【R18】主人公に蹂躙されるためだけに用意されたエロゲの悪役である俺が逆転できるルートがあるらしい。 作:柊咲
「サイクロプス……?」
ノワールが震えた口を開けて言う。
「お前、あの魔物のこと知ってんのか?」
「え、いや、知ってるというか……一つ目の巨体って言ったらサイクロプスだろ、普通」
「いや、何が普通なのかわからないが」
ノワールが呆けた顔で言うが、何一つ意味がわからなかった。
そして周囲を確認する。
奴隷剣闘士が殺し合うために用意された地面に散らばった錆びた武器。
ここにあるのは片手剣や大剣、槍や斧といった近接武器のみで、弓矢のような遠距離武器はない。
遠距離戦なんて、ここの観客は求めていない。
俺は大剣を手に取る。
足枷と共に手枷も外してくれたらどれだけ戦いやすいか。
「おい、ノワール。お前も武器を拾え」
「拾えって言われても……」
『ぐあああああッ!』
「ひぃ! 転移していきなりあんなのと戦えって!? ムリムリムリ! ってか、能力は!? 俺専用のチート能力とかないの!?」
意味不明な言動を繰り返すノワール。
魔物がこちらへと向かってくるなり、武器も拾わず背中を向けて逃げていく。
「ふざけんな、こんなの無理に決まってんだろッ!」
敵に背中を向けるという戦場では行ってはいけない愚行。
そんな行動を、普段から殺し合いに身を置いてきたであろう魔物が許すわけなかった。
「ノワール、前を向けッ!」
「向いてる向いてる、前を──」
「違う敵の方だ!」
サイクロプスは一目散にノワールへと駆け出す。
俺たちに見向きもせずドシンドシンと地面を揺らし、肘を引き、拳を握る。
「クソがッ!」
大剣を構え、真横から一撃を与える。
手枷のせいで力が入らない一振りだが、奴の注意が俺に向きさえすればいい。
だが、
『ぐ、ああああッ!』
サイクロプスの肉体は抉ったが、こちらを向く様子はない。動きを止める気配もない。
振り上げた拳をそのまま勢いよく──。
「……え?」
──ドンッ!
地面を力一杯に叩き潰す。
そこにいたノワールの断末魔と共に、勢いよく爆風が吹かれる。
「もう一人減りやがったか」
バンが舌打ち混じりに言う。
どんなに臆病風に吹かれた奴でもいないよりはマシだった。
何より味方の死は、他の奴隷剣闘士の戦意を削ぐ。
「無理だ、あ、あんな、化け物……」
「終わりだ、勝てっこないこんなの」
手にした得物が震え、足の行き先が自然と後方へ向かう奴隷剣闘士たち。
「バン、両側から叩くぞ。他の奴らも一か所に固まるな!」
「ああ!」
今の状況で戦えそうなのはバンと他二、三名ほどだった。
俺がサイクロプスの左側に、バンが右側から牽制する。
「うおらあああ……ッ!」
バンが勢いよく駆けだし斧を振り下ろす。
人間相手なら体が半分になるほどの強烈な一撃。
だがサイクロプスは虫に刺されたかのような反応を見せ、気怠そうに上げられた左腕でバンを狙う。
「効かねえか」
「だが」
一つしかないサイクロプスの目がそちらを向いた。
今度はより強く。大剣を振り下ろして後ろ首を狙う。
「チッ……駄目か」
多少だが傷は与えられた。
サイクロプスが呻き声を漏らす。
だが、殺すほどの一撃は与えられなかった。それどころか、俺の持っていた大剣が粉々に砕けた。
「ガラル、殺れそうか?」
「この錆びた大剣の残骸を見て殺れると思うか?」
「まあ、無理だな」
「隙を突いてあいつの背後から全力でいったが、先に武器が死んだ。あの魔物が苦しんでいるのかどうかもわからねえ」
傷口部分から煙を出し、少しずつ回復しているように見えた。
ここにあるのは、王国を守護する騎士様が使い物にならないと判断した不良品の武器ばかりだ。
別の武器に代えて同じことをしてもすぐ壊れるだろう。
「斬ったり叩いたりは駄目だ、武器が先に壊れる」
唯一幸いなことは、ここにはたくさんの武器が落ちているということだ。
「動きは遅い。攻撃を避けつつ、あいつの体に無数の武器を突き刺す」
どんなに強力な一撃を与えようとも先に武器が壊れるのだから無駄だ。であれば使い捨ての武器で身動きを封じる。
「おらあああッ!」
「動きを止めろ、このデカブツが……ッ!」
両足に武器を突き刺し、地面へと串刺しにしてから全身を攻撃する。
自然治癒能力を持った魔物だが、傷が増えれば増えるほど治りの速度が遅くなっていく。
拳を避け、地団駄に堪え、攻撃の速度を緩めず畳みかける。
脅えて縮こまっていた奴隷剣闘士たちも、俺たちが攻勢に転じたのを見るやいつの間にか覇気を取り戻していた。
「終わりか」
駄々をこねるガキのように暴れていたサイクロプスだったが、ついには体を丸めて堪える構えのまま動かなくなった。
バンや奴隷剣闘士たちが新しい武器を手にしながら近づく。
その表情には余裕が見える。
「ったく、ビビらせやがって!」
「強そうだったのは図体だけだな」
「とっとと終わらせちまおうぜ!」
これで終わり?
確かに狂暴な魔物に見えたが、これで王子様のお眼鏡に適ったのか?
そう思い、落ち着いた今だから初めて観客席に目を向けた。
殺せ殺せと喚き散らす観客たちのいる席とは気品が異なる観覧席。
大勢の騎士に守られた少年──ユーヒニア王子は、年相応の笑顔を浮かべたまま右手をこちらへと伸ばす。
一瞬、何をしているのかわからなかった。
だが、その手の平から二重三重の魔法陣が生まれ──。
「──全員、その魔物から離れろ!」
俺の声は爆音に掻き消された。
地面に大穴が空き、周囲を切り裂いたような爪痕を残し、観客席の下層部分に甚大な被害が出た。
まるで一斉に砲弾が放たれ、鋭利な爪に辺り一面を切り裂かれたかのような惨状。
間一髪のところで俺は避けれたが、サイクロプスの近くにいたバンたちは跡形もなく消し炭と化した。
一瞬にしてあちこちから悲鳴が響く混沌な惨状。
「あれ、加減したつもりなんだけど観客席にまで被害を出しちゃったか」
場違いなほど間の抜けた声がして、上空を見上げる。
浮遊魔法で宙を浮くユーヒニア王子が、目の前にゆっくりと下りてくる。
自らの魔法で大型の魔物も、俺以外の奴隷剣闘士たちも消し炭にしたその場所に。
「いやー、魔法に関してはまだまだ練習が必要だね」
「お前……」
俺たちに手枷を嵌めさせ魔物と戦わせ、あと一歩のところまで追いつめたところで手柄を奪われた。
いつかは命を奪い合う奴隷剣闘士に仲間意識はなかった。
会話もできない魔物に憐れむ気持ちなんてこれっぽっちもない。
それでも今まで何もしていなかった奴の横やり、それも理解する間もなく不意打ちで殺されたのは、
──正直に言って胸糞が悪い。
「やあ、はじめまして……でいいのかな? もしかしたら向こうの世界で会っていたかもしれないもんね」
「あ? 何を言ってやがる」
「ボクはユーヒニア・アラン・ウェーズニッヒ。この国の王子で、この世界の──主人公さ」
金色の髪を靡かせた少年。
150ほどの背丈に中性的な顔付き。
剣の稽古よりも室内にこもって読書の方が好きという噂通りの華奢な体格だが、全身に纏っている魔力量は遠目で見ても異常なのがわかった。
少年の体に化け物が宿っているかのような……そんな意味不明な雰囲気がある。
ユーヒニア王子というのは、こんなに優れた人材だったのか?
噂で聞いた限りだと、母親にしがみついて人と目を見て話すこともできないような奴だったはずだが。
「君がガラル・アッフェンドだね」
「この国の王子様が、一介の奴隷剣闘士の名前を知ってくださっているなんてな。有難き幸せ……とでも言えばいいのか?」
「ん? なんかボクの予想してた反応と違うな……。もう少し、この世界の感想とかを語らうと思ったのに」
「テメェ、さっきから何を」
「ねえ、君……この世界のこと理解してるよね?」
ユーヒニア王子は首を傾げる。
「だから、何を言っているのかわからないんだが」
「……君、鐘の音は聞いたよね?」
「ああ、あの頭の中で鳴ったおかしな鐘か。それがどうした」
「どうした? ……もしかして記憶が戻ってない? いや、レベル差があるからあえてわからないフリしてボクを油断させる気か」
顎に手を付き深く悩みだした。
ガキの悩み方には見えない姿に面食らったが、いい機会ではあった。
監視役の騎士どもはさっきのこいつの魔法で半壊した観客の救助で俺のことなんて見向きもしていない。
ここでユーヒニア王子を──いや、ユーヒニアを倒せば……。
こんな自分よりもガキに負ける可能性なんて今までなら微塵も感じなかったが、さっきの意味不明な魔法を見せられた後だと可能性は逆転した。
こいつの魔法は危険だ。
手枷を嵌められた状態、いや、もし外した状態でも俺よりも遥かに上回った力を持っている。
そんな奴に攻撃を仕掛けるなんて無謀だ。
わかっている。
だが、それでも油断している今なら不意を突ける。
落ちている大剣を拾い、音を出さず──。
「──その手枷を嵌めたままだとボクを殺しにくいだろ。いいよ、外してあげるよ」
「なに?」
その瞬間、今までずっと嵌められていた憎たらしい手枷がいとも簡単に真っ二つに切れ、地面に落ちる。
手枷が外されたことへの喜びなんて一切ない。
あるのは長年の願いを一瞬で叶えちまったガキへの違和感だけだった。
「……お前、本当にガキか?」
黒髪を掻き上げ、動揺を隠すように笑いかける。
「さあ、どうかな。もしもこのボクに一撃でも与えられたら答えてあげる。なんなら、好きな願いを叶えてあげようか」
戦場には不釣り合いな気の抜けた笑顔。
舐められたものだ。
今まで俺が、どれだけの殺し合いをさせられてきたか。
こんな魔法を遊び道具としか思っていないようなガキに遅れはとらない。
「その驕りが命取りにならなければいいな」
「そういう決め台詞は、ボクに一撃でも食らわせられてから言いなよ」
俺は駆け出した。
一気に間合いを詰め、浮遊するガキに大剣を振り下ろす。