セクハラしてたらメイドハーレムが出来ていた 作:上り坂は下り坂
礼服を着て馬車に乗り込んだ俺と父上は、今度は自家の馬車にて正面から登城する。
家紋の提示や入城記録、身体検査などを受けた後、ようやっと城内二階にあるダンスホールに辿り着く。
やたら高い天井、いちいち華美な装飾、見るからに高価な壺や絵画が品良く並べられた城内の廊下ですら驚いた物だが、パーティ会場となっているダンスホールはもっと圧巻だった。
廊下よりも尚高い天井には巨大なシャンデリアが吊り下げられており、煌々とした魔法の光を放っている。その光に照らされた会場には幾つものテーブルが配置され、上には美しく盛り付けられた食事が用意されていた。
うちで食べるご飯くらい美味しそうだが、このパーティの主目的は王家への顔見せと、他家と縁を持つことや同世代の顔つなぎ。食事を楽しむ場にはならなさそうのなのが残念でならない。
隣の父上も俺と同じ気持ちだったのか、ほんのりと眉を顰めていた。つくづく親子である。それが嫌では無いと思えるのだから、親に反抗的だった前世から俺も変わったものだ。
足元には真っ赤なビロードのカーペットが敷かれており、それは長く長く続いて会場を縦断すると、階段を幾つか登った先にある玉座にも見える豪奢な椅子の手前まで伸びていた。
きっと陛下がおなーりーするのだろう。そうで無くても王女がおなーりーするのだ。あまり無闇にカーペットは踏まないでおこう。
俺は父上の背を追って端の方へと移動する。
「ヴィクトルよ、あまり暴れてくれるなよ」
「心得ています。やるべきをやり、為すべきを為したなら、それ以上の目的はこのパーティにはありません。隅で大人しくしています」
「うむ。ああ、それと一つ教えておこう。城内には幾つもの空き部屋が用意されている。ベッドがあり、仄暗い照明が照らす部屋だ。火遊びも良いが、避妊は徹底しろ。出なければ要らぬ責任を負うのはお前自身なのだからな」
「……ああ、ヴィートリヒ兄上が引っ掛かりまくったと言う例の……」
「むぅ……そうだ」
「兄上の轍があって助かります」
「……怪我の功名だな。ふっ、ヴァートも似たことを言っていた」
優秀な兄が犯した珍しい失態は、俺とヴァート兄上に深く刻まれている様だ。ありがたい様な、お労しい様な……。父上が良い思い出として語れる程度には後腐れ無く事後処理が出来ているなら何よりだよ。
「とにかくだ。……ヴィクトル、折角のパーティなのだから少しは楽しんでくるが良い」
「はい……! 楽しんで参ります!」
こうして、俺は様々な思惑蠢くパーティへと足を踏み入れた。
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改めて会場を見渡す。俺と同年代の男女がおめかしして既に交流を始めており、壁際ではその親達もまた会話をしていた。
少し耳をすますと色んな話が聞こえてくる。
やれ昨今の騎士は練度が低い。やれあそこの領の麦の質が低い。やれあの家は自領の村を魔物に一つ潰された。
……マイナスな話が多い。粗探しがお仕事ですかこのやろー。改善案を話せよ。
いやそんな次元じゃ無い。国中の治安が悪化しているって事だ。
魔物の活性化は噂には聞いていたが想像以上の規模感らしい。俺もキング相当を二体倒している以上、現状を軽くは見れない。貴族間で乳繰り合ってる場合じゃないぞ。
「って、いかん。今は憂いても仕方が無い。予定を熟そう」
意図して声に出し、精神を落ち着ける。
所詮俺はいち戦力。誰がどの様に運用するかの匙加減。騎士爵を賜る以上、決定権は俺には無いんだ。求められた場所で求められた働きをする事が俺の次の仕事。割り切ろう。
それはそうと貴族探しだ。
ハイド伯爵家のボンボン。ケリュオン子爵家の坊ちゃん。リーデース侯爵家のお嬢さん。この三人の似顔絵はしっかり記憶してきている。それとなく視線を彷徨わせていくが……。
「もし、ヴィクトル様、でしょうか?」
「お初にお目に掛かりますわ」
「少しお時間宜しいでしょうか?」
……邪魔。令嬢達が寄って来る。
どいつもこいつも偉い別嬪さんばっかり。メイドに惚れ込む前だったら鼻の下を伸ばして応対しただろう確信がある。
それはそれとしてヘクトル家に恥じない応対をする必要があるので、しっかりと自己紹介をし、雑談を交わす。
「こちらの領地では穀物の玉蜀黍を品種改良しておりまして、甘く美味しいスイートコーンを作っておりますの」
「品種改良ですか。優れた物と優れた物を幾度も掛け合わせ、その中からさらにより良い物を選び抜く大変な作業を……。農民の方々の苦労の賜物ですね。より良い物を作りたい、より良い物を食べて貰いたい、そんな思いが伝わって来る様です」
「ええっ! ヴィクトル様は農業にも造詣が深いのですわね! 宜しければ、今度贈らせて頂きますわぁ!」
「あの! 私の領地ではお菓子作りが盛んでして! コンテストなども開いておりますのっ!」
「私の領地は大河に面していて、漁や釣りが——」
ヴァン父上を筆頭に、我が家が美食家寄りな事は周知の事実。食を誇る令嬢方が詰め寄って来るのを、軽く乗った後に流していく。
何度か手を取られて流し目を送られたり、ドレスの胸元をチラリと撓ませるなどのテクい御令嬢も居たが、俺の脳内はモストンマスキュラーをする兄上達でいっぱいだ。
パンプアップした兄上の胸筋と比べて御令嬢方の乳房はたわわとしていてもその奥の筋肉に厚みが無い! もっと負荷を掛けると良いぞ! 背筋を良くして胸筋を鍛えるだけで、胸はバストサイズよりもずっと大きく見えるから! ソースはジニア! 奴はおっぱい大きいのに凛と伸びた背筋と鍛えられた胸筋でもっとおっきく見えんの! 好き!
うちの自慢のメイドに比べればまだまだお粗末な令嬢達を意識して作った爽やかフェイスで右から左へ受け流し、視線を巡らせていくと……居た。
色素の薄い茶色の髪をサラリと流すイケメソ坊ちゃん。青い瞳がクールな印象を与えるが、緩く弧を描く口元で近寄り難さが中和され、ただのイケメソ。ケリュオン子爵が次男、ハークロック・ケリュオン。
俺の周りは幾分騒がしかったので、向こうは既に気付いて居たのだろう。俺と視線が合うと軽く会釈をしてきた。
俺もまた軽く会釈を返し、紳士前とした振る舞いを心掛けながら声をかける。
「ヴィクトルだ。ヘクトル家の三男坊の」
「うん、僕はハークロック。ケリュオン子爵の次男さ」
「今はただの同い年の人間として、“仲良くしてくれ”」
「……へぇ。感情的になるか、或いはもっと敵対的に来るかと構えて居たんだけど」
「自覚があるなら無茶は控えて欲しいものだ。危うく処分し掛けたぞ」
「……ごめん。利があって損が少ない以上、やらない手は無かったんだ」
ハークロックは食わせ者らしい。表情をほぼ変えずに、レインの事がバレていることを理解した上で謝罪し、悔いも何も無いと言い切った。貴族としては大正解なんだろう。
「俺をどれくらい知れた?」
「君がレモンティーに角砂糖を五つぶちこむ極甘党って事と、毎晩メイドの添い寝が無いと眠れないって事とか?」
「どう思う?」
「嘘くさ過ぎて笑っちゃった。レインは元気にやってるのかな」
「ああ。今は身体の不調も治って、心も元気になってきている」
「そう……。少し、バルコニーの方、良いかい?」
ハークロックからの敵意は感じない。俺は小さく頷いて男二人でバルコニーへと出る。
分厚い手摺りに肘を乗せたハークロックは、胸元から一枚の羊皮紙を取り出すと俺に渡してきた。受け取って開くと、それはレインとケリュオン家との契約書だった。
「それを破ればこっちの契約魔法は解除される。彼女が新しい居場所を得たのなら、是非彼女の手で破かせてあげて欲しい。訣別の証とするには丁度良いんじゃないかな?」
そう語るハークロックの目には僅かな憂いが帯びていた。こいつもこいつでレインの心境には思うところがあったのだろうか。
……血も涙も無い悪人では無いと分かっただけ収穫と言えるか。
「俺がメイド好きって事に賭けていたのか?」
「さてね。……でも、どう転んでもあまり損は無いと思っただけだよ。父上がそう判断したんだけどね。……どうかな、それで色々とチャラにしてくれると嬉しい」
「まあ、良いか。悪意が無い事が判ればそれで良いんだ。敵であれば潰した、そうでないなら放置。それだけだ」
「あー、ね。やっぱ、噂はほんとだったんだ。その超然とした感じ。本当にキング種を倒してるんだね」
「キング種を倒す上で大変なのは取り巻きの対処だ。俺に、その全てを薙ぎ払った上でキングを倒せる力があると思うか?」
俺の問いにハークロックは青い綺麗な瞳を細めて目で笑った。
夕焼けの空に青い瞳がよく映えていて、イケメソだなと思った。
「あっても不思議じゃない。あと、別に嫌じゃない。君みたいな博愛主義者なら、悪い事にはならなさそうだもん」
「博愛じゃない。メイド好きだ」
「はははっ! そうだったね! ……所で、メイド好きが祟って自らもメイド服を着出したって言うのは本当かい?」
お? 知らない情報だな? 幾つかは適当に書いた情報流して良いよって言ったけどさ……あいつやりやがったか?
「……帰ったらレインにはお仕置きをする必要がありそうだ。手始めにあいつの飲み水の全てを薄めたワインにしてやろう」
「水が好きな彼女には良く効きそうな仕置きだ。仲が良さそうで何よりだよ。本当に。……ありがとう、ヴィクトル」
「なんの感謝だよ、ったく。こっちは良い迷惑だったんだからな。ありがとうよりもごめんなさいしろ。貸し三つくらいの罪悪感を感じろ」
「貸し一にも満たない程度かなー? 個人的なお詫びならしても良いくらいって感じ」
やっぱり食えない奴だ。人情はある。でも非情にもなれるし、貴族らしくも在れる。
根っこにある何か太い芯がこいつの精神を強くしている様に感じた。俺はハークロックを嫌えそうに無かった。寧ろ気安い感じが気に入ったまである。
だから、手を差し出した。
「友人としてだ。困った事があれば、まずは一報を寄越せ。間者を入れる前にも出来れば一報を寄越せ」
ハークロックは俺の手を取ると、固く握ってくれた。
「友人としては、お茶目を受け入れる度量も大事だと思うよ。……それに、彼女のお陰で僕は君とこうして縁を持てた。望外の結果だよ。次があるとしても、きっと一報は入れないね」
俺達は不思議な友誼を結んだ。
敵と言うには柔く、味方というには硬く、だが互いの間に流れる空気はそれほど悪い気はしなかったのだ。
「そろそろ戻るか。俺はとっちめないといけないやつがあと二人残ってるから」
「怖いねぇ。ハイド伯爵家の子息なら、さっき見たよ。このバルコニーを出て大体右前の方」
「リーデース侯爵令嬢は?」
「まだ見てないね。……僕が敵対する意思がない事を察した上で、この二家の情報をレイン越しに伝えてきたよね? 僕は君の方が食わせ者だと思うんだよ、うん」
「レインから為人は聞いていたからな。お互い様だ」
俺は次なる標的を見定め、気配をぼんやりと薄くしていった。
このパーティは、戦場なのだ。