※この作品はR-18です。

モブ整備員の俺がワルキューレのメンバーたちと愛し合う話   作:ruchino

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プロローグ②

 

 額を流れる汗が線を描きながら頬を伝い、ぽたりという音を立ててつなぎの布地に包まれた太ももに垂れ落ちる。

 機体の整備に没頭していた俺は我に返って顔を上げ、慌てて周囲を見回した。

 

「うおっ、暗っ!! ってか、もう皆帰ってるぅぅっっ!!!」

 

 俺が作業していた周囲こそ辛うじて明るいままだが、格納庫内のほとんどがすでに消灯している。

 現在の時刻を確認してみれば、退勤時間はとうの昔に過ぎ去り、深夜を迎えようかという頃合いだった。

 

 毎度のことではあるが、機体の整備を始めるとそればかりに没頭してしまって集中が途切れるまで周りが一切見えなくなってしまうのは俺の悪癖だ。

 

(でも、止められないんだよなぁ。だからこそ、やりたいようにやらせてくれているのには感謝しかないんだけども)

 

 機械弄りばかりしてきたような、人見知りの俺にとっても過ごしやすい職場環境は本当にありがたい。

 そのうえで先輩たちは厳しくも優しく、同僚たちとも日々切磋琢磨できている実感があるのだから恵まれている以外の何物でもないだろう。

 

(でも、それ以上に――)

 

 俺は広げている道具を一つずつ片付けながら彼女の姿を脳裏に描く。

 

 特筆すべきことを挙げるのであれば、あのワルキューレのメンバーであるマキナ・中島がメカニックとして出入りしていることになるだろう。

 世の整備員たちからはそれだけで羨ましがられるかもしれないが、彼女は五歳くらい年下だというのに俺なんかとは比べ物にならないくらいに優れた腕を持ち、それでいて深い造詣と柔軟な発想力も兼ね備えているのだから、むしろ感嘆させられるばかりだ。

 

 そんなマキナさんや彼女と仲のいいレイナさんは時々俺に話しかけてくれる。

 あくまで一整備員としての見解を求められるようなことが大半だが、異性と縁遠い人生を送って来た身としては年下の女の子二人と話す機会が増えればその子たちのことを自然と意識してしまうのも止む無しというか、気づけば彼女たちのファンになっていたとしても仕方がないだろう。

 

(ラグナ支部に入るまでワルキューレの曲とか意識して聴いたこともなかったのにな)

 

 もちろん日常生活において耳にしたこと自体はあっただろうが、明確に意識したようなことはなかった。

 それがいまでは――仕事にもなっている機械弄りを除けば――ワルキューレを推すのが唯一の趣味みたいなものなんだから我ながら単純すぎる。

 

 

 とはいえ、だからこそ細心の注意を払わなければならない。

 ワルキューレのメンバーであることを措いておいたとしても、マキナさんもレイナさんも魅力に溢れた女の子であるのは紛れもない事実だ。

 そのうえで二人とも結構気軽に身体的接触をしてくるところがある。

 

 彼女たちからすればそれくらいはありふれていて大したことではないのだろうが、触られる側の俺からすれば些細な接触だとしても毎回肝を冷やさずにはいられない。

 

(もし……、もし俺が少しでも気を抜いたら――)

 

 最悪の想像と共に思い出したくない記憶が脳裏を過ぎり、道具を片付けていた手が止まる。

 手足がまるで凍ってしまったかのように冷たく、そして震えているのは夜が更けて格納庫内が冷えてきたからというだけでは決してないだろう。

 

 

 鎌首をもたげた恐怖になす術なく独り耐えるように立ち尽くしていると、コツコツと甲高い足音が格納庫内にひと際大きく響いた。

 

「精が出るわね、えっと――」

 

 澄んだ声が格納庫内に響き、俺は顔を上げながら声が聞こえた方を自然と向いていた。

 

 立っていたのは、夜空を写し取ったかのような神秘的な色合いのロングヘアが印象的な女性。

 その堂々たる立ち居振る舞いは、誰もいないはずの格納庫がまるで歌姫が立つ華やかな舞台の上ではないかと錯覚してしまいそうなほどだ。

 いや、その場にいるだけで誰からも注目されてしまうような彼女の際立った存在感を思えば、それもあながち錯覚であるとは言い切れないのかもしれない。

 

「み、美雲さん!? どうしてこんな場所に?」

 

 ラグナ支部に勤めている人間であれば、いやワルキューレを知っている人であれば彼女のことを知らない人はおそらく存在しないだろう。

 俺の目の前に現れたのはミステリアスクイーンと呼ばれることもある神秘の歌姫、美雲・ギンヌメールその人だった。

 

 メカニックであるマキナさんや彼女を訪ねて時折出入りしているレイナさんがやって来るのであればまだ驚きも少なかったが、美雲さんはこの場所に姿を見せるにはあまりにも意外過ぎる人物だ。

 

「えっと……、えっと、えっと……」

 

 しかし、俺の驚きを他所に美雲さんはこちらを見ながら言葉に窮しているようだった。

 

 普段であれば、一介の整備員に過ぎない俺がワルキューレのエースボーカルに話しかけるなんてと臆してしまっていただろう。

 だが、いまの彼女が何に困っているのかが何となく理解できてしまって。

 

 俺は美雲さんに話しかけずにはいられなかった。

 

「むっ、無理しないでください、美雲さん。俺みたいな一般人、美雲さんが名前を思い出そうとしてくれただけで身に余る光栄なので」

 

 おそらく美雲さんは俺の名前を事前に調べていたが、失念してしまったのだろう。

 俺も他人の顔と名前を一致させて記憶するのは大の苦手なので、言い淀んでしまう彼女の気持ちがよくよく理解できた。

 

 いまでこそ先輩や同僚たちのことを間違えることもさすがに無くなったが、勤め始めた頃はそこそこの頻度で誤魔化してしまっていたものだ。

 しかも、ああいうのって上手く誤魔化せてるつもりでも相手にはバレバレなんだよなぁ……。

 

「そう、助かるわ。……精が出るわね」

 

「最初に戻るんですか!?」

 

 ループしてしまった会話に俺は思わずツッコんでしまう。

 

 美雲さんと言えば、圧倒的な歌声とプロフィールが伏せられているミステリアスさから神秘的な印象が極めて強いのだが、どうやらお茶目な側面もあるみたいだ。

 

 ワルキューレの一ファンとしてちょっとだけテンションが上がっていると、美雲さんは息を短く吐いて顔を左右に振った。

 

「駄目ね。マキナならまだしも、私はこういうことにはあまり向いてないみたい。だから、予定していた過程は飛ばして早速行動に移させてもらうわ」

 

「それって、どういう……っ!?」

 

 俺が問いかけ終わるよりも早く、美雲さんはどこからともなく取り出した小瓶を掲げ、その中の液体をこちらに向かってシュッと吹きかけた。

 それを顔面に浴びると同時に、猛烈な眠気に突然襲われ――

 

「ふふっ、おやすみなさい♥ 貴方を、女神たちが織り成す至上の楽園に招待してあげるわ♥」

 

 微笑を浮かべた美雲さんが歪むように霞み、俺の視界は大きく揺れながら暗転した。

 

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