家に帰ったらトップアイドルになったはずの幼馴染がいた。同棲することになった。 作:松木ユキ
「えへへ、来ちゃった!」
か……可愛い。玄関でいたずらっぽく笑う顔は、昔見たのと、そして――テレビで見たのと、全く同じ。思わず見とれてしまいそうになったけど、ハッと気を取り直す。
「な……なんでいるんだよ!? お前、東京にいるんじゃ!?」
「んー? いいじゃん、帰ってきたって! 文句ないでしょー?」
「そりゃ、文句はないけど……じ、実家に帰ればいいだろ!?」
「えー、いいじゃん! 涼のところに来たかったの!」
「わっ!」
うわっ、柔らかっ! 透が抱き着いてきたので、思わず抱きとめる。女の子みたいな(女の子だけど)良い匂いが漂ってきて、脳がとろけそうになる。そしてやっぱり透は背が高いな。ネットじゃ「盛ってる」なんて言われることもあるらしいけど、昔から高身長なのは俺が何より知っている。
「ふふ、やっぱりゴツゴツしてる」
「なんだよ、そんなくっついて……!」
「我慢できなかったのっ! いいじゃん、久しぶりに会ったんだから!」
「ああ、そう……」
「えへへ、りょう~……」
な、なんかTシャツ越しにふくらみが当たってる……。表面上は冷静を装いつつも、内心はバクバクだ。こんな近距離で接するのは小学生以来な気がする。
それにしても、中学を卒業してからほとんど会ってなかったけど、随分と綺麗になったなあ。アイドルだし、身だしなみには相当気を遣っているということかな。
「んー? どしたのっ?」
「いや、その……」
「なになに、どうしたのっ」
上目遣いは反則だろ……! じっと見ていたものだから、透が気になったらしい。何を言えばいいんだろう? ……どうせ幼馴染だ、隠し事なんて出来ない。
「き……」
「ん?」
「綺麗だなって。透がさ……」
「!」
なんとなく恥ずかしくて顔を逸らしていたけど、改めて前を向き直す。すると透は俺の胸元に顔をうずめていて、何も言わずにいた。……なんか言ってくれないと、俺が恥ずかしいばっかりなんだけど。
「……もー、涼はやっぱり変わんないね」
「な、何がだよ」
「それより! なんか汗臭いんですけどーっ!」
「へっ?」
透は顔を上げると、わざとらしく鼻をつまむようにしてぶーと頬を膨らませた。かわいい。……って、そうじゃない。
「涼ってば臭いよー! なんとかしてっ!」
「無茶言うなよ! 外暑かったんだから!」
「やだやだー! 私の涼は臭くなんかないのっ!」
「なんだよそれ!?」
ぷりぷりと怒る透。汗臭いって、帰ってくるなり勝手に抱き着いてきたのは透の方なのに……理不尽にもほどがある。
「分かったよ、シャワー浴びるから」
「むーっ、なら許す!」
なんだか昔に戻ったみたいで、ちょっと嬉しい。けど、それでも――違和感はある。「テレビの中の人」になったはずの透が目の前にいるんだからな。
「とりあえず着替えさせて。部屋に入れてくれ」
「えっ! それは~、その~……」
ん? 部屋に戻ろうと言っただけなのに、透が明らかに動揺している。さっきまでと違って、視線が明らかに合わない。
「い、いいじゃん! 先にお風呂入りなよ!」
「いや、着替えがないと入れないんだけど」
「とにかく! 今はだめなのーっ!」
「だめって……ここ、俺の家なんだけど」
「あーっ、だめだってばー!!」
透の横をすり抜けるようにして、廊下を進んでいく。俺の家はよくあるワンルーム。一応風呂とトイレは別で、小さいキッチンもある。だけどそこまで広いわけでもないので、ベッドと机を置いたら残りのスペースは猫の額ほどしか――
「な、なんだよこれっ!?」
「ち、違うの涼!」
ゆ、床が見えない!? デカいキャリーケースと、大きいリュックサックと、部屋中に広がった洋服と……何がどうなってるんだ!?
「これ全部お前のかよっ!?」
「……うん」
「なんでこんな大荷物持ち込んでんの!?」
「それは、えっと……」
透はしどろもどろになるばかりで要領を得ない。なんだってこんな荷物が必要なんだ? てっきり、実家に帰省するついでに俺のアパートに立ち寄った――くらいなものだと思い込んでいたけど。
ん、待てよ。そもそも透はどうやって俺の家に入ったんだ? 合鍵は家族にしか渡してないんだし。
「透、鍵はどうしたんだ?」
「鍵?」
「お前、どうやって家に入ってきたんだよ?」
「……」
「おい、お前まさか……」
まるでいたずらがバレた子どものように、俺の顔から視線を逸らす透。頭をぽりぽりとかいて誤魔化しているようだが――
「あ、アイドルにはいろんなスキルが必要なんだよ?」
「ピッキングじゃねえかっ!?」
「嘘嘘!! してないしてないしてない!!」
透は慌てて首を横に振った。ヘアゴムでまとめたポニーテールがぶんぶんと揺れて、シャンプーか何かの良い匂いが漂う。うわっ、幸せ……って、これじゃ透のペースだ。
「じゃあどうやって入ったんだよ?」
「んーとね、大荷物持って部屋の前で待ってたの! そしたらね、たまたま大家さんが二階に上がってきてね。事情を話したら『熱中症になっても大変だし、開けてあげるよ』って言ってくれたの!」
「事情って……どう説明したんだよ」
「んーと……『涼くんの妹です』って!」
「おい」
「いだっ!?」
つい昔のくせで、頭に軽くチョップしてしまった。透は大げさに痛がり、跳ねるように飛び回る。でも、透がバラエティー番組で見せるような「それっぽい仕草」じゃなくて、昔から見ていた素の反応だ。
「お前なあ、勝手に上がってきた挙句にこんな散らかしてさあ……」
「わ、分かってるよお……! ごめんってばあ……!」
透はすっかり小さくなって、頭をぺこぺこと下げていた。日本一のアイドルになったというのに、素直に自分の非を認められる。透がそういう人間であることを再確認して、心のどこかでホッとする自分がいた。
それにしても、よく大家さんに正体がバレなかったな。今や日本中のあちこちに透が写ったポスターが貼ってあって、ネットでもテレビでも顔を見ない日はない。もちろん変装はしていたんだろうけど、そもそも俺の家まで無事にたどり着けただけでも奇跡だよな。……週刊誌の記者とかに突撃されないよな?
だめだ、考えることが多すぎる。とりあえずシャワーを浴びて冷静になろう。スッキリした頭で考えればそれでいい。
「とにかく、俺はシャワー浴びるから。大人しく待ってて」
「……」
「どうかした?」
透は何も言わないまま、じっと下を向いていた。怒られたからしゅんとしているんだろうか。
「ごめんね涼、迷惑かけて」
「なんだよ、改まって」
「その……私、怖かったの。久しぶりだったから、涼に追い出されちゃうかもって」
「そんな……そんなことしないよ」
ビックリはしているけど、別に嫌なわけじゃない。もちろん、未だに夢を見ているような気分だけど……透が来てくれたことは素直に嬉しい。まさか、また会えるとは思ってもいなかった。
「だからね、涼」
「せめてお礼したいなって」
「お礼?」
「んー……」
「ちょっ、透!?」
な、何やってんだ!? 俺が止める間もなく、透は着ていたTシャツの裾を掴み、脱ごうとし始めた。下着のようなものが見え始めたところで慌てて腕を掴む。
「な、なんで止めるのっ!」
「お、お前が急に脱ぎだすからだろ!?」
「えーっ、だって……涼がシャワー浴びるって言うからさっ」
透はまたいたずらっぽい笑みを浮かべた。そして俺の心をからかうように――一言。
「背中、洗ってあげようかなって!」
予想外の提案に、自分の心が大きく跳ねるのを感じた。