セクハラしてたらメイドハーレムが出来ていた 作:上り坂は下り坂
記憶を飛ばす事に失敗した俺だが、後になって気付いた。記憶を飛ばしたところで再度同じ情報を聞く事になるのだろうと。記憶の飛ばし損になってしまうくらいなら恥を受け止めるしか無いわな。
「で? ジルベルト。当たりくらいは付いてるんじゃないのか? 執事達の長と言うくらいだ、屋敷の働き手や出入りする人間、その数や特徴くらいは把握しているだろう?」
歩きながらの会話。他の家礼達は一斉に散らばったので全く配慮する必要の無い浴場までの短い道中。
その道程を終えて浴場に着いてしまったが、皆んなには先に入って貰い、俺は後で入る事にして先に部屋に案内してもらってからジルベルトと一対一での会話を続ける。
「そうですな。しかし不確定な事をお伝えして、この屋敷に誠意を持って働く者に不当な罰を与えてしまう訳には参りません」
「殊勝だ。そして間者を許したヘクトル家の人間こそが悪い。故にお前は何も気にするな。冤罪を被せた場合は、俺と父上が死ぬまで詫びるのみだ」
ソファにどっかりと腰掛け、向かいの椅子を手で指し示す。
ジルベルトは優雅に一礼した後に対面の席に腰掛けた。
『サイキック』で部屋に備え付けられていた水を出す魔道具と、水を沸かす魔道具と、茶器を持ってくる。
「……っ! 見事な『サイキック』に御座います。ただの好色なお方ではなかったようですね」
……こちらこそお見それしたのだが?
すごいな、『サイキック』と初見で気付くのか。いや、父上に事前情報を貰ってはいたが、想像を超えた練度だっただけか?
まあ、悪いイメージを払拭出来たのなら何よりか。
俺は一人用のソファの手摺りに肘を突き手を組む。その姿勢のまま『サイキック』と魔力操作のみで紅茶を淹れて行く。
「俺の実力など、文字で知っても話半分程度にしか見えんだろうからな。仕方ない。……なので、これもお前だけに見せておく事で、お前が裏切っていないかを試す事にしよう」
「そう言われた時点で裏切り者は動けますまい」
こいつが裏切っていた場合どうしようもないからな。
ジルベルトに関しては裏切っていようと、いなかろうと、どっちでも構わんと言う意味だ。
伝える意味も無いこの意図は、何故か不思議と伝わっていたらしい。
ジルベルトは苦笑しながら、再度深く一礼していた。
礼を終えて上げられた頭。そこには新たな忠誠が一つ宿り、それがこちらに向けられている様に感じた。
なんともチョロい執事だと思いつつ、こいつが裏切ってたらマジで我が家は危ないので、最早諦めの境地で気を許してしまおう。
端的に言えば、本音を語っておこうと思う。
「……はぁ。……実を言うとな、俺は仕事をしてくれるならば裏切ってようとどうでも良いと思っている」
紅茶の用意を進めながらそうこぼせば、ジルベルトは興味深そうにこちらを見てくる。
その視線には『ヘクトル家の三男』と言うフィルターは無く、ただの俺を見ていた。
それに応える訳ではないが、俺は俺の思考を伝える。
「まず第一にヘクトル家の秘密を俺達が一介のメイドに話す事は無い。第二に、我が家の戦闘メイドが盗み聞きなど許す訳がない。以上の事から、間者が知れたとしてもヘクトル一族各人の薄っぺらな個人情報だけだろう」
返ってくる鷹揚とした頷き。ジルベルトもあまり問題視している訳では無さそうだな。
まあ実際、向こうは間者が居た上で俺の性的趣向程度の情報しか無い。
つまり、我が家族はこの屋敷内では徹底した立ち居振る舞いをしていたのだろう。故の窮屈。故の俺への“落とせ”と言う願い。
逆に言うなら、窮屈程度の感覚でやってのけて来たのだからやはり大きな問題では無い。
「であれば、だ。別に構わないと思った。
ここまで思考が振り切れて仕舞えば後は楽だ。
「つまり、俺がすべきは良い子ぶる事でも無ければ、大人しくしている事でも、無闇矢鱈に嫌疑を掛ける事でも無い」
まるで自分に酔う様に、傲慢に、高慢に、自尊心高く尊大に。
「ただの暇潰しがてらに間者探しをするだけだ! なあ、ジルベルト。お前が怪しんだ者達全員を呼べ。そして俺の勘で数人を選んで側付きにする。そこでメイドと精々遊んでみるとしよう」
嫌がる奴にはやらせない。嫌がると言う事は情報収集の観点から見て怠慢だ。間者は情報が欲しいのだから、俺に絶対に近付いてくる。
そこに俺からも近付いてやるだけの事。だってどこまで行っても俺に損は無いのだから。
「畏まりました。……おそらく間者の中には弱みを探ってくる者も居るでしょうが……はははッ! 貴方様にはただの弱みは通じ無さそうですな!」
愉快で面白い。そう顔に書いてあるぞジルベルトよ。
でも実際仕える相手がこんなぶっ飛んだ奴だったら楽しそうよな。俺ですら既にちょっと楽しいわ。
「ところで聞きたい。これまでの間者はどうしてきたんだ?」
「……焦らせば焦らす程。勝手に尾を出すものです。皆様がやり過ごすだけで、勝手に諦め退職して行きます」
「成る程な。相手の貴族が焦れるのか。……して、間者達はどうなる」
「所詮は使い捨ての駒。処分されるでしょうな」
だから父上や母上に向けて送られただろう間者の心配は無く、男の俺目当てでメイド間者が居ると断定出来たのか。
にしても酷い話だ。何より勿体無い。人的資源、教育に費やした時間や金が勿体無い。
「……そうか。間者を送った貴族は何の情報が目的なんだろうな? 俺の好みを知って成人のパーティにメイド服でも着てくるのか??」
「どうでしょうな? 夜伽の好みを探って色香で籠絡と言うのは常套手段。絶対にバラされたくない趣味や過去での脅しなど、手など幾らでも御座いますれば。しかし目的は縁を結ぶ事、悪事にはまず繋がらないでしょうな」
既成事実は手っ取り早いよな。
脅しは印象最悪だし、仮に俺が脅された時には周囲の者達が雰囲気で察すだろう。
後は恥ずべき悪事だが……。生まれてこの方、悪事を働いた事は無い。恥ずべき事ももちろん無い。
実の姉を抱いては居るが、多分娶るのは既定路線になっている筈だ。少なくとも姉上が自分でそう仕組んで来るだろうし、俺も今更手放したいとは思えん。なので堂々としていられる自信はある。
メイドに関しても犯す様なプレイはしても、無許可で同意を得ない事はしていない。
強いて言うなら色事の遍歴を知られて記憶を飛ばそうとした奇行こそが一番恥ずかしいまである。
「うむ! 考えれば考える程に俺にデメリットが無い! 凶行に走られなければ特に問題は無さそうだ」
「何を仰いますか。一介の間者の凶行など、ヴィクトル様にはなんの痛痒にもなり得ますまい。はっはっはっはっは!」
「お前なかなか鋭いな! はっはっはっは!」
会話の片手間に淹れていた紅茶をそっと差し出せば、高笑いを引っ込めてジルベルトが喉を潤す。
「五十点ですな。後日、紅茶をお淹れする機会を頂きたく……」
「ははっ。楽しみにしている」
ジルベルトは急いだ様子は無いままに、速やかに紅茶を飲み干すと立ち上がって言う。
「それでは、目星を付けていたメイドを十人こちらに寄越します。どうぞ遊戯をお楽しみ下さいませ、ヴィクトル様」
優雅な一礼。しかしどうしようも無く目が笑っていた。食わせ者……とは違うか。何にせよ面白い奴だ。
俺はゆったりと自分で淹れた紅茶を傾け、間者当てゲームの始まりを待つ事にした。
「んっ……ちょっと渋い。……五十点だな」
=====
それから数分後、ノックの音が響いたので入室の許可を出す。
探っていた存在感のシルエットから相手はわかっている。
「失礼致します、貴方の運命の人、ラヴィです!」
「はいはい、んで? 何用だ?」
やって来たのは青いうさ耳をゆらゆら揺らしてご機嫌そうな戦闘メイドのラヴィ。
今日も今日とて元気があって大変よろしいが、訪問理由が読めないな。
「これより間者の選定を始めるのでしたら、私の能力は有用では無いかと思いまして」
「ん? ラヴィの? 聞かせてくれ」
曰く、兎獣人の聴覚は相当鋭く、それを訓練する事で拾う音を選別可能。それにより、相手の鼓動から心拍を測って虚実を判断出来るそうだ。
「確度は?」
「七割です」
「……ビミョーに高いな」
「よく言われます!」
元気のある良い返事だ。可愛いな。
それに指針にする事は出来そうだ。
「採用……したいが。伝達方法が無いな」
「であれば、良い魔法がありますよー!」
そう言ってラヴィは片手の親指と人差し指を前に出すと、指の間に青い閃光がビシッと奔った。
表情筋が引き攣る。
それは本来罰を受ける側がやる奴なのだと言いたい。見破る側が味わう痛みでは無いのだと教えたい。
しかし一瞬の痛みでラヴィの真偽の判定を知る事が出来、情報の確度が増すのだと思えば。
「必要な代償……か。獅子の兎狩りに、獅子側が痛みを負う必要性よ……」
俺はラヴィの提案を受け入れる事にした。
ラヴィがメイドが嘘を吐いたと感じたら静電気。
その痛みを受けて、俺の所感と合わせて俺の判断で間者と思しきメイドを側付きに指名する。
まあ、ゲームらしくて良いんじゃないかね。
「ヴィクトル様! ジルベルトさんがメイドを十人連れて来ましたよ〜」
「おっ、そうか。流石の感知範囲と精度だな。あぁっと、身を隠す前に紅茶を一口飲んでみてくれ。俺が淹れた失敗作だ」
「あっははは。ナチュラルに酷いですね!」
薄らとした気配しか滲ませないラヴィにカップを差し出す。
ラヴィはそれを丁寧に受け取ると、静かに口に含んで嚥下する。
一瞬真顔になると、にこやかだった笑みをぎこちなく崩して評価をつけた。
「んー、五十点!」
「三人中三人が五十点。ある意味で素晴らしい紅茶だな」
「でも間接キッスでプラス一万点です!」
「そうか、では俺もラヴィの紅の痕と一緒に味わってみるとしよう」
返されたカップに再度口を付けようとしたら、そっとカップを掴まれて縁をハンカチで拭われてしまう。
俺が気付かないレベルの隠密と、反応出来ない速度で接近したラヴィの身体には、一瞬青い閃光が見えた気がした。
一万点の味を味わい損ねた残念な気分。
しかしラヴィの朱に染まった横顔を見て良い気分。
「ふふ。頼りにしているぞ、ラヴィ」
「畏まりましたぁぁ……」
顔を覆った手によってくぐもった返事を返したラヴィは、音も無く部屋の何処かへと姿を隠す。
そしてその直後、新たにノックの音が響いた。