セクハラしてたらメイドハーレムが出来ていた 作:上り坂は下り坂
なんとかティルを降したので、次はラヴィの相手。
彼女の種族は雷兎。希少種属であり、雷魔法と身体強化魔法に高い適性を示す謂わば戦闘民族だ。しかしその気性は穏やかなもの。故に狙われ、捕えられては殺され、その数を大きく減らした後に棲家を定期的に移し続ける遊牧民と化した。
ラヴィはその暮らしから抜け出した珍しい雷兎、その生き残り。我が家に来る前はジニアとティルと三人で旅をしていたそうで、単純戦闘能力だけ見るなら、ジニアすらも抑えて最強の座に君臨している。
今やメイド業務も板について、明るいキャラクター性もあり多くの使用人からのアイドル的人気を誇るラヴィだが、ついこの前なんでか俺に惚れた。獣人特有のフェロモンからの判別みたいだが、展開が美味し過ぎて笑いが止まらんわな。なっはっは。つーこって。
「で。俺に惚れているのに試すのか?」
「旦那様とご主人様は別の基準だと思いませんか?」
……おお。なるほど道理だ。納得しちゃった。
「旦那様は確定か?」
「運命ですねっ!」
「ご主人様は自分より強い方が良いか?」
「いいえ。私が力を貸したいと思えるかどうかが問題です。ヴィクトル様が想い描く未来のためにどれほどの研鑽を積んできたのか。その心意気を確かめさせて頂きます」
「分かった。満足するまでたっぷり確かめてみてくれ」
ラヴィの身体に青い稲光が奔る。スーパーな野菜人の様なアレだ。
青い髪も薄らと発光し、和かな笑みが消えてラヴィの獣性が剥き出しになっていく。
四足獣の様な低い前傾姿勢を取ったその直後——瞬きをした一瞬で目の前にラヴィが居た。
「シッ……!」
そこから繰り出されるのは鋭い拳打。避けようが無いと察する。
どうやら油断し過ぎたらしい。甘んじて受け入れる為に全身の筋肉を一気に緊張させて回復魔法を掛けながら拳を喰らう。
「うっぐ……ッ!?」
体勢や腰の入れ方、拳の打ち出し方を見るに何らかの武術込み。わろた。いやわろえねぇわ。
地面に靴の跡をずざざーっと残して殴り飛ばされ、胃の内容物を出してしまわないように堪える。
「そゆとこ、格好良いです」
「これは……罰、だから……な」
ティルに侮るなと言っておきながらこの体たらく。後でティルに謝ろ。
しっかし、腹が痛い。いいや、痛みはもう無い、癒したから。残ってるのは痺れ、か? 腹筋が痙攣しやがるっ。
「雷魔法って、身体強化に使っても強いんですよ。動き速いですし、攻撃に雷乗っちゃいますし。殴った拍子に感電。動きが止まればあとはラッシュでサヨナラです」
「おっほほ……すごいな、それ。でも、良い経験になった。回復魔法での痺れの取り方を知れて良かったよ」
もう治った。こっからは大丈夫だ。食らっても一秒あれば立て直せる。問題は向こうが一秒あれば十発は殴ってきそうな事だな。
……やっぱ、俺は近接タイプでは無いんだろう。どちらかと言えば魔法使い。これを再認識出来たのは重畳。変に欲張ってどっちつかずにならずに済んだ。
「じゃ、続き始めようかラヴィ。もう殴らせないから安心して攻めてこい」
「魔法のタネが割れているのに、どうする積もりですか?」
「自分で確かめろ。身体に教え込んでやるからさ」
笑う事なく警戒を強めたラヴィは、それでも電光石火の攻撃を続けるらしい。
またしても瞬き未満の速度で俺との距離を潰したラヴィは、攻撃を打ち込む寸前でその動きを止めると即座にバックステップを踏んだ。
「分かったか?」
「サイキックの腕が、私専用の配置じゃないですか……」
「御名答。速かろうが、とんでもなく速かろうが、最終的にお前は腕の届く範囲に入って、その四肢を使った攻撃をする。結果が見えているならば、それに対応した位置に最初から腕を仕込んで置けばいい」
この戦術の肝は、ラヴィの戦闘時の四肢の高さや、腕と脚の位置を憶える必要がある事。プラス、サイキックの腕をラヴィの二の腕や太腿の位置においておく事。
拳を受け止めるのは大変だ。正拳突きからアッパーやフックに切り替えられたら拳の受け止めは敵わない。
だが、拳を伸ばす為にはまず腕を伸ばさねばならない。
足を伸ばすには太ももを持ち上げねばならない。
人体構造における動きの予備動作の段階から潰してしまえば、大した労力も無く攻撃は完封出来る。
まあまず相手を知らなければどうにもならない作戦だが、生憎と俺はラヴィを良く知っている。運が良くて、運が悪かった。
「あの高速移動、ラヴィ自身も身体を制御していないだろう。決めた地点に自分を飛ばす様な感覚なんじゃないか? 二度も止まったもんな、俺の前で」
「……ご明察です。まあ、分かったからと言って対策出来る事では無いのですけどね、本来は。……ですが! 自分を制御出来る範囲まで出力を落とせば良いと思いませんか?」
ラヴィから迸っていた青い稲光が収まると、青髪が発光するに留まる。
彼女の動きに柔軟さが増し、軽い反復横跳びで残像が生まれていた。
「この状態なら、どうなんでしょうか……ねッ!!」
晴天の霹靂。目の前のは青兎の霹靂。
目で追えはするが、身体は間に合わんな、これは。
ジグザグに地を踏み砕き、目の前に現れる。
用意していたサイキックをご丁寧に殴り壊した直後に左側面に出現。
新たなサイキックを作り出した瞬間、ラヴィの身体に稲光が奔ると右側面に周りこまれていた。
上手い。上手過ぎる。瞬間的な移動の為だけに使う事が最適解かよ。俺は雑な対処しか出来そうに無い。
八本の腕を頭上に作り出し、それを自分の周囲に突き立てるように落とす。
ドゴォンと激しい音がして、土煙が立ち上る。ラヴィを殴った感触は無く、気配は離れた位置に感じる。逃げ足という側面でも最強格だな。
「ラヴィ、お前凄いよ。見直すどころか惚れた。青い雷光が鮮烈だ。きっと今晩は夢に見る」
「恐縮です。ですがヴィクトル様も相当ですよ。こうも攻めあぐねるのはティルかジニアを相手する時だけですので」
睨み合う。見つめ合う。足を開いて腰を落とし。長く息を吐き合った俺達は……戦いを始めた。
サイキックの同時操作可能数は八。だが、それは同時であればの話しだ。
俺の戦い方は一つ。ひたすらサイキックを放ってロケットパンチ。ラヴィの位置を超えた瞬間に消し去り、その間も常に腕を撃ち続ける。
魔力が続く限り止む事の無いサイキックマシンガン。
それに合わせて腕のサイズを縮小すれば魔力消費も低減可能。出来れば弾丸型にしたいが、作り慣れた形が腕なので諦めている。
ズダダダダッと地面に拳の跡を残したり残さなかったりする俺の魔法を、ラヴィは紙一重の動きで避けながら接近を試みる。
だが今のラヴィの速度なら対応出来る。マシンガンを雑に撃つのではなく、ある程度の偏差撃ちを挟んで回避の妨害。動きが詰まれば後は滅多打ちだ。
「さあ! どうするラヴィ!? この弾幕を超えて来られるか?」
棒立ちで魔法撃って相手に発破かけるの……なんか楽しいかも!
*****
あー、まずい不味いマズイ! ぜんっぜん穴が無い!
なにこの魔法!? なにこの速さと魔法の多さ!! ヴィクトル様の限界って八つとかじゃ無かった!? 視界に映るのは常に七つくらいのサイキックだけど、それでもこの速度で腕が飛んで来続けると攻めに転じる事すら厳しい!
冷静に考えるなら魔力切れを待てば良いけど、逆に言えばそれまで私は動き続けなきゃいけない。それも時々こっちの行き先を読んでくるサイキックを意識して躱さないとっ。
「くぅっ! これしんどっ……」
動きにミスが許されないってのはキツイ。一撃喰らえば即座に死ぬ。二つ三つと立て続けに食らって終わり。
戦いが膠着するって事は、戦闘力で実質的に並ばれてるって事。油断を突いた初撃以降は全て防がれてる。
最速のアレは、対処法を編み出された上に、魔力操作速度がティルに匹敵し得るから一瞬でも立ち止まる以上使えない。
これは……あれかな。詰みかな。千日手ってやつです。
ヴィクトル様の魔力が尽きるか、私の集中力が尽きるか。
殺す気で戦うなら、もっと強い魔法で薙ぎ払う事も出来るだろうけど……そもそも本気ならヴィクトル様だって地に足つけて戦う理由が無くなる。
…………凄いね。ジニアと訓練を始めてから二年でここまで伸びちゃったんだ。昔は小さくて優しい真面目な坊ちゃんだったのに。気付けば背も越されて、得意分野でも並ばれて。なのに嫌じゃない。むしろ嬉しい。
この人の背中を見て、その背を支える未来が来る事が楽しみにすら感じる。
ヴィクトル様は一体どこに向かって行くんだろう。彼の将来をもっと間近で見てみたい……だから。
足を止めて真っ直ぐ向き合う。
あは。メイド好き過ぎだよヴィクトル様。私の戦意が無くなった瞬間にはサイキックが霧散してる。ほんと、面白い人だなぁ。
「降参致します。攻め切れませんでしたから」
「馬鹿言うな。倒せないのは俺も同じ。なら引き分けだろうが」
清々しいお方。正直で、真っ直ぐで、明け透けで、気持ち良い。ヴィクトル様との会話は気を使う物がなくて楽しい。……好きだなぁ。
「えへへ……旦那様とご主人様。どっちでお呼びしだ方が良いですかね!」
「うごご……どっちもメイドっぽい! でも取り敢えずは名前で呼べ。まだ契約も交わしてないんだから」
「はい! ヴィクトル様!」
戦いはぬるっと終わった。でも私の中ではとてもスッキリした心地。
ヴィクトル様の強さも知れた、正々堂々たる様も知れた。知能も、判断力も、忍耐力も、精神力も知れた。
ラヴィちゃん検定があるとすれば、満点合格。しかも夜もとっても強いとくれば満点の先に行っちゃった!
「あ! 命令権どうします!? 引き分けは互いに持ちますか?」
「それで良いぞ」
「じゃあじゃあ! 大事な時まで取っときますね〜!」
ヴィクトル様はそう言った私の頭をくしゃくしゃ〜って撫でた後、騎士の皆さんに場所を借りたお礼を述べ、歩き出した。
私達もそれに倣って頭を下げ、認めた主人の背中を追う。
「取り敢えず砂埃とか汗とか流す為に風呂入ってくるから、お前達も先ずは汗を流してこい。話はそれからでも問題ないだろう」
お心遣いに感謝を述べ、ヴィクトル様をティルと並んで見送る。のだけど!!
「ちょっと待ってよジニア〜? なんで貴方はヴィクトル様についてくの?」
「私はお背中を流す役目が御座いますので。パコパコと」
「擬音が明らかにおかしいのはもう良いです。ですが、貴方が同伴してはヴィクトル様の気が休まらないでしょう? 拘束して差し上げましょう」
「はんっ。やれるものならやってみなさい。“筆頭”戦闘メイドが誰なのかを教えて差し上げましょう」
ヴィクトル様は気付けば居なくなっていて、私が痺れさせた隙に、ティルの魔糸で簀巻きにしたジニアを抱えて私達はメイド達が使える比較的小さめの風呂場へと向かった。
「ヴィクトル様をお一人でお風呂に入れるのは危険だと思いませんか? もし何かがあった時にお助け出来る者が側に居ないのは如何なものでしょう。二人とも。“護衛”として、“安全を守る”為、ヴィクトル様に同行するべきです」
「「………………」」
私達の脚は、不思議とヴィクトル様の後を追っていた。簀巻きのジニアを抱えて。