FINAL FANTSY X ~脈導の聖女~ 作:彼処舐ノ助嗅過
それから数日後。
ビサイド村を出る船に乗る。脈導師ことジッジとユウナ、ティーダ。
「それじゃあワッカさん、皆さん。少しまた旅に出ます。またすぐに戻りますね」
ユウナが皆に挨拶する。ワッカたちは手を振り、彼女の旅の無事を祈るのだった……。
「それでは参りましょうか」
「はい!よろしくお願いします!」
3人を乗せた船はゆっくりと進み始める。そしてビサイド村からどんどん離れていった……。
一行を乗せた船がまずたどり着いたのは、キーリカ。
シンを倒すために旅に出た時と同じ道のりを行くユウナとティーダ。
脈導師は2人の仲を邪魔しません、と2人の少し後ろを歩くのだった。
「なぁユウナ。ここ、懐かしいよな?」
「うん。あの時がもう、随分と昔に思えるくらい」
2人が最初に訪れたのは寺院へと続く、キーリカの森だ。
脈導師は少し離れて後ろを歩きながら、2人を見守っているのだった。
キーリカの街に着いた三人は、寺院での簡単な挨拶を終え、街の広場に案内されていた。
そこには、村の長とその家族、そして何人かの村人たちが集まり、何かを待っているようだった。
「おお……来られましたか、脈導師様」
村の長老がジッジに向かって深く頭を下げる。
「この子のことで、もしよければ……」
長老の隣に立っていたのは、やせ細った少年だった。片方の腕が不自然に曲がり、包帯でぐるぐる巻かれている。
「事故で……。火事の時、倒れてきた梁を受けて以来、腕が動かなくなってしまいまして……」
長老の言葉に、ユウナもティーダも目を細めた。
ジッジはゆっくりと少年の前に膝をつき、その腕を優しく取る。
「……霊脈の流れが乱れておりますな。よろしい、少しだけ、失礼を」
そう言うと、例のあの奇妙な動作──深い呼吸と、うねるような動作を始めた。
「ふんっ……くっ……ふぅぅ……!」
空気が波打つように澄んでいく。
静寂が広場を支配し、誰もが固唾をのんでその様子を見守った。
──やがて。
少年の腕に巻かれた包帯がふわりと落ちた。
少年は驚いたように目を見開き、ゆっくりと、自分の腕を持ち上げた。
「……うごく……!」
震える声。
長老が泣きながら少年を抱きしめる。
「これが……脈導……」
ティーダが小さく呟いた。
人々は沸き立ち、ジッジの手を取り、彼に感謝を告げ、涙する者すらいた。
その場にいた誰もが、“本物の奇跡”を目の当たりにしたのだ。
夕暮れ。
祭のような騒ぎが落ち着き、ユウナは寺院の回廊で静かに星空を眺めていた。
その横に、いつの間にかジッジがいた。
「おひとりで?」
「……はい。少し、考えごとをしていて」
「わかりますよ。脈導を目にして、心がざわついたのでしょう」
彼はそう言いながら、ユウナの隣に腰を下ろす。
「……私は、たくさんの人を助けたかった。旅に出たのも、世界を変えたかったから。でも……変わらなかった」
「変わったのです、ユウナ様。世界はゆっくりと、そして深く変わっていく。ですが、苦しみは次々と姿を変えて現れる」
ジッジの声は穏やかだった。
けれど、その言葉には、スピラという世界に対する深い洞察と、諦観にも似た悲しみが宿っていた。
「だから私は……“誰もが癒せる力”を広めたいのです。貴女のような方が、もしこの力を用いれば──」
「……みんなを救えるかもしれない、って……」
ユウナの声はかすれていた。
彼女は、少年の笑顔を思い出していた。
“助けて”という声を、目の前で救ってみせたジッジの姿を、目に焼きつけていた。
「貴女には、世界を変える資格がある。今こそ、もう一度だけ、ほんの少しだけ、世界を照らしてみませんか?」
ユウナは返事をしなかった。
けれど、彼女の目が静かに伏せられたその瞬間、心がほんの一歩だけ、彼の言葉に寄り添ったことは確かだった。
ジッジは微笑むと、何も言わずにその場を去った。
残されたユウナは、星を見上げながら──
“ティーダになんて言おう”と、少しだけ困ったように笑った。
キーリカの朝。
潮風がまだ肌寒く、港には新たな船が入っていた。
「なんか……騒がしいな」
ティーダは食事を終えたばかりのユウナとともに広場へ向かっていた。
そこにいたのは──
青と白の制服を身にまとった数十人の男女。整列したその中心にいたのは、あの懐かしい2人だった。
「ルチルさん!? エルマさん……?」
ユウナが驚きの声を上げると、2人も顔を上げて彼女に気づいた。
「ユウナ様! ご無事で何よりです!」
「まさかまたお会いできるなんて……嬉しいです!」
エルマは変わらぬ元気さで敬礼し、ルチルも落ち着いた笑みを浮かべながら一歩前へ出る。
「脈導師様がキーリカに立ち寄られると知り、私たち弟子団も応援に駆けつけたのです」
「弟子団……?」
ティーダは、何か引っかかるような声で訊き返す。
ルチルはうなずいた。
「今や脈導師様は、スピラ各地で病と恐怖に苦しむ人々を救っています。そのお姿は、まさに救世主……」
「救世主……って、それ、さすがに言いすぎじゃない?」
ティーダの声は抑え気味だったが、明らかにその語感を警戒していた。
「……いえ。違います。彼は本物なんです」
エルマが言い切る。
「私の姉が長年、原因不明の衰弱に苦しんでいたんですが……。ジッジ様が手をかざしただけで、今では走り回ってます!」
「それは……すごいけど……」
ティーダは、隣にいるユウナをちらりと見た。
ユウナは、エルマの話に驚きつつも、どこか微笑ましそうにうなずいている。
「脈導師様は数日後、ルカで大規模な演説を行われます」
ルチルが言った。
「その準備のため、弟子団の中でも特に信仰深い者たちが集まっています。もちろん、私たちも協力します。ユウナ様もぜひ──」
その時だった。
「ユウナは、まだ決めたわけじゃない」
ティーダが静かに割って入った。
「そう……なんですか……?」
エルマが少し困ったような顔をする。
「別に強制するつもりじゃない。でも、事実を見てほしい。人々が救われてるのは間違いないんだよ」
ティーダは目を伏せる。
「……それはわかる。でも、なんか……こう、みんなの雰囲気が……信じすぎっていうか、エボンを妄信的に信じてた人たちみたいで……怖いんだ」
言葉にできない違和感。
かつてエボンの教えに縛られ、多くの人が“正しさ”を信じた果てに犠牲となった光景を、ティーダは知っていた。
そして今また、同じ匂いが漂っている。
それは──**「盲信」**の香りだった。
ユウナはその隣で、小さく唇を噛んでいた。
エルマやルチルの言葉は確かに胸に響いた。だがティーダの不安も、同じように胸に残った。
「……ティーダの言うことも、わかるよ。でも……」
ユウナはそう言いながら、自分でも整理がつかないように声を濁した。
その日の夜、ジッジは静かに言った。
「信じるか否かは、あなた方次第。ですが、私の力を信じてくださる方が増えれば、私はより多くの命を救えます──それだけです」
まるで、何も強制しないと言わんばかりに。
しかしその瞳には、確かに**“導く者の自信と支配の光”**が宿っていた。
巨大な野外広場。ルカの港に設けられた特設ステージには、すでに数千人の人々が詰めかけていた。
「脈導師様のお話が聞けるんですって!」「直接お目にかかれるなんて……」
老若男女、顔を輝かせ、ステージを見上げていた。
「まるでコンサートだな……」
ティーダが呟く。
その隣で、ユウナは目を伏せたまま静かにうなずいた。
ルチルやエルマはステージ袖に立ち、信者たちに次々と指示を出していた。皆、一様に整った身なりをしており、まるで軍隊のような統制を感じさせた。
やがて──鐘の音とともに、ステージの奥からゆっくりと白衣の男が姿を現す。
「おぉ……!」
観客がざわめき、次の瞬間には雷のような拍手と歓声が巻き起こる。
「スピラの友よ……我らの星は、再び揺れ始めています」
その第一声は、静かだった。だが、拡声魔導装置を通してルカ中に響いたその声は、まるで心を直接震わせるような響きを持っていた。
「かつて我らは、恐怖に祈りを捧げました。“罪”と“浄化”の輪廻に縛られ、絶望に目を伏せていた」
ジッジの声が、さらに力を持ち始める。
「だが、今は違う! 我らには“力”がある! 地脈と霊脈──星の鼓動と一体になる“脈導”の力が!」
群衆がどよめき、信者たちは両手を掲げて天を仰ぐ。
「この力は、限られた者の特権ではない! 病に苦しむ子どもに──孤独な老いた者に──虐げられた弱き者に──!」
ジッジは語りかけるように、慈愛に満ちた目で群衆を見渡す。
「私ができるのは、ただその“道”を示すこと。我と共に歩む者は、己の力を目覚めさせ、誰かを救う者となるでしょう!」
言葉のたびに、群衆の熱量が増していく。
信者たちが「みゃくどう!」「みゃくどう!」と唱和し始めると、それに呼応するかのように観客も声を重ね始めた。
ティーダは呆然とした表情でそれを見つめていた。
「これ……教団じゃんか……」
そう呟いた彼の手を、ユウナがそっと握る。
「でも……あの言葉に救われる人も、いるんだよ」
ユウナの声は小さい。けれど、確かな響きを持っていた。
ジッジは最後に、広場の中央に設けられた台へと歩を進める。
そこには車椅子の老人がいた。目がかすみ、声も出せないようだった。
「さあ……これが“脈導”」
ジッジが両手を広げ、気を集中させる。
「ふっ……ぅぅ……あっ……!」
例の奇妙な動作──だが、それを奇妙だと思う者は、今ここにはもういない。
──数秒後。
老人が、立った。
「……おお……立てた……立てたぁ……!」
その瞬間、ルカの街が揺れんばかりの歓声に包まれた。
ユウナは、目の前の“奇跡”に、ただただ言葉を失っていた。
何度も目を瞬かせ、信じられないというよりも、“信じたい”という気持ちに揺れていた。
一方、ティーダは……
群衆の熱狂、崇拝の目、そして「みゃくどう!」と繰り返す祈りのようなコールに、かつてのシーモアの式典を思い出していた。
(……あの時も、誰もが彼に歓声を上げていた……)
彼の胸には、不安と恐怖が、静かに広がっていった。
その夜。ジッジの演説が終わった後も、熱狂と高揚感はルカに残り続けていた。
宿に戻ったティーダだったが、明日に備えて休もうとベッドに入っても、目が冴えて眠れなかった。
やがて彼は部屋を出て、ユウナの部屋に向かった。
ドアをノックするが、返事が無い。もう一度叩くが、同じだった。
「……おかしいな……いつもならこの時間寝てることないのに」
そう言いながらドアを開けようとするが、カギがかかっているようだった。
「あれ……? いやでも……」
どこかに出かけたのだろうか……?
と、ティーダが不安な顔で立ち尽くしていると……。
近くから声が聞こえてきた。
「ふんっ! うぅ~むぅ! はっ! はぁっ! くぅっ! くぁっ! あっ! ぬぉっ! ふっ! ぐぁっ! うわっ! くっ! うっ! あぁっ!! あっー!!!! あっ!! あぅっ! ああぁーー!!」
最初は幻聴を疑ったが、あまりにはっきり聞こえるその声に、ティーダは思わず周囲を見渡した。
すると宿屋の近くの広場でジッジが、たくさんの人を集めて脈道の奇跡を披露していた。
その度に歓声と拍手が上がっている。
(あいつ……こんな夜中だってのに……)
ティーダが呆れながら見ていると、ユウナの部屋の扉が開いて中からユウナが出て来た。
ふわりと心地よい香りと少しの熱気を纏っている。どうやら部屋で入浴していたらしい。
「ユウナ。いるなら返事してくれよ。心配すんだろ?」
ティーダは少し安心したように声をかけた。
「あ……ティーダ……ごめん……」
ユウナはどこかぼんやりとした顔で彼を見たが、やがてジッジの方に目を向けた。
「……すごいよね、あの人」
「ん?」
ティーダも思わずそちらを見る。
「私ね、ずっと考えてたんだ。スピラの人たちはみんな、あの奇跡に救いを求めてるんじゃないかって」
ユウナは尊敬を含んだ眼差しを、ジッジに送る。
一方のティーダは頭を掻きながら、怪訝そうな視線を彼に向ける。
「そうかぁ~。……なんか胡散くさいっていうか、ちょっと怖いけどな」
「そう? 私は……信じてもいいかなって思ったよ。だって、あんなにたくさんの人が救われたんだよ?」
「それは……」
“スピラの人たち”が、とは言わなかった。けれどティーダには伝わったらしい。
彼は少し言いにくそうに口を開いた。
「……まぁ、な。けど、あいつが本物かどうかは、一緒に旅をしてればいずれわかるだろ」
「こら……あいつなんて言っちゃダメでしょ?」
ユウナが注意するように言うと、ティーダは笑って両手を挙げる。
「ははっ……だな」
そう言ってもう一度ジッジを見た時、彼は何かに気が付いたように表情を変えた。
(……あいつ、こっちを見ていない?)
怪訝に思いながらも視線を逸らそうとした瞬間、ジッジと目が合った。
ぞわりとした悪寒が背中を駆け抜けたとき、彼はニヤリと笑ったのだ。
「こっち見て笑ってやがる……」
「もう! 目が合ったから微笑んでるんだよ。どうしてそう悪い言い方するの?」
「や……違うって。だって今……」
ティーダは部屋に戻って行くユウナを追いかけ、彼女の部屋へと入った。
「ごめんって! 悪かったよ……。けど……なんかちょっと気にくわなくてさ」
「……なに、気にくわないって……。前から言おうと思ってたけど、もう少し大人にならないと、ね?」
「いや……そうじゃなくて……」
ティーダはユウナをなだめながら、先ほど感じた違和感について考えていた。
(あいつ、なんで笑ってたんだ……?)
ジッジの笑みが、彼の脳裏に焼き付いていた。
なおも呆れたように自分を見るユウナの隣に座り、肩に手を回すティーダ。
「俺だってもう子供じゃない。それはユウナだってわかってるだろ? ……だから、さ」
ティーダは、ユウナの頬に手を添えて自分の方を向かせる。
「確かめたいんだよ……」
そう言って顔を近づけようとすると……ユウナは手でそれを防いだ。
「ダメ。今はそんな気分じゃない。それに今、私たちは脈道を学んでる途中なんだよ? 休める時にしっかり休んでおきたいから」
ティーダがムッとしてユウナを見ると、彼女はため息をつく。
「そういうところが大人じゃないって言ってるの」
ユウナの言葉にティーダはさらにムッとする。そのまま、彼女の肩を掴んでベッドに押し倒した。
「だったら、ユウナが大人だってところ、見せてくれよ」
そう言ってユウナの口を塞ごうと顔を近づけると、彼女は顔を背けて抵抗する。
「ダメだって言ってるでしょ? 早く休まないと」
駄々を捏ねる子供をあやすようにユウナはティーダを諭す。しかしティーダの方はこのままでは収まりが付かないようだ。
……だが、その時。
「うわっ!! あ、あいつ!!」
ユウナに覆いかぶさろうとしたティーダが、部屋の奥を指差して叫んだ。
「えっ!? な、なに!?」
ティーダの声にユウナが、彼の視線の先に目を向ける……が、何もない。
ユウナがティーダに視線を戻すと、彼は目をパチクリさせている。
「あ、あれ? い、今たしかにあそこにジッジが……」
その言葉にユウナは、ひと際大きなため息をつく。
「いい加減にして。もう部屋に戻ってよ。これ以上は本気で怒るよ? ね?」
ユウナはティーダの体をグイグイと押して部屋の入り口まで連れて行く。
「わ、わかった! わかったよ! もう戻るから!」
そう言ってティーダは彼女の部屋から出される。
「ったく、ユウナ……。こっちは心配してるってのに……」
ティーダは小さく呟くと、とぼとぼと自分の部屋へと向かう。
宿の窓から外を見ると、まだそこにはジッジが人々たちに脈道の奇跡を見せている姿があった。
(やっぱ幻覚か……。ユウナの言う通り、早く寝た方がいいのかもな……)
そう思って部屋に入るものの、やはりなかなか寝付けない。
最近ユウナとは、時々ああしてぎくしゃくしてしまうことが増えてきた。それでも最後にはお互いへの愛を感じ、仲直りする。
ジッジとの出会いで、ユウナは責任感や使命感が強くなった。
(もうシンもいないし、ユウナが全部背負う必要ないのにな……)
ティーダはモヤモヤとした感情を抱えたまま、目を閉じるのだった。