※この作品はR-18です。

歪みからの脱出   作:青嘴

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無事に特務塔にたどり着いた僕は、入り口前で上を向いた。

周囲に点在する他の塔よりも、細い。高さは他の塔と同じくらいだ。階段を上る手間を考えるなら、もっと横に広くして、縦に短くすればいいのに。外観の問題だろうか。

入り口の扉は開いていて、守衛などはいない。

短い外階段をのぼって中へと入る。一階は全て、エントランスホールだった。

壁際に横長のソファがある。そして正面の壁に、案内表があった。奥には階段がある。

まずは案内表を見た。

 

一階が、エントランスホールであり、現在地だ。

二階が、応接間。

三階が、本部。

四階は、空欄。

五階が、資料室。

六階が、魔法陣。

屋上には庭園があるそうだ。

 

なんと、直通の魔法陣が存在するのか。便利だ。ここで働きたい気持ちが高まった。

とりあえず僕は、三階に向かうことにした。

階段をしばらくのぼり、一応二階でも立ち止まる。応接間の扉も開いていた。壁には、『未使用』という札がかかっている。無人だ。それを一瞥してから、三階へと向かう。

三階につくと、今度は扉が閉まっていた。飴色の扉は、固く閉ざされていて、中は見えない。右手に小さな机があって、鈴がのっていた。『ご用の方は鳴らして下さい』とある。その脇には、紙の束があって、氏名を書く欄と用件を書く欄があった。僕は、鉛筆を手にとって、『ネル・ローランド』と記入し、用件欄の選択肢の『職場見学』に印を付けた。

鉛筆を戻して紙を手にしてから、鈴を鳴らす。二度大きく揺らした。

 

扉はすぐに開いた。

 

「遅かったですね、お待ちしてましたよ、ミセリウス様――……え?」

 

誰かを待っていたのだろう。人違いをされた。出てきた人が、僕を見て硬直してしまった。

目を見開いている。唇が半開きだ。

フードで顔を隠してはいなかった。しかしローブを纏っている。魔術師だ。

身長は僕よりも低い。十センチくらい違う。百六十代半ばだろう。姉と同じくらいの身長だが、男の人である。子供というわけでもない。少なくとも、僕よりは年上だろう。

 

「あ……し、失礼しました。こ、ここは、その……と、特務塔本部ですが……な、何かご用でしょうか?」

 

見守っていると、震える声で聞かれた。我に返って僕は、紙を前に差し出した。

 

「はじめまして。ネル・ローランドと言います。職場見学にうかがいました」

「えっ……え? け、見学? うちの、見学?」

「はい。出直した方が良いでしょうか?」

「出直すというか……ここ、特務塔ですけど……?」

「はい。特務塔勤務魔術師の求人票を拝見して参りました」

「間違いなく、正真正銘、特務塔が目当てで!? え!? 嘘!? え!? いやぁ……な、なんで!? どうして!? 真面目に!? からかってる!? 馬鹿にしてる!?」

「あの……?」

 

思わず首を傾げてしまった。そんな僕の前で、『信じられない』と、ひたすら相手は繰り返している。どう対応すれば良いのだろう。

 

「ま、まぁ、立ち話も何だし、どうぞ中へ」

「有難うございます」

 

五分くらいしてから、中に通してもらえた。僕はそれまで一言も喋らなかったが、ずっと正面の人物は独り言を繰り返していた。何がそんなに、『信じられない』のだろう。

本部の室内は、横長の巨大なソファが二つと間に低いテーブルが一つ、窓際に執務机が一つだった。他には本棚とチェスト、姿見と、クローゼットがある。扉が三つあって、『トイレ』『給水室』『仮眠室』という看板がそれぞれ出ていた。

 

ソファに促されたので、座って待っていると、パチンと音がした。

目の前に茶器が出現した。出現魔術だ。

テーブルを挟んで、正面に相手が座る。僕は観察してみた。

その人は、茶色い癖毛で、少し長めだ。猫っ毛とでも言うのだろうか。服装は、真っ黒いローブ。かっちりとした作りだ。縁取りは灰色である。中肉中背。

動揺しているらしく、右を見て左を見て、それからちらりと僕を見るという動作を、何十回も繰り返している。口元には、ひきつった笑みが浮かんでいる。無理矢理唇の両端を持ち上げているのだ。魔力量は、十段階評価で四くらいだ。一般的な魔術師は、二に到達していれば、十分だとされる。青い色の魔力なので、水系統を得意としているはずだ。濃い色だから、氷では無い。氷や雪の場合は、薄い色合いになるのだ。そもそも出現魔術は、四は無いと使えないし。地・水・火・風の四属性よりも圧倒的に難しいのだ。

 

「ええと……何故こちらをご希望されているんですか?」

 

質問されて我に返った。もう入室してから十分以上経っている。就職活動なのだし、自分から話した方が良かったかもしれない。少し後悔したが、もう遅い。

 

「求人票を拝見いたしまして、勤務スタイルに強く惹かれました」

「勤務スタイル……? なんて書いてあったの?」

「――午後一時から午後三時までのコアタイムの他は、完全裁量制で六時間とありました。個人の采配で有効に時間を活用できる点が、非常に魅力的です」

「ま、ま、まぁ、た、確かに……時間に嘘偽りはないけどさ……他の王宮の仕事は、朝九時から夕方五時までが基本だよ。みんなと時間が合わないよ? それとも、ブラックな勤務態勢の所を辞めてきたとか? あ、なるほど! そういうことか!」

 

彼はポンと手を叩き、一人で納得した。

 

「なるほどねぇ。うんうん、超過勤務は辛いよねぇ……安心して、ここには、そう言う心配はないよ! 改めまして、俺はキース・ルレイド。特務塔に勤務している魔術師の一人だよ。キースって呼んで。歓迎するよ。ちょっと待っててね、今から代表に連絡して採用の許可を貰うから」

「ありがとうございます」

 

良かった。採用してもらえるようだ。なるほどの意味がいまいち分からないが、別に良いか。超過勤務は、したことはないが、辛そうだと思うし。否定することもないだろう。きっと僕は、どこかのブラックな職場を辞めてきたと思われているのだろうが、別に構わない。嘘をついているわけではない。

立ち上がったキースさんは、執務机に歩み寄ると、台座に載っている水晶球へと右手を乗せた。

 

「――あ、お疲れ様です、ハーレイ様。実は、就職希望の魔術師が一人いて……ええ、はい、名前は、ネル・ローランドさんです。はい、ああ、はい、えっと……ええ。そうですか。じゃあ、指輪は渡しておきますね。はい、はい、今日付けで。はい。じゃあ――え? ああ、あれは、レイフェロードさんが……はぁ、なるほど……ん? カロルですか? カロルはしばらく見てませんけど……うーん、いやぁ、俺も手一杯なんで……あ、いやいやいや、新人教育は任せて下さい! 俺が責任持ちます! はい、はい、では!」

 

通信魔術が終了した。執務机の引き出し側に周り、キースさんが鍵を差し込んでいる。暫く眺めていると、指輪を一つ手に戻ってきた。

 

「これを填めた瞬間から、特務塔勤務魔術師になるよ。特務塔勤務魔術師としての身元を保証する指輪で、魔力指定口座に月々給与も振り込んでくれる。怪我や病気の感知と管理もする。残念ながら、ずる休みは出来なくなるんだ。それは良いかな?」

「はい」

「犯罪行為も記録されるし、開示要求があった場合は、指輪が記憶している情報を公開しなきゃならない。だから例えば、事故現場に遭遇したら、提出しないとならない。勿論個人情報は、要求以外では部外秘で本人以外には閲覧できないんだけどね。ちなみに指輪は、国王陛下から退職許可を貰わないとはずせない。填めたら、余程のことがない限り、死ぬまで特務塔勤務魔術師だよ。例外があって、今日から一ヶ月後に、一度だけ継続確認がある。その時が、自分の意志ではずせる最後のチャンスとも言えるのかな」

「分かりました」

 

王立魔術師団の他塔の指輪と、基本的な内容は変わらない。むしろ、一ヶ月後に自分で判断できるのは、この特務塔だけだと思う。しかし、今日から……か。春から働くつもりだったのだが、折角の採用だし、無駄にしたくない。まぁ、良いか。

 

手渡された指輪を一瞥してから、僕は左手の中指に填めた。魔術師の指輪の定位置だ。

ぶかぶかだった指輪が、淡い白光を放って、僕に丁度良いサイズに変化した。

何の変哲もない、銀色の指輪である。じっくりと見れば、そこに古代文字が掘られていると分かるが、細かいのであまり分からないだろう。

 

「指輪を二回転させると、指定ローブが出現する。仕事着だよ。別に着なくても良いけど。本部の外では、フードを被ってる人が多いかなぁ。でも別にこれも自由。うちの職場、服装自由なんだよね」

 

頷きながら、僕は指輪を回した。気づけばローブを上に纏っていた。出現したそのままの状態だと、鼻まで覆うようなハイネックの上着に、すっぽりとフードを被った形になる。透過魔術がかかっているようで、布越しに外が見える。

 

「月曜日から金曜日まで、午後一時から午後三時までの二時間だけ来てくれたら良いからね。土日は、お休みだよ。その他の曜日も自由に休んで良いんだ。ちなみに何日休んでも大丈夫。休む連絡も不要だよ。はっきり言っちゃうと、来たい日だけ顔を出してくれれば良いんだ。来ても、特に仕事も無いからね。副業も自由だよ。持ち込んでここでよその仕事をしても構わないし。寧ろここに来る時は、何か暇つぶしの道具を持ってきた方が良いね。飲食も可だ。何か質問はある?」

 

伝えられた言葉に、僕はフードを被ったまま目を細めた。想像以上にユルい。

 

「ここへ来て何をすれば良いんですか?」

「何もしなくて良いよ。何かしたかったら、それは個人の自由!」

「分かりました」

「今日はどうする? また後で来る? もう帰っても良いよ」

「……帰宅して、また明日来ます」

「了解。あ、そんなに気を遣って話さなくて良いよ。気楽に気楽に! お偉いさんと話す時にちょっと気を遣うくらいで良いんだよ! お偉いさんって言うのは、隊長クラス以上の人とか、有名人とか、お貴族様とか! 雰囲気で判断してね。俺にはタメ語で良いよ」

「キースさんは先輩ですし、そう言うわけには……」

「いいから! キースで良いって! 敬語も禁止ね!」

「分かりました」

「まだ固い!」

「う、うん……」

 

なんだかすごくフランクになってしまった。まぁいいか。本当に良いのかな……。

そんなこんなで、とりあえず僕は帰ることにした。

寮に関しては、一ヶ月様子を見てからお願いしようと内心決意する。

その後、上階の移動魔法陣を使用させてもらった。食事をして帰る予定だったのだが、気疲れしたのでそれは止めた。自宅に移動してすぐに、指輪を回転させて、元々の服に戻した。ローブがあるから、今後は服装のことは気にしなくて良い。しばらく待っていると、執事のユリウスが出迎えてくれた。

 

「おかえりなさいませ」

「ごめん、早く戻ってきちゃった」

「昼食をご用意致しますか?」

「お願いするよ」

 

頷いた僕の左手を、ユリウスが一瞥した。完璧に指輪を見ていた。

話しておいた方が良いだろうか。

思案していると、ユリウスが歩き始めた。多分、この優秀な執事の側から詮索してくることはないだろう。どのみち、家族に伝える時には、ユリウスにも知らせることになる。

その家族と言えば、本日日中は、母は茶会で不在だ。

出張中の父と兄も、まだ帰らないと聞いている。妹は帰ってくるだろう。妹には、ハンドクーラーをお土産に買ってきたのだっけ。

結局話さないままで、僕は昼食を食べた。それから少し、昼寝をした。

 

 

 

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