※この作品はR-18です。

ヴェルネの天使は死に浸かるだけさ!   作:A00913

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四日目

四日目ともなれば、さすがにここの生活にも慣れ、余裕も出てくるはずなんだけど、悪夢を見るせいでそんな気持ちにもなれない。

 

昨日は本当にひどかった。ただでさえあの光景が頭から離れないっていうのに、夢には狂気が加えられていた。ため息がこぼれる。

あんな夢、はやく忘れたい。けど忘れられない。

 

「また寝坊か?いいご身分だな、いい加減にしてくれ。もう家族がいる家でのんきに暮らしてるのとは違うんだぞ」

今日はセンパイが俺を起こしに来た。嬉しいけど、怒られるのは嫌だな。センパイに嫌われたくないし。

 

「すみません、起こしてくれてありがとうございます」

「まぁ僕たちが家族みたいなもんだし、いいじゃん。拓也、おはよー」

ハルカさんとレオもやって来る。みんなよく寝れたみたいだ。

よかったな、ひょっとしてこの悪夢を見てんのは俺だけか?

「ほら、さっさと飯食いに行くぞ」

レオに腕を引っ張られ、食堂へと連れて行かれる。

本格的な一日の始まりだ。朝食は丁寧に作られたマッシュポテト、ベーコンが添えられた焼きたてのパンという最高の食事を丁寧に食べ、その後の授業も、先生があまり板書しなかったおかげで特に苦労することなく終わった。

昼食と昼寝の時間も適当に流し、いよいよ歌の練習がおとといぶりに再開した。

前回ハルカさんに言われた通り、まず腹式呼吸と発声を念入りに行う。

 

今日は一体どんなことをやらされるんだろう?

「さて、今日は2人にこちらの曲を歌っていただきます」

ハルカさんが俺たちの前に立つと、楽譜を俺たちに見せた。

タイトルは「ゴールデン スランバー」っていう讃美歌。

聞くところによれば、この曲は、二十四時間戦うゾンビになったサラリーマンが戦い続けるという歌らしい。

メロディー的に聞けば「哀叫の歌」ほど難しくはないけど、俺たち初心者からすればハードだ。

 

「本当にこれを歌うんですか?す、すごい難しそうだけど....」

「うん。難しいかもしれないけど今の君たちならきっと綺麗に歌えるようになるよ。じゃあ、さっそくやってみよう」

まずハルカさんとセンパイが歌ったのち、俺たちも歌う。

案の定、所々汚くがなっている。何度も歌い直しても喉が上手く機能してくれない。レオも苦戦している。

 

「拓也、レオ、もっと腹から声を出せ。喉だけで歌ってるから音程の変化に対応できてないんだ。あと拓也は音程を外さないよう意識しろ」

センパイの厳しい指導が体に沁みる。

その口調には怒りや呆れといった感情はないものの、やはりどこか厳しい雰囲気。

けどそのおかげでオレは頑張ろうって気になる。

レオはちょっとキツそうだ。センパイを睨み、明らかに不満そうな表情をしている。

これ以上機嫌が悪くなると困るな。

 

ハルカさんは俺たちの歌い方を見極めようとしているのかセンパイと違いすぐに口出しはしてこない。

 

「ハルカさん、ずっと黙ってますけど……」

「ん?あぁ、ずっと考えてたんだ。今の拓也とレオに足りないもの、なんとなくわかってきたよ....2人はね、均等に力を入れすぎてるんだ。それじゃダメ。メリハリが無いし、なんだか感情が伝わってこない。だから、休憩がてらに一回歌詞を見返してごらん」

レオと一緒に歌詞を見直してみる。

「ゴールデン スランバー」の歌詞は以下の通りだ。

 

「ゴールデン スランバー おやすみマイハニー きらめく星空も 君の寝顔にゃかなわない きらめく星が 君にキスしたのを 僕は見たよ 

君の涙が 川となって流れたら

その川で僕は 舟を浮かべる その川を僕は 舟で下っていく その川を僕は 舟で下っていこう 

君の微笑みを 守るのが僕の役目 

君の涙は 川となって流れたよ 僕の悲しみが 君を苦しめたようだ

ゴールデン スランバー おやすみマイハニー

僕はこれから どこへいくのだろう

君の微笑みが 遠ざかっていく 君の涙が 川となって流れたら

その川で僕は 舟を浮かべる その川を僕は 舟で下っていく その川を僕は 舟で下っていこう

君の微笑みを 守るのが僕の役目 君の涙は 川となって流れたよ 僕の悲しみが 君を苦しめたようだ

ゴールデン スランバー おやすみマイハニー 僕はこれから どこへいくのだろう」

この曲から感じられるメッセージは、「愛する人の幸せを願う」ということだと思う。

つまり歌い方としてはバラードっぽく歌えばいいのか?レオにもそのことを説明すると納得してくれたようで、早速実践してみた。

 

結果は……自分でも驚くほどうまくいったと思う。

音程も完璧とは言えないまでも歌の途中で苦しくなることはなく、今までで一番マシな出来だった気がする。

 

「へぇー結構上手いじゃん.....流石ですねハルカさん。そういった切り口で教えればよかったのか」

「そうだよ。讃美歌っていうのはシンプルなメロディーだからこそ、歌うときに歌詞の中にある深い意味を込められることができる。この曲の場合だと、大切な恋人との別れの悲しさがテーマになっていて、だからそれを意識して声を震わせつつ基本的には静かに歌えばいいわけ」

「なるほど……勉強になります」

センパイが関心している。本当にハルカさんの指導は凄い。

この調子ならきっとあの日までに俺たちも「哀叫の歌」を歌えるようになるんだろうな。

レオは少し不安そうな顔をしていたが。

 

「2人とも結構よかったよ。特に最後の部分とかすごく感情移入してて鳥肌立ったぐらいだし……この調子で練習すればきっといいものになるんじゃないかな?それじゃ、最後にもう一度通しでやろうか」

ハルカさんに言われてまた最初から歌う。

歌詞から読み取れる物語に感情を込めるようにして歌えば心も踊り、自然と歌声にも熱が入ってくる。

このゴールデンスランバーの歌詞に登場する2人の気持ちに、少しだけ俺自身もシンクロできたかもしれない。

僕は俺で、君がセンパイ。ああ、俺はなんてセンパイを好きなんだろうか。

 

歌い終えると、ハルカさんとセンパイが軽く拍手をしてくれた。

 

「まぁ、かなり良くなったんじゃねぇかお前ら。あしたからは俺たちと一緒に哀叫の歌も練習していくが、今の調子ならきっとすぐに歌えるようになるだろ。期待してるぞ」

もうセンパイの笑顔で心が壊れそうだ。

ああ……抱かれたい……

「どうしたんだ拓也?」

「ああいえ、なんでもないっす」

どうやら顔に出てしまってたらしい。

慌てて誤魔化すと、センパイは俺に変な奴見てるときの視線を向け、それからすぐに目を逸らす。

やっぱ俺なんかのこと気にしてくれてないか。

俺がセンパイを好きなように、センパイも俺のこと好きであってほしい。

 

「それじゃあ....哀叫の歌の練習を始めようか、リョウ」

「はい!今日も指導よろしくお願いします」

「いやーいらないでしょ、リョウはもう完璧だし……」

「いいえ、ハルカさんのアドバイスでもっと上にいけますから。

俺はハルカさんみたいな....教え方が出来たら、って思うんです。

歌の技術だけじゃねくて、心を教えてあげられるようになりたいんです」

「ふふっ……ありがとうリョウ。そういってくれて嬉しいよ……でも僕もまだまだ勉強中だから……もっと色々学んでいかなきゃね」

だけどもセンパイがハルカさんに対して向ける目線がどうも輝いて見える。

まるで恋をしているかのような。

ほかの人には見せてなさそうな笑顔を向けている。

それってつまり、センパイはハルカさんのことが好きなのか?そんなことはない……と思いたいけど。

前々から部屋で2人談笑している時の表情を思い返せば……

そう考えるとなんだか胸の奥底がモヤっとする。

あの人の全てを包み込むような優しさは魅力的だと思う。

でも淫獣拓也は……

「拓也?どうかしたか?そんな思い詰めたような顔をして」

「うわっ!」

いきなり話しかけられて思わず大きな声を出してしまった。

レオは訝しんだ顔で淫獣拓也を見つめる。

 

「大丈夫か?なんか悩みごとでもあるのか?もしあるなら相談に乗るぞ?」

「いや、大したことじゃないから気にすんなよ」

そう誤魔化し、笑顔を作る。

淫獣拓也は自分の気持ちに蓋をする。

この感情が嫉妬なのかわからないけれど。

とにかく今はこんなことで落ち込んでいられない。

 

「そっか……ならいいんだが」

そうして哀叫の歌の練習が始まった。

改めて歌詞やメロディーを確認してみると、さっき練習したゴールデンスランバーや基本的な讃美歌と違ってこの曲だけ異様に難易度が高いことが分かる。

歌詞も独特でメロディーも複雑。センパイやハルカさんの技術でギリギリ歌として聴けるくらい。

正直これは……

「半端ねーなこの歌。ハルカさんとアイツでも難しそうなのにハァハァ喘ぎ続ける拓也たちにもできるのか?」

淫獣拓也の心情を察したようにレオが耳打ちかけてくる。確かにオレたちには荷が重すぎる。

けど人類滅亡から人々を救済するためにも……がんばらないと。

俺の歌でみんなが救われるならそれでいい。

 

天使らしくしたいのに天使らしくない俺は、そうしてこの世の者ではなくなりたい。

 

そう、俺の望みは突き詰めていけばひとつ。

お母さんに褒められたいだけだ。だけども天使になった後ってお母さんに会えるのか?みんな行方が分からなくなってるらしいじゃないか。

もしお母さんと会えないならそれは無意味かもしれない。

 

「拓也?拓也っ!どうしたんだ?ぼーっとして……」

レオに肩を揺すられ我に帰った。

いつの間にか考え事に耽ってしまっていたらしい。

 

「ああ、悪い……ちょっとボーっとしてたわ……」

そう言って頭を掻くと、レオは心配そうな表情を見せる。

なんだろう。この曲をずっと聞いていると気が滅入ってしまう。暗い曲調もそうだが歌詞の内容も。

 

しばらく練習したのち、全体練習の時間が始まる。子供たちはルッチーニ先生の前に集まり、神妙な赴きで歌唱に臨んでいる。

なんだかみんな自信がないのか、少し萎縮してるように感じる。

それに歌い方もバラバラ。

 

「声量が足りない。個性が活かされてない。これではダメです。もっと自信を持ちなさい。世界が今どういう状況なのかを理解してますか?自分の置かれた立場をわかっていますか?あなた方が歌うことでしか救われないんですよこの世界は」

ルッチーニ先生の口調は冷たい。

子供たちに向けられる視線は普段とは違って鋭く光っている。

みんな萎縮しきってて、このままじゃよくない気がするな。

ハルカさんみたいに優しく教えたほうが……。

 

まぁ、時間がないから焦ってるのはわかるが……そんな厳しい態度を取り続けたらみんなやる気を失っちまうぞ……。実際アキラやテツは怯えてるし。

 

この後も案の定子供たちの表情は曇っていくばかりで結局満足に聴ける歌が歌われることはなかった。

 

「今日の授業はここまでにしましょう。続きは明日にします」

ルッチーニ先生はそう言い残してピリピリとした表情のまま退室してしまう。

いつも温厚で紳士的な態度を崩さなかった先生があんな様子なのも珍しい。

 

「なぁセンパイ……ハルカさん……ルッチーニ先生ってあんな厳しい人でしたっけ?」

「……僕にもよくわからないんだよね。あの人があんな態度を取るなんて珍しいというか初めてというか……」

「え?そうなんですか?……一体どうしたんだろう……」

余裕がなさそうなルッチーニ先生を尻目に夕食の時間となる。

子供たちはどこか不安げな様子で食事をする。みんな先生のことが気になっているのだろうか。

 

食事が終わって自由時間となったとき、俺は久々に一人の時間が欲しくなったんでついてこようとするレオを部屋に置いて廊下に出る。

しばらく歩いて思いに耽る。

この先敏感な拓也はどうなってしまうんだろう?そもそもここはなんのためにあるのか?天使になるってどういうことなんだろうか?疑問は次々と湧いてくる。

答えの出ない自問自答を繰り返しながら歩いているうちにいつの間にか歌を口ずさんでいた。

今日練習した「ゴールデンスランバー」。

ガタイがこの歌を気にいったらしい。

 

歌い終わると、ちょうど4号室の前にいた。

中に誰かいる。

扉の前で覗くと、レオとセンパイはいなくて、ハルカさんが勉強机に座り、必死に何かを書いていた。

ドアを開け中へ入ってみれば、慌ててなにかを隠している。

 

「あ……すいません……邪魔しちゃいました?」

「いや……気にしないで。ちょっと書き物をしていただけだよ」

なんてことないとハルカさんは言うが、彼のヘーゼル色に輝く瞳は赤みががっている。

まるで泣いた後のよう。

さっきまでここで泣いていた?なんで?書いていたものと関係があるのかな。

ハルカさんに聞いてみる。

 

「あの……なに書いてたんですか?」

気まずそうな顔が大きく見える。

話そうか話さないか非常に悩んでるのが俺からでもわかった。

しばらく沈黙が続いたあとに、ハルカさんがようやく話してくれた。

 

「これはね……おばあちゃんに手紙を書いてたんだ……」

「手紙?」

「うん……。僕の、唯一の家族だからさ。もう、会えないかもしれないけどね。だから時々書いてるんだけど……」

悲しげな表情を見せながら言葉に詰まる。

手紙を書くことが辛いのだろうか。それとも書く内容に悩んでいるのか。どちらにせよとても苦しそうだ。

どうにかしてあげたいけど何もできない自分が歯痒い。

 

「あ……えと……そうなんすね……」

言葉に詰まりかけると、ハルカさんは悲しげな顔のまま笑った。

 

「ごめんね。変な話しちゃって。あ、もし家に手紙を送りたいのなら便箋をあげるから書きなよ」

家族に手紙かぁ、今俺が書いて送れる相手はお母さんだけだけど、今送っても見てくれるかどうか。

あの人は今精神が不安定だし。なんて書けばいいかわからない……。

俺が悩んでるのを見てかハルカさんは優しい声音で

「大丈夫。絶対届くよ。きっと君のことを心配してる人がいるはずだから」

と言ってくれたけど、俺にはその確信が持てない。

俺のことなんて最初の5年間しか見てくれなかったお母さんを信じるなんて無理だ。

俺はまだ何もできていない。

 

「.....心配なんて、してくれませんよ。どうせ」

つい口走ってしまった。

後悔で冷汗が溢れる。ハルカさんは驚いたように俺を見つめてきたが、すぐにいつもの柔らかい眼差しに戻りながらも哀しそうな雰囲気を醸し出す。

 

「……君はさ、ご両親との関係でなにかあったのかい?」

優しく諭すような態度に俺は少し躊躇ったあと、これまでのことを話すことにしたんだ。

お母さんとの確執、虐待紛いな生活。

そして……この学校に来た理由。

全部話した。その間ハルカさんは静かに聞いてくれた。

だから俺、ちょっと喋りすぎてウリのことまで話しちゃいそうになっちまったぜ。

 

「ただ俺、グレてもお母さんのことが嫌いになれないんですよね。最初の5年くれた愛情がまた欲しいから。だけどもどうしたらいいか分からないんです。なにを俺に求めてたのかも」

話終わると同時に溜息が零れる。

自分のことでもないのにハルカさんは考え込み始め、そしてぽつりと言ったんだ。

まるで独り言みたいにさ。

 

「僕はたった一つ、お母さんに求められたことがあったんだ」

どこか切なげで儚げな、その顔は今まで見たことがないほど繊細で、まるでガラス細工のような脆さを感じさせた。

雄膣の穴から精液垂らした俺は黙って続きを待つ。

 

「僕のお母さんは僕にただ一言、いい子になりなさいって言ったんだ。具体的に、何がいい子かは教えてくれなかったけどね。僕も結局最期まで、お母さんがどういういい子を求めてるのか分からなかったよ。どっちがいいんだろう。何も言ってくれないか、ただ一言だけなのか」

ハルカさんは十分いい子なのに。なんて言えばいいんだろう。どの言葉も的外れになりそうだぜ……。

ハルカさんはそのまま俺のほうを見て微笑む。

とても美しい笑みに、心臓が痛いくらいに高鳴るのを感じる。

淫乱雌犬と罵られたっていい。

ああ……。

 

「だからハルカさんは...天使を目指してるんすか?」

「まぁ、そんな感じ。天使以上にいい子なんていないでしょ?」

「そうっすね……」

肯定しかない。

究極に純粋で尊い存在である天使を目指すというのは正しい選択だと言えるのが普通。

 

「でも怖くは無いんですか?死ぬかもしれないのに……」

天使になるということは人間の概念が通用しない領域に至ることを示されているような気がしないでもない。

元の人間の肉体を、人格を保っていられないかもしれない。

当然それは死というものだ。

 

「難しい話だね……でもこの先に進まないことの方がもっと恐ろしく思えるんだ。いい子になれないまま終わってしまいそうで……」

そこで言葉を区切り窓の外を見つめはじめる。

その横顔を眺めていてふと思う。ハルカさんってたしか直近で天使になった子、タケルと同室だったんだよな。恐れを抱いてないのは、そういうところから来ているのか?

「もしかして...天使になるのが怖くないのは、その様子を近くで見たからですか?たしか....タケルって人と同室でしたよね」

彼の名前を聞いた瞬間、ハルカさんは目を見開いた。

その反応を見て雄膣の穴から精液垂れそうになる俺は悟ったよ。

いけない名前を口にしちまったなと。しかしもう遅い。彼は目を伏せ俯き、黙り始めた。

やっぱりそうか。どうしよう。

 

「ただいまハルカさん。久々に図書室いったら意外と勉強に使えそうな本が.....」

センパイが部屋へ入ってくると、入れ替わるようにハルカさんが部屋から出ていく。

センパイはハルカさんのことを気にかけて追うそぶりをみせたけど、気まずそうな顔する俺の方を見て首を傾げ、ゆっくりと険しい表情で寄ってきた。

あんまり気にしないでほしかったな。

 

「……ハルカさんとなんかあったのか?」

「いえ……なんもないっすよ。別に」

「嘘つけ!目が泳いでんぞ!」

肩を掴まれ強く揺さぶられた。

顔を見ると相当ハルカさんを心配しているのか眉毛が歪み、緊張で俺の顔も固まる。

やっぱりセンパイはハルカさんのことが好きなのだろうか?その疑問が頭をよぎると同時に胸の奥底がモヤつくのを感じる。

 

「.....聞いたんですよ。前同室だったタケルのこと」

そう告白すればセンパイは驚いたように息を飲み込み、力なく俯く。

 

「そうか。アイツの話をしたのか、そりゃハルカさんも凹むわけだ……なんで聞いたんだ。いや、気になる気持ちも分かる.....だけど今イザヤとハルカさんがあんな関係になってる以上、ろくでもないことがあったのはのは明白じゃねぇか」

 

でも俺は正直反省してない。むしろハルカさんやタケルについて興味が湧いてきたからな。ああ……知りたい。ハルカさんの弱さが。タケルとはどんな人物だったのか。

天使に至るというのはどのようなことなのか。

マンコを種マンにされた俺がそう悶々としているとセンパイが大きなため息を吐いて椅子に腰掛け、俺の方をじっと見る。

 

「......ハルカさんは俺が聞いた時もああやって、目に見えて動揺してたんだ。その日は1日塞ぎ込んじまってた」

「そうですか……」

「ああ。だからオレは思ったんだよ。人の心には触れちゃいけない領域があるんじゃないかって」

「……」

「だからな拓也。お前も気をつけろよ。変に他人の事情を詮索しすぎると、自分も傷つくことになるかもしれねぇ」

センパイの声はどこか寂しげで、まるで過去の自分を思い出しているよう。

だけども俺は、このままハルカさんの傷が残ったまま終わってしまうのは嫌だ。

まだ事情を完璧に知ってないビルダー拓也にできることはあるはずだから。

 

「でもせめて....せめて何があったか知りませんか?ハルカさんが塞ぎ込んじゃう原因を。このまま解決せずイザヤたちと気まずいまま終わるのは良くないですよ」

「俺たちには関係ないって言ってんだろ!第一知ってどうするってんだ!」

センパイが声を荒げる。俺の肩を強く握り締める感触に顔を顰める。

でも引き下がるわけにはいかないぜ。ここで引いたら一生後悔することになると思ったから。

 

「どうしても知りたいんです。天使になるとは一体どういうことなのか。だからこの件を知らなきゃ....俺はこのまま過ごしたくないんです」

真剣な眼差しを向ける俺に対して先輩は何かを言おうとしたが口を閉ざし、深呼吸すると腕を組んで唸り始めてしまった。

そして暫く黙り込んだ後に重々しく口を開く。

 

「……確かにあの人が気づいたままではいけないだろうな……わかった。だけどハルカさんからは聞くことができないぞ。あの人にあれ以上の負担はかけられない」

「じゃあイザヤはどうすか?あの人もタケルについて知ってるし、なによりハルカさんに対してあれだけ敵意むき出しにしてるから、きっと傷の原因だと思うんです」

そう提案するとセンパイは驚いたように目を見開く。

 

「イザヤにか……あまり気が進まないが……そろそろあいつがハルカさんを毛嫌いする理由を知っておくべきかもな」

とりあえず俺たちは明日イザヤの元へ向かうことで話をまとめた。

本当のことを喋ってくれるかはわからない。でもこれで少しは問題が解決するなら構わないと思ってる。例えそれがハルカさんにとって辛い現実だとしてもな。

 

「そういやお前今日風呂入ったか?すげークセェな」

「あっ、すんません忘れてました」

「入りに行くぞ。さっさと支度しろ」

風呂に入るのはあまり気が進まないことだ。実際俺はここ2,3日くらいシャワー浴びてなかったしな。だけどセンパイと一緒に入るっていうのは大歓迎。

快感で全身が痙攣するオレのことちゃんと見てくれるから。

裸の付き合いなんてサイコーだぜ。

 

「早くしろ。あと10秒以内に行かないと罰ゲームな」

「ウッス!」

センパイはこういう風におちょくるのが好きなのか、急に無理難題を押し付けてくる。

罰ゲームとか言ってるけどウリのお客さんと違って体に直接害を加えたりはしてこないから安心できるぜ。

 

その夜、残りの時間はセンパイと一緒に風呂へ行き、他愛もない話をしながら汗を流していた。思った通り彼のガタイは綺麗に引き締まっていて、俺がしばらく見惚れる程。

きれいな顔も相まって非常に官能的だ。

 

「おい拓也、そんなにジロジロ見つめるなよ。恥ずかしいだろ」

「いや……すんません。ちょっと見とれちゃって」

「全く……ありえないだろ男に見とれるなんて」

「センパイもハルカさんに見とれてる時ありますよね?」

センパイは苦笑いを浮かべながら髪を洗い始める。

俺のカウンターに図星だったのか耳まで真っ赤に染まってる姿を見て思わず笑いが漏れる。

 

「うるせぇ。揶揄うな馬鹿野郎」

「否定しないんですね」

「......ぱっと見美しい女の子に見えなくもないし、別にいいだろ。見とれるくらい」

「やっぱり好きなんじゃ〜......」

「違う!」

センパイは照れ隠しをするように勢いよく立ち上がる。

その拍子に勃起したペニスが視界に入りドキッと胸が高鳴る。

だけどもこれは、俺じゃなくてハルカさんへの想いが込められたモノだと思うとちょっと悲しくなる。

 

「俺はあの人を尊敬しているだけだ!恋愛感情なんかあってたまるか!」

強く否定するけど顔が赤いしギンギンに勃起してるからバレバレなんだぜ。

それを察すると余計にからかいたくなりっちゃうじゃねぇか。

センパイはそのまま勢いよく湯船に飛び込み、オレの隣に座る。

あんな激しい動きされても水飛沫があまり飛ばない辺りが優雅さを感じさせる。

 

「あの人は俺に初めて優しさを持って接してくれた。今の俺がこんな生き生きと自信を持っていられるのはあの人のおかげみたいなもんだし……」

「ええっ!?初めて?」

「ああ、俺の実家は金持ちだけど指導が厳しくてな、学校通ってた頃周りは俺と距離置くし使用人も親父も厳しいしで友達なんて居なかったんだ。だからここに来て初めてできた友達がハルカさんだ。どう接していいか分からず喧嘩腰になっちまって迷惑かけてた俺を受け入れてくれたのも全部な。」

そう語り終えるとセンパイは天井を見上げる。

その目は何処か遠くを見つめているようでどこか寂しそう。

 

「だからわからないんだ。なんでイザヤがそこまでハルカさんを目の敵にするのか……ハルカさんが天使を目指していることも関係あると思うんだが……」

センパイは嘆くようにため息をつく。

あの二人の間には一体どんな出来事があったのだろうか。

ハルカさんはケチつけようがない善人であることは普段の生活から見て明らかだし、そんな人を拒否するイザヤも理解できない。

 

「俺だってわからないっすね……」

「だよな。あーのぼせてきた。さっさと上がって寝るぞ」

そうして俺たちは風呂を後にして部屋へ戻る。

レオは俺とセンパイが二人並んで戻ってきている所をみるや否や、不貞腐れたようにベッドに潜り込んじまった。

ハルカさんはというと、机に座ってボーッとただただ黙って一点を見つめている。

 

「ハルカさん……戻ってきてたんですね」

声をかけてみるが反応はない。

肩を軽く叩くとビクッと体を震わせた後にゆっくりとこちらを見る。

その瞳は何処か虚ろで生気が感じられない。

 

「あ……ああ……。おかえり」

「大丈夫ですか?」

「なんともないよ。ただ……ちょっと考え事をしていただけだから。さっきはごめんね、急に取り乱しちゃって」

どこか上の空といった様子のままハルカさんは小さく謝罪をする。

センパイも心配そうに見つめるがその視線は気にも留めずに再び思考の海に溺れるように黙り込む。

 

「いやあコイツの配慮が足らなかったせいっすよ。ハルカさんを困らせてしまって申し訳ないです」

俺に代わり謝ってくれるセンパイ。その姿を見てハルカさんは小さく笑い、穏やかな雰囲気へ変わる。

 

「いいんだよ。興味を持つのは別に悪いことじゃないからさ。ただ今は聞かないでもらえると嬉しいかな……」

その声を聞くなり俺は無意識に敬礼してる。

そうだよな。誰だって触れられたくない部分はあるよな。俺にだってある。

無神経に人の領域に土足で踏み込むような真似は普通すべきじゃないよな。

俺が一人反省しているとハルカさんは「とりあえず今日はもう寝よう。また明日ね」と明かりを消した。

センパイも「おやすみなさい」と返し眠りにつく。

ビルダー拓也もベッドに入って目を瞑ろうとするが、なかなか寝付けない。

脳裏に浮かぶのは昨日おととい見た悪夢。なんだか、寝るのが怖い。枕の下に隠れるように身を縮ませる。その時、微かにハルカさんの子守唄が聞こえ始めた。

不味い、あれを聞いてしまえば……

 

今夜俺が迷い込んだのは、小さな小屋の中。椅子一つしかなく薄暗いその空間で、俺はセンパイを拷問している。目の前のテーブルには血塗れの鞭があり、淫獣拓也はそれを振り上げて何度も何度も叩きつけている。何故こんなことをしているのだろうか。わからない。でも止めるつもりはない。

目の前で苦しみに喘ぐセンパイの声がうるさくて、もっと苦しめてやりたくなる。もっと……もっと痛みを与えなきゃ。

悲鳴がうるさい。でも……なんだろう。声が小さく消えていけばいくほど、裏にあるメロディーが聞こえてくる。センパイの悲鳴が伴奏のように聴こえる。

あれっ?これ……?

 

俺は気づいた所で目覚め、起き上がって枕に顔を埋める。

皆まだ寝てると安堵しながら汗を拭い、落ち着くために深呼吸。

あれは俺の心の中に渦巻いている欲望か……?いや俺はウケだ。

誰かを、ましてやセンパイを攻める気にはならない。

だから、多分あのメロディーが衝動を目覚めさせてるんだ。

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