FINAL FANTSY X ~脈導の聖女~ 作:彼処舐ノ助嗅過
数時間後——
「……また、きた……。ああ、あったかい……、きもちいい……、やさしい……の……」
彼女の瞳は潤み、かすかに焦点を失っていた。
身体が熱に浮かされるように震えるたびに、地脈からの脈導エネルギーが注ぎ込まれ、
そのたびに彼女の中の“ユウナ”が、何かを手放していった。
使命。責任。仲間。ティーダ。過去。未来。
そのすべてが、まるで霞のように溶けていく――
「ユウナ!!やめろ!!戻ってこい!!そんなのお前じゃない!!」
ティーダの叫びが響く。しかし、その声はもはや、ユウナの耳には届かない。
彼女は目を細め、幸せそうに微笑むと、ぼんやりと泉の上の光を見上げながら――
「……るさい。うるさいなぁ……。今、とっても幸せなんだから、邪魔しないでよ」
その言葉に、ティーダの顔が強張る。まるで、目の前でユウナが消えていくようで――
「ユウナ……っ!」
「違うの。あたし、ずっと……重かったの。みんなの期待も、召喚士としての使命も、
シンを倒しても、ティーダと再会しても、何も終わらなかった。
でも、ジッジ様と一緒なら……全部、消えていくの。楽になれるの……。幸せになれるの」
ジッジが微笑みながら、ユウナの耳元に囁いた。
「ティーダや仲間のことはいいのですかぁ?」
ユウナはゆっくりと瞳を閉じて、小さく笑った。
「……なんだっけ、それ。もう、そんなのいらない。ジッジさまがいっしょなら、なんにもいらないです」
その口調は少女のようであり、神子のようでもあった。
彼女の魂が、最も穢れた幸福に包まれた瞬間だった。
白い光の中で、ユウナはそっと身を起こし、ジッジの胸に顔をうずめる。
もはや頬を赤らめることすらしない、従順で、清らかに堕落した微笑。
「……脈導師様の御心のままに。私はあなたに従います。だって私と脈導師様は、世界を救う神の御子の母と父。愛しています、ジッジ様……♡」
その言葉を聞き、ジッジの目が細められる。
泉の奥底からは、新たな命の気配が生まれようとしていた――
それは祝福ではなく、災厄の胎動だった。
泉の中心、金と白の光に包まれた神殿の間。
ユウナはその胸にジッジの腕を抱き、甘えるように体を預けていた。
半裸の衣を肩から滑らせたその姿は、まるで神に身を捧げる巫女でありながら、
同時に母胎のような慈愛と淫靡さを併せ持っていた。
「ジッジさま、だいすき♡……もっともっとしあわせにしてください……♡」
その声は、いつかティーダに微笑みかけた、清らかで儚い巫女の声と同じものだった。
けれどその響きには、自我の欠片すら残されていなかった。
「……ユウナ……やめろ……お前、どうしちまったんだよ……」
ティーダの膝が折れた。
その瞳にあったのは怒りでも悔しさでもなく――ただ、純然たる絶望。
だが、そんな彼に追い打ちをかけるように、ユウナは――
「ティーダ……じゃまだからかえって? ……いつまでみてるの? そんなにみたいの? わたしが……ジッジさまのこどもをうむところ……♡」
ティーダの全身が硬直した。血の気が引いて、指が震える。
モニター越しに見ていたルールーが息を呑み、ワッカが「冗談だろ……?」と声を震わせた。
リュックは目を覆って泣き崩れ、キマリは言葉もなく、ただ拳を握りしめていた。
「ユウナ……それ、お前……本気で言ってんのか……」
それでもなお、信じようとするティーダに、ユウナはにっこりと笑って答えた。
「ほんき、だよ……♡ ジッジさまのこと、だいすきなの。あのね、あたしね……ずっと、だれかに“ぜんぶゆるして”ほしかったの。重たいもの、いっぱいあったから。つらくて、さみしくて……でも、ジッジしさまが、ぜんぶ“いらない”ってしてくれたの。だから、わたし……みゃくどうしさまのためにうまれかわるの♡」
「ククク……フフフハハハハッ!」
ジッジの笑い声が神殿に響いた。
その腕の中でユウナが甘えるように身体を寄せるたびに、その声は狂気を帯びていく。
「ククク、あのユウナ様が……この私を求めて……自ら悦びに身を染めるとは! これを至高の幸せと言わずして、なんと言おうかッ! 我が宿願、成就の時!! 偽りの正義も、過去の使命も、恋などという未熟な情動も! すべて、この悦楽の前には無力であると証明されたッ!!」
彼の言葉は誇大妄想そのものだったが――
ユウナの甘やかな微笑みが、それを真実に変えてしまっていた。
「ティーダ……ばいばい。ジッジさまと、あたし、いっしょになるから……」
ティーダの世界が崩れた音が、静かに聞こえた気がした。
「……ユウナ……っ……なんで、そんな顔、すんだよ……俺……お前を、守りたかったのに……っ」
ティーダの声が震え、涙が頬を伝う。
あの日、海の向こうで約束した未来は、いまや一片の灰にすらなっていなかった。
「ふふっ……だいじょうぶ……わたし、しあわせだもん……♡」
ユウナの唇がジッジに重なった。
神の母として、絶対的な快楽に満たされた女として――
かつてティーダが愛した少女は、もうどこにもいなかった。
「ユウナアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!」
ティーダの絶叫が、空間の全てを震わせた。
しかしその声も、泉に溶けるように消えていく――
そして、静寂が訪れた。
それから数時間が経過した。
「ふぅ……脈導の気配が確かに感じ取れました。ユウナ様、たった今、あなたのお腹に私とあなたの子、すなわち“神の子”が宿ったのですよ。……嬉しいですか?」
ジッジは、穏やかな笑みを浮かべたままユウナを抱いていた腕をそっとほどき、彼女の腹部に手を添えた。その手の動きは、聖域に触れるかのように慎重で、慈しみに満ちていた。
「はい……とっても嬉しいです……。これは、ユウナとみゃくどうしさまの、たいせつなたいせつな、しあわせの証ですから……」
ユウナもまた自らの腹部に手を重ね、静かに微笑む。彼女の表情は、かつての凛とした召喚士とはまるで別人のように、どこまでも柔らかく、そして甘く蕩けていた。
ティーダとユウナ、2人の特別な場所であったこの泉にて、ユウナはジッジの子種で身籠もった。
ジッジは愛しい人の腹部を、そしてそこから生まれ落ちるであろう新しい命の鼓動に耳をすませ、満足そうに笑みを浮かべた。
(これで我が宿願は果たされる……)
「んあぁぁぁぁああぁぁぁいっっ! ユウナァアアアアアッッ!!」
ティーダは顔をぐしゃぐしゃにしながら、泣き叫んでいた。
「ティーダ……ごめんね……。わたし、もう、みゃくどうしさまからはなれられないの……」
ユウナが悲しげに目を伏せる。しかしその表情はどこか幸福に満ちていた。
一方で——
「・・・・・・・・・・・・・」
ティーダは立ち尽くしていた。呼吸すら忘れたかのように、目の前で展開された一連の儀式から目を逸らすこともできず、言葉を失っていた。全てが終わった今でも、その光景は瞼の裏に焼き付き、彼の心を引き裂き続けていた。
「霊脈の効果により、数ヶ月も経てば、元気な“神の子”が誕生するでしょう。その時こそ、スピラは真に救われるのです」
そう語る脈導師の腕の中で、ユウナはその言葉に甘えるように身を寄せた。
「うん、それはジッジさまにおまかせします……。あの……もっと、もっと、わたしにしあわせを……ください……」
彼女は、まるで駄々をこねる少女のように脈導師の腕を引き、恍惚とした笑みで彼を見上げた。
「ユウナは……もっと、ずっと、ジッジさまと一緒にいたいです……」
その光景は、仲間たちの心を打ち砕くには十分だった。
「よいでしょう。では、可愛らしく……おねだりをしてごらんなさい、ユウナ様。あなたの言葉が、私の魂をさらに燃え上がらせるのです」
ユウナは顔を紅潮させ、甘えるように囁いた。すでに理性の鎧は剥がれ落ち、彼女は完全に“彼のもの”となっていた。
その様子を目の当たりにして、仲間たちは誰一人、言葉を発することができなかった。希望は打ち砕かれ、静寂の中に絶望だけが横たわっていた。
と、ティーダの体から光が飛び始める。
自分の体が薄くなっていることに気が付くティーダ。
そして……。
彼は全てを察した。
「そっか——。俺、消えるんだな。」
それは彼の心を蝕むには十分すぎる現実だった。
モニター越しの仲間たちは、互いに顔を見合わせる。もう誰も言葉を発せないでいた。
「俺、もういらないんだ……」
ティーダは、ユウナの強い想いが自身を再びこの世界に呼んだことに気が付く。そして、自分は召喚された存在である、と。
ユウナの想いが自分から離れた今、彼をこの世界に繋ぎとめて置くことはもうできない。
「ユウナ……」
もう届かない呟きは、宙空へ消えていく。
ユウナはもはや、消えかけているティーダに視線を向けることすらなかった。
彼女はジッジの腕の中に抱かれ、満たされた表情でその身を委ねていた。
「ユウナ……」
ティーダの頬に涙が伝う。そして彼は、静かに目を閉じると、そのまま光となって消えていった……。