次ぎに目を覚ますと、ものすごく沢山の治癒魔術師に囲まれていた。すごく気まずく思えて、僕は寝たふりをしようかと思ってしまったのだが、すぐに気づかれた。
「サザーカインツ陛下!」
「意識をしっかり保って下さい!」
「声を出してみて下さい!」
それらの言葉を僕は聞き取った。他にも似たようなことを言われたのだが、一気にみんなが喋っているので正確には把握できなかった。僕は横になったまま、緩慢に瞬きをする。まず、サザーカインツ陛下なんて呼ばれたことに、顔が引きつりそうになった。帝国に来て、初めて呼ばれた。陛下と言うことは、まだ僕は正式な夫として扱われているようだ。寧ろこんな場所で呼ばれると言うことは、ちょっと変だ。陛下と呼ばれるのは、皇帝陛下の配偶者になった時なのだ。皇女殿下は即位したのだろうか。そうでなければ、僕も殿下のはずなのだ。次ぎに考えたのは、意識を保つと言うことだ。僕は今睡眠をした気分でいたのだが、周囲には意識不明状態に戻ったと思われていたのだろうか? ただ長く意識不明だったら、こんなに人が集まっているとは思えない。単純に数時間くらいしか経っていないと思う。そして、声、だ。僕が落ち着こうと浅く呼吸したら、声が出ないのかとざわつかれた。僕は思わず苦笑しながら、答えた。帝国語で答えてみた。
「出ます」
一言だけだが、周囲は大騒ぎになった。なんだか僕は、苦笑ばかりしているな。僕はこんな状況は苦手だ。なんだか心配して貰うのが申し訳ない。それから体調について聞かれた。僕は大丈夫だ、平気だと、繰り返すことになった。そしてすぐにまた眠くなってしまった。寝て良いか尋ねると、みんなが頷いてくれたので、僕は目を閉じた。
その後僕は、一ヶ月くらい、ゆっくり眠っては目を覚まして、その度に近くにいる治癒魔術師に体調を聞かれ、また眠る生活を送った。一日の大半を眠って過ごした。皇女殿下とは一度も会っていない。勿論、僕は子供に会うこともなかった。治癒魔術師とも、あちらが聞いてくる事にしか答えなかったから、雑談一つしていない。だから、塔にいた時のように、結局今何がどうなっているのかは分からなかった。治癒魔術師同士が病室で会話をしている時もあるが、もっぱら僕の体調についてだ。僕が寝たふりをしていてもそれは変わらない。それから、栄養剤の点滴がなくなり、食事を取るようになった。飲み物から始まり、流動食になり、おかゆになり、やっと固形物になった。これがなかなか大変だった。最初は何でも吐いてしまったのだ。最近やっと固形物を食べても大丈夫なところまで来た。とはいえ、ほんの少ししか食べられない。すごくお腹がすいて食欲があっても、少し食べるとお腹がいっぱいになってしまうのだ。毎回残して非常に申し訳ない。この頃になると、何か食べたいものはないか、好きなものはないかと聞かれた。しかし僕は何も思いつかなかった。僕って何が好きなんだろうな。いつも出てくるものを食べていたからよく分からない。また、変化として、清浄化の魔術ではなくて、お風呂にはいるようになった。これがすごく気持ちいい。最初は手伝ってくれる人が沢山いて、僕は何とかして出て行って貰うことに必死になった。その時に気づいたのだが、刃物が一切無い。その上、度々死にたくないか聞かれる。僕はどうやら自殺を危惧されているようだった。自然死なら兎も角、そういう気はおきないんだけど。他には、欲しいものはないかと聞かれるようになった。特にないというと、商人が連れてこられた。彼らは僕に雑談をふってきた。適当に答えておいた。だが、僕は特に買わなかった。商人達はちょっと困ったような顔をしていたから、やっぱり悪いことをしている気がした。しかし僕にはお金があるのかないのかもよく分からないし、本当に特に欲しいものがなかったのだ。服も靴も帽子も時計も装飾具も香水も本もお菓子も特に魅力的だとは思わなかった。僕がこれまでにもっているものは、もしかしたら流行遅れになっているかも知れないが、どうせ見せる相手もいないから気にならない。その内に、薬の点滴も取れて、服用する薬だけになった。一つは胃薬だ。二つ目は吐き気止め。後の三種類はよく分からない。ウェザークラフトでは見たことのない薬だった。まあ自殺を危惧されているのだから、気分を落ち着ける薬も一つくらいあるだろう。僕はそれの効果で気分が通常なのか、それとも関係ないのかは分からない。また一種類は魔力を安定させる薬のような気がする。飲んだ直後に魔力に違和感があるのだ。最後の一種類は本気で分からない。聞いてみようかとも思うが、面倒くさい。
小さな子供が二人やってきたのは、二ヶ月くらい経った頃だった。現在は、四月だった。僕はどうやら、今年二十四だったようで、まだ二十三で、子供は今年五歳になったばかりのようだ。入ってきた子の内の一人が、自分の子供だというのはすぐに分かった。僕は魔力の気配が読めるからだ。
「ウィルナード?」
僕が声をかけると治癒魔術師達も呆気にとられていた。多分、自分の子供の方をはっきりと見たからだと思う。目があったので笑っておいた。さて、もう一人は誰なんだろうか。というか、実子だが、殿下とかつけた方が良いのかな? 帝国皇族の直系長男なのだから父親だからと言ってあんまり大きな態度は、本来は取っては行けない気がする。
「こ、こんにちは、サザーカインツ陛下」
父とは呼ばれなかった。もしかしたら僕が父親だと知らないのかも知れない。僕は黙っておこうと思った。ウィルナードが歩み寄ってくる。その後を、もう一人の少年が着いてくる。二人とも同じ歳くらいだ。はじめは、ウィルナードの異父弟かとも思ったが、魔力が非常に弱いから、それはないなと思った。帝国皇族は魔力が生まれつき強いのだ。
「第一皇子のウィルナード・レ・サザーカインツ・ヴァレン・ウィンドリー・ヴェンスレイだ」
恐る恐るだったが、口調が皇女殿下にそっくりだった。第一皇子ということは、やはり皇女殿下は即位済みで、皇帝陛下になっているのだろう。サザーカインツを名乗っているから、僕の子供だと本人も分かっているかも知れない。レは公爵家の血を引くものにつく。遠方の孫や曾孫か当主の兄弟だ。大叔父とかもそうだ。しかし、僕の子供として育てられているとは限らない。例えば、他の正式な夫の養子として育てられている可能性もかなり高い。その場合でも、名前は変わらないのだ。何せ僕は寝ていたわけだから、特に即位後であるならば、公務の観点から考えて、他にちゃんとしたお父さんといえる立場の人がいるかもしれない。ちなみにヴァレンというのは、帝国において侯爵家の息子にくっつくんだったと思う。僕はまだ侯爵なんだろうか。
「そちらは?」
僕は笑みを浮かべたまま、もう一人の少年を見た。気まずそうにこちらを見ていたからだ。話すタイミングを探していたのだと思う。
「あ、あの、ロスフェルド・レイドと言います、陛下。ウィル殿下の近衛騎士です!」
「そうですか。よろしくお願いします」
納得しながらそう告げると、ロスフェルド少年が真っ赤になってしまった。確か帝国では、生まれた時から、同じ歳の騎士がつくのだ。ジェーン殿下の騎士にはあったことがないが、彼女にもいるはずである。同性の騎士がつくのだ。魔術騎士団の有力者の子供が多いと学んだ気がする。だから出自は千差万別だ。
「なんで俺がウィルナードだと分かったんだ?」
声をかけられたので視線を向ける。ウィルナードが首を捻っていた。不思議そうだ。魔力がそっくりなのだが、彼にはそれは見えるのだろうか? 僕にはウィルナードの力量や知識量などは分からない。だから他の言葉を探してみる。それはすぐに見つかった。顔である。どこからどうみても、僕にそっくりなのだ。自分の幼少時の写真を思い出した。ただし表情と色彩が違う。
「見れば分かるよ」
嘘はついていない。するとウィルナードが、まだ疑問そうなままだったが頷いた。
「本当におきれいですね……」
ロスフェルド少年が呟いた。何がだろうか。首を捻って視線を追いかける。観葉植物と窓しか、僕の後ろにはない。何の話か分からず再度視線を向けると、彼は相変わらず真っ赤だった。きらきらした瞳で僕の方を見ている。
「眠りの森の皇帝正陽陛下……」
「なにそれ?」
思わず聞いてしまった。正陽というのは、正式な夫のことだと分かる。だが眠りの森……? あれか、意識不明で寝ていたからだろうか? それともこの病室は、眠りの森というのだろうか。
「美しすぎて誰の目にも触れさせたくなくて、皇帝陛下が塔にずっと隠していたら、悪い魔女に見つかって、声を奪われて、眠りの呪いをかけられたんですよね?」
……ん? 僕は笑みを浮かべた顔が引きつりそうになった。それとなく周囲を見ると、治癒魔術師達が少し動揺したような顔をしていた。しかし聞き耳を立てている。この反応は、僕が意識不明になった理由を知らない感じだ。彼らも気になっているのではないだろうか。そして、ロスフェルドのいった言葉は、間違いである。僕に呪いはまずきかない。そもそも僕が美しすぎるというのは間違っている。誰の目にも触れさせたくないのは、意味が違った。立場上の力関係の問題だ。隠されていたのはその通りだ。じゃあ悪い魔女はと言えば、これは僕が接触していた女性は、今を含めてもジェーン殿下だけなので、彼女のことになってしまう。声は奪われた……のか? 微妙なところだ。遠因ではあるかもしれないが。そして眠っていたのは、だから呪いではないのだ。だが、全然違うと言って事実を話したら、ジェーン殿下……陛下か、ジェーン陛下に悪い気がする。ウィルナードだって母親についてそんな風には聞きたくないだろう。さてどうしようか。僕は笑って誤魔化すことにした。深く笑みを刻み、何も言わずにじっと視線を向ける。するとまたロスフェルドが真っ赤になった。可愛いな。視線になれていないのかも知れない。
「サザーカインツ陛下はあんまり笑わない方が良いぞ。また呪いをかけられる!」
今度はウィルナードに言われた。思わず吹き出してしまう。それは、僕の笑顔が綺麗だと言うことだろうか。子供の言うことだが、周囲に聞かれているから、かなり恥ずかしい。大体ウィルナードは僕とほぼ同じ顔なんだから、その理屈で言えば、彼だって気をつけなければならなくなる。
「ウィルナード殿下こそ呪いに気をつけてね」
殿下とつけてそう言ってみたら、彼は目を丸くした。するとロスフェルドが一歩前に出た。
「ウィル殿下は俺がお守りするので大丈夫です!」
「頼もしい騎士がいて良かったね」
微笑ましい。子供って可愛いんだなぁ。会うことが出来て、本当に良かった。もっと話をしていたいのだが、残念ながら、僕は眠くなってきてしまった。うとうとしかかったら、治癒魔術師がそれに気づいた。
「そろそろサザーカインツ陛下はお休みになられます。殿下がたは、ご退席下さい」
その言葉に、二人が慌てたように、彼と僕を見た。僕は、何も言わずに帰っていく二人を笑顔で見送った。扉が閉まってからすぐに、僕は力尽きて、体を寝台にぐったりと預けてしまった。若干呼吸が苦しい。僕の体力はどれだけ落ちているんだろうか。治癒魔術師が慌てたように、吸入器を持ってきた。礼を言って僕はそれを受け取り、ちゅーちゅーと薬を吸う。溜息が零れそうになった。それから僕はすぐに眠った。