FINAL FANTSY X ~脈導の聖女~ 作:彼処舐ノ助嗅過
「ユウナ…」
「ティーダ…」
名前を呼び合い、そっと触れ合いそうになる唇。
心が重なり合おうとした、そのとき──
「私の時とはえらい違い……酷いですねぇ」
低く湿った声に、ふたりの動きが凍りつく。
目を見開き、そちらを向いたユウナとティーダの視線の先には──
死したはずの脈導師が、闇の帳をまとってそこに立っていた。
「な、なんで……」
泉の水が波紋を広げる。ユウナは呆然と呟いた。
「今さらですか? これまでも数々の奇跡をお見せしたはずですがねぇ」
口元を吊り上げ、まるで復活を楽しむかのように笑う脈導師。
その身体には傷跡すらなく、逆に禍々しい力を纏っている。
ティーダはユウナの前に立ち、剣を抜き放った。
「もう一度斬られたくなきゃ、ここから出てけ!」
怒りに震える声。そして鋭い眼差しが、全てを守ると語っている。
「諦めなさい少年」
脈導師は両腕を広げ、まるで説教を始めるような口ぶりで言う。
「ユウナ様は私の伴侶となり、我が子を産むのですよ。そう、それこそがスピラを導く“真なる奇跡”なのです。ホッホッホッ!」
「黙れっ!!」
ティーダの声が森に響き、足元の泉にまで波紋を走らせる。
「ユウナは、お前なんかに絶対に渡さない!」
ユウナも静かにドレスチェンジを行い、銃を構える。
今やその目には、涙ではなく覚悟の光が宿っている。
「あなたは、私が間違っていたと気づかせてくれた相手。だからこそ……今度こそ、本当に終わらせる!」
脈導師の笑みが歪む。
「ならば見せてみなさい。真に愛とやらが、奇跡を超えるというのなら!」
森が、泉が、再び戦いの気配に包まれていく──
だが今回は、決して誰も迷わない。
彼らは信じ合っている。愛の力で、過去も運命も乗り越えようと。
ティーダとユウナ、ふたりの戦いが、再び始まろうとしていた。
ユウナとティーダの連携攻撃は、まるで踊るように美しかった。
ティーダの電光石火の剣撃が風を裂き、ユウナはドレスチェンジを駆使して回復と攻撃、支援を同時に行う。
「はあっ!」
ティーダの剣が脈導師の肩をかすめる。
ユウナはタイムマジックでティーダを加速させながら、聖属性の魔法を詠唱する。
だが──
「どうしました? ちょっと本気を出しただけなのですが?」
脈導師は笑みを浮かべ、地を滑るような異様な速度でティーダの剣を躱し、ユウナの魔法すらもかわす。
まるで別人のように、隙がなかった。
「こいつ……まるで幽霊みたいだ!」
ティーダが歯を食いしばる。
そのとき──
「よっと!」
「うりゃーっ!」
背後からボールと爆弾が同時に飛び、脈導師に直撃する!
ワッカの属性ボールが火花を散らし、リュックの仕込んだ雷属性の爆弾が炸裂した。
「ちっ……お仲間ですか。いいでしょう、まとめて相手にするまで、です」
脈導師がそちらを向こうとした瞬間──
「キマリ、通さない」
蒼き獣のような気迫で、キマリが一気に踏み込み、槍で脈導師の腹を貫いた。
「ぐっ……ロンゾ族。脈導は、あなた方を救うのですよ?」
その言葉に、キマリの目が鋭く光る。
「キマリ、自分たちの道、自分で選ぶ」
脈導師が槍を引き抜き、後退した次の瞬間。
「終わりよ」
ルールーの声とともに、雷鳴が轟く。
巨大なサンダガが頭上から脈導師に直撃し、周囲の木々が風でなぎ倒された。
「ふん、この程度で……。なっ!?」
よろめいた脈導師の背後を取っていたティーダが一閃、二閃、三閃と斬りつける!
「今だ! ユウナ、異界送りだ!!」
ワッカの声が響く。
「うん!」
ユウナは祈るように目を閉じ、ゆっくりと立ち上がる。
衣装は、かつての巡礼の旅で着ていた祈り子装束──召喚士ユウナの姿に変わる。
「この魂を……還します……」
静かな声とともに、ユウナの踊るような動きが始まる。
光の粒が舞い、脈導師の肉体から煙のように幻光が立ち上る。
「やめなさい……これは……これは神の導き……!」
脈導師の声が歪み、苦悶に満ちていく。
「違う……これは、あなたが恐れてきたもの……“真の想い”に触れた、あなただけが、拒絶したもの」
ユウナの祈りは、まるで命そのもののように温かく、そして静かに──
脈導師の姿を光の粒へと還していく。
しかし……
その光の中、脈導師の口元だけが、不気味に微笑んでいた。
「終わりでは、ありませんよ……ユウナ様……」
光が晴れるとそこに、彼の姿は無かった。
「終わった……。これで脈導師は」
ティーダが肩の力を抜いて、ふぅ、と息をつく。
ユウナも、膝から崩れるように地面にへたり込む。
「みんな、ありがとう……」
かすかな声が、森に溶ける。
「まだあいつの信者たちのことが残ってるけど、これでひと段落、だな」
ワッカもようやく気を緩め、額の汗をぬぐう。
だがその時。
「待って! 嫌な気配がするわ!」
ルールーの鋭い声が空気を裂いた。
次の瞬間、マカラーニャの森の上空が黒く渦巻き、雷鳴のような音とともに、禍々しい黒い光が天から地を貫いた。
そこから──現れたのは、紛れもなく、無傷のままの脈導師だった。
「さすがはルールー殿。優れた洞察力ですなぁ」
脈導師は優雅に手を広げ、森を見渡すと、ルールーに視線を向けた。
「それにしても……ふむぅ。あなたもまた、非常に優れた“資質”をお持ちだ。ユウナ様と共に、この私とどうですかな? 女神になれるのはユウナ様のみですが、あなたもまた、脈導の大いなる器になれるやもしれません」
その言葉に──ルールーの眉がぴくりと動く。
彼女はゆっくりと、そして冷ややかに口を開いた。
「……お断りよ。あいにく私は、あなたのような下劣な者と関わる趣味はないの」
「ユウナも渡さないわ。あなたに触れさせもしない」
脈導師の目が細くなり、笑みが深まる。
「そうですか……ゆるりとお考えください。いずれにせよ、ユウナ様は私のモノになるのですからねぇ……ふふふ」
「はあ!? なにぬかしてやがる!」
ワッカが前に出ると、脈導師を指差して怒鳴った。
「ルーに何言ってんだ、このクソ坊主!! ぶっ飛ばされたいのか!」
「まあまあ、嫉妬ですかな? ですが、あなた方の“家族ごっこ”など──」
バチィッ!!
ルールーから放たれた雷が、地面に落ちる。
「二度と“家族”を汚す言葉を口にしないことね。次は頭を焼き切るわ」
脈導師は、楽しげに舌を鳴らした。
「恐ろしい女性だ。だが、それもまた……良きものですなぁ」
しかし、ユウナたちの心を支配していたのは怒り以上に──「なぜ彼は死なないのか」という、底知れぬ疑問だった。
「私がなぜ不死なのか? お教えしましょうか?」
脈導師はゆっくりと手を広げる。
「……ですが、聞かない方がよい。きっと、絶望してしまいますからねぇ」
「……あんた、いったい何者なんだ」
ティーダが剣を構える。
「私は“人”でした。ですが、脈導に選ばれたことで……新たな“存在”となったのです」
脈導師の足元から、黒く光る根のようなものが森の地を這い始める。
「命の根──“幻脈”に触れた者は、死を超える。肉体が朽ちようとも、私の“意志”は世界に刻まれているのです」
「“幻脈”……?」
ルールーが息をのむ。
「その名は忘れられた古の理。生命の裏に走る、脈動する幻光の河。私はそれと融合した。“死”など、もはや意味をなさぬのです」
「……それが脈導の正体なの?」
ユウナが震える声で問う。
「ええ、ユウナ様。あなたも、いずれそのすべてを知ることになるでしょう。……私の中で、生まれ変わったあとに、ね」
脈導師の瞳が、禍々しい光を放つ。
そして森全体が、黒い脈動に包まれていく──!
「みんな、準備して!」
ユウナが立ち上がり、ドレスチェンジの準備を始める。
「今度こそ……終わらせる!」
次なる戦いの幕が、再び上がろうとしていた──!
「ここが私とあなたの始まりの場所。我らの子を宿す新たな聖地となるのです」
脈導師の狂った言葉が響いたとき、ユウナの身体が震えた。
「やめて……! そんなこと……絶対に、させない!」
怒りとも悲しみともつかない声。
それは記憶の底から沸き上がる、かけがえのない想いに支えられた抵抗だった。
ユウナの視線が泉に落ちる。透き通る水面が、かつての記憶を映し出すように揺れる。
言葉の代わりに、重ねた唇。
その夜、2人は一つになった。死に向かう運命の中で、せめて今だけは、永遠を信じた。
「この場所は……」
ティーダが呟く。
「オレたちが……本当に一緒だった、大切な場所だ。……ユウナの全部が、ここにあったんだ」
彼の拳が震える。歯を食いしばって、脈導師を睨みつけた。
「お前がそんな風に汚していい場所じゃねえ……!」
「汚す? ふふ……」
脈導師は狂気の笑みを深めた。
「違いますよ、ティーダ殿。私はただ、この地に“本当の意味での永遠”を刻もうとしているのです。あの時あなたが与えた一夜の夢よりも、遥かに濃密で、確かな“命”をね」
「……っ!」
ティーダが叫ぶより早く、ユウナが歩み出た。
「やめてっ!! それ以上、私の記憶に土足で踏み込まないで……!」
目には涙が滲むが、声は強い。
あの時よりも、ずっと強い。彼女は一人ではなかった。
「あなたの言う“脈導”なんて……“交わり”なんて……愛じゃない。ただの支配、ただの自己満足……! そんなものに、私を使わないで!」
脈導師はその言葉に目を細め、まるで陶酔したかのように首を傾ける。
「……ああ、やはり素晴らしい。強い……強いですねぇ、ユウナ様。私の女神に相応しい。あなたの“否定”すら……愛しくてたまりませんよ……」
「黙れっ!!」
ワッカが叫び、ボールを放つが、脈導師の纏う謎のエネルギーが全てを弾き返す。
「クソッ……なんて防御力だ……」
「まるで、異界そのものが奴を守っているみたいだ……」
キマリも槍を構えながら唸る。
「ふふ……まさにその通りです。私の身体は、もはや人間ではない。異界の法則と“交わった”存在──神に近い、いや、神以上の存在となりつつあるのですよ……」
ルールーが睨みつけながら呟く。
「まさか、ユウナとの交脈儀式で、完全な存在になろうとしている……?」
「正解です、ルールー殿! あなたのような聡明な方となら、共に新世界を築けるのに、実に惜しい……!」
「気持ち悪いのよ……! あなたが何を見てるのかは知らない。でも私たちは、あなたを“存在させてはならないもの”として、ここで終わらせる!」
ルールーの掌に、雷が集まっていく。
ティーダも、ユウナも、かつての記憶を胸に、再び構えを取った。
「……ここは渡さない。この“記憶”だけは、絶対に汚させない!」
激しい攻防が続く中、脈導師は一切のダメージを受けず、むしろ陶酔するように笑っていた。
ルールーの魔法も、キマリの猛攻も、ティーダの連撃さえも、まるで空気に触れたように無力だった。
「くっ……オレたちの攻撃、全部効かねえ……っ!」
ティーダが息を切らしながら、地に膝をつく。
「ユウナ……下がれ……!」
キマリがユウナの前に立つも、その足も震えている。
「……みんなの、MPが……もう、尽きそう……」
ルールーの声もかすれていた。
ユウナは、仲間たちの消耗に、胸が張り裂けそうだった。
今にも崩れそうなティーダを、必死に支える。
「……お願い、もう少しだけ、持ちこたえて……! リュックが、カモメ団が、増援を……!」
──その瞬間だった。
「ふふ……お仲間とは、彼らのことですかな?」
そう言って脈導師が懐からスフィアを取り出し、空中に放つと、虚空に大きな映像が浮かび上がった。
「な……に……?」
映し出されたのは、檻に閉じ込められたアニキ、パイン、バラライたちカモメ団。
苦悶の表情で拘束されているビサイド村の人々、ワッカとルールーの幼い子供。
ロンゾの村では、キマリの同胞たちが鎖に繋がれ、屈辱に耐えていた。
「う……そ……っ……!」
リュックが崩れ落ちる。
「お前……っ、いつの間に……!」
「ふふふ……ルチルやエルマが私と一緒でないことに気付きませんでしたか? 私はこの“瞬間”を、何年も前から計画していましたからねぇ……。あなた方の大切な者たちも、すでに私の“脈”の中。逃げ場など、どこにもないのですよ。」
映像の中で、脅されながら“神の子”を讃える群衆の姿が映る。
彼らは笑顔でこう叫んでいた。
「ユウナ様と脈導師の間に、“神の御子”が誕生することを我らは願う──!」
「我らの希望、我らの救世主!」
「偽りの平和を打ち倒し、新たな秩序を!」
──民衆の声援、祈り、願い。
だがその全てが、ユウナの“破壊”を肯定するものでしかなかった。
「違う……これは……違う……! 私はそんなこと、望んでない……!」
ユウナの膝が崩れ落ちる。
「やめろッッッ!!!」
ティーダの怒号が響いた。
彼は最後の力を振り絞り、剣を構えたまま脈導師に向かって突っ込む。
「オレたちの大切なモノ……全部奪って……! それでも“愛”だって言えるのかよ!!」
「愛とは、奪い、縛り、染めるもの。自由とは、選択肢の錯覚です。……ユウナ様の“真の自由”を保証できるのは、私ただ一人。彼女に残された“選択”など、最初から……存在しない」
──ティーダの剣が、脈導師の結界に弾かれ、折れる。
「──ッ!!」
吹き飛ばされるティーダ。ユウナが駆け寄るが、もう彼は起き上がれない。
「ご覧なさいユウナ様……。あなたの“大切”も、“想い出”も、私が全て“上書き”して差し上げましょう──」
脈導師の手が、ユウナに伸びる。
ユウナはその場に立ち尽くし、目を閉じた。
(終わりなんて……いや。私は……)
「無意味です。ユウナ様の全てはすでに私の掌。残されているのは、“交脈の完成”と、“神の降誕”のみ」
ユウナの瞳に映る、膨れ上がる絶望。
──マカラーニャの泉は、再び“新たな運命のはじまり”となる。
マカラーニャの泉は沈黙していた。
力尽きた仲間たちは、地脈と一体化したような不気味な蔦に縛られ、まるで“見せしめ”のように並べられていた。
光も音も抑圧され、まるで死を待つかのような空気の中──脈導師の声だけが、不気味に響き渡る。
「……さぁ、よい子たちはおやすみの時間ですぞ……」
ひとつひとつ、指を振るだけで、仲間たちは動きも言葉も封じられる。
「ぐっ……! なに……これ……身体が……」
リュックの身体がビクリと跳ね、完全に動きを止める。
「クソッ、動け……オレの身体……動けぇぇ……ッ!」
ティーダも歯を食いしばって抗うが、地面に縫い付けられたかのように、ピクリとも動かない。
「我らが“脈”は繋がれました。あとは、ユウナ様との交脈にて、世界は“再誕”を迎える──」
「私たちの子を……ッ! 絶対に、許さないッ!!」
叫んだのは、ルールーだった。
母の顔を浮かべながら、目を潤ませて睨みつける。
脈導師は、愉快そうに笑った。
「おやおや。では、私から“ささやかな意趣返し”を差し上げましょう。あなたの得意な魔法で、ね」
指を鳴らすと、ルールーの身体を痛みだけが鋭い雷撃が包んだ。
「──っ!!」
魔法的には大したダメージではない。だが、その電撃は肉体を貫く痛みだけを“濃縮”して伝える魔術だった。
ルールーは声も出せず、歯を食いしばって地に伏した。
「あなたの子をどうするかは、私の思うままです。今は大人しくしていることですねぇ。それとも、あなたも私と新しい子を作りますか? ほら、“脈動”を宿した、選ばれし子を……ククク……グフフフフ……!」
──その嗜虐的な声に、全員の表情が強張った。
「やめろぉぉぉッ!!」
ティーダが絶叫した。
その目は血走り、怒りと悔しさが混ざり合っていた。
「……まだ動くとは、大した精神力です。ですがもうよいでしょう」
脈導師はゆっくりと、ティーダの元へと歩み寄り、彼の頭を、音を立てて、足で踏みつけた。
「やめてッ!!」
ユウナの絶叫が泉に響いた。
「ユウナ様ぁ……この男が、よほど大事なようですねぇ? しかし……所詮は、数年の付き合いに過ぎません。我らはこれより、何十年、何百年……いや、永遠に、共に在るのです。私はすでに寿命を超えた存在。──ユウナ様が私と交われば、あなたもまた、“永遠”を得るのですよ」
──ティーダの心が、徐々に崩れていく。
(オレが……何のために……ここまで……)
(守りたかったんだ……笑っててほしかったんだ……)
(それなのに……なにも……できなかった……)
──脳裏に浮かぶ、かつての笑顔。ビサイドの陽光。旅路の記憶。指切り。祈り子の眠る場所。
すべてが遠ざかっていく。
その時、空に“満月”が昇り始める。
「……さぁ、交脈の儀は、今宵!あとわずかにして、我らの婚礼。そして……“聖なる交わり”のとき──」
映像スフィアが空に投影される。
人々の祈り、狂信、笑顔。
「脈導師様とユウナ様の結婚を!」
「世界を救う聖なる交わりを!」
「神の子の誕生をッ!」
──あまりに大きすぎる期待。ねじれた祝福。
それらすべてが、ユウナを“神の器”としてしか見ていない。
「やめて……やめてっ……やめてぇえええええええええええ!!」
ユウナは耳を塞ぎ、その場に崩れ落ちる。
うずくまり、嗚咽を漏らす彼女の肩に、脈導師は優しく手を添えた。
「……もう、抗わなくていいのですよ。
あなたはもう、一人ではありません。全てを私に預けて……楽になりなさい……」
その声は甘く、温かく、
けれどもどこまでも冷たく、腐っていた。
──誰も、もう立ち上がれない。
希望の声は、届かない。
そして、月は完全に昇る。