セクハラしてたらメイドハーレムが出来ていた 作:上り坂は下り坂
王城内のドレスルームにて成人のパーティに向けた衣装合わせを行っていたミリアリアは、唐突に側付きのメイドから呼び出されていた。
「丁度終わった所だから良かったものの、予定に無い面会、それも誰かも分からない相手と言うのは控えて欲しいのですが」
「申し訳ございませんミリアリア様。ですが、相手の名前を明かす事も難しく。身分については問題ありません。人柄も良好です。しかし事情により、不用意に話す事は憚られます」
ミリアリアは考える。
特筆すべき事が無い事が特筆すべき事である自分に、そのようなやんごとなきお方から接触されるとしたら相手は一体誰なのか。
隣国の王子? 或いは公爵や侯爵の嫡子? もしや、内外に出し辛く使い辛い状況を築き上げて来た自分に興味を持つ様な物好きが現れた?
長年側で仕えてくれている気心の知れたメイドの様子をそっと伺う。
硬く閉ざされた口。緊張……は僅かにありますね。でもそれ以上にどこかホッとしたような印象。彼女が安心する材料がある? 婚約が決まったのでしょうか……私が居ない所で? 急を要した……? とするならば、何らかの功績を挙げた人物。
昨今は魔物の動きが活発化している影響で武勲そのものは珍しくありません。ならばその中から突出したもの……キングの討伐? 確か噂で同年代の……名家ヘクトル家の子どもが倒したと言う話を聞いた事がありますね。
成る程、と言う事は極秘で登城し謁見。その流れで段取りが決まり、お父様がそこで私を推薦したと考えるなら……まあ、可能性はある、のでしょうか。
ミリアリアは思考を回し、仮定の結論を出す。
結局の所、これから顔を合わせるのだから、どう足掻いてもアドリブが必要になる。しかし魔王征伐勲章を得た相手と言う想定を頭の隅に入れておく事で対応の仕方を変えやすくなる。
切れる頭で考える事、十秒。
ミリアリアは廊下を静々と歩きながら、これみよがしに溜め息を吐き出した。それはこれからやってくる面倒への先払いの吐息。
「はぁ〜あ」
「
「どう言った対応がお望みなのでしょうか? それぐらいは聞いてもよいでしょう?」
「……取り繕って頂きたいのが本音ではありますが、個人的には素でも構わない、と思います。彼のお方は貴族らしく無い思考をしていらっしゃいますので」
これまた成る程とミリアリアは頷く。
珍しく側付きのメイドが自分から離れたかと思えば、今の口振りからしてその“彼のお方”のお茶出しでもしていたようだと確信する。それも王女達の為の査定と言う意図を含めたお茶出しだと。
現在未婚、未婚約の王女は第七王女のミリアリアから、現在三歳の第十王女までの四人。ヴィクトル達のお茶出しを担当したのは、この四人の王女の側付きだった。
それはしっかりと相手を見定める為。王女達に対応の仕方を考えさせる為。
気に入られる様に媚を売ったほうが良いタイプなのか、あるいは素をそのまま出すべきなのか、はたまた淑女然とした態度か、王女らしくあるべきか。
メイド達は自分が世話をする王女達の性格や思考を考慮し、選ばれた場合にどの様に対応すべきかをお茶を用意する短い時間で読み取りシミュレーションしていたのだ。
一を聞いて十を知り得たミリアリアは、メイドのアドバイスを受け入れる。
「ちなみにどうして私が選ばれたのかは分かりますか?」
「……陛下が好きな数字を聞かれたのです」
「七と答えた、と……?」
「三と答えました」
「はい?」
「七〜十でどれかと言う意味を理解した後に、七と仰ったのです」
「…………」
ミリアリアの思考がショートした。
文脈を察するに、王女を与える話の中で数字を聞いたに違いありません。その上で三と答えたと言う事は第三王女が好み? 既に他国に嫁いで子どもを二人産んでいるお姉様が? 寝取り趣味? 経産婦好き? 業が深過ぎます……。いえ、母乳でしょうか? 乳飲み子の真似事をするプレイがある事は存じていますが……。
「マーハ。帰っても良いでしょうか? どうやら私には早過ぎたお方の様です」
「お待ち下さいミリアリア様。彼のお方は……メイド好きです」
「………………帰ります。止めないで下さい」
「なりませんミリアリア様」
「寝取り趣味で経産婦フェチで乳飲みプレイをご所望のメイド好きの相手なんて私には到底出来ません! 手を離しなさいっ!」
「その良く回る頭が暴走している事は分かりました。訂正させて頂くならば、最初に答えた三と言う数字は純粋に好きな数字だった様で御座います」
「今更そんな言葉が信じられますか!? ご覧なさいこの鳥肌を! お肌ぶわーです! 首がぶるぶるです! 無能をこそ演じて来ましたが、アブノーマルになる予定は一切無いんですっ!」
ミリアリアの素が垣間見える。
そう、ミリアリアは自らの能力を偽ってきた。優秀な素質を持っていることを自覚した上で、程々のまともな貴族に降嫁されてゆったりとした暮らしを堪能する事を夢見て、少なくとも外には出し辛く、新興貴族にでも下げ渡される程度の王女像を作り上げてきたのだ。
全てを平均以上に熟せるからこそ、実力を抑えて平均程度に合わせることが出来る。
全てにおいて突出しているからこそ、全てにおいて突出していないラインを見極めてそこに自分を置く事が出来る。
実力を偽る事は、実力のある者にしか許されない行いなのだから。
ミリアリアの側付きであるマーハは、そんな出来の良いミリアリアの不出来さを面倒くさく思いながらも寄り添ってきた。
若干オーバー気味に自分が世話を焼く振りをする事で、無能感に拍車を掛ける手伝いもしてきた。
お茶会やパーティなどでは、化粧直しと言う名目で連れ出し時間を浪費させ、世話の焼ける王女感を出しながらミリアリアの望む行動をとり続けて支えて来たのだ。
マーハは時に同情され、時に憐れまれた。
しかし、それと同時にミリアリアを侮辱される事が腹立たしくて仕方が無かった。そんな者達がミリアリアの本当の実力を知った時、どんな風に手の平を返すのかを想像するのは楽しかったが、媚を売ってくる様を想像するだけで苛立ちが増した。
そんな中、湧いて出て来たヴィクトルと言う男。
ミリアリアに対して過剰に反応せず、それどころかあまり知らない様子。姉の方はかなりの博識具合だったが、それを聞いてもヴィクトルの方は顔色を変える事もしなかった。
優秀さを見ていない。相手を見て判断がしたいからと急ではあるが面会を求めたのだと解釈出来る思想を漏らしていた事もあり、マーハはヴィクトルならばと考えていた。
少なくともこの人ならば、ミリアリアを託す事を許せると思ったのだ。
天より垂れた蜘蛛の糸にしがみ付く亡者が如く、マーハはミリアリアの手を握って離さない。千載一遇の好条件の男を逃す手は無いのだ。
途轍も無い誤解の種を蒔いてはしまったが、誤解が解けた上でそれでもミリアリアが嫌だと言うならば、その時は敢えて粗相をして嫌われるムーブを手伝うのみ。
マーハはその旨をミリアリアに伝える。
「敢えて無礼を働けと……? いえ、その程度でド変態から逃れられると思えば安いものですが」
「恐らく現在のイメージのまま面会すると、非常に妥協しやすくなってしまうと思われますが……」
「……確かに、非常にマイナスイメージで塗り固められたド変態像が頭を占めています。脂ぎった肥満体型で鼻息の荒い醜男が魔法だけは優れていると言うイメージですよ、ええ」
「恐らくそのままですと、全てを許せてしまう程にギャップのあるお方かと」
「今更このイメージを払拭するのは困難なのですが……」
ミリアリアの悍ましい脳内イメージから、ヴィクトルを見て仕舞えば、それは天と地。月とスッポン。ヴィクトルと醜男。
マーハの言う様に、安心感から心を開き易くなってしまう事だろう。
だがしかし、一度根付いたイメージは簡単には変わらない。
「マーハ。責任を取りなさい」
「その意味するところは?」
「……その、少しだけ、抱かれてもらえませんか? 性癖の様子を見たく思います」
「……ミリアリア殿下は、私に醜悪な醜男に抱かれてこいと言っているの、分かってますか?」
「だって仕方ないじゃありませんか! 寝取り趣味の経産婦フェチで——」
「——はぁ……もう良いです。正直、私は彼のお方にならば抱かれても文句はありません。それくらい容姿も整っていらっしゃいますし。何なら彼のお方に抱かれたならば箔がつくやもしれませんしね。ええ、構いませんよ。なにせ、メイド好きなようですから。ええ。もちろん避妊は致しませんよ? 身籠った暁にはそちらで雇って頂ければ十分ですからね。ええ、ええ」
割と本気で鞍替えもありかもしれない。マーハはヘクトル家のメイドの様子を見ながら向こうの状態の良さを見抜いていた。
顔色も肌艶も髪艶も良い。生き生きとした瞳と鍛えられた立ち姿。多少甘い所はあれど、十分に教育が行き届いている事は確実。
そこにあの顔の良いヴィクトルから寵愛を頂けるのであれば、まあ悪く無い。いつまでもこの我儘王女の世話焼きをし続ける訳には行かない。いつかは旦那を貰い、子を産み、育てねばならない。
マーハは将来への憂いを考えれば考える程、この好機を逃す手は無いのかもしれないと思い始める。
しかし本気では無い。今のマーハの全ての中心はミリアリア・オルヴェリア王女殿下その人なのだ。気安い間柄ゆえに冗談を交わしはするが、それは何処まで行っても冗談。
現に、自らの度が過ぎた発言を自省するミリアリアの様はとても年頃の少女らしく、そんなありのままの姿を自分だけが知っていることへの優越感と、その可愛らしさにいつも絆されてしまう。
「……言い過ぎました。謝りますから、考え直して下さい。マーハ……」
レオヴァストと同じ金色の髪をさらりと揺らし、立場上頭を下げられないミリアリアが会釈程度ではあるがメイドに頭を下げる。
見る人によってはメイドが罰せられる為に、直ぐに頭を上げたミリアリアだが、許しを貰えていないのでまだ上目遣いで伺う様な視線をマーハへと向けていた。
そんなミリアリアを見てマーハの母性がくすぐられる。庇護欲と保護欲がむくむくと湧き上がり、多少の行き過ぎた発言程度と頭が勝手に過去の事にしてしまう。
ミリアリアの手を優しく取り、まるで子どもを連れる母の様にマーハが手を引いていく。
「いざとなれば、お任せください。私、マーハは、生涯貴方の側付きです。お相手のことは、ミリアリア様自身が見定めるのがよろしいでしょう。……構える必要は御座いません。いつものミリアリア様らしく、太々しく参りましょう」
優しく微笑むマーハの顔を見て、ミリアリアがパッと華を咲かせる。
(嗚呼……きっとこのお顔を殿方にお見せすれば、誰であろうと一目惚れされてしまうに違いない。けれど、この可愛らしい笑顔をもう少しだけマーハだけに向けていて下さい……)
咲かせた華をふっと消し去り、普段のクールな目付きに切り替えたミリアリアは、案内された先のドアを静かに見つめる。
「私の優雅なスローライフの為に、そしてマーハの余生の為に、とことんまで見極めて差し上げます」
オルヴェリア王国、第七王女、ミリアリア・オルヴェリア。
金色の髪と瞳を持ち、優れた容姿と、全てを卒なく敢えて平均的に熟す程度の能力を見せる、不出来なる才女。
全幅の信頼を置くマーハと共に、ヴィクトルの待つ部屋の扉を潜り、邂逅を果たして最初の一言。
「あっカッコイイ……」
脳内イメージとのギャップにしっかりと負かされたのだった。
ボク知ってる! きっとこの人もメイド服着るんだ!