※この作品はR-18です。

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第17話『休息』

 ハルと共同作業で洗い物を終わらせ、お揃いのマグカップに食後のコーヒーを注ぐ。ソファの上に並んで座ると、ハルはテレビのリモコンを手に取った。

 

「今日は夜更かしするぞ〜!」

 

 明日と明後日は1日中オフだ。ハルが満足するまで付き合おう。

 

「この前のドラマの続き観る? それとも映画?」

 

「それもいいけど、まずはゲーム! 食後の運動がてら、体を動かしたい気分だし!」

 

 ハルの脳内で「体を動かす」という言葉がどういう処理をされているのか謎だけど、本人が楽しそうなので突っ込まないでおく。

 

「ショウタくんに負けないよう、密かに練習してたんだから!」

 

 ハルとは先週辺りから、某対戦アクションゲームを隙間時間にちょいちょいやっている。

 

 ただなんというか……、ハルがあまりに不器用で今のところ一度も負けていない。しかも負けず嫌いな一面があるのか、ゲームで負けるとハルは不貞腐れちゃうんだよな……。

 

「いいけど、また怒ったりしない?」

 

「しないしない! ていうか勝つもん!」

 

「わかった。手加減はしないからね」

 

「望むところ!」

 

 というわけで、ハルとの夜更かしデート、その第一幕は対戦ゲームに決まった。

 

 お互いコントローラーを握り締めると、ハルはニヤリと笑みを浮かべた。

 

「勝った方が負けた方の言うことをなんでも聞くこと!」

 

「滅多なことは言わない方が……」

 

「いいの! だって勝つから!」

 

 ああ……僕にはもう、ハルの言葉がフラグにしか聞こえなかった。

 

「ふふん! 私のスーパープレイで、ショウタくんをノックアウトしてあげるんだから!」

 

「お手柔らかにね」

 

 ――1vs1のガチンコバトル。いざ開幕。

 

「うりゃ!」

 

 開始早々、ハルの操作するキャラクターが果敢に攻め込んでくる――が、そう思ったのも束の間、すぐに切り返してハルは後退を図った。突進に攻撃をぶつけようとしていた僕のその隙に、ハルが連続技を決めてくる。

 

 おぉ……たしかに動きが向上している。練習の成果は伊達じゃない……?

 

「入った!」

 

 隣から上がる嬉しそうな声。勝てるだろうと楽観視していたけど、これは僕も気を抜けない。

 

 ゲーム画面を注視し、体を前のめりにしてコントローラーを操作する。

 

「――ッ!」

 

 思わず力んだ声を出し、フィニッシュになるであろう攻撃を繰り出す。すると、ハルのキャラクターがクルクルと場外に飛んでいき――。

 

「あぁ……!」

 

 スピーカーから小気味のいい音と共に、KOを知らせる画面がテレビに表示された。

 

「良し!」

 

 あっ、ヤバ……つい良しとか言っちゃった。

 

「なんでー!? 今の絶対避けてたのに! 当たり判定おかしいよ!」

 

「落ち着いて! まだ1本目だから!」

 

「うぅ……次は絶対勝つ!」

 

 2本目――は、1本目と比べてすぐに決着がついた。

 

 というのも、ハルの戦法が1本目と全く変わらなくて、次に取る行動が手に取るようにわかったのだ。あとはタイミングを合わせて攻撃を繰り出せば、

 

「わぁぁぁぁぁぁッ!」

 

 涙交じりの悲鳴を上げながら、ソファの上でジタバタと手足を振り回すハル。結果は2ー0で僕の勝利だった。

 

「ショウタくんなんて大っ嫌い……! 馬鹿! あんぽんたん……!」

 

 なぁっ……!

 

「ほら! やっぱり拗ねる!」

 

 その場の勢いでとはいえ、ハルに罵倒されるのは人生を否定されるレベルで傷つく。

 

「だって! だって……! ショウタくんが強過ぎるんだもん……!」

 

「僕の実力って、高く見積もっても中の下ぐらいがせいぜいだと思うけど……」

 

「なら私はそれ以下ってこと!?」

 

「違う違う! そういうことじゃなくて!」

 

「むぅ……」

 

 ジトーっと睨まれるが、その視線に殺傷能力は皆無。むしろ涙目がハルの可愛さを助長していた。

 

「あー! 笑ってる! 私のこと馬鹿にして……!」

 

「してないしてない。可愛いなぁって」

 

「っ……、褒めたって許してあげない!」

 

 ぷいっとそっぽを向きつつも、言い過ぎたと後悔しているのか、ハルはチラチラと僕の様子を窺っていた。

 

「負けた方が勝った方の言うことをなんでも聞く、だったよね?」

 

「うぐっ……」

 

 痛いところを突かれたようにハルの肩が竦み上がる。別に変な要求をするつもりはない。

 

「じゃあ、もう一回やろ? ちゃんと上手になってたし、ずっとやってれば普通にいい勝負できるようになるよ」

 

「ショウタくん……!」

 

 感動したように瞳を潤ませるハルだったけど、すぐにそれがジト目に変わった。

 

「とか言って、実は私をボコボコにするのを楽しんでたり?」

 

「ゲームだからね。たとえ相手がハルでも、勝ったらそりゃあ楽しいよ」

 

「やっぱり楽しんでた……!」

 

「あははっ」

 

 拗ねたように声を上げるハルがおかしくて、僕はつい笑ってしまった。

 

「よーし! じゃあもう一回! 次こそ、次こそ一泡吹かせてみせるんだから!」

 

「望むところ!」

 

 それから合計5マッチ対戦を続けたけど、勝敗は5勝0敗。試合単位で言うなら10勝0敗だった。

 

「もうゲームはやらない! 映画! 映画観よう……!」

 

 耐え切れないとばかりにコントローラーをソファーの隅に放り投げて、ハルは映画への現実逃避を試みた。

 

「ゲームはもういいの?」

 

「うぅ……絶対リベンジしてやる……」

 

 ちょっと意地悪を言ってみると、ハルは悔しそうに唸った。あんまりしつこいと本気で嫌われそうだから、の辺にしておこう。

 

「じゃあ映画観よっか。コーヒー淹れ直してくるよ」

 

「ミルク忘れないでね。私は良さげな映画探しとく~」

 

「はーい」

 

 ふたり分のコーヒーを淹れてソファに戻ると、ハルはすでに目当ての映画を決めているようだった。

 

「これなんかどうかな? レビューも高評価だし!」

 

 指を差された画面には、桜の下で儚げに微笑む女性のサムネイルが表示されていた。星の数も多く、タイトルは僕でも聞いたことのある人気作だ。

 

 あらすじを見たところ、難病ヒロインとの悲恋を描いた恋愛映画っぽい。そこまで好きなジャンルではないけど、別に嫌いというわけでもない。

 

「いいね。はい、コーヒー」

 

「ありがとっ!」

 

 ミルクの入ったマグカップを手渡して、僕はハルの隣に腰を下ろす。映像が流れ出したところで、ハルは僕の膝にこてんと頭を乗せた。

 

「わっ。どうしたの?」

 

 突然の膝枕。驚きのあまり固まってしまった僕の顔を下から覗き込み、ハルは満足げに笑った。

 

「こっちの方が見やすいかなーって」

 

「いや、絶対見づらいでしょ……」

 

 口ではそう言いながらも、僕の手は自然とハルの頭へと伸びていた。サラサラとした感触の髪を、梳くように、あるいは猫をあやすように優しく撫でる。

 

「んふふぅ……私の特等席……」

 

 とろけるような声。スウェット越しの温もりを感じながら、僕は画面に視線を戻した。

 

 映画は予想通りの展開だった。偶然の出会い、惹かれ合うふたり、そして発覚するヒロインの病。数々の困難やすれ違いを乗り越えながら愛を育んでいく、誰もが一度は夢見る物語だ。

 

 序盤が終わり、物語が大きく動き出す。その頃には僕は主人公に感情移入してしまっていて、思わず願望が口を衝いた。

 

「ハッピーエンドだといいな……」

 

「――――」

 

 そのつぶやきに、膝の上の彼女からの返事はない。ハルはただ、じっとテレビを見つめている。真剣な横顔は物語の行く末を案じているようでもあり、なにか別のことを考えているようでもあった。

 

 物語が中盤に差し掛かった頃、

 

「ッ……」

 

 僕としては少し気まずいシーンが始まった。

 

 主人公とヒロインがお風呂に入るシーン。小さな湯舟に一緒に浸かり、ふたりは幸せそうにじゃれ合っている。

 

 こんな砂糖のような触れ合いを全世界に晒すとは……演技とはいえ、冷静に考えると凄まじく恥ずかしい話だ。

 

 役者の人ってすごいなぁ……と、半ば画面から意識を逸らすように考えていると、膝の上のハルがゆっくりと顔をこちらに向けた。

 

「……そういえばさ」

 

「ん?」

 

「私たち、一緒にお風呂入ったことなかったよね」

 

 爆弾のような一言を投下され、返答に窮する。ハルは体を起こすと、ソファーからぴょんと立ち上がった。

 

「お風呂溜めて一緒に入らない? 映画の続きより、そっちの方が気になるかも♡」

 

「マジですか……」

 

「いいでしょ? 恋人同士なんだから♡」

 

 屈託のない笑顔に、頷く以外の選択肢はなかった。

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