※この作品はR-18です。

母の写真   作:松田義和

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第九章 帰結

翌朝、キッチンからカチャカチャと食器の音が聞こえてきた。

 

母さんは起きて、朝ごはんを作っているらしい。

僕はベッドの上でしばらく迷っていた。

 

行くべきか。

顔を合わせられるのか。

 

でも逃げたら、このままになってしまう気がして、ゆっくりと部屋を出た。

 

ダイニングに入ると、母さんはテーブルに朝食を並べているところだった。

僕の顔を見て、一瞬だけ手が止まった。

 

でも、すぐに何でもないふりをして言った。

 

「……おはよう」

 

声が少しだけかすれていた。

 

僕も、ぎこちなく返した。

 

「……おはよう」

 

その一言だけで、母さんはほっとしたように微笑んだ。

僕はその顔を見て、胸がきゅっと締めつけられた。

 

テーブルにつき、無言のまま箸を取る。

母さんは僕の皿に卵焼きをひとつ、そっとよそった。

 

その仕草がなんでもない日常のようで、

僕は不意に目頭が熱くなった。

 

でも泣きたくはなかった。

 

「……母さん」

 

声が自然と出た。

母さんは箸を止めて、僕を見た。

 

「……俺さ……別に……母さんが全部正しくなきゃいけないとは思ってない。

でも……無理は……しないでほしい。」

 

母さんの目に涙がにじんだ。

 

「……うん……ありがとう。ちゃんと考えるね。」

 

僕はそれ以上、何も言わなかった。

ただ黙って朝食を食べた。

 

卵焼きは、少し甘かった。

 

そして・・・

 

それから、数ヶ月が経った。

 

僕は冬物のコートを着て、実家の最寄駅に降り立った。

 

久しぶりの帰省だった。

正直、少し怖かった。でもそれ以上に、会いたい気持ちが勝っていた。

 

玄関の扉を開けると、母さんが出迎えてくれた。

 

「おかえり。寒かったでしょう?」

 

その声は変わっていなかった。

でも、どこか少し、柔らかくなったような気もした。

 

僕は靴を脱ぎながら、母さんの横顔をちらりと見た。

 

あの一件のあと、母さんはアプリを削除したと言っていた。

僕は信じることにした。

完全に消えたわけではないかもしれない。

でも、それでもいい。

 

僕も母さんも、完璧ではない。

きっとまた、間違えるかもしれない。

でも、そのたびに向き合えばいい。

 

リビングに入ると、テーブルの上にはささやかな料理が並んでいた。

僕の好物のグラタンもある。

 

母さんは笑って言った。

 

「ちょっと頑張って作ったの。……下手なりにね。」

 

僕はふっと笑った。

 

「……ありがとう。食べるよ。」

 

二人で食卓についた。

テレビの音がかすかに流れている。

 

以前のような気まずさは、もうなかった。

いや、完全に消えたわけじゃない。

でも、それはもう、僕たちの間に共通の「記憶」として静かに存在しているだけだった。

 

僕はふと、母さんの方を見た。

母さんもこちらを見て、にこっと笑った。

 

その笑顔を見て、僕は思った。

 

「ああ、母さんは母さんなんだ。

弱さも、間違いも、全部ひっくるめて、それでも僕の母さんなんだ。」

 

もう、抱きしめることはできないかもしれない。

でも、こうして同じ食卓を囲むことで、少しずつ歩き直せばいい。

 

僕は箸を進めた。

 

少し甘めの卵焼きが、やっぱり変わらない味だった。

 

エピローグ

 

あの冬の日の食卓から、また季節が巡ろうとしている。

 

今も、ときどき思い出す。

あの写真のことも、母さんの涙も、僕のどうしようもない混乱も。

 

でも、今はこう思う。

 

誰だって完璧じゃない。

だからこそ、一緒にいようと思うんだ。

許せるわけじゃなくて、受け止めていくために。

 

母さんはきっと、これからも母さんで、ひとりの女でもあるんだろう。

僕もそれを少しだけ、理解できるようになった。

 

また明日から、それぞれの日々が続いていく。

でもきっと、少しだけ前よりも自然に笑える。

 

そう思いながら、僕は駅へ向かう帰り道を歩いていた。

 

空は高く澄んで、冬の光が静かに街を包んでいた。

 

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