※この作品はR-18です。

歪みからの脱出   作:青嘴

6 / 25
6

 

次の日は、妹と朝食をとった。本日は、兄が帰宅する。父は明日だ。

それはそうと、僕は生活感のない自室で、ぼんやりと本棚の前に立った。

本日も特務塔に出かけようと考えているのだが、暇つぶしの道具を持って行かなければならないらしい。例えば何が良いのだろう。無難なのは、書籍を開いて、ぼんやりとする事だ。読書する気分ではないが、考え事をして座っているだけだと気を遣われる。だから読んでいるそぶりをするための小道具として本を持ち、思索にふけるのが良いだろう。また飲食可能と聞いたから、何か飲み物でも持って行くことにしようか。出現魔術で都度取り出しても良いが、僕はあまり人前で魔術を使うのは好きじゃない。水筒にいれていくのが良いだろう。ちょうどローランドにいた頃に、新商品の水筒を貰って、空間魔術でしまっておいたから、それを使おう。あの品は、今ではローランドでは普及しているから、目立つこともないと思う。中には甘酸っぱいフレーバーティをいれた。

 

特務塔に向かい、午後一時丁度に、扉をノックしてから中に入った。

 

「おはようございます」

「おはよー! 本当に来たんだ……!」

 

窓側のソファに座っていたキースが顔を上げた。まじまじと僕を見ている。

雑誌を広げていたようで、それを閉じてバサリとそばに置いた。

 

「適当に座って。そっち側のソファ使って良いから」

「有難うございます」

「寝そべっても良いからね!」

 

頷き、僕は扉側のソファに座った。これから夜の七時までここにいれば良いのだ。それで六時間となる。だが、はじめから気合いを入れて励もうとも思わない。まずは慣れよう。だから言われたとおりに、二時間したら帰ろうと考えている。

なお僕と彼の姿しか、室内にはない。他にも所属している人はいると思うのだが。

 

「あ、暇つぶしの道具は持ってきた?」

「本を」

「良かった」

 

それから僕は、本を開いた。以前読んだことがあるので、どこに何がかいてあるのかは分かっている。だから適度な速度で捲りつつ、視線も読んでいる風に動かしつつ、僕は座っていた。フードを被っているから、視線まで気を遣う必要はないのかも知れないが、念のためだ。その日は、そのまま終わった。僕は三時になったので、本を閉じた。

 

「お疲れ様です」

「あ、お疲れ!」

 

そうして僕は帰宅した。すると兄がすでに帰宅していた。出張後、そのまま家に戻ってきたらしい。僕は、兄への土産には、ハンカチを買ってきた。顔を合わせた兄は、そのお礼をひとしきり口にしてくれた。水滴を除去し、消毒する魔術が込められた糸で刺繍がされているから、使いやすい代物だ。

 

「ネルは、いつまでこちらにいるんだ?」

 

暫く雑談していると、兄に聞かれた。こちら、か。この邸宅という意味ならば、一ヶ月程度と考えている。仕事が上手くいきそうならば、寮に越すつもりだから。仮に駄目でも僕は、他に家を探そうと考えているのだ。

 

「一ヶ月くらいかな」

「丁度良い。俺の騎士団に見学に来ないか?」

 

その言葉に、僕は、兄に特務塔の事を話すか思案した。父に話す前に反応を見たい気もする。僕と兄は、仲が良いと、少なくとも僕は思っている。兄ならば、冷静に意見をくれるかもしれない。意見というのは、例えば、社会人としての心構えなどだ。

 

「ねぇ、ロイド兄上」

「断る前に、もう少し考えてみてくれ。さて、そろそろ夕食だ。下に降りよう」

 

そう言う事じゃなかったのだけど。僕が伝える前に、兄は僕の部屋を出て、階下に向かってしまった。まぁ良いか。僕も食事に向かうことにした。母と兄妹と、そろって夕食を食べた。本日は、主に兄の出張先の話だった。伯父上である国王陛下が、公務で、エスメラ教大聖堂に礼拝したのだ。兄が団長を務める第一騎士団は、近衛騎士団と共に、その護衛とパレードにかり出されていたそうである。兄は、前戦で戦いたいとぼやいていた。

 

お風呂に入って、その日もぐっすりと眠った。

そして僕は、翌日も午後一時から午後三時までは特務塔で過ごした。本を広げて。

キースは雑誌を読んでいた。

帰宅してから、僕は少し考えた。本日は、父が帰ってくるのだ。特務塔のことを今度こそ話した方が良いだろう。しかし、そうはならなかった。その日、父と兄が帰宅したのは、深夜の十二時近かったのだ。顔を合わせると父は、僕を抱きしめた。もう抱きしめられるような年齢ではないのだが、大人しく従っておいた。お土産に渡した万年筆は大層喜ばれた。父は、会いたかった会いたかったと繰り返し、ひとしきり話すとお風呂に入って眠ってしまった。僕は、後日話す事にした。落ちついてからの方が良いだろう。

 

それからも僕は、毎日午後一時から午後三時までは特務塔へと向かった。

相変わらず、僕とキースしかそこにはいない。キースは雑誌を読んだり、お菓子を食べたり、観葉植物を持ち込んで世話を始めたりしていた。真っ赤なポインセチアだった。もうすぐエスメラ教規定の聖夜があるから、その準備かも知れない。エスメラ教を伝導したという聖人、イージアスの聖誕祭だ。イージアスイヴ、イージアスデイ、の二日間を祝う。

 

家では、僕の誕生日を祝ってもらった。両親と兄妹、姉夫婦と甥姪がお祝いしてくれた。一同そろってケーキを食べたのは、何年ぶりだろうか。義兄とは初めてだけど。プレゼントを沢山貰った。各王子殿下達、王女殿下達もプレゼントをくれた。僕は、王族のいとこ達とは、プレゼントのやりとりと手紙のやりとりをしているのだ。隣国にいる祖母側のまたいとこ、即ち隣国の第一王子殿下と第一王女殿下とも同様である。祖父母や王太后陛下からもプレゼントが届いた。僕はとても恵まれているだろう。母は多くを招いてパーティを開こうとしていたのだが、僕が全力で断った。

 

その年は、イージアス期間から年末年始は休んでも良いんだよと、キースに念押しされた。そこで僕は、午後一時から午後三時もその期間は、家で過ごした。寮の件は、年明けにキースに相談することにした。新年を祖父母以外の家族と過ごすのも久しぶりで、新鮮だった。年明けは、一月の十一日から開始だった。僕はその当日になるまでの間、家族に特務塔の事を話すのを失念していた。そして、指輪を受け取って一ヶ月間が過ぎていることも忘れていた。不採用とは聞いていないから、多分採用されたままだと思うのだ。

 

十一日に特務塔に行くと、そこにはキースの姿があった。

新年の挨拶をしてから、僕はソファに座り、本を広げた。

それから数日が経ってから、僕はキースに寮の件を切り出すことにした。

 

「キース」

「どうしたのー?」

 

僕から彼に話しかけたのは、この日が初めてだった。少し驚いたような顔をしていた。

 

「寮に入りたいんだけど」

「ああ、僕の隣の部屋が空いてるよ。特務塔専用の寮があるんだよねぇ。えっとね、これ、鍵。好きに使って良いよ。契約してる食堂が隣にあるから、言えば朝と夕はそこで無料で出してくれる。鍵を受け取った瞬間から、給料から寮代が天引きされるんだ。住まずに休憩用の部屋にしてる人もいるよ。自由に使って。特務塔の転移魔法陣で、寮の一階に直通できるから」

「ありがとう」

 

僕は、キースが出現魔術で取り出した鍵束から、ひとつ受け取った。

キースはその後地図をくれた。鍵には、304と書いてあった。僕の部屋は、304号室らしい。この日も午後三時に帰ることにした。しかし家には帰らず、寮を見に行くことにした。言われたとおりに魔法陣で移動した。

 

寮は四階建てだった。一つのフロアに五部屋ある。一階だけ二部屋だ。三部屋分のスペースに移動魔法陣があるのだ。移動魔法陣の中で、もっとも小規模な術式で、三部屋分だ。ようするに、一部屋ごともとても小さく狭い。僕は自分の部屋に向かい、何もない室内を見た。シャワーはあるが、バスタブはない。かわりに、トイレがあった。僕が初めて見る浴室の形態だった。広さは、僕の王都の自室のクローゼットほどだろうか。クローゼットは十畳だったはずだ。多分、もっと狭いから、八畳……いいや、六畳くらいだろう。二畳程度のキッチンをあわせて八畳くらいだ。大きな窓が突き当たりの壁一面にある。押入があって、その側には、備え付けの縦長の鏡がはめ込まれていた。僕は狭いところが好きなので、とても気に入った。寝台と机が欲しい。暇つぶしに持って行く本を収納する本棚もあった方が良いだろう。だが、僕が空間魔術で収納している寝台は、多分この部屋に入らない。かろうじて、ソファならば入る。あのソファは、寝心地も良い。よし、ソファで眠ることにしよう。テーブルも、セットのものがある。僕は早速設置した。床には、絨毯を敷いた。適度なサイズに、魔術で加工した。本棚は今度買いに行こう。私物は元々あまり無い。衣類は、公爵領と王都のそれぞれの自宅のクローゼットから、都度、空間を繋げて魔術で取り出せば問題ない。早速今日からここで暮らしたい。しかし、家族にお世話になったお礼を伝えてきた方が良いだろう。そこでこの日は帰宅した。

 

夕食時、両親と兄妹の前で、僕は久方ぶりに自分から口を開いた。

 

「明日には、家を出ようと思います」

 

するとみんなが息を飲んで僕をじっと見た。居心地が悪い。

 

「もう帰ってしまうの?」

 

母が泣きそうな顔で言った。どうやらお祖父様の所に帰ると思っているようだ。ちなみに母は、僕が午後一時から午後三時まで出かけるのは、王宮の庭園を散策しているためだと思っているらしい。たまに『おすすめの庭園』を教えてくれたからだ。王宮には、色々な庭園があるのだ。僕は一度も否定しなかった。

 

「このまま王都で暮らさない?」

 

母が僕を引き留める。勿論僕は今後も王都で暮らすのだが、言葉を探すことになった。

父と兄も、口々に僕を引き留め始めた。勿論妹も。家族は、帰らないで欲しいと口にして、盛り上がった。違うのだと僕は何度か言おうとしたのだが、みんなの会話は止まらない。困っていると、父がそれに気づいてくれた。

 

「ネルがそう決めたのならば、決めたことを尊重しようではないか」

 

しかし、少し斜め上だった。その後家族達は、寂しくなると口にし、別れを惜しんでくれた。別に公爵領地に戻るわけではないのだが、確かに寮にはいるというのは僕の決定なので、それを尊重してもらうことにした。何度も特務塔と寮の事を話そうとしたのだが、言葉を挟むタイミングが無かったのだ。まぁ良いか。僕は、お世話になったとお礼を告げた。

 

いざ引っ越しの日。僕は、馬車を用意されると困るので、皆が起き出す前に移動魔法陣へと向かった。使用人達も起き出す前だ。テーブルの上に、感謝の言葉を綴った手紙を念のためおいてきたから、大丈夫だと願おう。そして、一度特務塔に向かった。寮へ向かうために、経由する必要があったのだ。

 

特務塔には、人の気配があった。まだ、午前四時台だ。誰だろうかと少し考えた。だが、僕が感知した気配は、魔力で、それは今では馴染みあるキースのものだとわかったので、気にしないことにした。キースは早起きなのだろう。もしくは遅くまで仕事をしているのだろう。仕事というか、だらだらとして眠ってしまったのかもしれない。僕は、深く考えないことにしたのだ。そのまま寮へと向かった。

 

自室に入り、僕は新たなる日々を、頑張ってみようと決意した。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。