だけど――これは嘘じゃない。
90%は、実際に僕の身に起こったことだ。信じるかどうかはあなた次第だけれど、できれば、頭の片隅にそれを置いて読んでほしい。
物語の始まりは、何の変哲もない、曇った朝だった。
静かで、少し肌寒い。まるでこの先に待ち受ける出来事を予感していたかのような、そんな空気だった。
だけどそのときの僕は、ただ眠そうな目をこすりながら、いつものようにコーヒーを淹れていた。
まだ何も知らなかった。
この日を境に、自分の中の“何か”が音を立てて崩れていくことも。
そして、長く封じ込めていた過去が、じわじわと姿を現してくることも。
この物語は、僕自身の記憶の旅だ。
そして、もしあなたにも似たような傷や、似たような思いがあるなら――
この物語のどこかに、自分の影を見つけてもらえるかもしれない。
僕の家庭は――特別裕福でもなければ、苦しかったわけでもない。
いわゆる「ごく普通」の家庭だったと思う。
父さんと母さんと、僕の三人暮らし。
日曜の昼間は父さんがテレビを見ていて、母さんはその横で洗濯物をたたんでいた。
ときどき小さな口げんかはあったけど、結局いつも、夕飯の頃には元通りになっていた。
なぜ、そんなことを過去形で書くのかって?
それは、もう僕がそこにいないからだ。
2年前、大学に合格した僕は、某学園都市で一人暮らしを始めた。
電車一本で東京には戻れる。距離にすれば、たいしたことはない。
でも「一人で暮らす」というその事実が、母さんを少しだけ不安にさせたらしい。
最初のころは、ちょっとした用事を作っては僕の部屋まで来てくれた。
「ちゃんと食べてる?」「風邪ひいてない?」「洗濯は?」
あまりにもしょっちゅう来るので、ちょっと面倒に思ったこともある。
でも今思えば、それはあの人なりの“愛し方”だったのだろう。
大学の課題や人間関係に追われて、なかなか帰省できなかったけれど、夏休みの一度だけ、実家に戻ったことがあった。
そのときの母さんの顔を、僕は今でもよく覚えている。
あんなふうに嬉しそうな顔、いつ以来だったろうか。
「ご飯、あんたの好きなやつ作ってあるから」
台所から聞こえる母さんの声は、昔と変わらなかった。
父さんも、その横で新聞をめくりながら、どこか嬉しそうな顔をしていた。
無口な人だったから、言葉ではあまり何も言わないけれど、それでも、僕にはわかった。
あのときの母さんは、43歳。
息子の僕が言うのもなんだけれど――なかなかの美人だった。
少し茶色がかった髪、きれいな横顔。
子どもの頃に撮った写真を引っ張り出せば、その雰囲気は今でも伝わると思う。
もちろん、見せるにはちょっと勇気がいるし、身バレが怖いから加工はしてあるけれど。
あの頃の写真の中で、母さんはいつも笑っていた。
それが、当たり前だと思っていた。
――その笑顔が、どれだけ貴重なものだったのかに、気づいたのは、もっとずっと後のことだった。