※この作品はR-18です。

歪みからの脱出   作:青嘴

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白いテーブルクロスを眺めながら座っていると、祖父母がやってきた。

二人は大変仲が良い。

執事のロータスと侍女長のエミーヌが従っている。周囲には、他にも大勢の使用人達がいる。視線が中央にあるこの食卓に集中している。慣れてはいるが、僕はこの視線すらも正直嫌だ。食べているところを人にじっと見られると落ち着かないと思うのだが、どうしてみんなは平気なのだろうか。「いただきます」という言葉が、震えそうになってしまった。

 

「ところでネル。今日は気に入った仕事はあったのか?」

 

それからすぐに祖父に聞かれた。この三日間、僕は毎日同じ事を質問されている。

顔を上げると、口元に笑みを湛えている祖父と目があった。

お祖父様は、ワイングラスに触れながら小さく首を傾げている。

 

「お祖父様、その事でお話があります」

「なんだ?」

「特務塔の求人票を見て、職場見学に行くことにしました。見学後は王都に残り、そのまま可能であれば特務塔勤務魔術師に就職しようと思います」

「え」

 

お祖父様が狼狽えた声を上げた。端正な切れ長の目が見開かれ、口を小さく開けている。息を飲んで硬直した祖父は、僕を凝視している。いつも威厳たっぷりのお祖父様が、ポカンとしていた。こんな表情は初めて見た。

 

「医療塔は選ばなかったの?」

 

隣で祖母が呟いた。とても悲しそうな声だった。しかし医療塔は、完全スカウト制なので自分で選ぶ事は出来ない。仮に選ぶことが出来たとしても、お祖母様や姉上の知り合いが沢山いるので、あまり行きたくない。なので、頷いて返した。すると祖父が咳払いした。

 

「その……ネルが魔術師の道を選んでくれて、我輩は非常に嬉しい」

「ありがとうございます、お祖父様」

「だが……宮廷魔術師や戦略魔術師では駄目なのか?」

 

駄目というか、倍率的に難しい。今から試験勉強をする気にもならない。

ちなみにサザーカインツ家は、コネはあんまりない。ずるをしてはならないと、幼い頃から叩き込まれて育ってきた。仮に家族がごり押ししてくれれば、どこにだって就職できるだろうが、そう言うことはあり得ないのだ。貴族社会だから根回し手回しは無いとは言えないが、こういう場面に置いては、基本的に自分でどうにかしろという家風だ。

 

「僕には向いていないと思います。特務塔は反対ですか?」

「反対はしないが……特務塔か……」

「オズワルド様、特務塔とはどんな所ですの? わたくし、名前しか存じません」

 

言いよどんだ祖父に向かって、祖母が言った。

実は僕も知らないので、その問いは有難い。僕から聞こうと思っていたのだから。

 

「特務塔には、規定の職務はない。一定の時間のみ待機し、他は自由。はっきり言ってしまえば、仕事は無い」

「それでは、何のために存在しているのです?」

「我輩にも分からん」

「王宮で働いたという箔付けのためかしら?」

「いいや。そういった経歴作りの場でもないのだ」

「守秘義務が徹底しているのかしら?」

「そうとも思えない。王家の直属部隊だという噂が出たこともあるが、そのような気配もない」

「これまでに何か功績はありませんの?」

「それは非常に沢山ある。しかしながら、一貫性がない。ある時は、和平交渉の話を持ち帰ったり、またある時は新しい魔導具を開発したり、場合によってはトンネルを掘ったり。逆に何故そのようなことをしているのか疑問を覚える仕事をしている事もある。迷子の猫を探したり、陛下に献上される菓子の試食をしたり、王立学院の一日講師をしたりもしていたな。何をしているのか、何がしたいのか、いまいち分からないのだ。しいて言うならば、何でもやっているのが特務塔だ。だが、どこの誰の依頼で何故それを行っているのかはさっぱり分からん」

「代表は誰ですの?」

「ハーレイ・バートンという魔術師だ。引退したという話は聞いておらん。我輩が王宮に身を置く以前から、特務塔の代表魔術師だった。あまり話した事がない。挨拶程度の面識しかない」

「誰か親しい方で、特務塔に詳しい者はいないの?」

「そもそも特務塔に勤務している魔術師を、ハーレイ・バートン以外知らん。めったに姿を見なかった。見かけても、深々とローブを着込んでいて、顔が分からん。特務塔勤務魔術師は、フードを目深に被っているのだ。上着に至っては、引き上げれば鼻の上まで覆えるつくりだ。式典などには出席免除をされているから、脱ぐ場もない」

「隠しているの?」

「そう言うわけでもないだろう。ハーレイ・バートンも普段は、顔を見せない。だが、何度か庭で昼食を食べているところを目撃して、その時はフードを取っていた。御手洗いでたまたま特務塔指定ローブを着ている魔術師と遭遇したこともあるが、やはりフードは取っていた。よく顔は見なかったが。隠すとすれば、ああいった場合でも徹底するはずだ」

「何をしているか曖昧な得体の知れない魔術師達とおっしゃりたいの?」

「……そこまでは言っておらん」

 

祖父が顔を背けた。祖母は、頬に手を添えて困ったように視線を揺らしている。

結局、特務塔の謎は深まるばかりだが、僕は別に構わないと考えた。そもそも分からないから見学に行くのであるし。それに顔を隠していて良いというのは、僕にとっては朗報だ。周囲の視線が気にならなくなるかもしれない。勿論、顔が見えないとなれば、不審者扱いの視線は受けるかも知れないが。そうだとしても、フードの奥で俯いていてもバレないだろう。

 

「ネル、本当に行くのか?」

「ええ。そのつもりです」

「そうか。いつ出発するのだ?」

「明日にでも」

「寂しくなるな」

 

お祖父様は、気を取り直したように微苦笑した。確かに寂しい。それは僕も同じ気持ちだ。

 

「ネル。いつでも戻ってきて良いのよ。無理をしては駄目よ。体を大切にするのですよ」

 

お祖母様が、優しい眼差しで僕を見る。胸が温かくなった。

そんなこんなで、僕は祖父母と最後の食事をとった。

 

 

翌日、僕は王都に向かって出発した。祖父母と使用人達が見送ってくれた。

馬車に乗り込んだのは、早朝だ。王都までは、丁度一週間かかる。運が悪ければもっとかかる。もう十一月も中旬になろうとしている。僕が急いで王都へ行くことにしたのも、雪が降って街道が険しくなることを懸念したからだ。王都とローランドの間には、標高が高い海ぞいの峠があって、そこは例年、十一月末には雪が積もっているのだ。そうなる前に、王都に出たかったのだ。それに、新しく働き出す王立学院の卒業生達は、来春まで、王都の各学院で過ごしているから、王都に詳しいはずなのだ。僕は、王都で過ごしたことがほとんど無いので、慣れておきたかった。入寮するまでは、両親兄妹と共に、王都の自宅で過ごすことになる。出来れば、早々に入寮してしまいたい。なぜならば、我が家は、よく夜会を開くからだ。ちなみに十八歳になったら僕も夜会デビューをしなければならない。だが基本的に夜会は、男子は就職もしくは爵位を得てからデビューするから、春までは出席しなくても許してもらえるはずだ。それに就職後は、仕事が忙しいと言って出席を拒否することも出来る。兄が拒否していたから、出来るはずだ。

 

僕は夜会が好きじゃない。茶会も好きじゃない。マナーもダンスも楽器も歌も習ったので最低限は出来ると思うが、すごく恥ずかしいのだ。誰も僕のことなんか見ていないかもしれないけど。そもそも夜会には正式にデビューしていないし、茶会も知らない人がいるものには出たことがないから分からないが、予想だ。僕は笑顔を浮かべて楽しそうに会話する事など出来ないと思う。そのための努力が出来ないのだ。僕には会話の引き出しがない。どうやったら話題を豊富に出来るのか見当もつかない。そもそも豊富にするための努力も面倒なので出来る気がしない。何もせず黙って座っていることならばできるかもしれない。だがそれならば、出席しなくたって良いと思うのだ。参加することに意義があるのかも知れないが、その意義と、精神的苦痛を天秤にかけた時、僕は苦痛を選べない。僕は自分に限りなく甘いのだ。

 

王都に到着し、我が家の前に馬車が停車した。

ずらっと使用人達が並び、出迎えてくれた。母と姉が玄関前に立っていた。姉は、わざわざ駆けつけてくれたらしい。

 

「ひさしぶりですわね、ネル」

 

母が柔和に微笑した。歩み寄ってきた母は、僕が答える前に、僕を抱きしめた。

華奢である。今では僕の方が背が高い。顔を合わせたのは、夏以来だ。両親は、毎年夏に、祖父の家に顔を出すのだ。なお、姉と会うのは、二年ぶりである。兄とも二年は会っていない。丁度二年前に、兄と、姉夫婦が連れだって祖父の家を訪れたのが最後だ。妹は毎年春休みに祖父の家に来ていた。

 

「大きくなったわね、ネル。もう私よりも背が大きいじゃない」

 

母にかわり、今度はエリザ姉上に抱きしめられた。姉は、とてもスタイルが良い。背がすらっと高くて、胸も大きい。しかし腰は細い。足も細い。

 

挨拶を終えてから、僕は二人にお土産を渡した。母も姉も喜んでくれた。薔薇の香りがするお茶と、蜂蜜を買ってきたのだ。『これからお世話になります』と言うと、『ここは貴方の家でもあるのですよ』と母に苦笑された。残念ながら、あんまりそういう気がしない。

中に通された僕は、久しぶりに、この邸宅内の自室へと向かった。

よく掃除されていて、生活感は全然無い。三年ぶりに入った。三年前に忘れていった本がそのまま机に載っている。懐かしい。鞄をそこに置いてから、すぐに階下へと向かった。そして母と姉に促されて、テーブルの前に座った。こちらの執事であるユリウスがお茶を淹れてくれる。本当は部屋で休みたいのだが、待っていてくれた二人に対して断れなかった。それに久しぶりに話すのは悪くない。二人は様々なことを僕に対して話しかけた。気が楽なのは、無理矢理僕に会話を促してこないことだ。黙って座っていても、この二人が僕を咎めることはない。というよりも、僕が口を挟む間がないほど、二人は良く喋る。それに聞いていると結構面白い。僕は時折質問に答えるだけだった。質問の内容は、お祖父様とお祖母様に関する事がほとんどである。他には、ローランドの領地の話くらいだ。

しばらくそうして過ごし、姉は夕食前に帰っていった。

僕は母と共に夕食を食べた。その席では、今度は、両親と、兄姉、そして妹の事と、王都の話題になった。楽しそうに母が話してくれた。聞いていても楽しかった。

 

食後、入浴してから、僕は早々に自室に引き上げた。

明日は見学に出かけるから、早めに眠ろうと考えたのだ。

ちなみに今回王都にくるにあたって、僕は『久しぶりに王都で過ごしたい』としか手紙に書かなかった。だから仕事について聞かれることもなかった。伝えていれば、今頃大騒ぎだったと思う。母も姉も、そういう話が大好きなのだ。特務塔について聞いてみようかとも考えたが、やめておいた。なぜならば、以前から母には宮廷魔術師を勧められていたし、姉には文官として宰相府に入ってはどうかと言われてきたからだ。特に宰相府の方は、義兄である宰相閣下本人からも勧められた。王立魔術師団の中で花形の宮廷魔術師は大変目立つ。宰相府も文官の最高峰だ。やっぱり目立つ。僕は度々遠回しに断ったのだが、二人は諦めていない様子なのだ。なお、父と兄には、騎士団を勧められた。勿論そちらも断り続けている。コネではないので、そのいずれにしろ実力で試験を突破する必要があるというのもネックだが、何より仮に突破しても、目立つという僕にとっての難点があるので頷くことは出来なかったのだ。それに、コネではないとしても、近しい人々が過去あるいは現在関わっている職場では、変に期待されてしまいそうで嫌だった。残念ながら、僕には期待に応えられる力量はないのだ。

なお、その日は、父も兄も出張中だったので、顔を合わせなかった。

妹も友人宅の若年層女性限定の夜会に出席しているとの事で、外泊不在だった。

だから早々と僕は就寝した。馬車ではなく、久しぶりの寝台だったので、ぐっすりと眠ることが出来た。

 

翌朝、母は朝食を食べないので、僕は一人で席に着いた。

そこで執事のユリウスに声をかけた。ユリウスは、父よりも少し年上だ。ずっと昔からお世話になっている。

 

「少し出かけてくる」

「馬車を手配致します」

「必要ないよ。それと食事も外でしてくる」

「承知致しました。何時頃お戻りになられますか?」

「分からない」

「かしこまりました。従者は何名に致しましょう?」

「僕一人で大丈夫だよ」

「そういうわけには参りません。御立場をご理解下さい」

「ユリウス」

「なりません」

「ユリウス」

「駄目です」

「ユリウス……」

「僭越ながら、どちらへお出かけになるのですか?」

「……その……」

 

僕は答えるか迷った。ユリウスに伝えれば、母にも伝わる。かといって、その辺をぶらぶらするだけだと言えば、従者をつけられる。職場見学に従者をつけて行く人はいないと思う。口止めすれば、彼は黙っていてくれるだろうか。何か上手い言い訳はないだろうか。

 

「……職場見学に行くんだ」

 

結局僕は正直に告げた。上手い言葉が思いつかなかったのだ。

僕の言葉に、驚いたようにユリウスが大きく瞬きをした。しばらく沈黙が降りた。

ユリウスはまじまじと僕を見た後、小さく首を傾げた。

 

「なるほど。馬車や従者は不利になる場合がございますね」

 

響いた声に安堵して、僕は大きく頷いた。するとユリウスが顎に手を添えた。

 

「理解は致しましたが、納得は出来かねます。家名を隠さなければならないような職なのですか?」

「そういうわけではないと思うけど」

「騒ぎになりたくないと言うことで宜しいですか?」

「うん……」

「でしたら、お召し物もご一考下さい。一目見ただけで、高貴な方であることが分かります。馬車や従者など無くとも、現在のお洋服と装飾類で、大抵の者は気づきます」

「え?」

「そもそも、生まれながらに溢れる気品を隠せるか、大変難しい問題でしょう」

「気品……?」

「悪いことは申しません。無理に隠すべきではありません。いつか露見します」

「別に隠すつもりじゃないよ。ねぇユリウス、どんな服を着て、どんな立ち居振る舞いをすれば良いのかな? ようするに、今の僕は、どこかおかしいという事だよね?」

「おかしくはありません。完璧に洗練されているんです」

「真面目に教えて」

「私は真面目です」

「……とりあえず、相応しい服を用意してもらえる?」

「即座に新品を用意することは可能ですが無意味です。今から人を走らせて用意すれば、誰が購入したのか詮索されます。それを身につけていれば、すぐに素性が割れます。口止めできる商人を呼び寄せるにしろ、仕立屋を呼ぶにしろ、即座にとはいきません」

「新品じゃなければ用意できる?」

「……ええ。当家の使用人の私服は最適でしょう……」

「買い取るよ」

「そう言う問題ではございません……」

「ユリウス。僕は急いでる」

「……かしこまりました」

 

僕は押し切った。それから私服を受け取った。

自室に戻ってから、まじまじと服を見る。確かに、僕には馴染みのないものだった。見た目はそんなに変わらない。ただ、決定的に布地が違うのだ。あまり触り心地が良くない。僕はこれまで気にしたことがなかったから、今後は注意しよう。問題は、靴だ。靴も貸してもらったのだが、すごく歩きにくい。我慢できるだろうか。自分の靴で出かけたら目立つだろうか。悩んだ末、僕は自分の靴の中で一番地味なものを選んだ。そして、借りた靴を見本にして、魔術で見た目を変化させた。結果、履き心地はいつも通りだが、見た目は借りたものそっくりになった。なるほど、これはいいじゃないか。僕は借りている服も一度脱いだ。そして本当の自分の服の一つを、借りたものそっくりの見た目に魔術で変えた。着心地が一気に良くなった。無理をして着なくても、見た目を変えれば良かったのだ。大発見である。

 

「今度はどうかな?」

「お渡しした服とサイズが異なるようですが……?」

「自分の服の見た目を変えたんだ。これ、返すよ」

 

もう着ないので、借りた方の服を返した。お金も渡そうとしたのだが、受け取ってくれない。ユリウスは、複雑そうな顔で僕を見ている。

 

「元に戻すことは可能なのですか?」

「できるけど、どうして?」

「非常にもったいなく思えてならないからです。ぜひ、元に戻す事をお考え下さい」

「分かった。それで、どうかな?」

「……」

「……変?」

「変ではありませんが……なんというか……騒ぎにはなるように思います……」

「どうして?」

「お顔立ちが……非常に申し上げにくいのですが、目を惹きすぎます。その上、現在の装いですと、普段とは異なり話しかけやすいように思います。普段通り、話しかけることすら恐れ多いような出で立ちの方が良いかもしれません……うっかり婚約者を探しているご令嬢に遭遇でもしたら、押し倒される可能性があるでしょう……」

「押し倒されるって、僕が? 女の人に? いくらなんでも、体力だってそれなりにはあるよ。押し倒されて殴られても、反転して取り押さえる程度の護身術は使える」

「殴る蹴るの暴力ではなくて、率直に言えば、性的な暴力です」

「それこそ、まさかだよ。僕は、これまでモテた試しがない」

「ですから普段は恐れ多いと申し上げているんです」

「考えすぎだよ」

 

思わず僕が吹き出すと、ユリウスが眉を顰めた。目も細めている。

まぁこの件は、もういいや。顔を隠して職場見学をするわけにはいかない。それではただの不審者だ。後は立ち居振る舞いにも変なところがあるかも知れないが、極力喋らず無駄な動きをしなければ、何とかなるのではないだろうか。パッと見が大丈夫ならば、きっと何とかなる。そう願おう。

 

「有難う、ユリウス。助かったよ」

「いえ……」

「じゃあ行ってくるね」

「お待ち下さい。やはり、従者はおつけ下さい」

「それじゃあこの服の意味が無くなる」

「見学場所の前で目立たないように別れれば問題ないと存じます。その場までも距離を置いて歩けば良いではありませんか」

「魔法陣で転移するから、結果的には同じになる」

「魔法陣……? では、王宮ですか?」

「あ……」

 

バレてしまった……。口が滑ったのだ。

 

「王宮ならば、素性が露見しても何の弊害も無いですよ……?」

「ユリウス。兎に角そう言うことだから」

「……承知致しました。王宮ならば……そうですね……お帰りをお待ち致しております」

 

だが、結果的に、ユリウスが頷いてくれた。

玄関の隣にある『移動魔法陣の間』まで先導してくれる。そこで、ユリウスから、『サザーカインツ王都邸宅魔法陣使用許可証』を受け取った。これが同時に、身分証にもなるのだ。これを所持している人間は、サザーカインツ家が身元を保証していることになる。よって僕は、必要に迫られない限り、『ネル・ローランド』と簡単に名乗るだけで良くなるのだ。身分証を持っていないと、どんな場面でもフルネームを使わなければならず、大変面倒だ。何が面倒かって、まず署名するだけでも大層な手間である。それに、本名は目立つ。だが、『ネル』ならばそこまで珍しい名前ではない。ローランドにいたっては、この国で一番多い名字だ。

 

「いってらっしゃいませ」

 

ユリウスに見送られて、僕は魔法陣の中央に立った。

目を伏せて、瞼の向こうの光を感じる。それがおさまってから、静かに目を開くと、そこは見慣れぬ部屋だった。王宮の魔法陣の上である。黙々と僕は、魔法陣から出た。魔法陣はひっきりなしに使用されているので、すぐに退いて場所を空けるのが礼儀なのだ。

それから正面の扉へと向かい、検問所で身分証を魔石の上にかざした。

淡い緑色の光が瞬時に光り、許可が下りる。

小さく吐息して、僕は外へと出た。正面には、第二庭園が広がっている。

庭園を入ってすぐの場所を左折すると、石畳が広がっていて、そこを直進すると塔が並ぶ区画に出る。王宮の地図は、身分証の裏側に載っていた。

 

庭園の時計台を見ると、現在午前十時三十分。

午後一時から午後三時まで以外にも人が勤務しているのかは分からないが、見学時間の指定はなかった。不在で無人だったら、王宮図書館でも見に行こうと考えている。王宮レストランも外部に開かれているから、昼食をとっても良いし。過ごし方は色々あるのだ。

僕は前を向いて、歩く事にした。ちらほらと視線がとんでくる気がする。思いの外人通りがある。さすがは王宮だ。

 

 

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