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ハルとの逢瀬から1週間が経過した。ベッド上での告白を経て、僕たちはめでたく恋人同士になった。
……なった、はずだ。
未だに半信半疑というのが正直なところで、今でも長い夢を見ているような気分になる。
片やしがないしがない大学生と、片や数百万人のファンを抱える時の人――言うまでもなく、その差は歴然だ。
ただ、たしかにそれは現実として存在していて――。
夜。大学の講義とバイトを終えて帰宅した僕は、シャワーを浴びてあとは寝るだけの状態になった。そしてベッドに潜り込み、スマホを手に取る。
「よし」
ハルに『準備ok』とメッセージを送る。もちろん、ファンクラブのメッセージ機能ではなく、前に交換したプライベートの連絡先で、だ。
そう。最近はこうして寝る前に少しだけ通話するのが、僕たちの新しい日常になっていた。
「――――」
メッセージを送ってほんの数秒で、手の中のスマホが着信を知らせる画面に切り替わる。
僕は即座に通話ボタンをタップした。
『お疲れ様、ショウタくん!』
電話の向こうから聞こえた声は、一日の疲れを一瞬で吹き飛ばしてくれた。湯船に浸かるより、癒し効果は高いかもしれない。
「ありがと。今日もバイト疲れたよ……」
『大変だったねぇ。そういえば、ショウタくんってどこで働いてるの?』
「あれ、言ったことなかったっけ?」
『うん。私も特に聞かなかったし。あっ、あと大学の場所も気になるなー』
なんだなんだ。今日のハルはグイグイ来るな……。
「大学はちょっと郊外にあるところで、バイトはその近くの居酒屋さんだよ。高校の頃は地元のスーパーでバイトしてたんだけど、今はそこだけ」
深く考えず、聞かれるがままに答える。
「もっと具体的に教えて!」
「え、えっと――」
根掘り葉掘り聞かれたので、大学名とお店の名前を伝える。ハルに隠し事をするなんて発想はなかったし、そもそも隠すほど大層な情報でもない。
詳細を言い終えると、
「そっかそっか。わかったよ!」
ハルはなにやら満足げだった。
わかった?
なんだろう。物言いに少し違和感を覚える。
「どうしたの? 急に」
「ううん! なんとなく気になっただけ!」
あからさまにはぐらかされてしまった。
もしかして、なにか企んでいたりするんだろうか。
お忍びで大学やバイト先に来たりとか……。
しかし、『なにか隠してる?』と聞くことは疑いの目を向けるのと同義だ。ハルに対してそれをするのは憚られる。
結局なにも聞けず、とりとめのない話を数十分ほどして今日はお開きする流れになった。
「おやすみ、ハル」
「うん。おやすみなさい〜」
スマホを枕元に置き、瞼を閉じる。心に靄がかかったような気分のまま、僕は眠りに落ちていった。
*
それからさらに1週間が経過した。
今日はハルと久しぶりに会える日で、大学終わりに最寄り駅前で合流することになっている。今日明日はバイトも休みなので、ゆっくりハルとの逢瀬を楽しめるわけだ。
こんな素晴らしいことはない!
――日が落ちかけた17時の駅前。
大学の荷物を入れたトートバッグを引っ提げながら、僕は足早に駅前のロータリーを目指す。秋も暮れの時期で、冬の到来を感じさせる寒さにジャケットの襟を締める。
「――――」
待ち合わせ場所を捉えると同時、見覚えのあるセダンが目に入った。以前、会員制ホテルに向かう際に乗せられた江崎さんの車だ。
「あれで合ってるよな……」
記憶と照合しているうちに、後部座席の窓がすーっと下りていって――。
「こっちこっち! 早く乗って!」
車内から顔を覗かせながら、ハルが僕に手招きする。
軽く内側に巻かれたセミロングの黒髪が風にさらさらと揺れている。前髪は眉の上で切り揃えられていて、つぶらな瞳の印象をくっきりと際立たせていた。
ヤバい。今日のハルも超絶可愛い。いや、ハルが可愛いのは地球が回っているのと同じぐらい当たり前の話なんだけど。その笑顔が僕に向けられていることは、当然、当たり前の話ではなかった。
……改めて夢みたいだ。
ハルを待たせるわけにはいかない。素早く後部座席に乗り込む。
「んふふぅ……やっぱり電話越しより人肌が一番!」
「――ッ!」
座った直後、二の腕に抱き着かれ、肩と肩が触れ合った。
ああ……ハルの匂いだ。
僕ってば、もしかして前世で世界でも救ったのかな。そうとしか考えられないぐらい、この瞬間は幸せに満ちていた。
ハルの服装は、タートルネックのニットに細身のデニム姿。シンプルながらも上品な装いで、可愛らしさと大人っぽさを絶妙なバランスで同居させている。
「――ハルネ。ショウタさんが困ってるでしょ。少しは自重しなさい」
至福に浸っていると、呆れたような声が割って入った。声は運転席からで、そこにはやはり江崎さんが座っていた。
いつもはバシッとスーツ姿で決めているのに、今日の江崎さんは普段着のようなパンツスタイルだ。厳かな雰囲気はどこへやら、まるで保護者のような穏やかさを身に纏っている。
「えー! いいじゃん! 久しぶりに会ったんだから!」
「よくありません。恋人同士でも節度は大事よ」
抗議の声を上げるハルを、江崎さんは粛々と窘めた。
「むぅ……」
ハルは不満そうに唇を尖らせている。江崎さんの話は一般論としては正しいのかもしれないけど、僕的には身に余る対応でしかなかったので、ハルのためにもそれは明言しておく。
「いえ、僕は全然。むしろ嬉しいぐらいで」
「そうですか?」
「はい」
「ほらー! ショウタくんも嬉しいって!」
2対1の構図になるや、ハルは得意げな声を発した。それに江崎さんは「はぁ……」とため息を吐いて、今度は僕へと苦笑を送る。
「ごめんなさいね。この子、高校も途中で辞めちゃったから、同年代との距離感がちょっとおかしいんですよ。どうか嫌いにならないであげてください」
「そんな! 嫌いになんてなるわけありませんよ!」
天地がひっくり返ってもあり得ないことだ。力強く否定する僕に、江崎さんはふっと笑みを返した。
「ありがとうございます。ハルネの彼氏があなたみたいな人で本当に良かった」
「は、はあ……?」
江崎さんのハルに対する接し方には、マネージャーという立場を超えた深い感情が宿っているような気がする。
高校中退の話はかなりセンシティブで、もっと言うならプライベートの話だ。それを気兼ねなく口にして、ハルも嫌な顔ひとつしないということは、ふたりの間には家族にも似た絆が芽生えているのかもしれない。
「信頼し合ってるんですね。気の置けない仲っていうか」
「「え?」」
「あ、あれ……?」
自然とつぶやいた一言に、しかしふたりは顔を見合わせながら疑問符を浮かべる。僕、なにか変なことを言ったか?
刹那の沈黙を挟み、ふたりは口を開く。
「信頼し合ってるもなにも、ね?」
「ハルネ。もしかしてショウタさんに言ってなかったの?」
「あー。そういえば、言ってなかったかも」
「あなたって子は……本当にお仕事以外ポンコツなんだから」
「ひどっ! 私のおかげでいっぱい稼げてるのに!」
僕を置き去りに、ふたりは合点がいったとばかりに理解を共有している。やがて、その口から衝撃的な事実が告げられた。
「私たち、実の親子ですよ」
「マイネームイズ、ハルネ江崎!」