※この作品はR-18です。

歪みからの脱出   作:青嘴

18 / 25
18

 

「レクサの片思いの相手に手紙を書いて報告しようかな」

「ぶは」

「潔癖な女性みたいだから、登山道を見かけてもスルーするようになるかもね」

 

レクサ殿下が、僕を睨んできた。思わず僕は吹き出した。クラウ殿下は苦笑している。

 

「ネル……言わないでくれ」

「レクサの行動次第だ」

「じゃあどの女なら、黙っててくれるんだ?」

「だから僕には紹介できるような人脈はないっていってるだろ。クラウに聞いて」

「俺のおすすめか……難しいなぁ。候補は腐るほどいるんだけどな……ネルが密告しない保証はない」

「ウェザークラフトは厳しい国だな」

 

レクサ殿下が嘆くように溜息をついた。クラウ殿下は声を出して笑うのを堪えながら腕を組んでいる。僕はどうしようかな。ユーネリア嬢の事を前向きに考えてみるべきだろうか。それとなく一瞥する。誰にもバレずに、話が出来たらとても良い。その上で判断できれば最高だ。彼女の気持ちだって問題だ。僕のことが嫌だったら可哀想だし、逆に僕がその気になれないのに彼女がその気になっても困るのだ。

しかし、話をするのはとても難しい。でも周囲にバレたら、結婚まっしぐらだ。

何か良い案はないだろうか。

それとも中身なんかどうでも良いと割り切って、彼女の気持ちなど考えず、結婚してしまおうか。気が合わなかったら、家に帰らず顔を合わせなければいいのだ。そう割り切るのであれば、別にレクサ殿下が手を出した後に結婚したって良い。僕が救済措置をとるということだ。

うーん……。

 

「ねぇ」

 

僕が声をかけると、二人がこちらを見た。

 

「結婚生活ってさ、具体的に何をすると思う?」

「んー、私の場合は子作りを第一に望まれるだろうが、希望としては愛を囁きあって、互いに尊重しあい、幸せに暮らしたいな。小さな事でも喜びを分かち合いたい。例えば、春には咲いた花を二人で見て、夏には海を見て、秋には紅葉を楽しみ、冬には雪だるまでも作るような生活を夢見ている」

 

さすが恋する男は違う。レクサ殿下からは、思いの外まっとうな答えが返ってきた。若干ロマンティストで夢見がちだが。

 

「俺は、愛し愛され、癒し癒されるような関係が良いな。一日に一度は顔を合わせて、キスをしたい」

 

クラウ殿下も恋愛結婚すると豪語しているだけはある。

 

「ネルは私やクラウ殿下と違って両親も祖父母も健在なんだから、間近で見てきたんじゃないのか?」

「確かにレクサ殿下の言うとおりだ。ちなみにネルはどんな女がタイプなんだ?」

「うーん……長生きしそうな人かな……」

 

僕の言葉に、レクサ殿下とクラウ殿下が、それぞれ顔を背けた。二人とも笑みが引きつっている。二人も、王族は狙われやすいと思っているに違いない。それぞれ家族を失っているのだから、尚更だろう。悪いことを言ってしまったかも知れない。

 

「ネル、私は先のことは後で考えるとして、心躍るような恋をしてみることを勧めるぞ」「俺もそう思う。お前、恋愛経験あるのか?」

 

幼い頃になくなった婚約者の顔を思い出した。ただ別に、心は躍らなかった気がする。好きだったと思うのだが。淡い初恋だ。

 

「……」

 

無言になった僕に、二人が眉を顰めて悲しそうな顔で詰め寄った。

 

「頑張れ! その年で枯れることはない!」

「ファイトだ、ネル! 俺は全力で応援する!」

 

その後暫く、二人に恋愛の良さを説かれた。二人は意気投合している。多分ちょっと酔っているのだ。素面になったら、またお互い化かし合うことだろう。この二人は、クラウ殿下が狐で、レクサ殿下が狸みたいなものなのだ。そろそろここにいるのも潮時だろう。面倒くさくなってきた。段々退席しても、誰にも嫌な顔をされない頃合いだ。

 

「努力してみるよ。二人とも有難う。早速会場を回ってみる」

「俺も行く」

「私も供をしよう!」

「せっかくだけど自分の力で掴んでみようと思う」

「そうか。声をかけづらい時は手伝うからな!」

「ここはクラウ殿下を頼っても良いところだ。私も応援している!」

「では、失礼します」

 

僕は適当にそう言って一礼してから、踵を返した。適当に一・二周したら帰るつもりである。誰か知り合いと一言二言話が出来れば、カモフラージュにもなるのだが。現在僕をちらちら見ている人は多い。僕に顔を売っておきたい人は、案外いるのだ。だがそれらの人も含めて、大半の人は道を空けてくれる。僕に話しかけるには、勇気がいるそうなのだ。恐らく僕が、愛想笑いをあまりしないからだ。時にはするが、誰彼構わず振りまくことはない。そういうのは気怠いのだ。ちなみに僕は、家族がいるので挨拶回りの必要はない。どちらかといえば、僕は元々、挨拶される側でもあるようだ。しかし、挨拶するには勇気がいるそうなので、それもない。僕へのかわりに、僕の家族に挨拶するのだ。そして必要であれば、家族経由で僕は紹介を受ける。それがクラウ殿下や国王陛下経由の時もある。

 

どうしようかなと考えながら歩いていると、ぱくぱくと骨付き肉を食べているグレンさんを見つけた。侯爵家の三男である上に戦略魔術師だから、警備の一環でここにいるのだろう。爵位が高い出自の魔術師や騎士は、必ずかり出されるのだ。今回僕は、親戚だから来たというのもあるが、そうでなくとも王宮で働いている限り呼ばれた可能性は高い。本来は、父親と長男が来ることが多いのだ。ちなみに出自が高い女性は無条件で全員呼ばれる。会場に華があった方が良いからだそうだ。年齢も問われない。五十代以上の女性は断ることも多いようだが。その辺りは、人による。四十代までは、断るのが困難だと聞いたことがある。遠方にいる場合は別だけど。だからどうしても出たくない人は、領地にひきこもるのだ。しかし事前に招待状が送られるから、なかなかそれも難しいらしい。

さて、グレンさんに話しかけてみようか。同僚といって差し支えないから、別に不自然ではない。それとなくそちらに向かった。彼は、テラスに通じる窓際の、肉料理が並ぶテーブルの前にいた。僕は、すぐそばでグラスをチェンジした。今度はシャンパンを手に取ったのだ。あいたワイングラスは、給仕の人に渡す。二つシャンパンを取りグレンさんに渡すか、料理皿を手に近寄るか、単純に話しかけるか。どれが良いか一瞬悩んだ時、グレンさんが僕を見た。ものすごく嫌そうな顔をされた。話しかけるなというオーラだ。しかしここまで来て話さなかったら不自然だろう。

 

「こんばんは。お世話になっております」

「滅相もない。こちらこそ大変お世話になっております、ネルレイン卿」

 

周囲の視線が、かなり集まった。グレンさんは作り笑いで、僕に答えた。心なしか、引きつっている。気のせいではないだろう。なんだか申し訳ないので、立ち去ろう。

 

「お互い楽しい夜を」

 

僕はそう言って笑って見せた。そして会釈して歩き出そうとした。

 

「あ」

 

そうしたら、意外なことにグレンさんが声を上げた。視線を向けると、彼は集まっているご令嬢達の方を一瞥した後、再び僕に視線を戻した。

 

「あのさ……」

 

グレンさんが小声になった。僕は一歩、歩み寄る。するとさらにグレンさんが声を潜めた。僕らにしか聞こえない音量だ。

 

「お前のこと紹介して欲しいって頼まれてたんだわ」

「誰にですか?」

「俺の妹。バース侯爵家の長女で、末娘。お前というか、サザーカインツ公爵閣下と話したいらしい。魔術学院の学生で、今十六なんだ。お前の妹は、学院が違う上に先輩で話しかけるチャンスがないらしい。すごいガードが堅いんだってな」

「ルナマリアの学院生活のことは分からないけど、お祖父様に?」

「攻撃魔術の論文で、光属性の応用理論がどうのこうのって言ってた。直接聞きたいらしい」

「ああ、月槍化の理論?」

「多分それだ。後は、鏡なんとか」

「闇鏡理論?」

「そんな感じだったな」

「良いですよ。お祖父様も喜ぶと思う」

 

僕は視線で祖父を探した。祖父は国王陛下から少し離れた位置で、宮廷魔術師長と話している。作り笑いだから、ただの挨拶だ。祖父は、はっきりと顔に出るのだ。盛り上がっている時や楽しい時は、表情が違う。

 

「でも、グレンさんも一緒に来て」

「嫌だぞ、俺は。妹を紹介したら、こっちに戻る」

「侯爵家のご令嬢を僕が家族に紹介したら、変な噂が立つ。単純にグレンさんの同伴者という形で紹介した方が良い」

「それはそうだろうけどな……俺の心臓が持たない」

「お祖父様に紹介したら、僕達はすぐに引き返せばいい」

「本当か? 絶対か? 約束だぞ!」

「うん。まず、グレンさんが、妹さんを呼びに行く。僕は、西の時計の下にいるから、そこまでそれとなく来て。その後、連れていくよ」

「了解」

 

こうして僕らは別れた。僕は、お祖父様に一番近い、西の柱時計のそばに向かった。グレンさんがやってきたのは、五分後だった。ご令嬢の輪の中に入る勇気を僕は尊敬した。僕だったら、妹があそこにいても呼びに行ける気がしない。

 

「ごきげんよう、ネルレイン様。レステル・バースと申します」

「こんにちは、レステル嬢。ネルレイン・ラ・サザーカインツです」

 

僕は略式で名乗った。本名は長すぎるから、こういう形になるのだ。レステル嬢は、会場の中では地味な濃い青のドレスを着ていた。どちらかというと、淡い色合いでピンクとか水色とかのドレスの人が多いのだ。そして珍しく、眼鏡をかけていた。眼鏡をかける貴族女性はかなり少ない。視力が良くなる魔術をかけて参加することが多いのだ。不思議に思ってよく見ると、ただの眼鏡ではなかった。魔導具だ。

 

「青霞の硝子ですか?」

 

僕の言葉に、レステル嬢が息を飲んだ。それからおずおずと頷く。この硝子は、魔力を屈折させる。眼鏡を取ると、彼女には、他者の魔力が奇妙な形で見えるのだろう。生まれ持った潜在魔力が強すぎて、自分の体が耐えられないと、こういう症状が出ることがあるのだ。訓練して魔力の許容値を伸ばすしかない。

それから僕は、二人をお祖父様の方へ案内した。グレンさんは顔が引きつっている。レステル嬢は、お祖父様しか視界に入っていない。

僕が歩み寄ると、祖父が話し相手に「失礼」と声をかけて、こちらに来てくれた。

 

「お祖父様、同僚のバース侯爵家ご子息のグレン氏と、彼の妹のレステル嬢です」

「同僚……? 特務塔のか?」

 

祖父が興味津々の笑顔に変わり、グレンさんをまじまじと見た。

狼狽えたようにグレンさんが挨拶をする。それからレステル嬢を紹介した。

 

「お祖父様、レステル嬢が、お祖父様の理論に興味があるそうです」

「そうか、我輩は、特務塔に興味があるのだが」

 

祖父はグレンさんしか見ていない。どうやらレステル嬢の紹介は失敗してしまったらしい。僕は、母と姉妹がこちらを見た事に気づいた。まずいまずい。

 

「ではお祖父様。僕は少し挨拶に回って参ります」

「えっ」

 

グレンさんが声を殺しきれずに口にした。裏切り者という目で僕を見ている。悪いが僕は自分が大切なので、微笑して知らんぷりした。僕はグレンさんを生贄に捧げて、二人をお祖父様の前に残し踵を返した。

 

さて、どうしようかな。家族の元にいって、紹介理由を話すのが無難だ。しかしそうしたら、多分誰かご令嬢を紹介されて、明日の一曲目を誘わなければならなくなる。それは嫌だ。他意がない証明に、他のご令嬢とも雑談すればいいのだろうけど……誰を選んだものか。やっぱりどう考えても無難なのは、ユーネリア嬢だ。周囲が結婚の話題を出さなければだけど。現在は、レステル嬢の事があるから、ちょっと挨拶するくらいは大丈夫ではないだろうか。流石にユーネリア嬢をお祖父様に紹介したらアウトだが。

 

ユーネリア嬢は、東の時計のそばにいる。会場には、貴族のご令嬢の集団が三つほどあるのだが、その中の一つの端にいる。声をかけづらい位置でなくて良かった。例えば集団のど真ん中にいたら、心が折れていただろう。それとなくそちらに歩く。視線は白ワインに向けておいた。僕はそこで、シャンパングラスと白ワインをチェンジした。

 

その時である。

 

ユーネリア嬢が転んだ。白ワインが、僕の方に跳んできた。完全にわざとだ。故意だ。他の人々が気づいたかは知らないが、僕は彼女がわざと靴に不自然な力を込めたのを確認していた。筋肉の動きに気を配る癖があるのだ。相手が暗殺者の場合、それに気づくか否かで生存率が変わってくるからだ。どうしよう。白ワインを浴びるか、避けるか。僕には避ける事が可能だった。だが、そうすればユーネリア嬢は、シャンパンタワーにつっこむ事になる。僕には、彼女を見捨てるか、抱き留めるか、という選択肢がある。避ければ大勢の人の批判を受けるだろう。避けなければ、今度は彼女が、僕になんて言うことをしているのかという批判を受けるだろうが、それは事故と言うことで片づけられるだろう。しかしユーネリア嬢は、大変な勇気の持ち主だ。仮に僕が、彼女が意図的に転んだと気づかなかったとしても、少しでも不機嫌さを表せば、すぐにここから連れ出されて厳重注意を受けるだろう。明日はパーティ自体に出席できなくなる。そもそも転ぶこと自体が、ご令嬢にとっては恥となる。困った。例えば魔術で、白ワインをはじいて、彼女の体を静止させるという術もある。ここは仮にも王宮の晩餐会の会場だが、咄嗟のこととなれば、僕は魔術を使っても許されるだろう。そうすれば、ユーネリア嬢だけが恥をかいて終わりだ。僕が濡れることもない。しかし僕は彼女に挨拶するためにここに来たのだ。彼女を助けて言葉をかけて、濡れたから着替えるという理由で退出するというのは、悪くない案だ。あくまでも事故だから、周囲に変に取られる事もないだろう。打算的にそう考えて、僕は彼女を抱き留めることにした。

 

周囲が静まりかえる。僕は、腕の中にいる彼女を、少しの間、いつも通りの無表情で、沈黙したまま見守った。

 

「大丈夫ですか?」

 

それから僕は笑顔を作ってそう声をかけた。

するとユーネリア嬢が、慌てたような、泣きそうなような、恥じ入るような、そんな顔で僕を見た。すぐに白磁の頬が、桜色に染まり、目が潤む。表情を自由自在に変えられるなんて、すごい。しかし同じ事が、僕の母と姉妹も出来る。僕は騙されなかったが、笑みを深くして答えた。ゆっくりと彼女の姿勢をただして、腕を放す。

 

「失礼致しました」

 

消え入るような小さな声で言われた。心なしか、震えていた。

 

「ユーネリア嬢に怪我が無くて良かったです」

「わたくしの名前を覚えていて下さったのですか……?」

「ええ。妹の大切な友人ですから」

 

僕は、妹の友人だと強調して言った。かなりその部分に力を込めた。わざとらしくなっても構わないのだ。あくまでも僕は善意で助けたのだという強調だからだ。僕がそうしたことは、周囲も、僕の彼女に対する配慮だと受け取ってくれるはずだ。ユーネリア嬢が、小さな鞄から、ハンカチを取り出した。

 

「ありがとうございます」

 

素直に受け取り、僕は濡れた肩を拭く。

 

「本当に申し訳ありません……」

「どうぞお気になさらないで下さい」

「是非お詫びをさせて下さいませ」

「本当にお気になさらないで下さい。僕は着替えてきます。名残惜しいですが、また」

 

僕はそう告げて会釈した。さっさと帰ろう。僕は、まっすぐに入り口へと向かった。濡れているから、家族に挨拶する余裕がない風に外に出た。ユーネリア嬢がひきとめるように何か言いかけていたが、言葉を聞く前に僕は歩き始めたのだ。とりあえず、外に出てすぐ御手洗いに向かい、魔術で服を乾かした。早く帰って、シャワーを浴びたい。その気持ちに素直に、僕は魔法陣へと向かい、帰宅した。

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。