※この作品はR-18です。

歪みからの脱出   作:青嘴

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「楽にしてくれ。貴方は私の兄弟子なのだから」

 

まぁ生まれた時から習っている僕の方が、兄弟子に当たるのかも知れないが……。楽にするのはかなり難しい。彼女は、一国の国王よりも力があるのだ。少なくともうちの国の国王陛下や、隣国リリーストの国王陛下よりは格上だ。一応、祖父は五賢人だから同じくらいの扱いを受けるけど。僕は恐らく、彼女の従者よりも位が低い扱いだ。

 

「実は貴方に見て欲しいものがあるんだ」

「失礼致します」

 

空間魔術で皇女殿下が取り出した紙を、僕は受け取った。

何で僕に。祖父がいるんだから、祖父に聞けばいいのに。

受け取る前から禍々しい空気を放っていた紙をじっと見る。古い魔法陣が描かれていた。

 

「恐れ多いですが、これは五賢人会議にかけなければならない規約に抵触します」

「――これがなんだか分かるのか?」

「帝国の遺物ですか。古代兵器の他国への搬入は、恐れながら規約に反します」

「……残念ながら、私には解読できなかったんだ」

「でしたら僭越ですが、早急に我が祖父へ託し、エスライルの宣言を行う事をお勧め致します」

 

エスライルの宣言は、無実の証明になる。知らなかった事は免罪符になるのだ。

だけどこの魔法陣を解読できなかったのか。あまり上位古代魔術語が得意じゃないのだろうか。というか、やっぱり最初から祖父に相談していれば、その場で無罪を証明できたはずなのに。僕を巻き込まないで欲しい。

 

「承知した。これは念のために聞くが、貴方にはこれを起動することが出来るか?」

「ええ、可能です。ですが、起動後、死ぬと思います」

「何故?」

「これは簡単に言えば魔力捕食兵器です。魔術師は基本的に魔力欠乏症で死にます」

「……魔力を持たない者は助かるのか?」

「術式の理論上はそうですが、実際にはこの大陸に住む人間は空気中の魔力を多かれ少なかれ摂取しているので、全ての人間に影響が出ると考えられます。多くて10パーセント、現実的に考えて1パーセント未満の人間しか助かりません。助かったとしても、無影響の者はほとんどいないと思います」

「無効化することは出来るか?」

「理論上は、反対魔法陣を事前に展開しておけば、攻撃を受けても防ぐことが出来ます」

「それを自分自身や特定の場所に展開した状態で、貴方が起動した場合どうなる?」

「命が助かるとは思います」

「反対魔法陣を貴方は構築できるか?」

 

僕は改めて紙を見た。多分この術式なら何とかなるような気がする。

 

「出来ると思います」

「単独で使用できるか?」

「大丈夫だと思います」

「思う思うとそればかりだな。それでは不安だ。できるのか、できないのか、はっきりしろ」

「お言葉ですが、何事にも不確定要素と失敗可能性はつきものです。魔法陣の新規作成に関しては特に断言することは出来ません――失礼致しました。言葉のあやです、ご容赦下さい」

 

まずいまずい、僕はちょっと強く言ってしまった。

 

「いいや、構わない。思わぬ収穫を得ることが出来た。貴方は実に優秀だ。あるいは祖父殿よりも」

「恐れ多いお言葉です」

「帝国に暫しの間滞在して、力を貸してはもらえないか?」

「有事の際にはご協力をお約束致します」

「有事以外は来る気がないという断りの言葉か。私は貴方が気に入った。貴方は見た目も美しい。誰よりもな。何より、その魔力量と知識は尊敬に値する。是非手元に置いておきたいのだが」

「もったいないお言葉です」

「恋愛結婚する相手を探しているんだろう? 私は候補に相応しくないか?」

 

昨日からいたんだろうな。聞いていたんだろう。全く、最悪だ。

 

「皇女殿下は僕にはもったいなさ過ぎます」

「貴方は美味しそうな食べ物があったとして、もったいないと言って食べずに他の者が食べるところを見守るのか? 普通は自分で食べるだろう?」

「大事に最後まで取っておくので、度々誰かに好物を食べられてしまいます」

「二人で飲み直そう」

 

参ったな。直球で誘われてしまった。これは断れない。二人でと強調されているのだから、祖父も巻き込めない。だが勿論僕は、皇女殿下と二人で飲みたいとは思わない。くらいが違いすぎるから、婚姻の話が進むことはないが、それにしても皇女殿下に本気で打診されたら僕に断る権利はない。リリースト王国にお婿さんに行くよりも最悪だ。自由にさせてもらえるのであれば、魔術の都であり最先端の魔術都市がある帝国は、過ごすには最適だろうけど。研究をしたりできるし、僕と同じくらいの魔術師ならばそれなりにいるのではないかと思うから、腐竜退治にかり出されることもないだろう。帝国は、魔術師団の魔術師と騎士団の剣士、治癒魔術師が討伐に出ていると聞いたことがある。皇女殿下にも討伐する力があるようだが、気分が乗らなければ出ないようだ。まぁ彼女は、率先して参加するのが好きらしいと聞いたことがあるけど。しかし自由にはさせてもらえないだろう。帝国は、男女問わず長子が皇帝位を継ぐ。彼女は、次の皇帝陛下だ。帝国皇帝の配偶者は、正式な場合でなく愛人であって子がいなくても將爵されてすごく大変な生涯を送るようだ。自由がないらしい。祖父の弟、大叔父が帝国にいるから、聞いたことがあるのだ。大叔父は、魔術師だ。大叔父の奥さん、僕の義理の大叔母が前皇帝陛下の側妃に召された時に、離縁することになったが、一緒に帝国へ行ったのだ。前皇帝陛下の命を、大叔父も大叔母も断ることは出来なかったからだ。幸いだったのは、大叔父が着いて行くことを、前皇帝陛下が許したことなのかもしれない。大叔父も、祖父に並んで高名な魔術師だからその腕前をかわれたらしい。というかそもそも、大叔父を帝国に呼びたくて、大叔母を無理矢理召し上げたと聞いたことがある。前帝国皇帝は、前々帝国皇帝が五賢人の一人で魔術師だったのだが、僕の祖父を後継の五賢人に任命するくらい、祖父と大叔父を何故なのか可愛がっていたのだという。魔術師として。だから前皇帝陛下も、祖父と大叔父をよく知っていて、常々呼び寄せたいと言っていたそうだ。ちなみに祖父は祖母と大変仲が良いが、大叔父と同じ状況になり祖母が側妃となる事になったら、離縁してそのままだっただろうと考えられる。祖父は、仮にそんなことをしたら、帝国を絶対許さず敵になる性格なのだ。大叔父のように、貴族の常識にのっとり、泣く泣く先方の配下に下ったりはしない人だ。そのくらい我が強くないと、大陸をまたいで権力を持つ五賢人などつとまらないのかもしれない。普段は大変優しい人なのだけど。いつもは誰よりも礼儀正しく、王族を尊重している。だがそんな事が許されるのは祖父くらいのものだ。僕には勿論無理だし、祖父がこうした点で、僕を助けてくれることは絶対的にあり得ない。困ったな。皇女殿下が僕を本気で結婚相手と見ているとは思わないが、気まぐれに愛人の一人として呼び寄せることはあり得る。肉体関係など持たなくとも、招き寄せるために形式的に正式ではない婿とする事があり得るのだ。そして彼女があきたり興味を失ったとしても、あるいは最初から呼んだこと自体忘れて一度も会うことがなかったとしても、そうなれば僕は帝国から出ることは出来なくなる。一生一人で、帝国に与えられた領地で暮らすのだ。勿論その立場ならば、不貞は絶対に許されないから、僕は二度と女性と関係を持つこともない。まぁひきこもりになりたい僕としては、そう言う状況ならば、それはそれで良いのかもしれない。寧ろ案外悪くないかも知れない。だらだら暮らすのか。いいではないか。魅力的だ。興味を持たれない愛人になればいいのか。どうせ断ることは出来ないのだし、前向きに考えよう。

 

「よろこんで。光栄です」

「少しも嬉しそうじゃないな」

「皇女殿下と二人きりなんて、恐れ多くも幸福であり、想像しただけで緊張してしまいまして。そう見えるのでしたら、ご容赦下さい」

「祖父殿に無実の証明をしてくる。一緒に来てくれるな? その後、私にあてがわれた部屋へ行こう」

「承知致しました」

 

こうして僕は皇女殿下と共に、祖父のもとへ行くことになった。周囲の視線が痛い。しかし周囲は、皇女殿下だという事に気づいていない。僕達の会話は、皇女殿下の結界魔術で周囲には漏れていないからだ。おそらくどこの貴族のご令嬢なのか、皆が探っているはずだ。どうやら僕の祖父と父以外は気づいていないらしい。師匠と警備責任者だから知っているだけで、彼らはその事を家族にも伝えることは出来なかったはずだ。祖父と父は並んで立っていた。周囲から見れば、僕がこの二人に女性を紹介したように見えるだろう。これぞ結婚一直線の風景だが、皇女殿下が相手だから、事情を知ればそうは取られないはずだ。しかし皇女殿下が本気で僕を召し上げようとしているのなら、やはり結婚する事にはなるのだけどな。嫌だというか、前向きに考えても、面倒だ。

 

「お祖父様、父上」

 

僕が声をかけると、頷いて二人が微笑んだ。皇女殿下がすぐに事情を説明した。それから魔法陣の刻まれた紙を取り出した皇女殿下が、宣誓する。三人は、それが終わってから挨拶を始めた。僕は静かにそれを眺めていた。何を飲むか考えていた。皇女殿下は強いお酒が好きで、とてもお酒に強いと祖父から聞いたことがある。ウイスキーを魔術で呼び出すとして、ロックが良いのだろうか、それともストレートか? そんなことを考えていた時だった。

 

「ところでお師匠様。お孫さんを私にくれないか?」

 

皇女殿下が楽しそうな笑みを浮かべて言った。まさかこんなにも急に話が進むとは思わず、僕は驚いて顔を向けてしまった。祖父が驚いたように目を瞠っている。父はあからさまに息を飲んでいた。祖父と父の驚いた顔というのは、大変珍しい。

 

「我輩には孫が四人おる」

「勿論ネルレインだ」

「ふむ。エーフェルランド聖皇国のハインリッケン第二皇子殿下を婿として迎えるのではなかったか? ならばネルを側室の一人にするということですかな?」

「私とてそこまで礼を欠き、図に乗っているわけではない。ラ・サザーカインツから迎えるとなれば、無論正式なる夫として婚姻を結ぶ」

 

僕は思わず目を細めてしまった。正式な夫……? そんなのごめん被る。サザーカインツ家は、国に限らずこの大陸の中でもかなり古い家らしいから、皇女殿下はそのように発言したのだろうけど、残念ながら僕にはそう言う価値はない。エーフェルランドなんて帝国よりは劣るが、強大国の皇子殿下とは比べ者にならないはずだ。

 

「……私相手に良くそこまで嫌そうな顔が出来るな」

 

皇女殿下の声で我に返った。僕は目を閉じて誤魔化しながら首を振った。

 

「めっそうもございません。お戯れの言葉としても、恐れ多かっただけです」

「私は本気で言っているんだ」

「そのような御言葉は、大変なる栄誉です」

 

僕は溜息を押し殺した。すると祖父が半眼で僕を見た。

 

「孫には孫の意志がある。交渉はネルにしてくれ」

 

祖父の瞳は、僕に諦めろと語っていた。何せ僕には交渉を突っぱねるような技量はないし、皇女殿下に意志を押し通せるような力量もないのだ。それとなく父を見ると、父はにこやかに笑っていた。僕の好きにして良いという顔だ。父も僕が断れないことは知っているから、ようするに結婚に賛成だという事だろう。ここに僕の味方は誰もいない。断るにはどうすればいいだろうか。心に決めた人がいるとか嘘をついたとしても、ならばその相手ごと来ればいいと言われかねない。皇帝陛下の許しがあれば、おおっぴらに愛人をもてるのだ。僕の大叔父は、まぁそういう扱いで帝国に入ったわけである。女性相手に勃起しないから正式な夫にはなれない、これは無難な言い逃れだ。愛人になることだろう。が、試して確認されたら終わりだ。聖職者になると言っても、還俗させられて終わりだし。何か良い案はないだろうか。おもいっきり嫌われるようなことをしたら、不敬罪で命ごとなくなってしまうから、それも出来ない。僕から興味を失わせるのが一番なのだが、そもそも何故興味を持ってこんな事を言い出したのか分からないから、どうしていいのか分からない。祖父に魔術を習ったのが理由だろうが、それは取り消せない事実で、どうしようもない。回避する方策としては、例えばキースに皇女殿下を自殺に追い込むよう依頼するという方法があるだろうが、さすがに僕だって相手の死をもってしてまで逃げようとは思わない。弱ったなぁ。

 

「行こう、ネルレイン。酒を飲んで親睦を深めよう。私に口説き落とす時間をくれ」

「恐れ多いことです」

 

こうして祖父と父に見送られ、僕は皇女殿下と共に会場を後にした。

皇女殿下のお部屋は、迎賓館の中で、三番目に格が高い場所にあった。一番目と二番目は、公式訪問しているレクサ殿下とミレイア殿下が使っている。部屋にはいるとすぐに、皇女殿下が鍵をかけた。普通、未婚の皇族女子が、男と密室で二人きりになることはないだろうに、良いのだろうか。寧ろ良くないのは僕の方かも知れない。皇女殿下が僕に手を出されたと発言すれば、何もなくともそれが事実となってしまうからだ。

 

「何を飲む?」

 

お酒は僕が用意しようと思っていたのに、皇女殿下がさっさと魔術で酒瓶を取り出してグラスに注ぎ始めた。彼女はウォッカをロックで用意した。

 

「申し訳ありません。同じものを」

「構わないさ。誘ったのは私だ」

「有難うございます」

「乾杯」

 

手渡されたグラスを受け取りすぐに、乾杯した。座るように促されたので、僕は彼女の正面のソファに陣取る。皇女殿下は僕をじっと見て笑っている。

 

「私もネルと呼んでも良いか?」

「大変嬉しいです。ぜひお呼び下さい」

「では、私のこともジェーンと呼んでくれ。気を遣うな、といっても難しいか?」

「ジェーン殿下」

「殿下は不要だ」

 

本当に難しい。恐れ多すぎる。僕は笑っておいた。すると彼女が目を丸くした。

 

「笑うとよりいっそう目を惹くな。私はめったに男を綺麗だとは思わないが、お前は別だ。その上、腐竜を単独で討伐できると聞いている。しかも魔法陣の解読をする知識まで有しているとは。天は二物を与えずとは嘘だな。高貴な家の出自とまで来ている。私が貴方に対して問題だと考えるところは一点しかない。私がこのような評価を夫候補に下したのは、初めてだ」

 

ジェーン殿下は、つらつらと口にすると、グラスを傾けた。僕は首を傾げつつ、グラスに口を付ける。甘い。おだてられているが、彼女の言葉がまだ続いているから、否定する間が無い。僕は、ジェーン殿下の方がおきれいです、と言うべきだ。

 

「貴方の性格が分からない。礼儀があることは分かっている。だが何を考えているのかいまいちつかめない」

 

まぁ、あんまり深く物事を見ないし、何も考えていないようなものだからかもしれない。勿論思索にふけったり、結婚相手についてぐるぐる考えることはあるが。

 

「高圧的ではないが、頼りなくもない。きつそうではないが、優しそうでもない。面白味がなさそうかと思えば、冗談めかした発言もする。それは案外面白い。策略に長けているようには思えないが、意味無く引っかかることもない。潔癖な人間かと思えば、適度に遊んでいるようでもある。偽善者でも偽悪者でもなく、正義感があるのかないのかも分からないが、全うに人の命は尊重する、とはいえ打算的なところもある。かといって流れに身を任せているようにも見えない。押しに弱そうだが、嫌なことは回避しようとしているのがよく分かる。そう言った時は、押しに負けないようだしな。まるで雲のようでもあり岩のようでもある。印象は水に近い」

 

僕はそんな風に思われているのか。僕の一番の基準は、面倒か否かで、それによって行動が変わるだけなんだけど。

 

「私はネルの性格が知りたい。とても興味がある」

「有難うございます」

「だが貴方は私に興味がなさそうだな」

「そんなことはありません」

「世辞はいい。どうしたら貴方は私に興味を持ってくれるんだ? それが知りたい。もっと正確に言うのであれば、貴方は何に対して興味を抱くんだ? 貴方は他者に対して興味を持つことはあるのか?」

 

ちょっと困ってしまった。僕は今まで、そんなことを考えたことは一度もない。別段僕は他者に興味がないとは思わないのだが、改めて問われても浮かんでこない。うーん。僕が興味を持った相手は、誰だろう。言われてみるといないかも知れない。ただ、現在興味を持つべき相手は明確だ。僕は皇女殿下に対して興味を持つべきなのだ。ジェーン殿下に関して、僕は何が知りたいだろうか。例えば、どうしてこの会場にいるのかは知りたいようにも思うが、知らなくても困らない。どうでも良いような気がする。では、ジェーン殿下の性格とか? 僕は恋愛をしてみようと考えていて、最近はユーネリア嬢と二人で会話をしてみたいと思っていた。ならば皇女殿下と会話をしてみるのも同じようなものだ。会話をすることで、彼女の性格をつかんでいく事が出来ると思う。だが、何を話せばいいのかよく分からないし、性格を知ったところで、それをどうすれば良いのかも不明だ。気に障らないように行動する指針にはなるだろうけど。それはジェーン殿下への興味や、彼女に嫌われたくないという思いが根底にあると言うよりは、処罰を受けたくないという僕自身の問題だ。仮に相手がユーネリア嬢の場合だって、似たようなものだ。相手の中身なんか、結局どうでも良いと言うことになってしまうのではないか。では、外見は? ジェーン殿下は大人っぽい魅力溢れる美しい人だ。性的な関心としては、どうだろうか。寝ろ、抱け、そう言われたら出来る。しかしやっぱり自分からそうしようとは思わない。その上、彼女に付随してくる立場などの様々なことを考えると、非常に億劫だ。彼女を相手に僕が話をするとしたら、魔術について、祖父について、腐竜について、これらのいずれかが最適だろうが、それは世間話である。相手が彼女である必要はないし、別に彼女が相手だからそれらを話したいという欲求はない。何故僕を結婚相手にしようかというのは、年齢が釣り合っていることと、祖父の存在が理由だろうから、改めて聞かなくても良い。そうだなぁ、しいてあげるなら、彼女は結婚生活をどんなものだと考えているのか、くらいかな。あるいは、ジェーン殿下に友達がいるかどうかも聞いてみたい。この二つは、誰に対しても聞いて損はない。もしかしたら、これは他者に対する興味に該当するのではないだろうか。思いついたら僕は肩の荷が下りた気がした。

 

「ジェーン殿下、僕は、ジェーン殿下にご友人がいるかと、ジェーン殿下が結婚生活をどのようなものだと考えているのかに興味があるようです」

「私には友人がいないように見えるか?」

「分かりません」

「私の性格が極悪非道だから友達なんていないだろうという意味に取ったらどうする?」「そのようなつもりはありませんでした」

「うん。純粋に疑問に思ったことを、単純に聞いてきたみたいだな……」

 

僕の言葉にジェーン殿下が複雑そうな顔をした。僕は不敬なことを言ったように取られかけたことに、少し焦った。彼女が誤解しなくて良かった。

 

「友達、友達か……私が友達だと思っている人間はいる。あちらもそう思ってくれていると、私は信じている」

 

羨ましいなと考えながら、僕は頷いた。

 

「何故そんなことを聞くのか、ネルには友人がいるのか、その友人はどんな人間か、私はそう追求してみたい。だが、貴方はそれらを話すつもりではなくて、ただ何となく私に聞いてみたんじゃないのか?」

 

その通りなので頷いた。僕を見て、ジェーン殿下が苦笑した。

 

「ならば、どのように結婚生活を考えているかが、次の話題としては適切だな。まず、私の第一の役割としては、世継ぎの皇太子を設ける事が優先だ。実子が望ましいが、今後私が病に伏すなどして子をなせなくなれば、養子を設ける事になる。帝国では、必ず子が継ぐから、私の兄弟姉妹に譲位する場合は、その者を養子とする事になる」

 

頷きながら、僕は酒を口に含んだ。やっぱり甘い。ここまで甘いウォッカは、ウェザークラフトでは作られていないような気がする。僕は祖父に、色々なお酒の味を教えられたのだ。ただ、この甘さは嫌いじゃない。とても美味しい。

 

「第二の役割としては、婚姻自体に意味がある。私の正式な夫は大変な力を得ることになる。しかし側室であっても、かなりの権力を得る。即ち、政略的な意味合いで有利になる。国内外との力関係を安定させるためには、婚姻を利用し、様々な縁組みをすることは有意義だ。同時に側室は、人質としての意味合いも持つ事になる。多くの配偶者を得る事は帝国皇帝の役割の一つであるという歴史がある。勿論、正式な配偶者一人のみをおく場合もあるけれどな」

 

確か帝国は、皇帝に限り、複数の側室を持って良いのだ。勿論男性皇帝なら側妃、女性ならば男性の配偶者という事になる。後宮が存在するのだ。そこに沢山の愛人が住むのだ。しかも正式な配偶者も、必ず一人とは限らない。第一から第五くらいまでは、いた事があったような気がする。歴史書で見た。

 

「第二の役割では、国内外の力関係で帝国の有利を保つこと、各国との、あるいは国内の強者との、つまり関係者との政治的・軍事的な均衡を保つこと、相手の家族・親戚との縁を強固にすること、後宮における勢力の管理などの効果がある」

 

ようするに僕の場合の国内での政略結婚なんかとは格が違い、比べものにならないほど沢山の効果があると言うことだ。

 

「この第一、第二の役割を考えた時、ネルは非常に相手として好都合だ。まず子孫について考えれば、血筋が確かで、恐らく容姿と魔力・頭脳とも実力に優れた子供が生まれる。血筋だけでも本来は良い。まぁ容姿は、個人的に綺麗であればあるほど良いと言うだけだ。魔力は潜在値が高くなる可能性が通常よりもネルが相手であれば高いというだけだし、頭脳・知力に関しては、相応の教育をするからそこまで問題とはならない。さて、第二の役割だ」

 

僕の子供にそこまで期待するのは間違っている気がするが、特に何も言わないでおいた。

 

「まず対国外として考えた時、ネルには五つの利点がある。第一点は、五賢人の孫である事。第二点は、リリーストとウェザークラフトの各王家と縁ができる事。第三点は、名門サザーカインツの血を得ること。第四点は、単独で腐竜討伐が可能な魔術師を得たと宣言できること。最後の第五点としては、遺物の古代兵器を使用可能になったと秘密裏に通達し周囲を牽制できる事だ。今まで以上に帝国の威光が増す。貴方自身に、帝国にいて貰うだけで、帝国の力は増す。貴方にはそれだけの価値がある」

 

僕にそんな価値があるとは知らなかった。まぁ噂というのは大きくなるからな。実態がそうでもなくとも、いいんだろう。

 

「対国内においての利点は、二点だ。一点目、貴方はどこの国の王族でもないから、帝国で他国が強い権力を発揮することを阻止できる。利益ある縁続きにはなるが、他国の王族が国父となることは避けられる。それは国内貴族に対して有益だ。二点目、どこの貴族を優遇したともならない以上、依怙贔屓したことにならない。特定の貴族に力を与えることにもならなければ、奪うことにもならない。この二点を踏まえた時、貴方の存在は、非常に都合が良い。同時にこれは、政治的・軍事的な均衡を保つことにも繋がる」

 

確かにそう言う意味では、僕はやっぱり空いているのだ。

 

「そして五賢人の一人と強固な親戚関係を結べる点と、そうでなくともサザーカインツという名のある家柄と親戚関係を得ることは、帝国の権威の強固に繋がる」

 

僕自身には権威がないが、僕の家族には権威があると思うので、これも正しいだろう。

 

「最後に、後宮の勢力図だ。仮に貴方が自分の派閥を作り勢力を拡大したとしても、貴方はどこの国の王族でもないし帝国の貴族でもないから、仮にどこかに与していたとしても大きな問題にはならない。逆に何もせず大人しく暮らしていても、それも何の問題もない。貴方が空気扱いされた場合でも、何の問題も起きないわけだ」

 

空気扱いされる未来は思い描ける。何もしないで暮らすというのは悪くない。

 

「貴方との結婚生活には、まずこうした利点があるという前提がある」

 

酒をさらに飲みながら、僕はちょっと驚いた。今までのは、前提なのか。むしろ要の理由だと思っていた。言われてみれば、確かに結婚生活と言うよりは、結婚自体がどうなのか、ここまでは結婚がゴールであり、結婚後の生活に関しての話は少ないかも知れない。

 

「では結婚後の生活についてだが、基本的には正式な夫として、帝国皇族の公務がある。見た目が麗しい人間が笑って手を振っている方が、民衆の志気は高まる。可能な限り、幸せそうな家庭像の演出もすべきで、優しげな夫というのは好まれる。逆に、力強さも求められる。また、帝国では魔術師の力が強い。魔術師である事は、大変有利だ。国民の人気を考えた時に。そう言う意味で貴方は、優しく笑うことが可能な、力のある魔術師だから結婚生活において良い夫像を演出してくれそうだ。私も隣に立たせておくのならば、そう言う人間が良い。これまではそれなりの顔立ちと体型で良いと思っていたが、貴方を見てみると、やはり綺麗なのは良いなと思えてくる。またいくら見目がよくても、礼儀やマナーが無い者や、ただの馬鹿では話にならない。貴方の立ち居振る舞いは完璧すぎるほどだ。そして貴方は、ただの馬鹿ではない。隣に立っていてもらう相手として不足はない。そう、私の考える結婚生活では、貴方には隣に立っていてもらうことになる」

 

段々大変そうに思えてきた。僕に、ニコニコ笑って手をふれなんて言うのは、間違っている。僕にそれが出来るというのは誤解だ。第一、僕は魔術師だけど、すごい魔術師が沢山いる帝国に行ったら、ただの平凡な一人になるんじゃないだろうか。そして僕を綺麗だと言うが、そもそもそれがちょっと間違っているような気がする。立ち居振る舞いは、公爵領地で習ったものが通用する限りはどうにかなるかもしれないが。皇女殿下の隣に立つ、か。これってすごくハードルが高い。皇女殿下と見せかけだけでも対等で親密なそぶりをしなければならない可能性が高い。後宮での普段の生活は空気でも、国際的な夜会や国民の前では、そう言う態度をしろと言うことだ。僕以外にも正式な夫がいて、そちらの方が人気だったり、くらいが高かったり、優勢だったり、皇女殿下のお気に入りだったりすれば、勿論僕の出番はなくなるのだけど。勿論、僕だけが正式な夫になるとは思えないから、僕は考え過ぎなのかも知れない。

 

「さて、続いて個人的な話だ。まずは、夫婦生活の夜の営みについて。やはり好みの外見の相手の方が良い。そして愛があるのが望ましい。私は貴方の容姿が気に入っているし、貴方をそういう意味で愛せるだろう。また性的な嗜好があわなくとも、貴方と性交渉しなくなっても、ここでやはり貴方は国内外でどこかの勢力に属しているわけではないから、外的に文句を言われることはあまりないし、あっても無視できる」

 

僕が率先してやりたいわけではないように、皇女殿下だって別に僕と寝たいわけではないのだな。それに彼女の気持ちが、そこは分かる。僕はあまり相手の容姿に興味はないが、好みの外見の人とそうじゃない人がいたら、好みの方が良い。自分の好みが僕は分からないんだけど。

 

「次ぎに、知的レベルの話だ。私は魔術の話が出来る相手が良い。それも私以上の知識がある人間が好ましい。会話を全くしないというのは、ありえない話ではないが、話す可能性がある以上、会話を楽しめる相手が良い。私は魔術の話が出来れば、最低限は楽しむことが出来る」

 

まぁ……上位魔術古代語に関してのみで言えば、僕の方が詳しい所もあるかも知れない。

 

「そして、自衛が出来る相手。簡単に死なれては困る。貴方はそれに対応できる教育を受けているし、対抗する能力も持っている」

 

これは僕も同じ気持ちなので、よく理解できる。皇女殿下も滅多に死なないだろう。

 

「ただし結婚生活において唯一の気がかりかつ想像が出来ないことがあるわけだ。それは貴方の性格だ。繰り返すが、貴方が何を考えているのか、私はよく分からないんだ。また、多くの人間にとって、私との結婚は有利に働くが、貴方にとって私との結婚に利点があるのかも分からない。利害関係をなしに、恋愛をしようにも、考えが分からないからどう動けばいいのか分からない」

 

淡々と聞きながら、僕はグラスの中の溶けかけた氷を見た。

僕にとっての利点か。欠点はいっぱい聞いていて思いついたが、利点は、少ない。寧ろ一つしかない。皇女殿下が容易には死なないという所だけだ。

 

「もっとも今日、まったく貴方の性格がつかめなかったとしても、結婚後に理解しても良いと思っている。私は貴方を正室として連れて帰るつもりだ。貴方が私を気に入っていないとしてもな。見れば見るほど、貴方に惹かれてしまう。私は既に恋をしているのかもしれない」

 

なんということだ。決定事項なのか。彼女が恋をしているのかは分からないけど。

 

「――いつお帰りになるのですか?」

「明日だ」

「仕事があるので、仮に殿下の側にあがるとしても、挨拶をしたいのですが。勿論その場合、家族にも正式に伝えようと思います」

「構わない。良い心がけだ」

 

例えばだけど。この後帰ってから、あるいは明日仕事に行く時に、逃げ出したら。勿論僕の家族が処罰を受けることになる。最悪帝国は、無礼を働かれたと言って、ウェザークラフトに戦争を仕掛けるだろう。さすがにそれを分かっていて逃げることは躊躇われる。僕の意思が尊重されることはない。元々確固たる意志なんてないけど。こういう結果になるのであれば、他の人と結婚していれば良かったのかも知れない。離縁はする事になるが、離縁を経験していれば、正室に選ばれることはあり得ないからだ。自分の都合だけど。あーあ。家族も相手が次期皇帝では、リリーストのミレイア殿下を相手にするように阻止したりはしない。できないというのが正しい。むしろ喜ばれる可能性も高い。公爵家にとっても帝国との縁が強固になるのは、利点だらけだからだ。本格的に、僕は詰んでしまった。一難去ってまた一難。まぁ政略結婚なんて、こんなものなのかもしれない。僕は今後、全力でジェーン殿下を愛する努力をし、可能なら恋をすればいいのだ。僕にそれが出来るだろうか。ジェーン殿下が悪いという事じゃなく、誰が相手であってもだが。

 

このような状況で振り返ってみると、特務塔の生活は、本当に楽しかったな。

 

もうああいう日々は、二度と訪れないんじゃないだろうか。それが少しだけ寂しい。

 

さて、気持ちを切り替えなければ。

本当に僕がお婿さんにいくとしてだが、仮に皇女殿下から打診されたとはいえ、プロポーズをするのは基本的に男の仕事なのだ。僕は、プロポーズを彼女にしなければならない。どうしよう。どうしたものかなぁ。基本的には、指輪とお花を渡すのだ。多くの場合は、恋愛結婚であっても、改めて見合いの場を設け、その後でプロポーズをする。しかし明日帰ってしまう上に、その時僕を連れて行くと言うことは、お見合いする機会が無い。国際結婚の場合、お見合いはどちらの国籍になるかは構わず、男性側の国でするのだ。つまり今日中、今夜中にプロポーズするのが望ましい。僕はとりあえず、グラスを置いて立ち上がった。彼女の側に歩み寄り、ソファの横に膝を突く。するとジェーン殿下が驚いた顔をした。出現魔術で、公爵家に伝わる婚約用の指輪と、家に与えられた花を呼び出す。花束と指輪を持って、僕はとりあえず笑うことにした。

 

「ヴェンスレイ帝国第一皇女、ジェーン・ウィンドリー・ヴェンスレイ殿下。宜しければ僕と結婚して下さい」

 

彼女はポカンとしていた。恐らく本名はもっと長いのだろうが、生憎僕は知らない。

 

「ウェザークラフト王国サザーカインツ公爵家の名誉にかけて、僕、ネルレイン・ローランド・マリステル・リ・ウェザークラフト・ラ・サザーカインツは、生涯殿下をお守りし、共に歩み、良き伴侶となる努力を致します。どうか僕の求愛を寛大な心でお許し下さい」

 

これはちなみに、かなり一般的なプロポーズの言葉だ。何のひねりもない。結婚して下さいとしか言っていないからだ。人によっては愛の言葉を沢山連ねるのだが、僕にはそんな語彙も機転もない。狼狽えたように彼女が手を伸ばし、花束を受け取った。それから僕の掌に、長い指を乗せた。僕はそこに婚約指輪を填める。サイズは勝手に魔術で調整されるのだ。唖然としたように手を戻し、ジェーン殿下は指輪を見ている。

 

「――許そう」

「有り難き幸せに存じます」

「……気をつかわなくて良かったのに。私が無理を言っているのだから」

「気を遣ったつもりはありません」

 

実際、気を遣ったわけではない。悩んだが、僕は一般的な行動を取ることを選んだだけだ。僕自身の考えを尊重し、今後の僕の生活を守るためのような気がする。逆に、僕が女性だったら、プロポーズされた方がちょっとは前向きになれる気がしたのだ。そう言う意味で、僕は男としての仕事を果たそうと考えただけだ。

 

「……嬉しいものだな。その……私は、こんな風にプロポーズをされたのは、初めてだ」

 

ちょっと意外だった。だって彼女には結婚相手が沢山いるはずだからだ。改めて視線を向けると、彼女が真っ赤になっていた。余裕そうな笑みが消えている。何か言いたそうな顔で、目を大きく開いているのだ。潤んでさえ見える。よく見ると、睫が長い。僕は立ち上がってもう一度微笑して見せた。すると彼女が、小さく息を飲んで、視線を逸らした。

 

「家族に話して参ります」

「あ、ああ……」

「失礼致します。おやすみなさい、殿下」

 

僕はそう言って部屋を出た。本来であれば、婚約者のことは家族に紹介するのだが、皇女殿下は大変高貴な立場の方なので、ご本人が会うと言わない限りは、自然と紹介したりは出来ない。頼めば来てくれるかも知れないが、そんな気も起きない。

 

 

 

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