※この作品はR-18です。

歪みからの脱出   作:青嘴

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計画通り、僕は翌日のダンスパーティには遅刻した。

 

一曲目が終わった時、ミレイア殿下が僕を見た。しかし僕の方へ一歩踏み出した時、クラウ殿下が彼女の前に立った。そして僕の方には、妹が走るようにやってきた。クラウ殿下と妹の見事な連携を見せられた。第一王子殿下は、呆れたように笑って二人を見ていた。妹のルナマリアは、僕の前で微笑んだ。

 

「踊って下さる?」

「喜んで」

 

普通は兄妹でも、女性から誘われることはない。第一、兄妹で踊るとしたら、僕ではなくて兄上を先に誘うのが普通だ。姉が兄と踊るのなら別だが、そうしてはいないから。完全にミレイア殿下と踊るのを阻止するために行動に出ているのだ。僕は、二曲目はミレイア殿下か妹と踊るような気がしていたので、あまり驚かなかった。

 

「ねぇ、ネルお兄様」

 

踊りながら、妹に言われた。

 

「私、お兄様がリリーストに行ってしまうのは嫌だわ。お願い、行かないで」

 

直球だった。僕にも行く気はないが、ルナにはなんて伝えようかな。

 

「それにミレイア様は、お兄様とは合わないと思うの」

 

ルナが言った。そう言う見解を聞くのは初めてだ。ちょっと興味が惹かれたので、僕は聞いてみることにした。

 

「僕にはどんな人が合うと思う?」

「お兄様の気持ちを尊重してくれる方が良いと思うの。自分のことよりもお兄様を大切にしてくれるような方」

「例えばワインをかけて、僕が帰りやすくしてくれるような?」

 

僕が言うと、ルナが小さく息を飲んだ。それからうっとりするような笑みを浮かべた。

妹はどうやら、ユーネリア嬢が、わざと転んだことに気づいているようだった。妹は、謀をしている眼差しだ。

 

「ええ、そうね。実を言えば、私も驚いたの。ただ私はあの子が賭に出るとまでは、予想していなかったわ。けれど見ていて思ったの。女はやっぱり度胸よ。勿論昨日、私はワインをかけたことを注意したわ。どうしてあのように、わかりやすい気のひき方をしたのかと。さすがにネルお兄様が相手では、気づかれていると思ったから。浅はかな行動で自滅するところは見たくなかったの。だから素直に謝るように告げたの。そうしたらなんて言ったと思います?」

「僕が帰りたがっていたから」

「その通りよ。彼女は、ただの愚か者ではなかったわ。あるいはわざと転んだことを気づかせたのも意図的かもしれません。どちらにしろ結果的に、彼女の計算通りに事は運びました。気づいても、お兄様が避けないことは予測していたのでしょうね。お兄様があちらに近づいた瞬間には、賭に出る決意が固まっていたと思うわ。お兄様が挨拶してくると踏んでいたのでしょうね。そのつもりだったのでしょう?」

「女の子は怖いね」

「ひとくくりにしないで欲しいわ。ところで、お兄様は、彼女が嫌い?」

「少なくともその話を聞いて、僕を尊重してくれる優しい女性だとは思えないけど」

「嫌いではないのね。なら、少し話をしてみてはいかが?」

「彼女はどうして僕を相手に賭に出たんだろう?」

「お兄様を気に入っているからではないの?」

「お見合い写真は届いていないけど」

「だってロイドお兄様がお見合いを断った事があるのよ? 写真をまた送ってきたらおかしいじゃない。まるで公爵家の人間なら誰でも良いみたいに取られてしまうでしょう?」

「なるほどね。ちなみに他に、ルナが僕に合っていると思う女性はいる?」

「そうね。サンダルウッド侯爵家のマチルダ様も素敵ね。お母様もお気に入りよ。お母様は、限りなく侯爵家に近いオファイル伯爵家のレイチェル様もお気に入りみたい。レイチェル様は、お姉様も親しいの。他にお姉様は、ミンディナ伯爵家のメイリーン様もお気に入りだけれど、彼女は少し家格が低いとお母様はお考えよ。私はメイリーン様も素敵だと思うのだけど」

「兄上のお相手はどうなの?」

「ロイドお兄様は、ディルディギア男爵家のマリナ様がお気に入りのようね。お母様が大反対しているわ。男爵家というのが気に入らないのね。マリナ様には近いうちに、他の男爵家から縁談がいくはずよ。きっと縁談をマリナ様にもたらしたお母様の事をロイドお兄様はしばらくの間、許さないわ。ロイドお兄様って、根に持つ性格でしょう?」

 

僕は笑っておいた。

 

「きっとロイドお兄様は、お母様の勧める相手は、当てつけにお断りになるわ」

「姉上か父上の勧めなら、断らないんじゃない?」

「どうかしら。そもそもロイドお兄様が、狙った獲物を逃すとも思えないのだけど。ロイドお兄様は、奪って駆け落ちくらいしてみせるのではないかしら」

「確かにね」

「そうなるくらいならと考えて、お母様も最終的に折れるのではないかしら。お母様もロイドお兄様には不安があるから、ネルお兄様のお相手として、先ほどのご令嬢の名前を挙げているのよ。ネルお兄様なら安心だもの」

 

複雑な気分だ。安心とは何だろうか。

 

「ネルお兄様、一応紹介しておくわ。この国の王女殿下達は既にご存じだから省略するけれど」

 

ルナはそう言うと、各ご令嬢の居場所と特徴を教えてくれた。ドレスの色や持ち物、髪型などだ。すぐに全員の姿を僕は捉えた。直接紹介されたわけではないから、話しかける必要はない。ユーネリア嬢を含めると、僕のお相手候補は、四名だ。王女殿下達は除いて。隣国のミレイア殿下も除いている。ウェザークラフトの王女殿下達を含めて七名だ。僕はひっそりと、名前が挙がった彼女達には近づかないようにしようと考えた。

 

「どの方が一番お好み?」

「僕はルナを見慣れているから、特に心は動かなかったよ」

 

心にもないことを僕は言ったが、妹は嬉しそうな顔をした。

丁度ダンスが終わった。僕は礼をして、会場中へと視線を向ける。

三曲目の次こそミレイア王女殿下と踊らなければならない。僕は彼女を誘った。今度は無言で踊る。本来ダンス中はおしゃべりをしないのだ。僕と妹は、喋ることになれているから別だったのだ。いつも僕が、魔術で音声を遮断するのである。腕輪に記録させている魔術だから、この会場で使っても怒られることがないのだ。

大体三曲踊れば、解放される。

僕は四曲目は輪から外れた。シャンパンを取りに向かう。テラスに出て外の空気を吸いたかったが、迂闊に人気のない場所へ行くべきではない。誰か丁度良い伴う相手はいないものか。両国ともに王族は、五曲はダンスを踊る。十曲くらいは解放されない事が多い。しかし僕の家族は、踊っていない祖母や祖父も挨拶中だ。見回していると、クラウ殿下の乳母兄弟であるマーシェを見つけた。彼に挨拶をしてみようか。良い考えかもしれない。

僕が歩み寄ると、マーシェはすぐに気づいた。そして笑顔を浮かべた。作り笑いだが、表面上は好意的だ。

 

「久しぶり、マーシェ」

「お会いできて光栄だ、ネルレイン卿」

 

ネルとは呼ばれなかったが、人目があるからかも知れない。それでも親しさをアピールするような砕けた口調だった。別に親しいわけではないが、彼にとっては僕と面識があることは、恐らく有利になるのだろう。マーシェと僕は、天気の話をした。今日も風が強い。

 

適度に話して、僕は別れた。テラスに誘えるほどは気安くなかった。

もう帰っても良いのかな。家族達の方を見る。意外なことに、父と最初に目があった。父が視線で、駄目だと言ってきた。続いて祖父と目があった。祖父ははっきりと首を振った。帰っては駄目らしい。だけどもう僕は、やることが無くなってしまった。何か食べようかな。サンドイッチを眺める。めったに食べたことがないので、とりあえず歩み寄ってみた。

 

「スモークサーモンがお勧めだ」

 

唐突に声が響いた。僕は正面を見たまま、ぼんやりとその声を耳に入れた。最初は自分に言われたとは思わなかったのだが、僕が歩み寄った時、周囲はそれとなく場をあけてくれたから、おかしいことにすぐに気づいた。ゆっくりと声がした方向を見ると、女性が一人立っていた。僕は無表情のまま、緩慢に瞬きをした。すごい。一切気配がしなかった。先ほどは確実にいなかった。ならば僕がここへと来た直後に隣に立ったのだろうが、気づかなかった事に驚いた。黒に近い深紅のドレスを着ている。首までが覆われているが、肩から腕にかけては露出している。しなやかな体つきで、すらりとしていた。大人っぽく妖艶な魅力の持ち主だった。髪を結い上げていて、後ろの高い位置でまとめている。

 

「有難うございます」

「動揺すらしないのか」

 

彼女は、女性にしては乱暴な言葉遣いだ。喉で笑って、頬を持ち上げた。楽しそうに目を細めている。ニヤリとしていると言うのが正しいかも知れない。実際の所、僕は少し動揺していた。見透かされないように努力しているだけだ。相変わらず気配は感じない。この消し方は、魔術だ。

 

「一度貴方と話がしてみたかったんだ。ネルレイン・ラ・サザーカインツ」

「光栄です」

「思ってもいないくせに」

 

誰だろうか。恐らく祖父ならば分かるだろう。祖父の関係者のような気がする。僕に対してこういう対応をする人は少ない。祖父に視線を送りたいが、今の僕は立ち位置が悪い。あからさまに振り返れば、彼女に気づかれる。気づかれれば、それは礼を欠いた行為となる。自力で相手の名前を推測しなければならない。名前は兎も角、立場は少なくとも。とりあえずスモークサーモンのサンドイッチを手に取ってみた。一口食べる。あんまり美味しくなかった。微妙な気持ちで、改めて彼女を見た。年齢は、僕と同じくらいか少し上だろう。なのに老成した雰囲気の持ち主だ。非常に若作りの可能性も否定できない。面倒くさいから、名前聞いちゃおうかなぁ。家族はいい顔をしないだろうけど。聞かないと、意地悪そうな彼女は名乗ってくれない気がする。僕の反応を見て楽しんでいるのが分かる。

 

「失礼ですが――」

「ジェーン・ウィンドリー」

「大変失礼致しました。ヴェンスレイ帝国第一皇女殿下」

 

彼女は、この大陸の強国の皇族だ。皇帝陛下のご息女だ。祖父の直弟子だ。あるいは僕の兄弟弟子といっても良いのかも知れないが、全く立場が違う。公爵家の礼と魔術師の最敬礼の合わせ技で敬意を示した。すごく失礼なことをしてしまった。周囲が静まりかえった。だがそんなことを気にしている場合ではないのだ。僕は首を刎ねられても文句が言えない。やってしまった。皇女殿下がここにいるなんて、基本はあり得ないことだから、想定していなかった。やってしまった。恐らくお忍びできたのだろう。公式に来ていたら、大騒ぎになっていたはずだ。なぜならば、公式訪問だったら、国交のバランスが見直されるレベルだからだ。様々な条約締結や貿易関係の変革の可能性が高い。もしくは何か他にかなり重要な議題がある場合だ。その上彼女が偽物でないのは、魔力の気配で分かる。困ったな。祖父に取りなして貰わないとかなりまずい。

 

 

 

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