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ハルと共同作業で洗い物を終わらせ、お揃いのマグカップに食後のコーヒーを注ぐ。ソファの上に並んで座ると、ハルはテレビのリモコンを手に取った。
「今日は夜更かしするぞ〜!」
明日と明後日は1日中オフだ。ハルが満足するまで付き合おう。
「この前のドラマの続き観る? それとも映画?」
「それもいいけど、まずはゲーム! 食後の運動がてら、体を動かしたい気分だし!」
ハルの脳内で「体を動かす」という言葉がどういう処理をされているのか謎だけど、本人が楽しそうなので突っ込まないでおく。
「ショウタくんに負けないよう、密かに練習してたんだから!」
ハルとは先週辺りから、某対戦アクションゲームを隙間時間にちょいちょいやっている。
ただなんというか……、ハルがあまりに不器用で今のところ一度も負けていない。しかも負けず嫌いな一面があるのか、ゲームで負けるとハルは不貞腐れちゃうんだよな……。
「いいけど、また怒ったりしない?」
「しないしない! ていうか勝つもん!」
「わかった。手加減はしないからね」
「望むところ!」
というわけで、ハルとの夜更かしデート、その第一幕は対戦ゲームに決まった。
お互いコントローラーを握り締めると、ハルはニヤリと笑みを浮かべた。
「勝った方が負けた方の言うことをなんでも聞くこと!」
「滅多なことは言わない方が……」
「いいの! だって勝つから!」
ああ……僕にはもう、ハルの言葉がフラグにしか聞こえなかった。
「ふふん! 私のスーパープレイで、ショウタくんをノックアウトしてあげるんだから!」
「お手柔らかにね」
――1vs1のガチンコバトル。いざ開幕。
「うりゃ!」
開始早々、ハルの操作するキャラクターが果敢に攻め込んでくる――が、そう思ったのも束の間、すぐに切り返してハルは後退を図った。突進に攻撃をぶつけようとしていた僕のその隙に、ハルが連続技を決めてくる。
おぉ……たしかに動きが向上している。練習の成果は伊達じゃない……?
「入った!」
隣から上がる嬉しそうな声。勝てるだろうと楽観視していたけど、これは僕も気を抜けない。
ゲーム画面を注視し、体を前のめりにしてコントローラーを操作する。
「――ッ!」
思わず力んだ声を出し、フィニッシュになるであろう攻撃を繰り出す。すると、ハルのキャラクターがクルクルと場外に飛んでいき――。
「あぁ……!」
スピーカーから小気味のいい音と共に、KOを知らせる画面がテレビに表示された。
「良し!」
あっ、ヤバ……つい良しとか言っちゃった。
「なんでー!? 今の絶対避けてたのに! 当たり判定おかしいよ!」
「落ち着いて! まだ1本目だから!」
「うぅ……次は絶対勝つ!」
2本目――は、1本目と比べてすぐに決着がついた。
というのも、ハルの戦法が1本目と全く変わらなくて、次に取る行動が手に取るようにわかったのだ。あとはタイミングを合わせて攻撃を繰り出せば、
「わぁぁぁぁぁぁッ!」
涙交じりの悲鳴を上げながら、ソファの上でジタバタと手足を振り回すハル。結果は2ー0で僕の勝利だった。
「ショウタくんなんて大っ嫌い……! 馬鹿! あんぽんたん……!」
なぁっ……!
「ほら! やっぱり拗ねる!」
その場の勢いでとはいえ、ハルに罵倒されるのは人生を否定されるレベルで傷つく。
「だって! だって……! ショウタくんが強過ぎるんだもん……!」
「僕の実力って、高く見積もっても中の下ぐらいがせいぜいだと思うけど……」
「なら私はそれ以下ってこと!?」
「違う違う! そういうことじゃなくて!」
「むぅ……」
ジトーっと睨まれるが、その視線に殺傷能力は皆無。むしろ涙目がハルの可愛さを助長していた。
「あー! 笑ってる! 私のこと馬鹿にして……!」
「してないしてない。可愛いなぁって」
「っ……、褒めたって許してあげない!」
ぷいっとそっぽを向きつつも、言い過ぎたと後悔しているのか、ハルはチラチラと僕の様子を窺っていた。
「負けた方が勝った方の言うことをなんでも聞く、だったよね?」
「うぐっ……」
痛いところを突かれたようにハルの肩が竦み上がる。別に変な要求をするつもりはない。
「じゃあ、もう一回やろ? ちゃんと上手になってたし、ずっとやってれば普通にいい勝負できるようになるよ」
「ショウタくん……!」
感動したように瞳を潤ませるハルだったけど、すぐにそれがジト目に変わった。
「とか言って、実は私をボコボコにするのを楽しんでたり?」
「ゲームだからね。たとえ相手がハルでも、勝ったらそりゃあ楽しいよ」
「やっぱり楽しんでた……!」
「あははっ」
拗ねたように声を上げるハルがおかしくて、僕はつい笑ってしまった。
「よーし! じゃあもう一回! 次こそ、次こそ一泡吹かせてみせるんだから!」
「望むところ!」
それから合計5マッチ対戦を続けたけど、勝敗は5勝0敗。試合単位で言うなら10勝0敗だった。
「もうゲームはやらない! 映画! 映画観よう……!」
耐え切れないとばかりにコントローラーをソファーの隅に放り投げて、ハルは映画への現実逃避を試みた。
「ゲームはもういいの?」
「うぅ……絶対リベンジしてやる……」
ちょっと意地悪を言ってみると、ハルは悔しそうに唸った。あんまりしつこいと本気で嫌われそうだから、の辺にしておこう。
「じゃあ映画観よっか。コーヒー淹れ直してくるよ」
「ミルク忘れないでね。私は良さげな映画探しとく~」
「はーい」
ふたり分のコーヒーを淹れてソファに戻ると、ハルはすでに目当ての映画を決めているようだった。
「これなんかどうかな? レビューも高評価だし!」
指を差された画面には、桜の下で儚げに微笑む女性のサムネイルが表示されていた。星の数も多く、タイトルは僕でも聞いたことのある人気作だ。
あらすじを見たところ、難病ヒロインとの悲恋を描いた恋愛映画っぽい。そこまで好きなジャンルではないけど、別に嫌いというわけでもない。
「いいね。はい、コーヒー」
「ありがとっ!」
ミルクの入ったマグカップを手渡して、僕はハルの隣に腰を下ろす。映像が流れ出したところで、ハルは僕の膝にこてんと頭を乗せた。
「わっ。どうしたの?」
突然の膝枕。驚きのあまり固まってしまった僕の顔を下から覗き込み、ハルは満足げに笑った。
「こっちの方が見やすいかなーって」
「いや、絶対見づらいでしょ……」
口ではそう言いながらも、僕の手は自然とハルの頭へと伸びていた。サラサラとした感触の髪を、梳くように、あるいは猫をあやすように優しく撫でる。
「んふふぅ……私の特等席……」
とろけるような声。スウェット越しの温もりを感じながら、僕は画面に視線を戻した。
映画は予想通りの展開だった。偶然の出会い、惹かれ合うふたり、そして発覚するヒロインの病。数々の困難やすれ違いを乗り越えながら愛を育んでいく、誰もが一度は夢見る物語だ。
序盤が終わり、物語が大きく動き出す。その頃には僕は主人公に感情移入してしまっていて、思わず願望が口を衝いた。
「ハッピーエンドだといいな……」
「――――」
そのつぶやきに、膝の上の彼女からの返事はない。ハルはただ、じっとテレビを見つめている。真剣な横顔は物語の行く末を案じているようでもあり、なにか別のことを考えているようでもあった。
物語が中盤に差し掛かった頃、
「ッ……」
僕としては少し気まずいシーンが始まった。
主人公とヒロインがお風呂に入るシーン。小さな湯舟に一緒に浸かり、ふたりは幸せそうにじゃれ合っている。
こんな砂糖のような触れ合いを全世界に晒すとは……演技とはいえ、冷静に考えると凄まじく恥ずかしい話だ。
役者の人ってすごいなぁ……と、半ば画面から意識を逸らすように考えていると、膝の上のハルがゆっくりと顔をこちらに向けた。
「……そういえばさ」
「ん?」
「私たち、一緒にお風呂入ったことなかったよね」
爆弾のような一言を投下され、返答に窮する。ハルは体を起こすと、ソファーからぴょんと立ち上がった。
「お風呂溜めて一緒に入らない? 映画の続きより、そっちの方が気になるかも♡」
「マジですか……」
「いいでしょ? 恋人同士なんだから♡」
屈託のない笑顔に、頷く以外の選択肢はなかった。