レクサ殿下が来国したのは、五月末のことだった。ミレイア殿下も一緒だった。
歓迎パーティが開かれた夜は、外に強い風が吹いていた。
やはり僕は招かれた。祖母も。僕の家族はみんな出席している。祖父もいる。
ミレイア殿下は、とても美人だ。あまり僕は、綺麗だなと人に対して考えない。それほど外見に興味がないのだ。かといって他者の内面に興味があるのかと聞かれても答えられないけど。そんな僕であっても、ミレイア殿下が抜きんでた美しい容姿をしている事は理解できる。神の作った芸術作品との評価は、正しいと思う。神様が存在するかは知らないが。
ウェザークラフトの王族も全員いる。全員で挨拶した。僕は一番最後に挨拶する。王族ではなく、家族の中では一番くらいが低いからだ。妹は、婚約者だから王族の次ぎに挨拶したのだ。
「お久しぶりです、レクサード第一王子殿下、ミレイア第一王女殿下」
「ネル、話していた焼き印を持ってきたぞ。それにレクサで構わないと言っている」
レクサ殿下が愛称を呼び捨てることを許したのは、僕だけだ。クラウ殿下は、僕の兄にも許しているが、レクサ殿下は僕にしか許さない。お祖母様にも呼ばせない。昔から、僕にだけ許すのだ。大変気まずい。それまで無表情を貫いていたレクサ殿下が、僕に対して笑いかけたものだから、周囲の空気が変わった。親しげなレクサ殿下は、大変珍しいのだ。レクサ殿下は、怖いことで有名だから。大体、『いつ話していたんだ』という視線が集中している。『連絡を取っていたのか』と聞きたそうな顔をしている。レクサ殿下は僕の家族とも手紙を交換しているはずだが、度々返事を止めるようなのだ。定期的に送ってくるのは、僕に対してだけなのだという。
「レクサ、焼き印は試したの?」
「ぶっつけ本番の予定だった。ネル、それで、お前の友人は紹介してもらえるんだろうな?」
「ここにはいない」
今度は、皆が目を細めていた。僕の友人が誰なのか考えているのだろう。恐らく誰も、キースだとは思わないだろうな。そして僕も彼の名前を出す気はない。キースの身をわざわざ危険にさらす必要はない。そもそも周囲は、僕に友達がいるのか疑問そうだ。
「お兄様」
ミレイア殿下が、少し不満そうな目をした。その言葉に顔を向け、ポンとレクサ殿下が手を叩いた。
「ネル、それでミレイアとの婚姻の話だ」
続いたその言葉に、ウェザークラフトの王族の皆様が凍り付いた。祖父母は表情を変えなかったが、僕の家族も身を固くしている。レクサ殿下とミレイア殿下と僕以外、緊迫した空気を醸し出している。
「とりあえず一度、リリースト王国に来て、考えてくれないか?」
「行ったら、もう戻ってこれないんだろ?」
「よく分かっているな」
レクサ殿下が吹き出した。僕も小さく笑った。
隣国に出かけたら、僕はウェザークラフトに帰る事は出来なくなる。レクサ殿下はそういう人だ。結婚させられるのは、火を見るよりも明らかだ。入ったその日に身柄を拘束されるだろう。次ぎに外に出られるのは、結婚式の場に違いない。
「レクサこそ結婚相手を探した方が良いんじゃないの?」
「誰か紹介してくれ」
「頼む相手を間違ってる。僕に紹介できるような女性の友人がいるように見える?」
「見えるか否かなら、見えるぞ。ネルはモテるだろう?」
「残念ながら、モテた記憶がない」
「お前は高嶺の花だからな」
「レクサこそ。レクサは登山困難な場所に咲いてる。誰も近寄れない。早々に登山道を整備した方が良い。婚期を逃すよ」
「登山客の相手は面倒だ。自力で登り切るようなガッツのある女が私は好きだしな。それに私が婚期を逃しても、ネルとミレイアの子供が継げば良い」
周囲が真っ青になっている。レクサ殿下に直接誘われているわけだから、周囲が断れとは言えないのだ。仮に僕にそう言ったとしても、僕がその話をレクサ殿下の耳に入れれば、戦争の火種になる可能性すらあるからだ。僕が結婚に同意すれば、誰にも止められない。
「レクサの片思いは、本当に長いね」
「ぶは」
「一度くらいはデートに誘った? 告白する段階まで進んでいたら奇跡だ」
僕は話をすり替えることにした。レクサ殿下が咽せた。周囲が驚いたように目を瞠っている。そう、レクサ殿下には好きな人がいるのだ。その人以外と結婚したくないらしい。だから熱心に僕に打診するのだ。
「大変おモテになる恋愛のプロを師匠として紹介してあげようか?」
「……ふむ。興味はあるぞ」
「――クラウ殿下」
僕が振り返ってクラウ殿下を見ると、今度はクラウ殿下が咽せた。クラウ殿下がモテるのは事実だ。僕の視線を追いかけて、レクサ殿下が情けない顔をした。
「クラウディオ殿下はモテるのか? 殺意が沸くな」
「ネルの面白くない冗談です、レクサード殿下」
「僕はあんまり冗談は言わない。レクサも知ってるだろ?」
「そうだな。ではご教授願おうか、クラウディオ殿下」
「大した話は出来ませんが、是非レクサード殿下とは俺もお話をさせて頂きたい。あちらでワインでもいかがですか?」
「良いな。ウェザークラフトのワインは好みに合うものが多い」
挨拶の場を解散して、会場に誘導するのも、僕の役目だった。上手く流れを誘導できて安堵した。三人で、近くのテーブルに向かう。この大陸では、十六歳から飲酒できる。立食パーティの会場で、僕らは赤ワインを受け取った。ミレイア殿下の事は、僕の姉妹が、ウェザークラフトの王女殿下達と共に案内するだろう。
僕達三人は、同じ歳の男子だし、親交を深めても誰も咎めない。クラウ殿下とレクサ殿下が話を始めた。僕は眺めながら、時折相づちを打つ。恋バナではなく、最初はワインの話だった。そこから特産品の話になる。その内に、おかしな話題になった。
「――とにかく、ネルは俺の大切な大親友なので、レクサ殿下に渡すつもりは無い」
「私とネルだって大親友だ。クラウ殿下、ネルは私が連れて行く。クラウ殿下にこそ渡さん」
この二人は、子供みたいだ。本当は僕のことはどうでも良いのだ。お互いに負けないぞと言う対抗心だけがあるのだ。それに二人とも口論が好きなのだ。相手を言い負かすことが好きなのだ。僕の存在はそのための小道具にすぎない。そうやって遊んでいる暇があるならば、それぞれ挨拶回りでもするべきだ。しかしレクサ殿下はそれが面倒なのだろう。そしてレクサ殿下を一人で放っておく訳にはいかないから、クラウ殿下もここを離れられない。本来であれば、他の王族の皆様が来て入れ替わるのだろうが、二人が盛り上がっているから近寄れないのだ。そして僕は、ここを離れたら、ミレイア殿下だけでなく、この国の王女殿下達や、さらには貴族のご息女を紹介されるだろうか、ここにいて回避に専念している。ミレイア殿下との話題が出たから、僕の結婚の話が加速しているはずだ。少なくとも母が黙っているはずがない。
僕も誰か探してみようか。ダンスは本日はない。明日だ。だから、踊る必要もない。ちなみに明日は、僕は誰かと踊ることになる。祖母と母と姉妹は相手がいるし、ミレイア殿下は慣例としてレクサ殿下と踊る。この国の王女殿下は三人いるが、国王陛下、クラウ殿下、第三王子殿下と踊るので空いていない。ようするに僕の相手はいないのだ。兄にもいない。兄は多分踊らない。警備を名目に、避けるのだ。僕は母が適当にみつくろってくれた相手と踊るか、遅刻すると告げて回避するかとなる。勿論僕は遅刻する予定だ。二曲目からは分からない。誰かを誘わなければならないだろう。会場を見渡してみる。多分僕が誘えば階級的に、みんな断れない。結婚していても婚約者がいても、恋人がいても。流石にそう言う相手は悪いので、回避する。それにそういった人々は、目印として薬指に指輪を填めている。片思い中の人は、意中の人がいる事を示すために、小指に指輪を填めている。これは大変有難い配慮だ。勿論、指輪を填めている相手を誘っても良いのだが、僕は誘わない。略奪愛なんて面倒だ。逆に奪う気がなく、一曲踊るだけの相手には、指輪を填めている人にお願いするのは悪いことではない。しかし余計な騒ぎになるような相手は回避するべきだ。だから歳がすごく上の、僕の祖母より年上くらいのご婦人を誘うのが良い。僕は結構老人には人気がある。老人にはモテるといっても過言ではない。ただし、孫や曾孫が僕と同じくらいの女の子の場合は、流れで紹介されるので駄目だ。
本当は、適当に見合いをして婚約者を得るか、恋人を作ってしまえば良いのだ。
恋人を作るのは難易度が高いから、お見合いをするべきだろう。
一人作れば、もう煩わしい話題に巻き込まれることはなくなる。
しかしそんな利己的な理由で相手を選ぶのは、なんだか先方に申し訳ない気もする。
それにそこそこ力がなければ、相手の女性やその家族は危険だ。僕は四六時中相手を守ったり出来ない。また僕は次男だから、相手によっては婿入りする事になる。それも億劫だ。婿入りしない場合は、多分僕はマリステル伯爵となる。奥さんがマリステル伯爵夫人となるのだ。兄が現在のマリステル伯爵だから、そこを継ぐか、別の領地を貰うのだ。例えばドードリアという街を任せられたら、マリステル・ドードリア伯爵となる。分家すると伯爵となるのが、我が家の慣例だ。それで大体の場合、僕の子供は、兄の養子となる。そうすると、またマリステルは一つの伯爵家に戻る。ドードリアの街もマリステル伯爵が治める形に戻るのだ。僕が男爵家か子爵家の婿養子になった場合は、僕は男爵か子爵になる。貴族以外の平民と結婚した場合は、お嫁さんを貰う場合は伯爵、お婿さんに行く時は爵位を返上する。聖職者になる場合も、返上することになる。他国に婿に行く場合も返上する。離縁すれば、爵位は元に戻る。家族が許した場合に限るが。死別は場合による。
この国には、一代限り与えられる爵位は存在しない。婚姻以外では、貴族になれない。だから裕福な商人と貧乏な貴族の婚姻もかなり多い。後は出世のために爵位が必要な騎士や魔術師との婚姻もよくある。その点を考えれば、平民で爵位を欲している人は多分僕とすぐに結婚してくれるだろう。さらに貴族間でも、より上の爵位を欲していたり、親戚関係が欲しい人は多いと聞いたことがある。そういう相手とも、利害は一致する。ただし相手の身の危険は高くなるわけだ。
その点を考えると、毒殺予防の訓練を受けていたり、護身術を学んでいる相手が望ましい。
騎士や魔術師ならば、身を守れる可能性は高まる。特に治癒魔術師ならば生存率は高まる。こう考えると、ミレイア王女殿下は、治癒魔術が使える上に、王族として様々な訓練を積んでいるから、最適な相手ではあるのだ。僕が婿に行くのではなくて、ミレイア殿下がサザーカインツ家にお嫁さんに来てくれるのであれば、とても良縁だ。ただし、それは困難だ。隣国リリーストの王族が、国王陛下とレクサ王子だけになってしまうから、公務が滞るらしいのだ。女性王族が一人もいないと、困る場面も結構あるらしい。レクサ殿下が結婚して正妃様を迎えない限り、ミレイア殿下が降嫁してウェザークラフト王国に嫁ぐ事はないだろう。それにあちらは、ミレイア殿下にも婿を取って貰い、王族を増やしたいのだ。
では僕が、婿に行くという選択肢についてだが。一番は、面倒くさいのである。
だが、僕自身は、伯爵になって土地を治めるのも面倒なのだ。だからやはり、どこかにお婿さんに行きたい。なおかつ、相手の領地を治めなくて良いのが理想だ。元気な義父と兄弟がいると良い。しかし兄弟がいる相手では、嫁に迎えるように言われてしまう。やっぱり、騎士か魔術師がいいか……。いや、それだと向こうは爵位を欲しているのか……。
こうやって考えていくと、詰んでしまうのだ。
僕の条件を全てクリアできる相手を想像すると、跡取りの息子がいる、力のある未亡人となる。しかし未亡人は、夜会に来ない。茶会にもあまり来ないらしい。そして領地で跡取りが育つまで、土地を守っているのだ。見合いをする場合は、同じく連れ合いを亡くした相手と以外しないのだという。出会う機会が皆無だ。未亡人の息子と仲良くなって紹介して貰えばいいのだろうが、僕には仲良くなるあてがない。仲良くなる力がないのだ。お母さんを紹介して下さいってなかなか言いづらいだろうし。