※この作品はR-18です。

歪みからの脱出   作:青嘴

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日曜日は一日中寝ていた。食欲が戻らなかったので、何も食べなかった。月曜日の正午近くまで、僕はトイレに行く他は、ずっと寝ていた。起き出してから、やっとシャワーを浴びた。今日からまたお仕事だ。本を読んでいる振りをして、ぼんやりするだけだけど。

 

午後一時丁度に特務塔に顔を出した。キースが不在だった。初めてのことだった。

なんとなく、避けられたのかも知れないと思った。ちゃんと身分を伝えておくべきだったのかも知れない。その義務はなかったし、就職手続きは、職務規程通りにしたんだけどね。僕はここでは公的に、ネル・ローランドを名乗ることを許されているのだから。だが、キースからしたら、あまり気分が良いことではなかったのかも知れない。それでも僕は本を開いた。そしてぼんやりとした。午後三時になったので、僕は立ち上がった。そして帰ろうと歩き出してすぐ、気づいたら頭を床に強打していた。視界を砂嵐が覆っている。まずい、貧血だ。そうだ、食べていなかったのだった。気持ち悪い。体に力が入らない。高い耳鳴りがする。目を伏せても、瞼の裏がチカチカしていた。

 

「えっ」

 

その時声がした。キースの声だった。バサバサと書類が落下する音がしてからすぐ、僕はキースに抱き起こされた。

 

「え! ちょ、どうしたの!?」

「貧血で……」

「わ、わ、大丈夫!?」

 

大丈夫か否かで言えば、否だ。駄目である。しかしこういう時は、大丈夫だと伝えるべきだ。キースが僕のフードを外した。

 

「うわ、頭から血が出てるよ!」

 

確かにズキズキする。しかし治癒魔術があるから問題はない。とはいえ、この目眩は、貧血だけじゃなくて、多分頭を打ったからだなと理解した。ぐらぐらする。僕は、体を叱咤し無理に手を動かして、腕輪に触れた。記録させていた治癒魔術を起動して、頭部を癒す。すぐに痛みは消えたし、血が垂れる感触はなくなった。だがまだ視界が歪んでいる。こういうダメージには、治癒魔術は弱いのだ。結局僕はそのまま意識を失ってしまった。もしこれが戦闘中だったら、気力で意識を保ったのだろうが、なんだかそんな元気がなかったのだ。憂鬱な週末のせいだろう。

 

夢うつつに考えていた。僕はもしかしたら、それほど生に執着はないのかも知れない。単純に、自分の体が操られたりするのが嫌なだけで。でも僕は、簡単には死ぬことが出来ない。今、僕はほぼ反射的に治癒魔術を展開している。自分自身に対しての場合だけど。だから毒を飲んでも、傷を受けても、大抵の場合治ってしまう。常に自分の周囲には結界をはっているから、そもそも武器によって傷を受ける機会はほとんど無い。今回のような事故や病気でなければ死なない。魔術による呪いなども効果は無効化される。余程強力で慎重に隠蔽されていなければ、僕にはきかない。僕は苦しむのも痛いのも嫌だ。それでも、死んだら、楽になれるんじゃないかだなんて思いついた。はじめて考えた。これまでの間、僕はどうして思いつかなかったんだろう。思いの外、良い案ではないか。自殺と露見するのは外聞が悪く家族に迷惑をかける。運良く病気になるのを待つのは気が遠くなりそうだ。事故にみえるように死ぬのが良い。どうすればいいだろう。次ぎに腐竜が出た時に、討伐に失敗してみたらいいのかな。でも苦しく痛く、辛いかも知れない。もっと楽な方法が良い。

 

目を開けると、僕は見知らぬ場所のベッドの上にいた。ゆっくりと起きあがると正面の扉が開いていた。位置的に、特務塔本部の仮眠室だと気づいた。キースが運んでくれたのだろう。ベッドから降りて隣に向かうと、キースが顔を上げた。

 

「大丈夫?」

「ありがとう。もう平気だよ」

「吃驚したんだからね! 今日は早く帰ってゆっくり休んだ方が良いよ。早くっていっても、いつもより遅いんだけど。ちゃんと食べて、貧血治して!」

 

キースが勢いよくしゃべり出した。いつも通りだったから、思わず微笑してしまった。するとキースが虚を突かれたような顔をした。僕はあまり笑わないので、たまに笑うとこういう反応をされることが多い。僕はキースに、どうしていつもの時間にいなかったのか聞こうとして止めた。聞いてみたかったのだが、避けられていると確信するのが嫌だったのだ。

 

「ね、変なこと聞いても良い?」

「何?」

「死のうとか考えたりしてないよね?」

 

つらつらと自然に続いた言葉だったが、意味を理解した瞬間僕は驚愕して息を飲んでしまった。感情をこんなにもはっきりと外に出してしまったのは久しぶりだった。

 

「あ……その反応、やっぱり?」

「どうして……」

「うーん……信じてくれなくても良いんだけど……実は」

 

キースは一度言葉を句切ると、苦笑を浮かべて視線を逸らした。

 

「さっき俺、咄嗟に抱き起こしたから、ネルに触ったでしょ? あのね、俺が触ると、死にたくなるんだって」

「……は?」

「俺には生まれつき、そう言う能力があるらしいんだ。僕が無条件に触っても平気なのは、弟だけ」

 

そんな話、僕は聞いたことがない。いや……伝承の悪魔の子の能力には、そういうものもあった。だがキースの外見は、黒髪紅目ではない。ただ生まれつきだとすれば、それは血脈魔術だと考えられる。突然変異だとしても、血脈魔術に分類されるのだ。仮にそうだとすれば、僕の展開している結界をすり抜ける可能性はある。しかし常識に照らし合わせれば、そんな能力は信じられない。

 

「特務塔の勤務者に選ばれる人間っていうのは、つまり一ヶ月経っても解雇されない人って言うのはね、多かれ少なかれ、何かしらの能力を持っているんだよね。無い場合、一ヶ月後には解雇されて、特務塔に勤務していた記憶は勝手に消えるんだ。だからネルにも何かあるはずだよ。指輪が外れてなくて記憶があるって事は」

 

冗談めかしてキースは口にしているが、哀しみが滲んでいた。

 

「だから、俺は上の命令で極秘裏に暗殺を請け負ったりしてるんだよね。自殺を誘発してるだけだから、証拠も残らないし。他にも病気の末期や大怪我をしていてもう助からないけど死にたくないって言ってる人を諦めさせたりもしてる」

 

そんな話を僕にしても良いのだろうか。真実だという確証は勿論無いし、嘘の可能性もあるが。ただ、事実僕は自殺を考えた。いいや、今も考えている。

 

「一度、触ってみても良い?」

「駄目だよ。触れば触るほど死にたくなるんだから」

 

キースは慌てて後退ったが、僕は半ば無意識に詰め寄って手を伸ばしていた。彼の手を掴むことは、僕には簡単なことだった。触れた瞬間、ドクンと心臓が一際大きく脈打った気がした。僕の脳裏に、父の聖剣を奪いとって首を切ったイメージが広がった。そうだ、聖剣ならば、治癒魔術も結界魔術も追いつく前に、自殺できる。自殺だとばれても良いではないか。どうせ僕はその時には死んでいるから、家族がいくら迷惑だと思っても、僕には伝わらないのだ。瞬間、テーブルの上にあったクッキー入れの籠で頭を叩かれた。その衝撃で、僕は我に返った。

 

「ネル! 正気に戻って!」

 

振り払われて手を離した僕は、その手で唇を覆った。本当に死にたくなった。しかも先ほどよりもその考えは悪化した。

 

「そんな暗い闇みたいな目しないでよ。死んじゃ駄目だからね! 約束して」

 

僕は言葉が見つからない。するとキースが溜息をついた。

 

「本当に止めてよ。仕事以外で人が自殺すると気分が悪いんだよ。初めは両親だった。それから友達。彼女。恋人が十人連続で死んじゃった時に確信したんだ。俺は何とかしてこの力を無効化する方法を必死で探してる所だから、本当にやる気をそぐような事しないでね! 俺の精神衛生のために死なないで。俺の元気を奪わないでよ! それも弟の命の恩人を殺すなんて気分が悪すぎるから! そうだ、お礼を言おうと思ってたんだった。有難う! 公爵家の人だって聞いた時は、驚きすぎて倒れるかと思ったけどね! 大体ネルを殺したなんて分かったら、俺が殺されちゃう! 俺は死にたくないから!」

 

勢いよく告げられる言葉を聞いている内に、僕は少し落ち着きを取り戻した。

そしてまず父のことを考えた。父は、キースの能力を知っていると思う。そして特務塔で同じ室内にいれば接触する機会がある可能性は高い。そう予測するのは容易だ。実際に今日偶発的に触れることになった。これは、どういう意味だ。父は、僕の自殺を望んでいるのだろうか。あり得ないとは言えない。貴族というのは、肉親の死を利用する事はままあると僕は学んだ。僕は家族のことも信用しきれないのだ。

 

「ネル、気を確かに持って! 自殺する人はね、みんな何かしら理由をつけて死ぬんだ。悩みを作り出すことが多い。元々抱えていた不安とかが大きくなるんだ。だから誰かにそれを相談してすっきりすると高確率で防止できる。俺に触られるとその事をみんな忘れちゃうみたいで、一人で抱え込んじゃうんだけど。でもこうやって俺が気づかせると、みんな我に返るんだ。だからネルも、大丈夫。大丈夫だから! 家族とか友達とか恋人とか、もう教会の聖職者に懺悔室で聞いてもらうんでも良いし、街頭の占い師に話すんでも良いから、兎に角誰かに話すんだ! 誰も聞いてくれないような気分に多分なってるんだろうけど、そんなこと無いから! 案外みんな真剣に聞いてくれるから!」

 

今あがった選択肢の中で、僕が相談できそうなのは聖職者と占い師だけだ。現実的ではない。どちらも僕は信じていない。本音なんて絶対言えない。そもそも僕は、特に悩みはない。何故死にたいのかと言われたならば、嫌な過去が沢山あってそれを思い出すからだ。だが誰かに何か話せと言われても、パッとは出てこない。小さな嫌なことが、ぽつりぽつりとつもっているだけだからだ。

 

根本的に、僕は何故生きているのだろう。

きっと意味なんか無い。心臓が元気で、意識がはっきりしているから、生きているだけだ。生きることに意味は多分無い。意味など無くても、人間は生きていられる。

 

「お風呂にでも入って、ゆっくり寝て、忘れちゃうんだ!」

「大丈夫だよ、キース。僕は元気だ」

 

僕は何故なのか、嘘をついていた。上手く笑って言えた。だが一気にキースの顔が険しくなり引きつった。

 

「やばいやばいやばい、その反応は一番ヤバイ。ちょ、本気で死ぬ気!? この際俺が聞くから! 何でも良いから思ったことを話してみて!」

 

どうやったら事故死にみえるか聞こうとしていて、僕は失笑してしまった。

これはいよいよまずい。僕は、自分が冷静な判断力を欠いている事を悟った。自分では冷静だと思っているが、これが作られた思考である可能性がある以上、確認すべきだ。

僕は出現魔術で、血脈魔術を遮断する効果を持つ魔石がはまった指輪を取り出した。右手の薬指に填めた瞬間、その石が砕け散った。これは間違いなく血脈魔術だ。紙を出現させて、魔法陣を描く。脳裏で発動させる前に、オリジナルの新規の魔法陣は、一度確認するべきなのだ。余程の緊急時でない限りは。見直して起動させてから、僕は目を伏せた。今度は、脳裏に描き、魔法陣を発動させた。

 

すると、一気に面倒くさいという思いが押し寄せてきた。死ぬ手間を考えると、とても実行する気にはなれない。なるほど、それが理由で僕は今まで考えなかったのか。

 

僕は紙を複製して、二枚にした。それから腕輪を二つ取り出して、魔法陣の模様を刻み込んだ。転写したのだ。その片方を自分の腕に填める。これならば影響を受けることはなくなる。もう一方は、そもそも効果を放たなくする効果がある。

 

「キース、これを填めてから、もう一度僕に触らせて」

「――へ?」

「多分無効化できる」

「……え」

 

キースが慌てたように、僕から腕輪を受け取った。腕輪を填めたキースが、恐る恐ると僕に触れる。今度は僕は、何も思わなかった。続いて僕は、自分に填めていた方を外した。

 

「もう一回」

「う、うん」

 

再びキースが触れた。やはり死にたくならない。キースの持つ腕輪のみで効果がある。万が一発動しても、僕が持っている腕輪で完全に無効化できる。僕は、僕の持つ腕輪をさらに複製した。そして、目立つようにチェーンを絡ませてから、キースにそれも渡した。

 

「今つけている方で、填めている間は能力を消せる。だけど万が一発動したら、対象者にこっちの腕輪を填めて。それでもう効果は消える。両方無ければ今まで通りに能力は使えるから、仕事で困ることもないと思うよ」

 

僕の言葉に、キースが目を見開いた。

 

「不安なら、機会があれば試すと良い」

「本当なの……? それって例えば、ネルの家族で試すっていっても変わらない?」

「構わないよ。実験に協力してくれるように、兄か父に頼もうか? この時間なら、まだ王宮にいるはずだから」

「いや、嘘! ネルの反応見てれば分かる。信じる! 本当に有難う!」

 

キースが満面の笑みを浮かべて涙ぐんだ。僕は良いことをしたようだ。多分父の意図としては、これをやれという事だったのだと思う。父はそう言う人だ。

 

「今日は、介抱してくれて有難う。帰るよ」

「こっちこそ、本当に有難う!」

 

僕は静かに笑ってから、特務塔を後にした。

帰宅してから、食堂に向かった。するとご主人と奥さんに、腐竜の件で沢山お礼を言って貰った。僕は感謝を求めて救出活動をした訳じゃないけど、気分は明るくなった。おかずをサービスしてもらった。シャワーを浴びて、ソファに横になる。それから少し微睡んだ。

 

 

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