FINAL FANTSY X ~脈導の聖女~ 作:彼処舐ノ助嗅過
その日、ユウナは弟子たちと野営を共にしていた。
ルチル、エルマ、そして他の若者たちが焚き火を囲み、誰に言われるでもなく、今日救った村の話をしていた。
「火傷を負った子どもに脈導を使ったらさ、泣いてたのに、笑って“ありがとう”って……あんなの、忘れられないよ」
「私は脈導の修行、まだまだだけど。でも、みんなが信じてるから、私も信じられる気がして」
彼らの語る言葉には、驕りも悲壮感もなかった。ただ、まっすぐな意思がある。
ユウナは小さく微笑みながら、かつての自分と重ねていた。
(昔の私は、“誰かのために”ばかりで、自分を後回しにしてた。でも……今のこの人たちは違う。信じるもののために、誇りを持ってる)
ルチルが静かに呟く。
「私たちは、貴女のようになりたかった。でも今は……ジッジ様と貴女、どちらも“未来を照らす光”なんです」
その言葉に、ユウナは答えられなかった。
代わりに、じっと焚き火を見つめ続けた。
そのころティーダは、弟子の中でもやや冷静な青年・ナーマと共に、ジッジが「霊脈の流れが強い」と言っていた洞窟に足を踏み入れていた。
「なぁナーマ。お前らって“霊脈”って言うけど、それってただの“魔力の集まり”と違うのか?」
「それは……よくわかりません。でも、ジッジ様は“霊脈には記憶が宿る”とも言っていました」
「記憶?」
洞窟の奥、自然に形成された石碑のような岩に手を当てると、ティーダの中に微かな“ビジョン”が流れ込んできた。
――そこには、ジッジと思しき若かりし男が、血まみれの兵士を見つめていた。
“脈導の始祖”を名乗る人物に何かを注がれ、「これが……脈導……?」と呟く声。
ティーダは息を呑んだ。
(ジッジ……あいつ、ただの聖人ぶってる爺さんじゃねえ……)
洞窟を出たあと、ティーダはひとり、決意を固める。
(ユウナには、もっとちゃんと話しておかないと。俺の勘じゃねえ。これは“何かを隠してる奴の目”だった)
その夜、ジッジは信頼の厚い腹心に小声で告げた。
「“霊脈の記録石”に入られましたか。……まぁ良いでしょう。あれも導きのひとつ」
「ですが……彼が真実に近づけば……」
「その時こそ、ユウナ様の“選択”が問われるのです」
ジッジは笑みを浮かべながら、石碑に刻まれた“脈導の原点”に手を当てる。
「真実を恐れるな、とは美しい言葉ですが……人々は、信じたい物語しか信じません。さあ、どちらを信じるのか……見届けましょう」
その夜、焚き火を囲んだ静かな時間。弟子たちは静かに就寝の準備を始めていたが、ティーダは決意を固めてユウナに切り出した。
「ユウナ、ちょっと話そうぜ。……このままでいいと思ってるのか?」
「え? なにが……?」
ティーダは腰を下ろしたユウナの隣に座ると、真剣なまなざしで見つめる。
「ジッジのことだよ。あいつ、なんか隠してる。今日、霊脈の石碑で見たんだ。若い頃のあいつ……何かやばい儀式みたいなのを……」
ユウナの顔が曇る。
「……またその話?」
「ユウナ……俺はお前を信じてる。だからこそ、騙されてほしくないんだ」
「……信じてるなら、私の判断も信じて。弟子の人たちは、私が戦ってた頃よりよっぽどまっすぐだった。命を救うために、自分を磨いてるの。キミはそれでも“怪しい”で片付けるの?」
ティーダは言葉を詰まらせた。
ユウナの目は真剣で、何より“疑い”ではなく“信じたい”という光に満ちていた。
「……ああ。だから怖ぇんだよ、俺は。あいつが全部、筋書き描いてたとしたら……ユウナはまた、自分を捧げようとする」
「違う。今回は私が、自分の意思で選ぶ。守られるだけの私じゃ、もういられないの」
その言葉は、ティーダの胸に刺さった。
(また……俺は置いていかれるのか?)
二人の間に、重い沈黙が流れた。
「ルカ、ベベル、ガガゼト……各地での“脈導奇跡”の報告は?」
ジッジの問いに、弟子のナーマが頷いた。
「映像スフィア、スピラネット配信者、旅商人などを通じて、『ユウナ様とジッジ様による救済』の物語が、既に一般層へ拡散されています」
「上出来です。では、次なる“観客”に見せる劇を始めましょう」
彼は机に置かれた“次なる演目”の台本を指差した。
《救世の婚約 ~スピラに光をもたらす契り~》
「ユウナ様と私が“正式に結ばれる”演出です。それにより“聖女の伴侶”たる象徴として、私の立場は“疑い得ぬ光”へと昇華する……」
弟子たちの間に、ざわめきが走る。
「まさか、本当に……ご結婚を?」
「式そのものは象徴です。だが民意は現実と虚構の間を自在に漂うもの――信じたい物語に人は従う」
「まさに……脈導そのもの」
弟子たちが一斉に頷いた。
ジッジは目を細め、静かに笑う。
「信仰と愛――それがあれば、人々は進んで首を差し出すものです」
ティーダは、偶然通りかかったジッジの弟子たちの会話を立ち聞きしてしまう。
「ユウナ様と脈導師様が契るという演出……スピラ中の人々が涙を流すでしょうね」
「聖女と導師の婚礼……あぁ、これでようやくスピラは“信じるべき神話”を手にするのですね」
「式場はマカラーニャの森に再建中とか……」
(……っ! 結婚だって!? ユウナが!?)
ティーダは、怒りと混乱で心が煮えたぎるのを感じながら、宿へと駆け戻った。
宿に戻ると、ティーダはすぐに通信用の映像スフィアを起動。
ワッカとルールーの顔が映る。
「ティーダ? どうした、こんな夜中に……」
「あなたの顔、怒ってるっていうより……焦ってるわね」
ティーダは唇を噛みしめながら、絞り出すように言う。
「……ユウナが、ジッジと結婚させられるかもしれないんだ。演出だとか、象徴だとか言ってたけど……それ、もう、民衆に向けて準備されてんだよ!」
映像の向こうの2人が沈黙する。
「俺……全部が筋書きに見えてきて……。ユウナを、また“スピラのため”って理由で、誰かに差し出すなんて、そんなの……もう嫌なんだ!」
ワッカが静かに答える。
「ティーダ……お前の言う通りだ。ユウナには、もう背負わせたくねぇよな。あいつはもう、十分すぎるほどやってきたんだ……!」
「そうね。彼女には“選ばせて”あげなきゃ。今度はちゃんと、“自分の意思で”。私たちも協力する。だから冷静にね、ティーダ」
ティーダは、映像の中の2人の真剣な眼差しに心を打たれ、深くうなずいた。
――一方、ジッジの弟子ルチルは、丁寧にユウナへ話を切り出していた。
「スピラの多くの人々が、今“光を信じたい”と願っています。貴女と導師様の婚礼……それは、民の希望です」
ユウナは、言葉を失ったまま外の喧騒に耳を澄ませる。
ジッジの奇跡を信じる声、笑顔、安堵――全てが「貴女を必要としている」と囁いているかのようだった。
(私は……また選ばなきゃいけないの? 今度も“誰かのため”に?)
その時、ふと脳裏に浮かんだのは、あの夜、ティーダが言った言葉だった。
「俺はお前を信じてる。だからこそ、騙されてほしくないんだ」
(ティーダ……私、何を信じればいいの……?)
ユウナは、夜の静けさの中で、またひとつ重い選択を迫られていた。
その夜、ティーダは宿を抜け出した。
行き先は、マカラーニャの森の奥――かつて彼とユウナが心を通わせた“聖なる泉”だった。
そこは今、「儀式の準備場所」として封鎖されていたが、弟子たちの会話でこっそり場所を突き止めていた。
(あそこは、俺たちの大切な場所だった。何がどうなってるのか……ちゃんと、自分の目で見なきゃ)
森を進むティーダの胸には、怒りと不安、そして確かな決意が渦巻いていた。
その頃、ジッジは弟子たちと密談していた。
「……どうやらティーダ殿は、式典の根幹を脅かしかねませんな」
「ですが、彼はユウナ様の“想い人”とも噂される存在……むやみに動けば反発も……」
ジッジは穏やかに笑った。
「ですからこそ、“彼の方から”逸脱したという構図が必要なのです」
弟子たちは頷いた。
「既にルカとビサイドの広報には、“精神的に不安定となった元ガードの暴走”として伏線を流しておきましょう」
「ジッジ様……抜かりありませんね」
「すべては、スピラの“平穏”のためです」
ジッジの顔には、穏やかさと冷徹が同居した微笑が浮かんでいた。
ミヘン街道を夜のうちに駆け抜け、マカラーニャの森にたどり着いたティーダ。
――森はかつてと変わらず、静けさの中に凛とした霊気を纏っていた。
だが、泉の周囲だけが異様だった。
灯籠のように配置された「霊脈灯」。
弟子たちが無言で準備する、幾何学的な脈導陣。
淡く輝く水面には、“式典”に使われる巨大な紋章の意匠が投影されていた。
「……なんだよこれ……“俺たちの場所”だったはずだろ、ここは……」
ティーダは拳を握りしめる。
“交霊の儀”、“霊脈融合”、“脈導共鳴”――立て札には禍々しいほど厳かな文言が並ぶ。
(これは……ただの祝福の式なんかじゃない。……なにか、変だ)
「……どちら様ですか?」
振り返ると、ローブに身を包んだ弟子たちが静かに取り囲んでいた。
その中に、かつて青年同盟で活躍していたルチルの姿もある。
「ティーダ殿。あなたの行動は、聖域への侵入として記録されます」
「侵入? ふざけんな……ユウナのことが心配で来たんだよ。こんな異様な準備をしておいて、“聖なる式”だなんて言えるかよ……!」
「あなたは、“元守護者”だった。ですが今のあなたは、“疑念と拒絶”の象徴。導きに逆らうものです」
弟子たちの間から、儀式管理を担う長衣の男が前に出て、静かに手をかざす。
「連行します。“冷静さを欠いた異端者”として。ユウナ様の安全のためにも」
「待てよッ!! 俺はただ、ユウナを――」
その言葉を遮るように、弟子たちが発光する縄状の霊脈具を手に取る。
(……マジかよ。俺、ユウナに会いに来ただけなのに――)
ティーダは剣に手をかけようとするが、数に圧されて身動きが取れない。
「やめろ! 俺は……俺は、ユウナを助けに……!」
霊脈具の光がティーダを包み込む。
視界が歪み、膝が崩れ落ちる。
(……ユウナ……っ)
最後に思い浮かべたのは、笑顔で振り返ったあの時の彼女だった。
――次に目を覚ました時、ティーダはもはや“自由ではいられない場所”にいることになる。