アプリを開いた瞬間――息が止まった。
画面には、ずらりと見知らぬ男たちの顔が並んでいた。
笑っている者、真顔の者、どこか企んだような目をした者。
年齢も、職業も、雰囲気もバラバラだった。
それぞれの写真の下には、短いコメントと「♡」のアイコン。
まるで誰かに評価されることを前提とした展示場のようだった。
……これは、マッチングアプリ?
理解するよりも先に、指が勝手に動き出していた。
スクロール、スクロール――その中で、僕の目は、ある“見覚え”に吸い寄せられた。
青いビキニ。
あの写真だった。
いや、それだけじゃない。黒い下着、手で胸を隠すあの写真――どれも、見覚えのあるものばかりだった。
そして、それらは母さんのプロフィール写真として、堂々と画面に掲げられていた。
思考が真っ白になる、という感覚を初めて知った。
いや、まさか。
あの母さんが、こんな……?
否定の声が、心の中で何度も響いた。
でも、それらの声は、画面の中の“事実”に踏みにじられていった。
母さんはここで、男たちと“繋がろう”としていた。
僕の知らない場所で、僕の知らない顔をして。
胸が痛かった。
喉の奥が熱く、詰まるような感覚があった。
でも、目は離せなかった。
もっと見なければ、何が本当で、何が偽物なのかすらわからなかった。
やがて、画面の中に「メッセージ」というタブを見つけた。
指が止まった。
これは、越えてはいけない一線じゃないか――
でも、すでに僕は、その一線を遠く超えてしまっていた。
確認したい。知りたい。でも、知りたくない。
その矛盾の間で引き裂かれながら、僕は震える指でタブを開いた。
そこには、予想をはるかに超える現実が待っていた。
複数の男たちとのメッセージのやりとり。
「今度会えるの楽しみ」
「次はもっと大胆な写真が見たいな」
「あなたは本当に魅力的だ、年齢なんて信じられない」
下にスクロールすると、母さんの返信が並んでいた。
「ありがとう、そんなふうに言ってもらえて嬉しい」
「あなたとの時間、とても楽しみにしています」
心臓がドクンと跳ねた。
母さんは、はっきりと応じていた。
一時の気まぐれなんかじゃない。何度も、繰り返されていた。
親密な言葉、時に甘えるような表現。
画面の向こうで母さんは、たしかに“誰か”と心を通わせていた。
呼吸が浅くなっていく。
見続けてはいけない。そう思うのに、指は止まらなかった。
そして――
決定的なメッセージが目に入った。
「夫とはもう冷えきっているの。あなたとこうしている時だけ、女でいられる。」
……その言葉は、脳の奥にじかに焼き付いた。
それは僕がこれまで信じていた“家族”という像そのものを、否定する一文だった。
母さんは、母親であり、妻でありながら――その裏で、“女”としての自分を生きていた。
僕が知っていた家庭の輪郭が、砂のように崩れていった。
そっと、スマホを閉じた。
音すら立てたくなかった。何も触れたくなかった。
ただ、ひとつだけ確かなことがあった。
もう、僕は元の自分には戻れない――ということだ。