家に帰ったらトップアイドルになったはずの幼馴染がいた。同棲することになった。 作:松木ユキ
キャンパスには人が多いから、昼飯は外で食べるのが日課だ。もちろん近所の飲食店にも他の学生がたくさんいるのだけど、キラキラ感あふれる学食でランチタイムを過ごすよりはよっぽどマシだと思う。
昔ながらの定食屋のカウンター席に腰かけ、使い古されたメニューをじっと眺める。何度来たか分からないくらいには常連だから、別に見なくたってお品書きは覚えているんだけど、なんとなく見てしまうんだよな。
「お決まりですかー?」
「ラーメンひとつ」
「かしこまりましたー」
おばちゃんはコップの水を置きつつ注文を取って、再び去っていった。これもいつも通りだな。周りを見回してみると、テーブル席もそこそこ埋まっている。昼時から少し外しはしたんだけど、やっぱり混んでいるな。
ふと、天井から吊るされたように設置されているテレビを見てみると、お昼のバラエティー番組が流れていた。なになに、最近の音楽のトレンドを特集しているのか。
『今週の配信ランキング一位は~? もちろんこの人っ!
『うわ~っ!』
『流石ですね~っ!』
テレビの中では、芸能人たちがお決まりのオーバーリアクションを示していた。彼らがワイプの中に格納されるのと同時に、ミュージックビデオが流れだす。今や日本一のトップアイドルである霧崎透が透き通るような衣装を身にまとい、あざとい動作で踊り出した。
『~♪』
……やっぱり可愛いなあ。本当に天使みたいな歌声だ。聴いているだけで心が洗われるような気がする。画面の中で踊っているその姿は、まさに
彼女が踊るたび、リボンでまとめられた美しい黒髪がなびく。彼女が歌うたび、爽やかな風が吹き抜ける。彼女が画面越しにこちらを見れば、惚れてしまいそうになる。……日本一のトップアイドルという呼び名は決して伊達じゃない。
思わず画面にくぎ付けになっていると、近くのテーブル席に座っていた学生グループが騒ぎ出した。
「透ちゃん可愛い~~!」
「分かる、この間の写真集買っちゃったよ~」
「えー、俺も買おっかな~!」
そのグループは男女二人ずつの四人組だったけど、全員が食い入るように画面を見つめていた。性別を問わずに引き寄せられるアイドル、っていうのは本当にすごい。
「……すごいなあ」
呟くように声を出した。なんだか雲の上の人になったみたいで、思わずため息をつきそうになってしまう。
そう、この霧崎透は――幼少期から中学三年生までを共に過ごした、幼馴染だった。東北の小さな田舎町で生まれて、隣同士の家に住んでいた。毎日当たり前のように互いの家で遊んでいたし、どちらかの家で泊まることも珍しくなかった。
少子化ということもあり、俺たちの住んでいた町には他の子どもはあまりいなかった。だから透と遊ぶことには何の違和感もなかったし、多分向こうもそう思っていた気がする。ずっと一緒にいて、その先もずっと一緒にいる。そう思っていた。
けど、中学に上がったころ……なんとなく、それまでと違う感情を抱えるようになった。中学生というのは、子どもよりはいくらか大人に近い存在だ。いろいろなことを知るようになるし、いろいろなことを理解できるようになる。
中学生の俺は、気づいてしまったのだ。……霧崎透という幼馴染は、ただの少女ではないのだと。歌ってみれば誰よりも上手いし、教わるわけでもなくキレキレのダンスを踊る。そのうえ通行人の目を惹くような可愛らしい容姿も兼ね備えているのだ。
俺の中では、小さい頃から透に対して好意のようなものがあった。恋愛的に好きというよりは、子どもながらに「好き」だと思っているような感じ。どちらにせよ、好きであったことには変わりはない。
しかし、透が只者でないことに気がついてしまった後――透に対する感情が、「好き」から「憧れ」に変わってしまった。向こうはいつも通りに接してくれて時でも、まるで高嶺の花が俺に博愛精神で話しかけてくれているような気分だったのだ。今までは自分と同じ場所にいたのに、気づいたら透だけステージの上に立っている。そんな気持ちだった。
俺は透に対する憧れを抱えたまま、何もすることが出来なかった。そして、透のことを忘れようと他の物事に没頭するようになった。透は俺のことをずっと応援し続けてくれていて、それはとても嬉しかったのだけど、それでも彼女が「憧れ」の存在であることには変わりなかった。
そして訪れた、中学三年生のあの日。校舎裏に呼び出された俺は、透からあることを告げられた。
「私ね、東京の高校に行こうと思うんだっ」
「えっ……?」
「その、ね? オーディションとか受けて、その……日本一のアイドルになりたいの!」
「あ、アイドル?」
「だからね、やっぱりそういうのは東京じゃないとって。……応援してくれる?」
あざとく首をかしげる動作は、まるで昔と変わっていない。長く伸ばされた綺麗な黒髪、スカートが似合う長い脚、そして何より皆を引き付ける大きな目。何もかも同じだった。
俺は……透のことを引き留めたかった。一緒の高校に行こう、ずっと隣にいよう。そう言いたかった。それなのに……俺の中にある「憧れ」が、そのことを許さなかった。
きっと透にとって、俺はただの幼馴染に過ぎない。魅力的な人間がいくらでも集まる中での、ほんの一人に過ぎないのだ。だったら……今ここで「行くな」と言ったところで、透は受け入れてくれないだろう。
それに、せっかくアイドルになれるポテンシャルがあるんだ。透が望むなら応援してあげたい。きっと日本一になる才能は持っているのだから、せめて幼馴染として――背中を押すのが務めというものだろう。
「……分かったよ、透」
「えっ?」
「俺、応援するからさ。透は絶対にすごいアイドルになれる。……だから、頑張れよ!」
「……」
精いっぱいの空元気で、そう叫んだ。泣き出しそうだったけど、せめてもの花束。透はもう俺の手の届かないところに行くんだ。だったら、とびっきり明るく送り出してやらないと!
「……いいの?」
「いいって……透が決めたことじゃん! テレビで観るの、楽しみにしてるから!」
「そっか。……うん。分かった、頑張るからねっ!」
なんだか寂しそうな表情を浮かべたあと、透はすぐに元通りになった。これでいい。これでよかったんだ。やっぱり透は俺と一緒にいていい存在じゃない。もっともーっと、皆に愛されるような存在になれるんだもんな。
透は宣言通りに東京の通信制高校に進学し、それと同時に事務所のオーディションに合格した。そして誰もが憧れるような上昇軌道に乗って、トップの座を掴み取ったというわけだ。ああ、本当にすごい存在になっちまったな――
「お客さん、ラーメンだよっ!!」
「はっ!!」
いつの間にか考え込んでいたようで、おばちゃんの声でハッと目が覚めた。近くにいたグループの学生がこちらを見てクスクスと笑っている。恥ずかし。
「す、すいません……」
「はいよ、熱いから気をつけて」
おばちゃんからラーメンを受け取って、テーブルに置いた。やれやれ、なんか疲れちゃったな。今日の午後は休講だし、これを食べたらさっさとアパートに帰ることにしよう。ま、昼寝でもするかな……。
***
「ふあ~あ……」
ああ、飯を食ったら眠くなってきたなあ。家までの細い路地を歩きながら、大きなあくびをした。今日も日差しはカンカンに照り付けていて、それが容赦なくアスファルトの地面から反射してくる。額には大粒の汗が滲んでいるし、着ているシャツが湿っていて気持ちが悪いな。早く帰ってシャワー浴びたい。
アパートにたどり着いたので、備え付けられた階段を上って二階の自室を目指す。古い階段特有のカンカンという音が鳴ってやかましい。内装は古くないんだけど、こういうところは年季を感じるんだよな。安アパートだから文句は言えないけど。
さて、俺の二〇一号室に着きましたよ……と。あれ、鍵が開いてる? 母さんか誰かが様子を見に来たのかな。合鍵を持っているのは家族くらいしかいないし。事前に連絡をよこさないのは珍しいな。
おや、部屋の中から足音がする。……うちの家族の足音にしてはやけに軽やかだ。こんな跳ねるような音は聞いたことがない。まさか空き巣? いや、盗るもんねえしな。いったい誰がいるんだ……?
俺は首をかしげつつ、扉を開いた。ガチャリと音がするのと同時に、それに気がついたであろう空き巣(疑い)の足音がこちらに近づいてくる。誰だ、やっぱり母さんか――
「おかえり! 待ってたよー!」
「へっ?」
「意外と早かったねー! 授業はもう終わりなのー?」
「な、なんで……?」
……嘘だろ? 目の前の光景が信じられない。真っ白なTシャツにジーンズを履いて、廊下を駆けてくる一人の女性。その魅力的な笑顔、漫画みたいにすらっとしたスタイル、そして耳から離れがたい可愛らしい声。間違えるわけもない。
「久しぶりだね、
「透……!?」
「えへへ、来ちゃった!」
なんで、なんでお前がいるんだ……!? 俺は夢でも見ているのか……!?
目の前にいたのは――霧崎透。幼馴染、それでいて日本一のトップアイドルである美少女が――安アパートで俺の帰りを待っていたのである。