守る中、婚礼の儀は始まろうとしていた。

その最前列に、不自然なまでに沈黙した面々が座っていた。ルールー、ワッカ、キマリ、リュック──そしてティーダ。全員が特殊な魔法によって身動きを封じられ、かろうじて目と口だけが自由になっていた。だがその口からは、何一つ発せられることはなかった。ただ、ユウナを見つめ、信じ、祈ることしかできなかった。

 

「どうです、皆さま。これが神託の婚礼──希望の儀です」

そう言いながら、脈導師はユウナの耳元に顔を寄せる。

「逆らえば──仲間たちの命はない。あなたの手で終わらせることになるのですよ、ユウナ様」

ぞっとするほど冷ややかな声。ユウナは歯を食いしばり、拳を握った。

(落ち着いて、ユウナ……今しかない……。言葉で、心で……伝えるの……!)

壇上の巨大なスフィアからは、映像が世界中へと生中継されていた。人々は美しく着飾ったユウナと脈導師の姿に歓喜し、口々に祝福の言葉を叫んでいた。

 

ユウナは、深く息を吸い込んだ。そして──

「みなさん、聞いてください……」

ざわつく会場。

 

「今、このスピラは未曽有の危機にさらされています。シンを倒し、永遠のナギ節を約束しました。しかし、今の時代は平和とは程遠いものになってしまった。だから私は平和を、絶対に取り戻したいと思っていました。人々が安心して生きていける、このスピラを……。だから、聞いてください。この結婚式も脈導師様も──!」

彼女の声は震えながらも、確かに人々の心に届き始めていた。

(今こそ……!)

だがその時──ユウナの顔からすっと笑みがこぼれた。柔らかな声で、まるで台本を読むかのように語り始めた。

「この結婚式も、脈導師様も……本当に多くの方に見守っていただきありがとうございます。私と脈導師様が結ばれることは、このスピラにとってとても大きな意味を持ちます」

 

──違う、そんなこと言いたくない!

ユウナの心は叫んでいたが、口は止まらなかった。何かが、明らかに彼女の意識と言葉を支配している。目を見開き、困惑するユウナの内心とは裏腹に、表情はまるで「真の幸福」を感じているかのように穏やかだった。

「私たちはこれより婚礼を済ませ、交脈の儀へと移ります。スピラを照らす力を持った、神の子がもうすぐ生まれます。どうか皆さん、それまで希望を捨てないで……」

「やめろ……ユウナ……っ」

声にならない叫びが、ティーダの喉奥から漏れた。

 

彼女がさらに続ける。

「安心してください。これは世界を救うために、私が犠牲になるのではないのです。私は……脈導師様を心の底から愛しています。彼と愛し合い、子を成すことに喜びを感じます」

歓声が会場中に響き渡る。人々は涙を流して祝福し、拍手し、抱き合った。それはスピラ中で映像を見ている者たちも同じだった。

 

──だが。

(そんなの違うっ! そんなの……ちがう……!)

ユウナの心は悲鳴を上げていた。ティーダと目が合った瞬間、彼の心が砕ける音が聞こえたような気がした。

(違う……見ないで……そんな目で見ないで……。私だっていやだよ……ごめん……ごめんなさい……)

キマリは青い顔で歯を食いしばっていた。ルールーは静かに涙を流し、ワッカは俯いたまま拳を震わせる。リュックは「こんなの……こんなの……ユウナじゃない……!」と嗚咽を押し殺していた。

 

そんな悲しみと憤りの中、脈導師が歩み寄ってきた。

「さあ、ユウナ様……我らが神託の誓いを、口づけで結びましょう」

彼の声はあまりに甘く、偽りに満ちていた。

ユウナの身体が、意に反して動く。脈導師の前に立ち、ゆっくりと顔を上げる。

──キスまで、あと数秒。

ティーダの瞳が濡れる。

仲間たちの祈りが、声なき叫びとなって天を仰いだ。

──そして世界は、静かにその瞬間を見守っていた。

 

 

……美しい。

よく、ここまで仕上がったものだ。

あれほど反抗的だった彼女が、今や自らの口で私を愛していると言った。

民衆はそれを真実として受け入れ、歓喜に沸いている。

 

そうだ、それでいい。真実とは人が信じたものだ。

愛とは、望みではなく、受け入れさせるもの。

 

……君の心など、とうに私の手の内にある。

何を叫んでも、何を否定しても、

君の声は――もう、誰にも届かない。

その痛みによって、君はようやく完成する。

 

信仰の象徴として、神の母として、

君はその美しい苦悶のままに、スピラを導く。

 

偽りの愛を語る唇で、世界を救う言葉を紡げ。

さあ……その唇を私によこせ。

君が最後まで抵抗せず、

自らの意志でこの地獄を歩くと、

世界に見せつけてやろう。

 

愛とは、自由などいらぬと――。

 

 

「それでは、誓いの口づけを交わしていただきましょう。スピラを救う救世主、その2人の愛に満ちた口づけを」

腹心である神父が宣言すると、脈導師はゆっくりとユウナに近付いていく。

(いや……! 嫌なのに、どうして私、動けないの!? どうして、微笑んでるの?)

ユウナは会場の大スクリーンに移された映像に映る、自身の愛に満ちた微笑みに愕然とする。

その表情は操られている、仲間の命を盾に脅されているなど、誰にも見てとることなどできないだろう。とても幸せそうなのだから。

 

「ユ……ユウ……ナ……」

ティーダが力を振り絞って、出ないはずの声を振り絞る。しかし、その声は周りの喧騒によってかき消される。

「ユウナ様。素敵な挨拶でした。お望み通り、たっぷりと愛してさしあげますとも、グフフ」

彼女にだけ聞こえる小さな声で、脈導師は耳打ちする。

その息遣いにすら嫌悪感を感じるというのに、映像の中のユウナはまるで聖母のような慈愛に満ちているのだ。

(お願い! 誰か、誰か……ティーダ、助けて!)

彼女の必死の想いは誰にも届かない。

 

ゆっくりとベールが上げられると、人々が息を飲む。

「ユウナ様、とっても綺麗」

「……まるで聖女だ」

「脈導師様と結ばれて、女神さまになるんだ」

人々はうっとりとした表情で、脈導師とユウナを見つめる。

(そんな目で見ないで……こんなの……こんなの……)

 

目の前には脈導師の深く刻まれた皺の目立つ顔が迫って来る。

横目に映るティーダは、涙を流しながらも声を上げ続けていた。

(ごめんね……またキミ以外に……)

ユウナは目の前に迫る脈導師の顔を見たくなくて、目を閉じた。

唇に、何かが触れる感覚があった。それは何なのかは、見なくたってわかる。

ユウナの瞳から涙が零れる。フッと不敵な笑みを浮かべる脈導師。

 

「ユウナ様、おめでとう!」

「脈導師様! おめでとうございます!」

「素敵よ~!」

人々の歓声が会場を割れんばかりに覆う。

「会場の皆さま、愛し合うお2人にもう一度盛大な拍手を!!」

司会の神父の言葉に、会場はさらに大きな拍手と歓声に包まれた。

人々は、ユウナの涙を嬉しさから溢れた涙だと捉えているようだった。

拍手。

拍手。

拍手。

それは、ユウナの心に杭を打ち込む鐘の音のようだった。

 

 

(あぁ……私、また……。こんなの嫌……。いやだよ……。いやな……はずなのに……)

煌びやかな光と万雷の拍手の中、ユウナはただ呆然と立ち尽くしていた。耳に届く祝福の言葉も、微笑む人々の顔も、まるで水の中にいるかのように遠い。胸の奥で何かが悲鳴を上げているはずなのに、身体はまったく反応を示さない。

「それではこれより、お二人はマカラーニャの森にある“聖なる泉”にて身を清めた後、交脈の儀へと移ります。式はこれにて終了となりますが、皆さま、どうかお二人を信じ、また健やかなる神の御子を授かりますよう、お祈りください」

司会を務める神父の宣言とともに、巨大な映像スフィアが消える。拍手は止み、参列者たちは笑顔で帰途につく。

だが、ユウナにとっては儀式の終了など終わりではなかった。――ここからが、本当の地獄だった。

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