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それぞれの弁当箱が空になると、ハルは猫のようにぐーっと背筋を伸ばした。
「ふぅ、お腹いっぱい! ご馳走様でした!」
「美味しかったね」
「うん! やっぱり誰かと一緒に食べるご飯は美味しいね。特にショウタくんと一緒だから、もっと美味しい!」
ハルのこういう自分の気持ちを素直に口にするところは、見習うべき長所だと思う。
「嬉しいな」
ストレートな言葉に、だから僕も本音で応じた。
「私はシャワーでも浴びて来よっかな」
「なら、後片付けは僕がしとくよ」
「ありがとっ!」
ハルは立ち上がると、軽やかな足取りでリビングを出ていった。やがて、バスルームの方からザーッというシャワーの音が聞こえ始める。
「…………」
落ち着かない……。
なるべく考えないようにしていたことだけど、今夜これから起こるかもしれない出来事への期待が高まる。
シャワーを浴びるハルの姿――その裸がイメージ像として浮かび上がり、あの日、ベッドの上で交わした行為が無意識に追憶される。
「…………」
ゴミをまとめる手が完全に止まっていることに気づく。
いけないいけない。僕は自分を戒めるように激しく首を横に振った。
夜ご飯の後片付けが終わったら、次はキャリーバッグの中身を整理する。とはいえ、まだタンスもない状況では本格的な整理は難しい。とりあえず、大学の教材と衣服、その他の3つに分けて、リビングの隅に重ねておく。
サイン入りの額縁は、埃が被らないようにタオルでそっと包み、キャリーバッグの一番奥に仕舞い直した。これは、新しい家具が揃って、ちゃんとした置き場所が決まるまで保管しておこう。
――それからしばらくすると、シャワーの音が止まった。ブォォンというドライヤーの作動音が鳴り、それが終わるとリビングの扉が開かれる。
「さっぱりしたぁ〜」
ドライヤーの風に煽られたせいか、セミロングの黒髪は空気を含むように膨らんで見えた。
「やっぱりソファーは必要だなぁ。こう、ぐはぁーって、お風呂上がりにもたれたいし!」
紙コップに水を汲みながら、ハルは身振り手振りで欲望を表現する。ゴクゴクと喉を潤すと、キッチンのカウンターから顔を覗かせた。
「ショウタくんもシャワー浴びてきなよ。寝室で待ってるから、しっかり体綺麗にしてきてね♡」
大きな瞳をウインクさせ、妖艶さを孕んだ声で入浴を促される。さっきまでの期待感が、徐々に確信へと変わっていく。
これは……夜のお誘いと考えていいのだろうか……。
「う、うん。わかった」
返事を捻り出すのが精一杯な僕だった。
「タオルとか、洗濯機の上に置いてあるから好きに使っていいからねー」
そう言い残して、ハルは寝室の方に消えていった。
着替えと歯ブラシセットを手に取り、僕は脱衣場に向かう。ドアを開けると、ハルが入ったばかりの、温かく湿った空気が全身を覆った。
広い空間には、乾燥機つきの洗濯機とシンプルなデザインのバスマットが敷かれている。タオル類はハルが言っていた通り、洗濯機の上に重ねられていた。
「――――」
そこで疑問に思う。果たして、脱いだ服はどうすればいいんだろう。
洗濯カゴのような物は見当たらない。ハルは脱いだ服をどこに……と考えて、洗濯機の蓋が少し開いていることに気づいた。中を覗き込むと、そこにはハルが先ほどまで着ていた私服が入れられている。
まさか……同じ場所に入れろとでもいうのか!?
罪悪感を覚えるレベルで場違い感がある。いやでも、なんだかこれ、まるで家族――夫婦みたいじゃないか。
世の同棲カップルはみんな、この葛藤を乗り越えているのか……。
「ええい!」
少し迷った末に、僕も脱いだ服を洗濯機の中に突っ込むことにした。脱衣場にハルはいないのに、服と服を重ねただけで親密度が増したような気にさえなる。
裸になったら、いよいよバスルームの中へ。
モノトーンを基調とした浴槽。どこを取っても高級感の塊で、実家のお風呂とは雲泥の差だ。お湯は張られていないけど、170センチ弱の僕が脚を伸ばしても余裕がありそうなほど、湯船は広々としていた。
そして――そう、そしてだ。
「…………」
僕の眼下にはバスチェアがひとつ。ただの椅子じゃない。数分前まで裸のハルが座っていた、水滴まみれの椅子である。
しかも見てみれば、体を洗うスポンジがひとつしかないじゃないか!
ただシャワーを浴びるだけなのに、雑念が次から次へと湧いてくる。
お湯を出して、気分を変えるように頭から浴びる。一度全身を洗い流して、僕はおそるおそるバスチェアに腰を落とした。
「……ぅぅぅぅっ!」
変な声を喉の奥で堪えながら、シャンプーのボトルを連続プッシュ。気を紛らわせるように、指先に力を込めてがむしゃらに頭を洗い始める。しかし目を閉じれば、先ほどの妖艶な笑顔と、「寝室で待ってるから」というハルの言葉が何度も脳裏に蘇って――。
おそらく、人生で最も気が気じゃない入浴だった。