FINAL FANTSY X ~脈導の聖女~ 作:彼処舐ノ助嗅過
翌日。ルカの町を出発する一行。
ミヘン街道~キノコ岩街道と進んでいく。
「どうですか、ユウナ様。ティーダ殿。この辺りもかつての旅を思い出すのでは」
ジッジが辺りの景色を見ながら尋ねると、ユウナははい、と返事をして微笑んだ。
「はい。この辺りはいろいろあってよく覚えています」
その言葉にジッジは満足そうに微笑む。
ティーダはその二人の姿に、なぜか無性に苛立ちを覚えていた。
「なぁ、ユウナ」
ティーダはユウナにそっと耳打ちをする。
「なに?」と彼女は少し顔を寄せる。
「昨日のことは謝るよ。……でもさ、あいつにあんまり気を許すなよ?」
ティーダの言葉にユウナは首を傾げる。
「はぁ……どうしてそんな言い方するのかな……?」
「……いや、だから……」
その時だった。
咆哮と共に飛び出してきたのは、モンスターの群れだった。
「くっ! モンスターか!」
ジッジが後ずさりすると、ティーダが前に出る。
「へっ、ここは俺に任せろ! 少しは活躍しないとな!」
ティーダは剣を振りかぶり、飛びかかってくるモンスターを次々に斬り捨てて行く。
「いよっ……とぉ!」
軽快に動き回る彼の姿に、ジッジが感心している。
「彼はずいぶん身軽ですな。剣の腕も、まだ若いのに大した腕だ」
あっという間にモンスターの群れを始末したティーダ。
「へっ、こんなの楽勝だって!」
得意げに答えて、ユウナに視線を向ける。
(子供っぽいところもあるけど、そこが可愛いって思える時もあるんだよね)
そんなことを考えながら、彼に向かって微笑み返すユウナ。
「お疲れ様、ティーダ。かっこよかったよ」
その言葉にティーダは嬉しそうに頭を搔いた。
「へへっ、なんだよユウナ。褒めてもなんもでねーぞ」
そんなティーダの姿を、ジッジは目を細めて見つめるのだった。
こうして3人の旅は続いていく。
森の奥に、傷ついた子どものチョコボが倒れていた。
翼は折れ、脚にも深い裂傷がある。
「ひどい……こんなに小さいのに……」
ユウナはそっと手を伸ばすが、痛みに怯えたチョコボは必死に鳴き声を上げる。
ティーダも心配そうに見守る中、ジッジが静かに歩み出た。
「お任せを。今こそ、脈導が小さな命を救うのです」
彼は静かに地面に座り込み、深く息を吐いた。
地脈と霊脈を結ぶ術式が始まる。ジッジの両手が温かく輝き、小さなチョコボの身体をゆっくりと包む。
森の空気が凪いだように静まり、やがて――
翼が動き、脚の傷が癒え、チョコボは小さく鳴いた後、立ち上がる。
「……なおった……」
ユウナが目を見開いた。
「脈導とは、力でも奇跡でもない。“命の調和”なのです」
そう言ってジッジは微笑んだ。
その言葉は、まるでかつて父ブラスカが語った言葉のようで、ユウナの胸を強く打った。
「私……もっと知りたいです、脈導のこと」
彼女は自然に口にしていた。ティーダが心配そうに見ていたが、ユウナのまなざしには確かな意志が宿っていた。
午後の光が斜めに差し込む中、一行はミヘン街道を抜け、キノコ岩街道へと足を踏み入れていた。
「この辺りも変わらないね……でも、あの時より空が明るく見える気がする」
ユウナは小さく微笑みながら、風に揺れる草を眺めていた。
「それは、貴女がスピラに光をもたらしたからでしょうな」
ジッジが柔らかく言葉を添える。
その言葉に、ユウナは少しだけ照れたような顔をして俯く。
ティーダは二人のやり取りを斜め後ろから見ていた。
(……悪いヤツって感じじゃないんだ。口調も丁寧だし、礼儀正しい。でも……なんでだろうな。見てると、妙にザワつく)
「ティーダ、ちょっと寄り道してもいい?」
ユウナが声をかけてきた。
「え、どこに?」
「この先の高台。……少し、風を感じたくなって」
「オッケー、ついてくよ」
ジッジも「私はここで少し瞑想を」と言って腰を下ろす。ティーダはそれを確認してから、ユウナと共に小道へと入っていった。
風が吹き抜ける高台で、ユウナは目を閉じて、少しの間黙っていた。
「ティーダ、ねえ……私、ジッジさんの言う“脈導”って、ちょっとだけわかる気がしてきたんだ」
「……へぇ、そっか」
「だって、ただ奇跡を起こすだけじゃなくて、“自分の中の命の流れ”とか、“世界と一緒に呼吸するように生きること”とか……ああいう考え方、今のスピラには必要な気がして」
「……でも、信じすぎるのも危ないって思わないか?」
「うん、そう。だから、全部を鵜呑みにするつもりはないよ。でも、私には――見極める責任がある。前に……たくさんの人を失ったから」
ティーダはその言葉に、反論することはできなかった。
木陰に座し、目を閉じていたジッジは、そっと独り言のように呟いた。
「“見極める”……ですか。よいでしょう。ならば、見極めるにふさわしい“試練”をいずれご用意致しましょう。……どうか、私を信じてくだされば、スピラもまた、信じてくださる」
木々の間に潜んでいた一人の若者が、静かに頷いて姿を消す。
ジッジの周囲には、着実に新たな「教団の芽」が根を下ろしつつあった。
ジッジたちが旅の途中で立ち寄った宿場町。
そこには、脈導教の演説を聞いて教団に加わった者たちが数人集まっていた。
彼らは「弟子」と呼ばれる者たちだが、信仰の熱量には温度差がある。
「私は、ジッジ様こそ“新たな時代”の導き手だと確信しています」
元青年同盟の戦士であったルチルは、語気強く仲間たちに言った。
「私たちはかつて、剣を取って秩序を作ろうとした。でもそれは争いを生むだけだった。今、脈導という力が“戦わずに救う”という道を示してくれている。私たちはその橋渡しになるべきです!」
頷く者たちの中には、彼女の部下だったエルマの姿もある。
「……うん、私はルチル隊長ほどの確信はまだないけど……でも、あの光景を見てしまったから」
エルマはそう言いながら、キーリカで脈導師が病人を癒したときのことを思い出していた。
「あの人の手から、地面の奥から、何かが流れてきて……みんなの顔が、変わったんです。安心して、ほっとして……」
「だから私は信じたい。ただの教えじゃなくて、“生き方”として」
彼女の声には、静かな敬意が滲んでいた。
「信じる者は救われる……それは昔の教えでも言ってたことだ。でも違う。今の脈導教は、“救われるんじゃない、救う者になれる”んだ」
ナーマという若い男が叫ぶように言った。
「俺はあの人に命を救われた。だったら俺は、この命で他の誰かを救うために生きる。それが、ジッジ様のためじゃない。俺自身がそう“在りたい”と思えたからだ!」
その眼差しはまっすぐで、ある意味ではとても純粋だった。
離れた場所から、その弟子たちの会話を聞いていたティーダは、複雑な表情を浮かべていた。
(……あいつら、ほんとに心から信じてるんだな。でも、それがもし間違ってたら? もしジッジってやつが、“信じる心”を利用してるとしたら……)
ティーダは拳を握りしめた。
そして改めて、ユウナの方を見やった。
(ユウナまで巻き込まれたら……俺は、絶対に許さない)
その夜、ジッジは火の灯る小屋の中で、書物を広げながら小さく笑っていた。
「人の信心というものは、時として美しく、そして脆い……。信じたい者が信じる教えを、私は差し出しているだけですぞ」
微笑みは、善とも悪ともつかない、どこか曖昧な光を帯びていた。
その日、一行は旅の途中でかつてシン討伐軍が集結したキャンプ跡に立ち寄った。
風の吹き抜ける静かな高台。かつての戦いの名残はすっかり風化していたが、どこか厳粛な空気が漂っていた。
弟子のルチルが、地面に膝をつきながら語る。
「昔ここで……仲間を失いました。エボンも、我々も、正しいと思って戦った。でも、本当にスピラが変わったのは、ユウナ様の祈りと、行動だった」
「……そんなこと……」
ユウナは首を振ろうとするが、ルチルの真剣な目が彼女を止めた。
「だから私は、今度こそ“命を奪わずに守る”方法を信じたいんです。ジッジ様の教えがそれを可能にするなら……信じる価値があると、私は思っています」
その横でエルマが続ける。
「私は魔法も脈導もよくわからない。でも、誰かを救えるなら、迷わず動ける自分になりたいんです」
その純粋な言葉に、ユウナの胸に静かな波紋が広がった。
(……私も、かつて“誰かを救いたい”という想いから旅に出たんだ。あの気持ち、忘れかけてた……)
その夜、ジッジはテントの奥で一枚の地図を広げていた。
「……ザナルカンド遺跡、ビーカネルの地下遺跡、そしてベベルの封印区域。いずれも“霊脈の結節点”……」
そこへ弟子のナーマが入ってくる。
「ご指示通り、ルカの補給部隊は移動させました。各地の民衆も、ユウナ様と行動を共にしていることで、脈導への理解が広がりつつあります」
ジッジはゆっくりと頷いた。
「良い流れです。いずれ、“導く者”が誰であるか、彼女自身が気づく時が来るでしょう……。それまで、私は静かに歩を進めましょう」
彼の視線は、再び地図に戻る。
「霊脈が開けば、スピラの“心”が目を覚ます。そうなれば……真の変革は、私とユウナ様の手によってもたらされるのですから」
その声は、穏やかで、しかしどこか確信に満ちていた。