※この作品はR-18です。

家に帰ったらトップアイドルになったはずの幼馴染がいた。同棲することになった。   作:松木ユキ

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第2話 背中、流そっか?

「えへへ、来ちゃった!」

 

 か……可愛い。玄関でいたずらっぽく笑う顔は、昔見たのと、そして――テレビで見たのと、全く同じ。思わず見とれてしまいそうになったけど、ハッと気を取り直す。

 

「な……なんでいるんだよ!? お前、東京にいるんじゃ!?」

「んー? いいじゃん、帰ってきたって! 文句ないでしょー?」

「そりゃ、文句はないけど……じ、実家に帰ればいいだろ!?」

「えー、いいじゃん! 涼のところに来たかったの!」

「わっ!」

 

 うわっ、柔らかっ! 透が抱き着いてきたので、思わず抱きとめる。女の子みたいな(女の子だけど)良い匂いが漂ってきて、脳がとろけそうになる。そしてやっぱり透は背が高いな。ネットじゃ「盛ってる」なんて言われることもあるらしいけど、昔から高身長なのは俺が何より知っている。

 

「ふふ、やっぱりゴツゴツしてる」

「なんだよ、そんなくっついて……!」

「我慢できなかったのっ! いいじゃん、久しぶりに会ったんだから!」

「ああ、そう……」

「えへへ、りょう~……」

 

 な、なんかTシャツ越しにふくらみが当たってる……。表面上は冷静を装いつつも、内心はバクバクだ。こんな近距離で接するのは小学生以来な気がする。

 

 それにしても、中学を卒業してからほとんど会ってなかったけど、随分と綺麗になったなあ。アイドルだし、身だしなみには相当気を遣っているということかな。

 

「んー? どしたのっ?」

「いや、その……」

「なになに、どうしたのっ」

 

 上目遣いは反則だろ……! じっと見ていたものだから、透が気になったらしい。何を言えばいいんだろう? ……どうせ幼馴染だ、隠し事なんて出来ない。

 

「き……」

「ん?」

「綺麗だなって。透がさ……」

「!」

 

 なんとなく恥ずかしくて顔を逸らしていたけど、改めて前を向き直す。すると透は俺の胸元に顔をうずめていて、何も言わずにいた。……なんか言ってくれないと、俺が恥ずかしいばっかりなんだけど。

 

「……もー、涼はやっぱり変わんないね」

「な、何がだよ」

「それより! なんか汗臭いんですけどーっ!」

「へっ?」

 

 透は顔を上げると、わざとらしく鼻をつまむようにしてぶーと頬を膨らませた。かわいい。……って、そうじゃない。

 

「涼ってば臭いよー! なんとかしてっ!」

「無茶言うなよ! 外暑かったんだから!」

「やだやだー! 私の涼は臭くなんかないのっ!」

「なんだよそれ!?」

 

 ぷりぷりと怒る透。汗臭いって、帰ってくるなり勝手に抱き着いてきたのは透の方なのに……理不尽にもほどがある。

 

「分かったよ、シャワー浴びるから」

「むーっ、なら許す!」

 

 なんだか昔に戻ったみたいで、ちょっと嬉しい。けど、それでも――違和感はある。「テレビの中の人」になったはずの透が目の前にいるんだからな。

 

「とりあえず着替えさせて。部屋に入れてくれ」

「えっ! それは~、その~……」

 

 ん? 部屋に戻ろうと言っただけなのに、透が明らかに動揺している。さっきまでと違って、視線が明らかに合わない。

 

「い、いいじゃん! 先にお風呂入りなよ!」

「いや、着替えがないと入れないんだけど」

「とにかく! 今はだめなのーっ!」

「だめって……ここ、俺の家なんだけど」

「あーっ、だめだってばー!!」

 

 透の横をすり抜けるようにして、廊下を進んでいく。俺の家はよくあるワンルーム。一応風呂とトイレは別で、小さいキッチンもある。だけどそこまで広いわけでもないので、ベッドと机を置いたら残りのスペースは猫の額ほどしか――

 

「な、なんだよこれっ!?」

「ち、違うの涼!」

 

 ゆ、床が見えない!? デカいキャリーケースと、大きいリュックサックと、部屋中に広がった洋服と……何がどうなってるんだ!?

 

「これ全部お前のかよっ!?」

「……うん」

「なんでこんな大荷物持ち込んでんの!?」

「それは、えっと……」

 

 透はしどろもどろになるばかりで要領を得ない。なんだってこんな荷物が必要なんだ? てっきり、実家に帰省するついでに俺のアパートに立ち寄った――くらいなものだと思い込んでいたけど。

 

 ん、待てよ。そもそも透はどうやって俺の家に入ったんだ? 合鍵は家族にしか渡してないんだし。

 

「透、鍵はどうしたんだ?」

「鍵?」

「お前、どうやって家に入ってきたんだよ?」

「……」

「おい、お前まさか……」

 

 まるでいたずらがバレた子どものように、俺の顔から視線を逸らす透。頭をぽりぽりとかいて誤魔化しているようだが――

 

「あ、アイドルにはいろんなスキルが必要なんだよ?」

「ピッキングじゃねえかっ!?」

「嘘嘘!! してないしてないしてない!!」

 

 透は慌てて首を横に振った。ヘアゴムでまとめたポニーテールがぶんぶんと揺れて、シャンプーか何かの良い匂いが漂う。うわっ、幸せ……って、これじゃ透のペースだ。

 

「じゃあどうやって入ったんだよ?」

「んーとね、大荷物持って部屋の前で待ってたの! そしたらね、たまたま大家さんが二階に上がってきてね。事情を話したら『熱中症になっても大変だし、開けてあげるよ』って言ってくれたの!」

「事情って……どう説明したんだよ」

「んーと……『涼くんの妹です』って!」

「おい」

「いだっ!?」

 

 つい昔のくせで、頭に軽くチョップしてしまった。透は大げさに痛がり、跳ねるように飛び回る。でも、透がバラエティー番組で見せるような「それっぽい仕草」じゃなくて、昔から見ていた素の反応だ。

 

「お前なあ、勝手に上がってきた挙句にこんな散らかしてさあ……」

「わ、分かってるよお……! ごめんってばあ……!」

 

 透はすっかり小さくなって、頭をぺこぺこと下げていた。日本一のアイドルになったというのに、素直に自分の非を認められる。透がそういう人間であることを再確認して、心のどこかでホッとする自分がいた。

 

 それにしても、よく大家さんに正体がバレなかったな。今や日本中のあちこちに透が写ったポスターが貼ってあって、ネットでもテレビでも顔を見ない日はない。もちろん変装はしていたんだろうけど、そもそも俺の家まで無事にたどり着けただけでも奇跡だよな。……週刊誌の記者とかに突撃されないよな?

 

 だめだ、考えることが多すぎる。とりあえずシャワーを浴びて冷静になろう。スッキリした頭で考えればそれでいい。

 

「とにかく、俺はシャワー浴びるから。大人しく待ってて」

「……」

「どうかした?」

 

 透は何も言わないまま、じっと下を向いていた。怒られたからしゅんとしているんだろうか。

 

「ごめんね涼、迷惑かけて」

「なんだよ、改まって」

「その……私、怖かったの。久しぶりだったから、涼に追い出されちゃうかもって」

「そんな……そんなことしないよ」

 

 ビックリはしているけど、別に嫌なわけじゃない。もちろん、未だに夢を見ているような気分だけど……透が来てくれたことは素直に嬉しい。まさか、また会えるとは思ってもいなかった。

 

「だからね、涼」

「せめてお礼したいなって」

「お礼?」

「んー……」

「ちょっ、透!?」

 

 な、何やってんだ!? 俺が止める間もなく、透は着ていたTシャツの裾を掴み、脱ごうとし始めた。下着のようなものが見え始めたところで慌てて腕を掴む。

 

「な、なんで止めるのっ!」

「お、お前が急に脱ぎだすからだろ!?」

「えーっ、だって……涼がシャワー浴びるって言うからさっ」

 

 透はまたいたずらっぽい笑みを浮かべた。そして俺の心をからかうように――一言。

 

「背中、洗ってあげようかなって!」

 

 予想外の提案に、自分の心が大きく跳ねるのを感じた。

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